今まで、力のつり合いの式、運動方程式と、ニュートンの打ち立てた運動の基本原理を学んできました。
このあとは、実験により明らかになった様々な力の性質を数式で表して、力の計算をより詳しく行えるようにします。
まず、弾性力(ばねの力)と、摩擦力です。冒頭のイラストは「もしも摩擦がなくなったら」で使ったイラストです。「摩擦とファインマン〜さりと12のひみつ第4話より」でも詳しい話を書いていますので、摩擦についての深い話は、これらの記事をご覧ください。
さて、これら弾性力や摩擦力の性質を表す数式は、力のつり合いの式や運動方程式などとは異なり、実験的に得られた性質を数式で表しただけです。したがって、式の使える範囲が限定的で、場合により、別の式が必要になることもあります。あくまでも、限られた条件で実験した範囲内だけで使える式だと認識してください。(抽象的でわかりにくいと思いますが、個々の力を学ぶときに、具体的に述べていきます)
通常の物理のプログラムだと、力のつり合いを学ぶ初期の段階で、弾性力と摩擦力の式を学びます。ただでさえ習得が困難な力のつり合いに、さらに弾性力、摩擦力の式が加わるので、まだ物理を学び始めて間もない学生にとっては「物理って、つぎつぎに公式がでてきて、たいへんだ」という印象を与えることになります。さらに、物理法則の基本原理を表す運動方程式と、たかだかある範囲でしか成立しない弾性力や摩擦力の式を、ごっちゃまぜにして学ぶことになるので、式の重みの違いがわかりません。
そういった弊害をなくすため、ぼくのプログラムでは、基本的な運動方程式の立て方が身につくまでは、様々な力の性質に立ち入らないようにしています。
では、プリントを見ていきましょう。
1(1)の実験は、本当は学生実験でやりたいものです。
その余裕がないので、黒板にバネと重りをつるして、演示実験で代用しています。例年、手近にあるバネと重りで行っていますので、表のデータとグラフは、毎年異なります。
ここでは、バネの力とバネののびが比例関係にあることがわかればいいですね。この法則は、発見した人の名をとって「フックの法則」と呼ばれます。
フックはニュートンより先輩の科学者で、そのしつこい性格から、ニュートンに(たぶん他の科学者にも)毛嫌いされていました。しかし、多岐にわたってさまざまな実績をあげてきた人でもあります。
フックの法則は、誤解しやすい法則でもあるので、描きこみプリントで確認してください。
摩擦力は、弾性力以上に難しい力です。
あとでコメントしますが、摩擦力の有名な式F=μNは、フックの法則F=kxよりも、問題のある式です。大学生以上の方は『ファインマン物理学1(力学)』の摩擦力の章をご覧ください。これも、あとで少しコメントします。
バネの力と摩擦力は、高校生にとってもっとも間違いやすい力の代表格ですので、慎重に理解できるよう、時間をかけて学んでいきましょう。
では、描きこみを見ていきましょう。
1は実際に実験して、データを取ります。
1.0(N)の重りというのは、100(gw)の重りのことです。これを順番にバネにぶら下げていくと、バネが伸びていきます。実験をすれば明白ですが、バネののびとぶら下げた重りの重さは比例します。
弾性力Fと弾性体ののび・ちぢみxは比例する(F=kx)というのが、フックの法則です。
表に書き込んだデータは、たまたま、この描きこみをした時の講座で演示実験に使ったバネと重りで得た値です。講座のたびに、そのへんにあるバネと重りで実験をしているので、毎回データは異なります。このときの実験データは、バネ定数が5(N/m)くらいだったのですね。黒板にバネと重りをつるして演示する適当な実験のため、有効数字は1桁の信頼度になっています。
さて、フックは、ありとあらゆるもので実験を繰り返し、ついには髪の毛にも成り立つことを実験しています。髪の毛に重りを吊るし、ほんのわずかののびを測定したのですから、フックの実験手腕はたいしたものです。
ですから、フックの法則は「バネの法則」ではなく、「弾性のある物質すべてに共通する法則」です。
当然、フックはこれを大発見と考え、自分の研究ノートには暗号で「弾性体ののびは力に比例する」と書き記しています。(似たようなことをダ・ヴィンチもしていますが、ダ・ヴィンチの場合は魔女狩りを避けるためでもあったので、少々事情が異なります)
でも、この法則は、適用範囲があります。
バネは、限界を超えて大きな力で引っ張ると変形し、二度と同じ形に戻りません。これを「塑性(そせい)変形」といいます。フックの法則が成立するのは、ばねが塑性変形するまでの範囲ということですね。
また、フックの法則F=kxは、初学者が誤解しやすい法則でもあります。
このプリントの最初の図と同様に、教科書や参考書でも、バネの力Fはバネの片方にしか描かれていません。
ですが、2の問題でもわかるように、本来、バネの力はバネの両側を同じ大きさの力で引っ張ったり押したりしています。
だから、F=kxのFは、2つあるFのうち、片方だけを示しているのです。
ここで誤解していると、2の問題で失敗します。
例えば2(b)では「バネの両側にFとF、合わせて2Fの力がかかっているので、バネが2倍伸びる」などと間違えてしまうのです。(そもそも、逆向きの力Fを足し合わせたら、合力はゼロであって、決して2Fにはなりません)
あなたは、2の問題をうまく解けたでしょうか?
3の摩擦力は弾性力以上に、いろいろと誤解しやすい力です。
一番の誤解は、式f=μNです。
この式を「静止摩擦力の公式」として覚えてしまう人が多く、そのため致命的な間違いを生みます。この式f=μNは「静止摩擦力の公式」ではありません。
教科書では、摩擦力は「静止摩擦力と動摩擦力の2種類がある」というしきりで、ぼくのプリントもそれに合わせて(1)静止摩擦力、(2)動摩擦力、と分けていますが、本当は、摩擦力は3種類あるのです。
それが、このプリントに記した、<静止摩擦力><最大摩擦力><動摩擦力>の3種です。
<1>静止摩擦力fはフックの法則のように、数式化することができません。物体の静止摩擦力は外力につりあって変化するので、定式化できないのです。
<2>最大摩擦力fmaxは、静止摩擦力の最大値にあたり、垂直抗力Nと密接な関係になります。
fmax=μN
この式は、最大摩擦力について成り立つ式で、最大摩擦力に達する前の静止摩擦力には使えません。これを理解しないと、なんでもかんでもこの式を使って解こうとして、大失敗してしまいます。
f=μNは最大摩擦力についてだけ使える式ですから、誤解しないようにしましょう。
<3>動摩擦力f'の式は最大摩擦力と同じ形f'=μNになります。
f'はある理由で、fmaxより小さくなります。また、われわれが日常で目にする現象の範囲では、物体の速度によらず、一定の値になります。
<1>〜<3>の内容を1つのグラフに表すと、(3)のグラフになります。
最初は静止摩擦力は物体を引く力につりあい、それが限界にくると最大摩擦力になり、手の力がそれを少しでも超えると物体は動き出し、摩擦力は動摩擦力になって、大きさが小さくなります。その後はいくら引っ張っても、動摩擦力は一定です。
本当をいうと、この摩擦力の性質をあらわす式には、たくさんの問題が含まれています。
問題の1つめは、そもそもf=μNという式のμという値が、物体の種類と床の種類で決まる、という説明があやしいこと。種類より、表面の状態の方が、実際の摩擦力には影響があります。これについては、オマケとして、さきほど紹介した『ファインマン物理学1』の「摩擦」の項目の記述から、少し抜粋しておきます。
***オマケ***
「”鋼と鋼”、”銅と銅”などの間のμの値と称するものが物理定数表にのっているが、あれはみな正しくない。それは(中略)ほんとにμを決定する要素を無視しているからである。摩擦というものは、決して”銅と銅”などによるのではなくて、その銅にくっついている不純物によって決まるのである」
「F=μNという法則は、ひとたび表面の条件をちゃんときめればそうとうに正確なのであるが、それがなぜこのような形になるかという理由はよくわかっていない」
「本当に純粋な銅にしようとして、表面をきれいにし、磨き、真空内で気体をぬき、考えられるあらゆる注意を払っても、まだμは得られない。(中略)両方の銅片はくっついているのである」
***オマケここまで***
2つめは、動摩擦力が物体の速度によらず一定、ということ。
これはあくまでも、われわれの日常での実験においてのお話であって、専門的に摩擦を研究している人からみたら、お笑いぐさのお話です。動摩擦力は、じつは物体の速度に複雑に関係します。
高校や大学初級で学ぶ摩擦の式は、あくまでも、日常で見るざっくりした実験の場合に成り立つ式だということを、忘れないようにしましょう。
といっても、これを覚えていても、大学入試にはまったく役に立ちませんが。
入試問題は、あくまでも教科書で学ぶ法則を利用して、問題が組み立てられています。
ばねのF=kx、摩擦力のF=μNという式が、いかにあやふやなものであるか、わかっていただけたでしょうか?
力の性質を示す式は、ほとんどがこれらの力と同様、ある範囲で実験を行って得られた式で、適用限界があります。運動方程式のようにどの場合にもあてはまるという、強力な式ではありません。
運動方程式F=maの式と比べると、見た目は似ていますが、法則の強さというか、本質が異なるのです。
なお、摩擦力が垂直抗力と関係している原因は、次の解説プリントでご覧ください。もちろん、これも、ある程度の範囲でこう考えられている、という内容ですが・・・
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