とっぴ「ミオくん、やほ!」
ミオ「やほ、とっぴ!」
とっぴ「やっと、つかまった。摩擦の話、続きやろうよ!」
ミオ「もう、忘れたかと思ってたよ」
あかね「とっぴが忘れるわけないでしょ、好奇心のかたまりなんだから」
ミオ「そっか、そうだね」
とっぴ「こないださ、なんか気になることをいってたじゃん。ええと、凸凹があった方が摩擦が強くなるって、ぼくたちがいったらさ、ミオくんはふふんって、笑ったよね」
ミオ「えへへ」
とっぴ「でさ、ぼく、あのあと、考えてみたんだ。もし、摩擦がなくなったら、この世界はどうなっちゃうかって」
ミオ「へえ、どう考えたの?」
とっぴ「まず! 床がつるつるして、立てなくなる! 前にも後ろにも進めない!」
あかね「それ、普通すぎない? そのあと、どうなるかしら」
ろだん「うーん・・・摩擦がなくなるんだから・・・摩擦で留まっているものは全部外れるな・・・服のボタンは、糸で縫い付けてあるけど、糸って、摩擦で留まっているんじゃないか?」
あかね「そうね。糸で布を縫ってから、最後に糸を結ぶけど・・・糸の結び目が固くなるのって、摩擦のせいよね」
むんく「摩擦がなくなったら・・・糸がほどける」
ミオ「じゃ、こうなるね(大きな時計のリューズをカチリと鳴らす)」
とっぴ「(服がばらばらになる)えーっ、なに、これ!」
あかね「やだ! とっぴのバカ!」
とっぴ「ぼくのせいじゃないよ!」
ろだん「ほら、予想した通りだぜ。摩擦がなくなって、糸と布との引っかかりがなくなったから、服が布と糸に分かれちゃうんだぜ」
とっぴ「うわあ・・・ミオくん、もとにもどしてよ」
ミオ「ハイハイ。(時計をカチリと鳴らす)ハイ、もとどおり」
とっぴ「ふうーっ、摩擦って、大切だな」
ろだん「待てよ。まだ摩擦の正体がなんだかわからないぜ。糸と布が摩擦で留まってるのはなんとなくわかるけど、その摩擦って、そもそもなんだ? やっぱり、面の凸凹がひっかかりあってるんじゃないのか? それしか、思いつかないぞ」
あかね「そうね。床面も凸凹、乗ってる物体の面も凸凹、だから、こんな感じ?(図を描く)」
ろだん「そうだな。上の物体を横へ押すと、床面の凸凹に沿って物体が上下する。これが摩擦の原因だって、前にどこかで聞いたことがある」
むんく「物体が床面の凸凹を乗り越えるのにエネルギーがいる・・・これが摩擦の原因だと考えれば・・・」
とっぴ「あれ? この凸凹はすごく小さいんだろ? この小さな凸凹自体はつるつるなんだから、物体が凸凹を越えて動くのに、そんなに力はいらないんじゃない?」
あかね「そういえば、そうね。でも、他に考えようがないでしょ?」
とっぴ「なにか、実験できないかな・・・」
ろだん「面の凸凹を極端に大きくした実験ならできるぜ。野球やサッカーの靴。スパイクがついていて、摩擦を大きくしてるだろ。登山靴もそうだ」
あかね「あ、そうね」
とっぴ「じゃ、逆は? ろだん、面の凸凹を、目に見えないくらいすごく小さくしたら? 凸凹がひっかからなくなるから、氷の上見たいにスーーーッ!と滑っていくんじゃない?」
あかね「目に見えないくらい凸凹を小さくって、人間の手でできるわけないでしょ?」
とっぴ「あ、そうか」
ろだん「待てよ・・・あるぜ、その技術! 眼鏡のレンズ! すごく滑らかに磨いてある!」
あかね「あ、そうか! 望遠鏡やメガネのレンズ、表面が凸凹だと使えないものね。じゃあ、きれいに磨いたガラス板にきれいに磨いたガラスのかけらを置いて、摩擦がどうなるか試せばいいわ」
ミオ「ハイ、これ」(時計をカチリと鳴らすと、机の上にガラス板の上に乗ったガラスのブロックが現れる)
あかね「え、なに、これ?」
ミオ「ろだんとあかねがいった通りの装置。昔、アメリカのデザギュリエがきみたちのいった通りの実験をしているから、ちょっと借りたんだ。レンズ磨きの技術を利用して、ガラスを極限までなめらかに・・・凸凹をできる限り小さくなるように磨いたものだ」
とっぴ「うわーっ、さっそくやってみよう! さわらせて! 凸凹がないんだから、氷の上みたいになめらかで、ちょっと押しただけでスーッと・・・(手を伸ばして、ガラスブロックを押す)・・・あれ?」
あかね「どうしたの? 早く押してよ」
ろだん「また、ふざけてるな。とっぴ、ちゃんと押せよ!」
とっぴ「いや、押してるんだけど・・・動かない」
ろだん「代われよ、ほらっ・・・あ・・・ほんとだ・・・えいっ」
とっぴ「あ、ちょっとずれた!」
ろだん「これ、はんぱない! 摩擦力、すごく強いぞ!」
あかね「どうなってるのかしら」
とっぴ「まるで、上のガラスと下のガラスがくっついちゃったみたいだ」
むんく「分子間力!」
あかね「あ・・・」
とっぴ「え? なになに?」
ろだん「分子と分子の間に働く力か? そういえば、化学でそんなの聞いたな」
むんく「ええと・・・電気力が原因の力で・・・近いところでしか強く働かない。遠ざかると引っ張る力になって、近づくと反発する力になる・・・」
あかね「でも、どうしてそうなるのかな」
ミオ「二つの原子が少し離れると、この真中の図みたいに、二つの原子のもつ電子が中間の場所で重なって、原子核の正電荷と引きあう。中間の場所にある電子が仲立ちをして、二つの原子が引きあうのさ。ところが、二つの原子が近づきすぎると、原子核の正電荷同士の反発力が強くなって、原子は反発するようになる。これが、原子や分子の間で働く分子間力の正体、つまり、電気力だ」
とっぴ「えーっ、摩擦力って、電気の力なの?」
ミオ「ほら、凸凹が大きいときと小さい時、上のガラスと下のガラスは左の図のようになってる。上のガラスの原子と下のガラスの原子で、凸凹により接近した組がいくつかできている。接近した原子間には分子間力が働いて、結びつきができる。凸凹が大きい左図の場合には、結びつく原子の組は少ないから、上のガラスを横に押すと、ガラスは容易に動く。でも、凸凹が小さい右図の場合には、結びつく原子の組が非常に多くなり、上のガラスは横から押しても容易に動かなくなる。つまり、摩擦力が増えることになるのさ」
あかね「あー、だから、磨き上げたガラス板とガラスブロックでは、かえって摩擦が強くなったのね」
ろだん「そうだ。まるで二つのガラスがくっついて一つになったみたいだったぜ」
ミオ「その実験は旧ソ連(今のロシア)で行われている。金属の塊の一部を鋭利な切断機で切り落とし、もう一度切断面に乗せたら、二つのパーツは元通りくっついて、一つになっていまった」
ろだん「そうか、分子間力は、もともと物体を1つの塊にしている力だもんな」
あかね「この、近づきすぎると反発するのって、ひょっとして・・・あの力?」
とっぴ「あの力って、なに?」
むんく「うん、あの力!」
ろだん「あ、あれか! うん、たしかにそうだな!」
ミオ「みんな、よく気がついたね」
とっぴ「えーっ! ぼく、まだわかんないよ! 何の話?」
あかね「だから、さっきの図で、上に乗ったガラスブロックの原子と下のガラス板の原子で、分子間力の結びつきができているでしょ。それは、二つの物体が離れようとすると引っ張る力になり、摩擦力の原因になっているけど、もうひとつ、わたしたちが知っているあの力の原因にもなっているんじゃない?・・・ってことよ」
とっぴ「え? え?・・・ええと・・・ガラスのブロックは重くて下に行こうとするから・・・ガラス板の原子と近づいて・・・原子と原子が近づきすぎると分子間力は反発力になって・・・ガラスのブロックを上向きに押すことに・・・あ! 垂直抗力だ!」
ミオ「ピンポーン! 垂直抗力も摩擦力も、物体と床が及ぼし合う分子間力の集まり。だから、この二つの力は本当は1つの力だ。まとめて抗力と呼ぶこともある」
とっぴ「そうなんだ・・・」
あかね「抗力って、そういう力だったのね」
ろだん「なるほど。抗力を2方向に分けると、片方が摩擦力になり、もう片方が垂直抗力になるわけだ。そっか、最大摩擦力の式F=μNって、当たり前の式だったんだな。FもNももとは同じ力なんだから、比例関係にあるのは当然か」
とっぴ「ね、ね、ぼく、いいこと思いついちゃった!」
むんく「なに?」
あかね「どうせ、また、へんなことでしょ」
とっぴ「へへへ、あのさ、二つの物を接着したいとき、接着剤がなくても、紙やすりさえあれば、びしっとくっつけられるんじゃないかな。くっつけたい面を紙やすりで凸凹がなくなるまで磨けば、分子間力でしっかりくっつくだろ!」
ろだん「とっぴ・・・それ、何時間かかると思ってるんだ。だいたい、紙やすりだけじゃ、凸凹はなめらかにならないだろ。昔のレンズ磨きは、最後は絹の布で磨くとか、何段階にもわけて研磨したっていうぜ」
むんく「分子間力って、もう利用されてると思う」
とっぴ「え? ほんと?」
むんく「接着剤って、分子間力だよ、たぶん。物体Aと物体Bの凸凹面の間に接着剤が入り込んで・・・それから、接着剤が硬化すると・・・接着剤の原子と物体A、物体Bの原子の間に、分子間力の組がたくさんできる。それで、二つの物がしっかり接着できるんじゃないかな」
ミオ「さすがだね、むんく。その通り」
とっぴ「そうかあ・・・物がくっついているのは、分子間力、つまり電気力のおかげなのか」
ろだん「とっぴが最初にいってた、この世から摩擦がなくなったらって話は・・・つまり、分子間力・・・いや、電気力がなくなったらって話と同じってわけか」
あかね「じゃ、この世から電気の力がなくなったら・・・」
とっぴ「電化製品が使えなくなる!」
あかね「それどころじゃないわよ! だって、原子が原子でいられるのって、原子核の正電荷と電子の負電荷が電気力で引き合っているからでしょ?」
とっぴ「あ・・・!」
ミオ「そう! もし、摩擦が根本からなくなってしまうとすると、それは電気力が消えることになるから・・・とっぴはこうなる!(時計をカチリと鳴らす)」
とっぴ「わあーっっっ・・・・・・・・」
あかね「あ、とっぴが消えちゃった・・・」
ミオ「原子核と電子を結びつけている力が消えたから、とっぴの体は素粒子になり(*1)、ばらばらに飛び散ってしまった・・・」
あかね「すごーい!」
ろだん「おれ、感動した!」
むんく「ぼくも・・・!」
とっぴ「(声にならない声で)もとにもどしてよ~~!」
(*1註)原子核と電子を結びつけている力は電気力ですが、原子核内の陽子と中性子(この二つをまとめて核子と呼びます)を結びつけている力は核力という力です。したがって、電気力がなくなっても、原子核が陽子・中性子にばらける(*2)ことはありません。
(*2少し長めの、註の註)原子核内では、陽子・中性子間に働く核力(引力)によるエネルギーと陽子間に働く電気力(斥力)のエネルギーがあり、この二つのエネルギーのバランスにより、原子核内の核子1個あたりの質量が変化します。水素原子から鉄原子までは原子核が大きくなるにしたがって原子核の核子1個の質量は小さく(エネルギーも小さく)なります。したがって、鉄より軽い原子核は核融合してより大きな原子核になることでエネルギー的に安定します。ところが、鉄より重い原子核では、原子核が大きくなるにしたがって、それまでとは逆に核子1個あたりの質量が大きく(エネルギーも大きく)なります。この原因は陽子間の電気力によるエネルギー増加の効果が、核力によるエネルギー減少の効果を上回るためです。したがって、ウランなど鉄より重い原子核は、核分裂してより小さな原子核になることでエネルギー的に安定します。水素が核融合をし、ウランが核分裂するのは、こういう事情によるものです。両者は最終的に、エネルギー的にもっとも安定している鉄原子に向かうことになります。
この記事にあるように、もし電気力が消えたとしたら、原子核内のエネルギーバランスも崩れます。大きな原子核で支配的だった電気エネルギーが消えてしまうのですから、核子1個あたりの質量は原子核が大きくなるにつれ、どんどん小さくなる一方となります。すると、核融合の歯止めがなくなります。鉄よりもウランの方がエネルギー的に小さくなりますから、いったん始まった核融合はどこかで止まることなく、鉄や鉛を通り越し、ウランなどの超重量原子核へと一方通行の核融合を進めていくことになります。宇宙はやがて超巨大な1個のウルトラスーパーデラックス原子核になってしまうでしょう・・・
※註1・註2を追加しました。
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