今まで無視してきた力はたくさんあります。弾性力、摩擦力の性質は学びましたので、いよいよ、空気や水から受ける、抵抗力や浮力を扱いましょう。
このプリントは、前半で空気抵抗、後半で浮力のことを扱っていますが、どちらもなかなか深い内容なので、ここでは2回にわけて解説することにします。
今回はその1。空気抵抗力です。
空気抵抗を最初に研究した科学者といえば、ガリレオ・ガリレイ。
物体の落体運動を研究したガリレオは「空気抵抗がなければ」木球も鉄球も同時に地面に落ちるはずだと主張しています。そして「空気抵抗があれば」ピサの斜塔程度の高さ(ガリレオの書いた本には<ピサの斜塔>という言葉はいっさい出てきませんし、それらしい高さのデータもありません)から落とした木球と鉄球では、落下時点で指何本か分の差が出ることを指摘しています。これは、実験しないとわからないことですね。
さすが、ガリレオ大先生。
空気抵抗を受けて飛ぶ砲弾は放物線を描かない
さて、以前、重力中の運動を扱ったときは、物体が受ける空気抵抗力や浮力は小さいので無視しました。それにより、物体の重力中の運動の本質が単純化して理解できましたね。
しかし、例えば野球やサッカーのボール運動は、空気抵抗の影響をたくさん受けますから、いつまでも無視し続けるわけにはいきません。
かなり重い砲弾でも、長距離を飛ぶ間には空気抵抗を受けますから、重力中の運動で学んだように「放物線を描いて進む」というわけにはいきません。
実際、ダ・ヴィンチは砲弾の軌跡を研究し、図解していますが、それは放物線ではなく、空気抵抗を受けて重力中を進む、実際の軌跡に近いものになっています。
砲弾の運動のような複雑なものは、数理的な扱いが高度になり、高校物理では扱いきれませんので、ここでは、もっと単純な運動で、空気抵抗が関わる例を調べることにしましょう。
雨粒は雲から落ち始めてしばらくすると等速度運動になる
では、空気抵抗を受ける物体の代表として、雲から落下する雨粒の運動を考えましょう。
1〜3は空気抵抗を受ける物体の運動について論じています。これを数式で理解するには、微分方程式の知識がいります。
ですから、高校レベルでは、工夫をして、定性的な理解ができるようにします。
2の抵抗力の式は(あとで描きこみを見ますが)、<嘘八百>です。
摩擦力の式と同様、高校で扱う実験の範囲でしか、成り立たない式なのです。
詳細は、描きこみを見てください。
3は、複雑な雨粒の運動を高校レベルでどう調べるか、という工夫の典型的な例になっています。これも、後で描きこみを見ながら、解説します。
では、描きこみを見ていきましょう。
空気抵抗力の式<R=kv>は適用範囲がある
2.空気抵抗力の式<R=kv>は、高校の物理教科書や、大学の初級コースの教科書に乗っている式です。
しかし、例えばすごく速い速度で動く物体や、ハエやカのように小さな虫が受ける空気抵抗力は、こんな式では表せません。
そもそも、こういうケースでは、空気抵抗力は速度に比例しないのです。
ケースバイケースですが、速度の2乗に比例する場合もあります。
身の回りのもので、適当な速度で動いている場合の抵抗力を実験により測定すると、だいたいこの式に当てはまる、という程度の式になります。
実験から生まれた物理現象の式の中では、かなりあやしげなものの代表格ですね。
大学で流体中の抵抗力を学ぶとき、たいてい「きみたちが高校で習うR=kvなんて嘘っぱちだ」てな感じで罵倒される式です。(ぼくが大学で受けた講義では、担当の先生がまさにこういう感じで、半分怒りながら、おっしゃっていました)
とはいえ、大学でも教養課程の物理では、理論上、やはりR=kvを使って物体の運動を解析します。この式以外の場合は、扱いが難しくなりますから。
式の限界を知りつつ、高校レベルでは、この式で考えていく、ということでよいでしょう。
なお、この比例定数kは、空気の粘性や、雨滴の形や大きさ(とくに断面積)によって異なります。大学ではkはこれらの要素を表す複数の値で表すので、式がもっと複雑になります。
空気抵抗を受ける物体の運動方程式は高校数学では解けない
3.雨滴の落下の運動方程式を本格的に解くためには、(2)の途中状態の運動方程式を微分形式で表します。これは<微分方程式>といって、原則として大学で学ぶ方程式になります。(高校でも、教えてくれる奇特な数学の先生がいるかもしれません)これをきちんと解くためには、大学で学ぶ数学的な知識が必要です。
そこで、高校では、落ち始め、途中、最終状態の方程式を立て、途中状態については加速度aが重力加速度gより小さいこと、および、雨滴の速度が上がるほど加速度が小さくなることを確認するだけにとどめます。
この方法は物理学ではよく使われる方法です。数式が難しくて手に負えないときには、いろいろ工夫して、より簡単な数式を近似的に当てはめます。なぜなら、自然科学は近似の学問ですから、この方法こそが王道なのです。
では、描きこみを見ながら、解説します。
(1)落ち始め
雨滴の落ち始めは、当然、速度vが0ですから、空気抵抗力Rも0です。雨滴は重力mgだけを受けて落下するので、加速度gで落下し始めます。
つまり、「落ち始めは自由落下と同じ」というわけですね。
(2)途中
運動方程式mg-kv=maより、加速度a=g-kv/mとなり、速度vが大きくなるほど加速度aが小さくなることがわかります。また、明らかに、加速度aはgより小さいですね。でも、加速度が小さくなるといっても、加速することには変わりないので、雨滴の速度はさらに増えていきます。
(3)最終状態
雨滴の速度が増えるにつれ、雨滴が受ける合力は0に近づいていきますから、やがて、合力が0になる時が来るでしょう。つまり、合力mg-kv=0となるのです。
すると、運動方程式mg-kv=maは、0=maとなってしまい、加速度が0、つまり、雨滴はその後は加速せずに、一定の速度で落下することになります。
このときの速度が最終速度vf(fはfinalの意味)です。描きこみの式の通り、最終速度vf=mg/kとなります。
落ち始めは自由落下、最終状態は等速度運動
(4)まとめ
時刻t=0では、自由落下と同じく、雨滴は加速度gで落下します。グラフに自由落下の式v=gtを引くと、時刻t=0では、雨滴の運動のグラフの傾きは自由落下の直線の傾きと一致します。グラフのt=0の短くて赤い線を見てください。これが、落ちはじめの雨滴のグラフの<出だし>となります。
一方、時刻tが十分大きくなった頃には、雨滴は加速度0となって等速度運動をするので、雨滴の運動グラフの傾きも0となります。
ですから、このときの雨滴の運動は、一定の速度vfで動く等速直線運動のグラフv=vfに一致します。グラフの右端のあたりで、水平な赤い線がありますね。これが、最終状態の雨滴の運動の<終わり>となります。
途中の時刻では、加速度aがgより小さくなるので、雨滴の運動を示す赤線の傾きは、gより小さくなります。
これらをなめらかにつなぐと、空気抵抗を受けて落下する雨滴の運動グラフが描けます。
これなら、本格的に高度な数式を使わなくても、雨滴の複雑な運動の概形が描けますね。
大学ではさきほど述べたように、(2)の運動方程式を微分形式で表し、微分方程式として解きます。その解により導いた雨滴のvtグラフは、今、ざっくりと概形を描いたグラフに一致します。
What if? の世界
ちなみに、もし、空気抵抗がなかったら、雨滴が地上に達するときの速さはどのくらいになるでしょうか。
いわゆる雨雲は高さが2,000m程度だそうです。ここから雨滴が空気抵抗なしで落下した場合(あくまでも仮定の話ですが)、自由落下の式に当てはめて計算すると、ざっと200m/s、時速にすると720km/hになります。
新幹線の3倍の速さですね。
こんな速度で落下してきた雨滴は、大きな運動量を持ちますので、弾丸のように危険です。
雨の日に布製の傘で出かけることができるのは、空気抵抗のおかげですね。
ガリレオと空気抵抗
では、ちょっと、科学史のトリビアを。
空気抵抗を受ける物体の運動については、落下運動を最初に定量的に測定して理論を立てたガリレオ・ガリレイが、詳しく研究しています。
ガリレオはピサの斜塔から落とした木の球と、鉄や鉛の球が、同時に地面につくのを実験したという「伝説」がまことしやかに語られています。
しかし、ガリレオ自身が描いた本にはそのことはいっさい触れられていませんし、それどころか、空気の抵抗のために高いところから落とした場合、木の球と鉄の球では、地面に落下するときわずかに差が出ることも調べています。
ガリレオは空気が球の運動を邪魔するためにこのようなことが起こると考え、より抵抗の強い水中に物体を落下させる実験を繰り返しました。これは、ガリレオが書いた本に、かなり詳しく記録されています。
水中では、強い抵抗力のため、物体はすぐに最終速度に達します。
この場合、同じ大きさなら、より密度の高い金属の方が、密度の低い石などより、早く底(地面)に達します。(木は水に浮きますから、この実験には使えません)
ガリレオは、水中での落下実験を重ねることで、空気中を落下する物体に起きていることが見えてくるはずだと推論し、「鉄の球の方が木の球より速く地面に落下する」という実験結果の裏付けとしました。
ちょっと話が外れたので、プリントに戻ることにしましょう。
最終速度の判定
最後の(問)は、木の球と鉄の球の最終速度の違いを調べる問題です。
ただし、木の球と鉄の球の場合、質量比は2倍どころか、8倍以上あります。ここでは、計算しやすい2倍の比で問題を解いておきましょう。
計算は描きこみの通りです。
質量の大きい方が最終速度が大きくなることがわかります。
なお、雨滴に限らず、空気抵抗を受けるものはいっぱいあります。パラシュートをつけて降下する人の場合などにも同様な計算が使えますね。
なお、ネコが高いところから落ちても怪我しにくいのは、落下するさいに4つの足の指を広げて指の間の皮膚で自前のパラシュートを作り、空気抵抗をより大きくして落下するためです。
といっても、あまりに高すぎると、さすがのネコも怪我をします。
絶対に実験しないでください。
電磁方程式で有名なマクスウェルは、若い頃、ネコが空中で宙返りするのを研究したことがあります。それがあまりに熱心であったため、2階にある自分の部屋の窓からネコを投げているとの噂が立ったことがあります。
それが恋人の耳に入り、「それは誤解だ、ぼくはそんなことはしていない」との手紙をわざわざ送っているほどです。
真夜中に宿舎を走り回るのが日課だった変人ですので、ネコの話も尾ひれがついていたんでしょうね。(本当にやったのかもしれない、という疑惑も残りますが・・・)
では、前半の内容はこのへんで。
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