さて、何を書こう。このお店(と紹介して良いのやら)なのだが、ブログタイトルの「オーディオ・カフェ」には実にぴったりの場所なのであった。私は多分、こういう場所に出会いたくて、この活動を始めていたのだ。カフェというのは正確ではないし、運営する吉原さんの本意ではないだろう。駅の改札で待ち合わせして、連れて行ってもらうので、営業時間内に店を開けてお客を待つというスタイルではない。「サロン」と称するのはそういう意味なのだろう。
(1)きっかけはテレビ朝日
知ったきっかけは黄金週間明けのテレ朝『羽鳥慎一モーニングショー』。マイ電柱というのがメディアネタになっているというのは、何となく私も知るようになっていた。が、この放送で驚いたのは、一般電源とクリーンな電源の音の比較。改善後は明らかにクリアで奥行きがあった。うちのテレビの筐体のどうしようもない安っぽい音だけがそっくり残って、中身の質が入れ替わっていた。まぁ、こういうのは「いいと言われると何となくそう感じてしまう」というプラセボ効果があるのだが、テレビの音として収録されてしまうほどの違いがあるのは・・・。一般向けの鑑賞会があるらしいので、さっそく調べて、直近の鑑賞会を予約して行ってきた。3時間半くらいいで色々お話を伺いながら音楽をたっぷり聞いて、コーヒーと併せ3000円。世の中にはこれを高いという人もいるだろうが、私はリーズナブルだと思った。クラシック音楽がネット配信の波にどれほどさらされているのか知らないが、そういう時代になっても、この場所で音楽を聴く価値を紛れもなく提供していると思う。
(2)商品として音を聴かせるための空間
本日の参加者は2名の予定が結局私のみ。特等席でクラシック音楽をたっぷり鑑賞することになった。電柱から赤い線が降りていて、アースなのだという。
東京の郊外の住宅地にある、地下一階のリスニングルーム。エレベーターがあり、障がいのある方でも降りられる気配り。真っ暗な地下ではなく外光も入り、2重サッシ、4枚ガラス戸で完全防音。空調は20名入ることを前提にした静音設計のものを入れている。つまり趣味のための空間というよりは、商売を前提で作られた空間なのである。
(3)さながらフルコースの西洋料理のように
今回の鑑賞会で用意された曲は、目録としてA4・1枚紙にまとめられていた。この日を選んだのは、空いている回に行った方が良いだろうという判断と、自分が幼い頃メンデルスゾーン(特に「イタリア」)が好きだったということ。それとベートーベンのピアノ協奏曲など母親が好きそうなものがあったこと。私は母がクラシック好きであったため幼少期にレコードを聴く趣味があったので、自分の3〜4歳の頃に戻るような演目だったことだ。
①スタートはモーツアルトの(ラウダーテ・ドミヌム)という小品。食事は前菜からという順序だろうか。音の第一印象は抜群にクリアで音場が安定している。いいシステムですぐ分かるのは奥行きがあることだが、それは当然。
②次のチャイコフスキーは「悲愴」の3楽章。この部分だけ聴くと悲しくはなく、むしろ希望に満ちて明るい。ベルリオーズのようなオーケストレーションがあって、ロシアはフランスの田舎なのだなと思う。チャイコらしさは、くるみ割りっぽい踊りの音楽に、大砲ドカン、ドカン打つようなの感じかと。20世紀大衆音楽の基準で考えれば、これ「ハウスミュージック」とかディスコに近いのかも。それにしても音が明瞭で実に綺麗。
③メンデルスゾーン「スコットランド」と④シューマンの「ライン」をオットー・クレンペラーの指揮で。SACDのため交響曲2曲が1枚に入る。帰ってから調べると、これらは両方ともロンドンのアビーロード第1スタジオでの録音で年次が違うものをカップリングし、新たにマスタリングしたもののよう。アビーロードはビートルズで有名な場所だが、オーケストラが収録できるとは知らなんだ。本日のメインデュッシュの肉がボンと出された感じだろうか。両曲とも事前に聞いたことはないが、次のような印象を持った。どちらも風景を音楽にしていると思われるが、④シューマンの「ライン」は③に比べてマイクの位置が高いのか、絃楽器と後ろの管楽器との段差が高いのか、違った音場に聴こえた。音楽的には川面の動きを弦が表し、その他が周辺の緑や城などを表現しているのだろう。川下りをしながら、そうした風景が見えるような感覚に襲われた。水面を上から覗き込んでいる感覚と言えば良いだろうか。マイクやオケの配置で、それらを意識しているのかもしれない。これは面白い音楽を教えてもらった。
このように考えさせてくれた時点で、私とすればお腹が一杯なのだが、コーヒー付きの休憩タイム以降も内容は盛りだくさん。ジャズ好きと言ったので、1曲かけて頂いた。ステージの中に入り混んでいるかのようなビビッドな音源。
⑤ショパン「スケルツォ第1番」はテレ朝の番組でも使われた曲。ザラフィアンツというピアニストはかなり濃厚で、鬼気迫る演奏。ブレジネフを批判したため亡命を余儀なくされたという人。時代背景を研究して独自の解釈で演奏するそう。後日YouTubeで色々見てみるとノクターンをスムーズに弾いていたりして、いつも「自分」を押し出してくる人ではないよう。
⑥ベートーベン「ピアノ協奏曲第1番」。ソロイストはエミール・ギレリス。ここでもう一品、メインの料理が来て、今度は炭水化物も入った感じのものだろうか。⑤とはピアノ、ロシア人のピアニストということで共通性があるが、演奏は全く異なる。エミール・ギレリスは母親が好きだったのか、なぜか私に名前がインプットされている。ギレリスは律儀な感じがする。まず、音量がはっきりと、左手<右手。これはクラシックだと当たり前なのだろうが、ジャズに慣れきってしまった自分には、却って新鮮。(譜面を見ないとわからないが)一部のパッセージは両手で弾くようで、そこは当然ながら同じ強さスムーズに弾いている。終わると左手は弱めに伴奏を始める。しばらく聴いていると、フルートかピッコロと同じ音域でピアノが追っかけっこを始める。ピアノというのはソロ楽器でありながら、オーケストラでもある。ピアノ協奏曲とはこういうものかと、とても良くわかる。
⑦ベートーヴェン「弦楽四重奏曲第4番」。小品でもベートーベンは自分には几帳面過ぎる。ある種のミニマリズムがあるのが馴染めなかったりする。
オーディオ的には⑦が一番面白い盤だったかと思う。⑤も生々しくて刺激的だが、ピアノと弦では構造的に違い、引っ搔きものの方が刺激音できつい。そうした刺激音があっても、この音響設備は破綻しない。破綻というのは、例えばスピーカーとは全然関係ない方向から音が飛んできたりすることだ。シンバルの音だけ天井の近くで残ったりしないだろうか。管楽器の音だけ妙に部屋の左端の方に響いたりしないだろうか。あるいは店内の掲示物が音で震えてビリビリいっている、そんな「不幸な体験」もあった。残念ながら、そういう場面は意外にも高価なシステムを使っている店で遭遇することもあった。具体的な店の名前を書いてそういう感想を述べた殆どないので、このブログの記事自体歯切れが悪いし、次第に書く興味が失せていったのも事実である。そういうのはスピーカーやアンプといったオーディオ装置以外の部分から発生しているのだが、このサロンドミュージック吉原さんでは、そうした体験が全くなかった。
(4)マイ電柱は氷山の一角
テレビでの「マイ電柱」の効果のような文脈で知った場所であったが、実際に音を体験してみると、それ以外の対策があるから、私はこうして記事を書くことができたのではないかと思っている。短時間で完全に理解できたかは覚束ないが、備忘録的な意味で整理する。
a. マイ電柱 ー> 電源ノイズ対策
b. シールド ー> 電磁波ノイズ対策
ケーブルと端子部分に巻かれたアルミ箔、シャーシの基盤の下部分のアルミ化など。
c. 床のコンクリート、機器インシュレーション ー> 振動対策
SPのボックスを地中に埋めたコンクリートで固定する(床と別構造にする)。COPULAREのCORAL LIFTER(人工珊瑚を使ったインシュレーター)がEsotericのCDトランスポートの下に敷かれていた。さらには、紙を巻いた筒が多数あり中に何やら詰め物があった。
d. DEQX(デックス) ー> マルチウェイSPのコントロール
オーストラリアのフェアライト社出身の技術者が作った会社のDSP製品。ルーム特性に合わせスピーカー調整をするシステム。EQ調整、位相調整、低音の遅延補正など。もうネットワークとかアッテネーターを入れてマルチSPを駆動する時代ではないようだ。チャンデバでマルチアンプにしてコンピューターで設定を変更可能になっている。
e. SPと部屋の拡散、共鳴、反射 ー> 定在波対策(ルームチューン)
スピーカーのバッフル板に何やら色々なものが張り付いたもの。周辺に置かれた植物や竹、椅子の上のフローリング板の切れ端のようなもの。
検索すると1年ほど前のシステム図があった。この図と見比べてみると、ルームチューン周りが変化していったことがうかがえる。吉原さんのお話ではマイ電柱はあくまできっかけで、電源をクリアにすることで、他の対策による音の変化がわかるようになったということであった。
事前にホームページでシステムを理解し、質問事項を整理して、どのような経緯でこの部屋を整備されたか、明らかにした方が良かったかもしれないが、準備の悪いのは相変わらず。写真も感度が良くて画角が広いデジカメはメモリーを入れ忘れて撮影できず。スマホで撮るしかなかった。
書き忘れたがクロックジッター対策のため、GPS信号を受信して、これをマスタークロックする機器も設置されていた。
私が興味深かったのは、「d. DEQX」と「e. SPと部屋の拡散、共鳴、反射」だった。吉原さんによれば、「理想はバッフル無しのフルレンジ(館内スピーカーのBoseは何と音が良いのだろう)だが、音楽に必要な周波数をカバーするとなるとマルチになり、30kgあるウーファーを固定するための構造が必要でバッフル板を使わざるを得ない。そこで発生する余計な音を吸収したり、反射して逃がしてやる。そのために謎の吸音材を貼ったり、ゴムを丸めたものを園芸用のタイで縛って両端をネジ止めしている。するとスピーカーの裏で膨大なエネルギーが発生したので、竹を置いて逃がしている。」というような説明であった。そしてセンターにある竹などだが、吉原さん曰く「センター定位は右と左から同じ音が出ることで人間の耳が騙されていること。ならば、それを積極的に利用してやろう」、そういう理屈なのだと言う。実際は違う音もある訳で、それらが混ざると濁ってしまうので中央に仕切っている。私は「ヘッドフォンを部屋で実現する」ものだと理解したが...。竹が乾燥するとDEQXの設定を変えなければならず、定期的に調整する必要があるそう。10バンドのEQの調整結果のメモを見せてもらった。これも後で調べれば、この設定は結構面倒らしく、DEQX導入時のメーカー設定以後そのままという場合も多いようで、手間がかかっているのだ。
いずれにせよ、この場所で聴く音楽は、右から左まで音の定位が明確で、安定している。細かく楽器の一音一音に集中して聴き込むことができる、そういう印象。それを邪魔する変な音がしない。爆音で外に出た瞬間に違和感を感じるとか、重低音で知らないうちに疲労していたといったこともない。
こうしてじっくり振り返ってみても、非常に面白い、充実した時間が過せたのではないかと思う。フェアライトとは80年代に流行した超高級サンプリングシンセ「Fairlight CMI」のメーカー。デジタル化で進んで来たテクノロジー変化を、多くのジャズ喫茶や名曲喫茶は無視している。それはそれでいいのだけれど、デジタルを突き詰める方向も面白いと思う。
記事は書けてないが、ゴールデンウィークには3度目にして館山の「コンコルド」でAltec A7モノラルと佐久間式真空管アンプで聞いてきたが、私はそれもいい音だと思った。
サロンドミュージック吉原