いま、自分の価値観を
言葉にしてみる、ということをしています。
その中で、こんな質問がありました。
「死ぬときに、
『〇〇な人生で最高だったー!』
と言うとしたら、〇〇には何が入りますか?」
あなたなら、何が入りますか?
ちょっと考えてから、
続きを読んでみてください。
私は、
「子どもたちに囲まれた人生で、最高だったー!」
でした。
そう書いてから、
「子どもたちに囲まれた人生が最高だったって、
どういうことなんだろう?」
と考えてみました。
子どもたちがいて、幸せだった。
それはわかる。
でも、
私はいったい何を「幸せ」と感じているんだろう。
最初は、
「子どもたちに愛されることなのかな」
と思いました。
もちろん、それも嬉しい。
でも、なんか
それだけではないような気がする。
むしろ私は、
誰かを愛することができたこと。
そこに、大きな幸せを感じているのかもしれない。
子どものことを考える時間。
「あの子、今どうしてるかな」と思う時間。
喜んでくれたらいいなと思って、
何かをしたくなる時間。
くだらない話をする時間。
一緒にごはんを食べる時間。
何か特別なことをしなくても、
同じ場所にいる時間。
そうやって、
誰かのことを思ったり、
誰かとつながったりする時間を、
私は人生の中で
たくさんもらってきたんだなあ、と思いました。
今、お盆で長女が家に帰ってきています。
そして先日、
毎年恒例の家族旅行に行ってきました。
夫と私と、子ども3人。
5人で能登へ行って、
旅館に泊まりました。
観光スポットにも
行ってきました。
でも、心に残っているのは、
5人で8番らーめんを食べたり。
カラオケに行ったり。
旅館の卓球台で遊んだり。
そんな時間です。
そのひとつひとつが、
なんだかすごく愛おしかった。
5人でラーメンを食べている。
それぞれに
うまくない歌を
熱唱している中、
長男はゲームをしている。
卓球をしたり、
下手くそなビリヤードをして
笑ったり。
そんな瞬間に、
「ああ、幸せだなあ」
と思いました。
たぶん私は、
何をしたかよりも、
この人たちと一緒にいること。
そのことに、
幸せを感じているんだと思います。
そしてもうひとつ、
この人たちを大切だと思えること。
「元気でいてほしい」と思ったり、
「楽しかったらいいな」と思ったり、
時には腹が立ったり、心配したりしながらも、
それでもやっぱり、
大切だと思える人がいること。
そんな関係をつくってこられたことが、
私は嬉しいんだと思います。
だからきっと、
人生の最後に思い出すのは、
大きな成功とか、
何かを成し遂げたことではなくて、
5人で食べた8番らーめんとか、
カラオケで熱唱したこととか、
旅館で卓球をしたこととか、
そんな、ごく普通の場面なのかもしれません。
そして、
「ああ、私はこの人たちを
たくさん愛したなあ」
「私も、たくさん愛してもらったなあ」
って思えたら、
きっと私は、
最高な人生だったー!
って言うんじゃないかな。
今回、自分の価値観を考えてみて、
私は、
愛し、愛される関係。
人とのつながり。
そんなものを、
とても大事にしたいんだなと気づきました。
だからこそ、
何でもない一緒の時間を、
ちゃんと味わっていたい。
いつか振り返ったときに、
「あの時間が幸せだったな」
と思うような瞬間は、
きっと今、
すでにここにあるんだと思います。
能登島大橋からの眺め。
チャッピーに作ってもらったよ。
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