穴と橋とあれやらこれやら -272ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2015年4月30日、初の能登遠征2日目。この日のネタで記事にしているのは、八世乃洞門旧廃道と麒山道恋路の不条理な歩行者用シェッド恋路隧道真脇隧道長谷の澗隧道と旧道

 

 

今宵ご紹介するのは、時系列で真脇隧道と長谷の澗隧道の間に出会った、素敵なロケーションの隧道。

 

 

 

まずは遠望にて。…わかりますかね?

向こうに見える岬の突端に…ね。

 

 

 

 

 

つうわけで、いきなり

坑口前にワープ!場所はコチラ。写真は北側坑口になる。

 

 

 

 

 

 

 

坑口から洞内まで、

すべて素掘りのモルタル覆工。

 

 

 

 

 

 

 

進みましての、

南側への、鉄板の構図。イイっすな~。岩場でなんかしてる女の子たちがいるが、何してんだ?

 

 

 

 

 

 

抜けて、振り返り。

なんか…可愛いな(笑)。

 

 

 

 

 

 

現地には扁額も銘板もないけど、

真新しい「木ノ葉トンネル」の標柱が。

 

その通り、この隧道は木ノ葉隧道という素朴な(笑)お名前。「平成16年度道路施設現況調査(国土交通省)」によると、昭和8年建造、延長28m、幅員4.0m、有効高3.1mだそう。

 

いつものように、延長以外はなんか見た目としっくりこない感はあるが。

 

 

 

 

 

で、こちら側には

北側にはなかった(と思われる)落石防護ネットがビッシリと張られている。

 

一番下のこのハリ(鍼灸)みたいなのはなんだろう(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

この角度で見ると、

隧道の素敵なロケーションがひときわバエる。

 

 

ところで先ほども触れたが、近くの岩場で、中学生か高校生くらいの女の子2人が真剣に何かを探していた(4枚目の写真にも小さく写ってる)。学校の宿題なのか、探してるというよりは採取してる?ような感じ。

 

それがなんか微笑ましくって、つい写真を撮ったんだが…。

【以下2022年1月30日追記】

どうやら盗撮と判断されたのか、いつの間にか画像が見れなくされていた。怖ァ。よって編集・削除しといた。

 

 

 

 

 

 

 

愛と信頼の軽トラが登場して、

ちょうど隧道のサイズ感もよくわかる写真が撮れたところで、撤収。

 

 

 

 

 

 

 

北側の

鉄板の構図。

 

 

 

 

 

 

そして振り返りの、

南側の鉄板の構図。

 

地図でわかるとおり、岬の突端に穿たれたこの隧道は、両側ともに海を望む鉄板の構図写真が撮れるという素敵なロケーションである。こういう隧道、なかなかないのよね。

 

 

 

 

 

 

 

最後に、

10分後くらいに撮った、南側からの遠望。素敵でしょう?

 

そういえば、あの女の子たちはいなくなっていた。

 

 

 

 

 

以上。

 

 

 

 

今宵はちょっと、ブルータルな気分です。いや、何があったわけでもないんです。単純に好きなんです、ブルータルな音楽が、結局。

 

 

 

つうわけでCARCASS。好き者には現代デス・メタルの偉大なるオリジネーターのひとつとしてリスペクトされている、イギリスのバンドでありますね。人呼んで、「リヴァプールの残虐王」(笑)。

 

 

92年の名作3rdアルバム「NECROTICISM-DESCANTING THE INSALUBRIOUS」。

「残虐王」たる所以は、このジャケ写に漂うブラッディかつ不穏極まるムードで感じ取れますな。ちなみにこれは日本盤ですが、帯は自主規制して外しております(わかる人にはわかるネタ)。

 

 

 

 

 

で、オープニング・ナンバーの“Inpropagation”。あっ、善良な音楽リスナーの皆さんは心の準備をしてくださいね(笑)。

 

 

ちょっと久しぶりに聴いたけど、改めてかっけえな(笑)。

 

加速/減速を繰り返す暴虐のサウンドに乗っかる、リリカルかつ抒情的なフレーズを奏でるツインギター…。アルバム頭のこの曲一発で持ってイカれた記憶が蘇りましたわ。

ビル・スティアーの聴きやすいデス・ヴォイス(そんなんあるのか?あるんです・笑)もまたいいんだな。


コアな音楽を求め続けていたあの頃、デス・メタルにはハマったな~。このCARCASS、MORBID ANGEL、DEICIDE、SUFFOCATION、MALVOLENT CREATIONやらあれやらこれやら。

 

 

あれは94年だったか、大阪はモーダホールでの初?来日にも参戦したっけ。今でもその時のTシャツが現存してるっていう…(笑)。

 

 

 

次読解区土岐は(←「次どっか行く時は」って変換しようとしたらこう出た・爆)こいつを積んで行こうっと。夜駆けには最高やし。

 

 

 

 

なんか…こういう音楽記事、久々やな~。初期にはこんなんばっかりやったけど。原点回帰だ(笑)。

 

 

2012年7月1日、千載一遇のチャンスで敢行した大分県探索。これまでに記事にしているのは、大坪の沈下橋大石峠隧道妙現宮の参道橋小城隧道元畑隧道丸塚隧道岳切隧道九人ヶ塔隧道

今宵ご紹介するのは、時系列で妙現宮の参道橋の20分前に出会った、地味~なわたくし好みの橋。

 

 

 

県道43号を南下中に目に入って、思わず左折。

実に好みのタイプ(笑)。

 

その先の階段つきスロープにも感銘を受けた(笑)わたくし、そのまま登ってしまい、その先でレンタカーを停めた。

 

 

 

 

 

なので、

渡った先から記事スタート。場所はコチラ

 

地図を見ると、渡った先にあったのは国土交通省の古後雨量観測所だったようですな。ちょうどこの日も終日スッキリしない天候だったが。

 

 

 

 

右の親柱には仮名でのお名前があったが、

ちょっと見にくい感じに。「いくえいばし」か。

 

 

 

 

 

左側にはお誕生日。

「昭和二十九年三月」。

 

 

 

 

 

古めかしい欄干に対して、

川は両岸ともコンクリ護岸で、趣には欠ける。

 

 

 

 

 

何度も書いてると思うが、

こういうシンプルながらも味のあるコンクリート欄干、大好物だ。

 

 

 

 

 

改めて、県道側より正対。

四角四面な質実剛健っぷり。ゴツさもあるので、非常にどっしりした印象を受ける。イイね~。

 

 

 

 

 

お名前が判明して、

やはり「育英橋」。

 

この橋名と渡った先の印象から、もしかしてかつてこの上には学校があったのかも。廃校となった跡地に雨量観測所が設置されたのじゃないだろうか?

 

…知らんけど(笑)。けど案外当たりな気がする。

 

 

 

 

 

左は河川名で

「木浦川」。

 

 

 

 

 

最後に、サイドアングル。

「自分より年長のシンプルな桁橋」という我が嗜好の原点的な、(個人的に)イイ橋でありました。

 

 

 

 

 

 

どうでもいいけど、おまけ。

階段つきスロープを降りるときの様子。誰が興味あんねん(笑)。

 

 

 

以上。

 

 

2019年8月31日に敢行した、大津市内の仁丹看板ハント。この日のネタでは探索開始前の逢坂地下道を記事にしている。

 

 

 

さて、今宵のお題はコチラ。

いつものごとく引きで…。もうめっちゃわかりやすいでしょ。

 

 

 

 

 

 

はいコチラ、

「東浦垣内町」。

 

ちなみにこれは現存しない住所。となりには現在の住所を記した看板(それも相当古いやつだが)が掛かっていたが、消しといた。ちょっとねえ…この後お目にかけるオプションはデリケートなので(笑)。

 

 

 

 

つうわけで、最初の写真の右端…気になった方、おられますかな?

 

 

 

 

実はこのような…

素晴らしきヴィンテージ・カーが。

 

これはさすがにわたくしも知っている。いすゞの名車、「117クーペ(二代目)」だ。ガキの頃には普通に走ってた(といっても大衆車並みに走ってたわけではないが)車だが、近年その姿を見かけることはまずない。

 

 

 

 

 

 

しかも、

ナンバーのついた、バリバリの現役車!これは正直なところ、仁丹看板以上にテンション上がっちゃって(笑)。

 

とはいえ、いつものような草ヒロじゃなくて車庫に駐車された現役自家用車なんで、本来は撮影さえも憚られる状況。しかしそうはいっても…これはあまりに美しすぎて、我慢できずに勝手に撮影させていただいたものだ。ほんときれいに乗られていて、オーナーさんの愛情が手に取るように伝わってくる。

 

 

 

 

 

 

最後に、リアスタイル。

確かこの車のデザインはかのジウジアーロだったと思うが、ほんとため息が出るような美しさ。セクシーですな~(惚)。

 

 

自分を棚に上げてナニなんだが、万が一場所を突き止めたとしても、それを開示するようなことはお控いただきたい。何とぞ。

 

 

 

つうわけで、タイトルの意味やデリケートさがおわかりいただけたと思う。仁丹看板の写真は1枚だけだったのに、117クーペは3枚(笑)。気にせず撮れる状況なら、もっと舐めるように撮りまくってたと思う。

 

 

 

記事の趣旨を思い出して(笑)、最後にいつものリストで〆。

 

1、膳所網町 (現地確認済み

2、新栄町 (現地確認済み

3、上馬場町 (現地確認済み

4、元会所町 (現地確認済み

5、上京町 (現地確認済み、記事未)

6、山中町(A) (現地確認済み

7、雄琴千野町 (現地確認済み、記事未)

8、東浦垣内町 (本記事

9、神出小関町 (現地確認済み記事未)

10、船頭町 (現地確認済み、記事未)

11、柳町 (現地確認済み記事未)

12、膳所大津町 (現地確認済み、記事未)

13、膳●●● (現地確認済み

14、大石曽束町 (現地確認済み

15、田上森町 (現地確認済み、記事未)

16、田上石居町 (現地確認済み、記事未)

17、田上稲津町 (現地確認済み、記事未)

18、山中町(B) (探索するも不明)→ほぼ消滅?

19、東上栄町 (探索するも不明)→ほぼ消滅?

20、南滋賀町 (消滅)

※現地確認済み分は、確認した順

 

 

 

以上。ちょっと異色な内容でしたな(笑)。

 

 

 

2015年12月27日、南紀徘徊2日目。この日のネタで記事にしているのは、出雲隧道宇津木隧道旧道一雨の水路隧道中村の吊り橋和深の名称不明橋

 

今宵ご紹介するのは、中村の吊り橋の直後に通りかかった橋。

 

 

 

まずはこれ。

和歌山県道39号串本古座川線を南下中に通りかかった、このカーブした橋が今宵のお題。場所コチラ

 

いい感じに年月を重ねたコンクリの風合いに惹かれて、停まっちゃった次第だ。それ以上特段何を期待したわけでもなかったんだが、これがまた…珍品(当社比)だった。

 

 

 

 

 

この角度で見た時に…気づかなければいけなかったんだが、

あんまり見てなかったんだな(笑)。何か感じた方はおられます?

 

 

 

 

 

さて、お名前チェーック。

「南平橋」。

 

 

 

 

 

そして河川名。

「南平川」。

 

 

 

 

 

では、橋上へ。

これは上流側。鬱蒼として何も見えないけど。

 

 

 

 

 

そして下流側は…つうか、

橋のほぼ直下で南平川が三尾川に流れ込んでいる。

 

 

 

 

 

渡って、

南側より正対。

 

 

 

 

 

こちらで、お誕生日も判明。

「昭和丗七年一月」。

 

レアな「丗」が登場してるが、この橋のレアポイントはこれではない。

 

 

 

 

 

ところで、ここで

旧橋の遺構発見。

 

わかりにくいと思うのでラインを引いてみたが、駒止がいい感じで残っている。後で北側も見てみたら橋台遺構が残っていたが、やはりというか、現橋が曲がっているのに対して旧橋はまっすぐに南平川を渡っていたようだ。もちろん旧橋そのものは撤去されて現存していない。

 

 

 

 

しかし、いや~…

このカーブ、いいよねぇ…(笑)。

 

 

 

 

 

さて、ようやくのこの橋のレアポイントは、このカーブ…ではなく、カーブなのに●●●はまっすぐなところなのだ。

 

この角度で、それにようやく気付いて驚愕した。よーく見ていただきたい。

これ、伝わるかなあ(汗)。

 

実はこの橋、上路の開腹コンクリートアーチだった。そしてこれこそがレアポイントなのだが、南平川にまっすぐ渡されたコンクリートアーチに対し、路面である床版はカーブしている。そのため、アーチ上に立てられた床版を支える柱は、カーブ部分は三角形に張り出してアーチ上面との整合を取っている。

 

 

 


本当にレアなのかどうか知らんが、

少なくともわたくしの経験値では、今に至るまでこの橋でしか目にしたことがない特徴だ。

 

サイドアングルが撮れるような立地じゃなく、まともな写真がないのが極めて残念なんだが…。もしかして、探せば下に降りるルートがあったかもしれない。

 

 

 

 

とりあえず、(中村の吊り橋に続いて)面白い橋に出会えて大満足。

とてもしっかりと手入れされた、たもとにおわすお地蔵様。

 

遊ばせていただいたお礼をし、ここを後にした。

 

 

 

以上。