さて、いよいよ、力のつり合いの式の「教習」です。
冒頭の写真は、愛知物理サークル通信復刻版DVDのイラストです。愛知のメンバーの似顔絵で構成しています。
なぜ愛知物理サークルの絵を選んだかは、今までの話の流れでおわかりかとも思います。愛知物理サークルは力のあつかい方の工夫で、古くからたくさんの蓄積をしてきています。ぼくも、先輩の方々から、「こうやればだれでも力を間違えずに使えるようになる」というノウハウを学びました。今、ぼくが使っているのは、それを自分なりにアレンジしたものです。
では、「教習」に入ります。クルマの運転と同じで、だれでもできるようになるプログラムになっています。
つり合いの式を立てるときの手順1〜3が、そのすべてですが、その前提として、前プリントのポイント1〜4があることを、お忘れなく。
1.の「物体が受けている力をすべて描き込む」というのが、もっとも重要。ここで8〜9割の人が間違えます。たとえば例題1の場合、初めて解く人は、たいてい、力の矢印の数が足りなくなりますね。
こちらは、描きこみの図を見ながら説明した方がわかりやすいでしょう。
2の問題は、まず、ノーヒントで、学生に力を描きこんでもらっています。
それは「力の描き込みでほとんどの人が間違う」ということを実感してもらうためです。
実際にやってみると、かなりの数の学生が、矢印を正しく描けません。つい、見落としてしまうのですね。具体的な間違いについては、描き込みプリントをご覧ください。
2と3が終わったら、カンのいい人は、力の図が正しく描けるようになりますので、4〜6で演習に入ります。もちろん、全員がすぐにできるようにはなりません。(*)
問題は、4→5→6の順に、むつかしくなっていきます。
6は実物を持っていって、最初に実験してみせるとよいですね。ぼくは、必ず演示実験するようにしています。(※)
(※)この実験の画像と、少し深い話を書いた記事「浮いた磁石の重さははかりにどうかかるか?」を書きましたので、実験の画像はこちらをご覧ください。
2(例題1)では、多くの学生が張力Sを書き忘れています。
その原因ははっきりしていて、矢印を長く描くと、重力の矢印が下の糸を隠してしまい、つい、下の糸の張力があることを忘れてしまうからです。
初心者にはよくあるちょっとしたウッカリですが、問題を解く上では致命的です。
この例に限りませんが、力の問題は、最初に図に力を描きこむ段階で一つ二つ力を描きこみ忘れて、大失敗するケースが圧倒的に多いのです。
面倒でも必ず力の矢印を書きこみ、未知の力には記号をつけましょう。
この手続きを省略する人は、力のつりあいや運動方程式をマスターすることができなくなります。
受験生だというのに、力のところでつまづく人を見ると、ほぼ全員が、図に正しい力の図を描きこんでいません。まあ、受験に失敗してもかまわないという人は、どうぞご自由に。ぼくたちも、そこまで、面倒みきれません。
矢印を色分け(形分け)しているのは、式を立てるときに力の矢印が混同しないようにするためです。前にもいった通り、これは初心者向けの注意です。
初心者は、力の矢印一つ一つがどの物体に働いているのか、判断ができないので、せっかく力の描き込みに成功しても、式を立てるときにとんでもない間違いをします。
Aのつりあいの式にはAが受けている力だけ、Bのつりあいの式にはBが受けている力だけが登場するのですが、初心者はこの区別がつかないので、つりあいの式に書いてはいけない力をまぜてしまうのです。
これは、AとBで、受けている力の矢印を色分け(形分け)することで防げます。
描き込みの式を見てください。Aについての式にはAが受けている赤い矢印だけ、Bについての式にはBが受けている青い矢印だけが登場していますね。
とくに、3(例2)のように、2つの物体が直接ふれあっているケースで、「力の混同」が起きやすいのです。でも、Aの式は赤い矢印だけ、Bの式は青い矢印だけ、というルールを守っていれば、力が混同することはなくなります。
4は本格的な問題です。Aについては、力を2方向に分解して考えないといけません。
つりあいの力は、物体ごとに立てるので、x軸、y軸が、AとBで共通である必要はありません。この描きこみでも、Aのy軸とBのy軸は異なりますね。
こういう自在さは解き慣れることで身についてきます。
つりあいの式も方向ごとに、合力=0の式を立てます。
5は簡単な問題ですが、軽い滑車と糸の張力の関係がわかっていないと、うまく解けません。これは前プリントのポイント4で示したとおりですが、もっとざっくりいうなら、「同じ糸の張力はどこでも等しい」といういい方で示すことができます。
滑車と糸の張力の関係をチェックする意味では、こちらの問題の方が「ペンキ屋の冒険」よりシンプルで、問題点がはっきりします。(「ペンキ屋の冒険」の問題はより複雑なので、ちぇっくすべき内容が多すぎて、最初に練習として解く問題としてはあまりよくないですね。こちらにさしかえてよかったと思っています)
6も有名な問題。宙に浮いている磁石Aの重さが、下のはかりにかかるかどうか、という問題です。
小学校でも出題されることがある問題ですので、この実験を見たことのある学生もいるかもしれません。
しかし、力の矢印を正しく描き、力のつりあいの式を立てれば、上の磁石の重さもちゃんとはかりにかかることが示せます。
初心者は、AがBから受ける磁力の反作用の力をどこにどう描いていいのかわからず、問題が解けなくなります。
もちろん、BはAから、逆向きで同じ大きさの力を反作用の力として受けますので、図の通りになります。
なお、この問題では、力の単位として(Nニュートン)を使わずに、(kgwキログラム重さ)を使いました。以前は中学校ではkgw、高校からNを使うという、使用単位の使い分けがあったのですが、ある時期から、中学校でもkgwを使わずにNで教えるようになりました。
そのため、高校生でも、体感的な力の単位であるkgwを使えなくなってしましました。ちょっと残念ですね。
今でも、建築の現場ではkgf(kgwと同じもの)を使います。N(ニュートン)では、どのくらいの重さかピンと来ないですね。
kgwを用いたときは質量の値がそのまま重さの値になるので、重力加速度をかける必要はありません。
ここで、わざとkgwの問題を入れたのは、この問題は必ず実験を見せているからです。はかりkgwの単位で値が示されますからね。
また、kgwの単位になれておくのも、中学校で教えなくなった分、高校生にとっては、以前より重要な課題になりました。
次回はついに運動方程式の立て方。お楽しみに。
(*)最初に書いた記事では、このプリントの前のプリントを使っていて、描き込みプリントと一部異なっていましたので、描き込みプリントと同じプリントに差し替えました。それに関連して、コメント文も変えました。
関連記事
旧版
物理ネコ教室019-2力三角関数演習
物理ネコ教室020弾性力と摩擦力
新版
物理ネコ教室014力と慣性1(改訂していない)
物理ネコ教室014力と慣性2(改訂していない)
物理ネコ教室015力のつりあい(一部改訂して上書き/2022.9.9)
物理ネコ教室016作用反作用とつりあいの力1(一部改訂して上書き/2022.9.9)
物理ネコ教室016作用反作用とつりあいの力2・改訂版(全面改訂/2022.9.10)
物理ネコ教室017力のつりあいの式・改訂版全面改訂/2022.9.11)
物理ネコ教室017-2力のつりあいの式演習・改訂版(全面改訂/2022.11.10)
物理ネコ教室018弾性力・改訂版(全面改訂/2022.9.29)
物理ネコ教室019運動方程式・改訂版(全面改訂/2022.10.29)
物理ネコ教室019-2運動方程式演習・改訂版(一部改訂/2022.11.11)
物理ネコ教室020滑車のあるときの運動方程式・改訂版(一部改訂/2022.10.30)
物理ネコ教室021摩擦力(全面改訂/2022.11.4)
物理ネコ教室021-2摩擦力演習(新規/2022.11.5)
物理ネコ教室022さまざまな力の原因・改訂版(全面改訂/2022.11.6)
物理ネコ教室023空気や水からうける力その1・改訂版(全面改訂/2022.11.15)
(以下、随時更新)
〜ミオくんと科探隊 サイトマップ〜
このサイト「ミオくんとなんでも科学探究隊」のサイトマップ一覧です。
ぼくの物理の講座とプリントを公開しています。
*** お知らせ ***
日本評論社のウェブサイトで連載した『さりと12のひみつ』電子本(Kindle版)
Amazonへのリンクは下のバナーで。
『いきいき物理マンガで冒険〜ミオくんとなんでも科学探究隊・理論編』紙本と電子本
Amazonへのリンクは下のバナーで。紙本は日本評論社のウェブサイトでも購入できます。
『いきいき物理マンガで実験〜ミオくんとなんでも科学探究隊・実験編』紙本と電子本
Amazonへのリンクは下のバナーで。紙本は日本評論社のウェブサイトでも購入できます。