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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

今回の記事は、山神さんとのコラボ記事となります。併せてご覧ください。

わたくしのほうが少し先行するようです。あと、あちらの内容を知らずに書いてるので、果たしてどういう相乗効果があるのかないのか…(笑)。まあ楽しければヨシ。

 

 

2022年2月20日、柘植~加太周辺徘徊。この日のネタを記事にするのは初めてなのだが、ダイジェストのみ書いてる。

 

 

それをご覧いただくとわかるが、この日(も)わたくしは大きなミスをやらかした。その現場こそが、今宵から二回に分けてご紹介する

この橋だった。

 

まぁやらかしのことは次回に書くとして、この橋にもなぜか長らく気づいてなかった。なので、この日が初訪問となった。

 

 

 

 

車を停めて、おもむろに接近。

現在地こちら

 

この道幅、そしてあの標識…重量制限0.3tときたら、もう完全に車道じゃない。

 

 

 

 

そしてこれ。

この橋は洪水時に流れる構造になっています。

洪水時には絶対に通行しないで下さい。

 

そう、この橋はレアな流れ橋なのだった。

 

 

流れ橋とはまさに上の説明どおり、増水したら橋桁が流れることで橋へのダメージを軽減するとともに、流れを妨げた橋がダム化して二次災害を引き起こすことも防ぐもの。橋げたが「流れる」とは本気で流れて行ってしまうわけでなく、ワイヤーなどで岸に繋がれているので、あとでそれを引き戻して架け直せばすぐに橋が復旧できるという、実に理にかなった造りなんである。

 

 

 

 

こちらが全景。

手前左岸側には二径間、向こうの右岸側には四径間の桁、間の中州部分は堅牢そうな築堤状になっている。デカい流れ橋だな~!

 

個人的に、流れ橋の経験値はかなり不足していると自覚している。この時までに記録していた流れ橋は、比較すればささやかなものばかりで、記事にしているのは川井第10地割の流れ橋生杉の流れ橋小入谷の流れ橋&平良の流れ橋など。この半年後に横部橋に出会うまでは、ここがダントツにデカい流れ橋だった。

 

 

 

 

規模もさることながら、

雰囲気が実にいい。橋そのものはもちろんのこと、川の様子も、対岸の家並みも。

 

それもそのはずというか、この道はかつての大和街道そのものであり、車道ではないこともあいまって、素敵な雰囲気を作り出している。手前に写っている石柱が気になったが、特に何も刻まれてなかったかと思う。

 

 

 

 

正対。

まあスッキリした橋。極めてシンプルな構造が気持ちいいくらいだ。

 

 

 

 

この木製桁から、

ワイヤーが繋がれていて、

 

 

 

 

岸に係留されている。

紛うことなき流れ橋。

 

 

 

 

そして築堤の先の桁は、

築堤そのものにであったり、

 

 

 

 

中央径間の桁は

 

 

橋脚に繋がれてるのかな?

 

 

 

 

改めて桁を観察。

頑丈そのもので、最低限の転落防止策を兼ねているであろう地覆も完備。

 

 

 

 

渡りきる手前から。

この貧弱な車止めポールが、またいいんだなあ。

 

 

 

【後篇】に続く。

 

 

 

2011年7月16日、この趣味で初めての紀伊半島(和歌山県)彷徨、初日。この日のネタで記事にしているのは、端駈橋薬水橋梁麻生津橋初生谷の人道橋毛原宮の参宮橋旧・西原橋下湯川のプチ未成道法事隧道寒川の吊り橋

 

今宵ご紹介するのは、時系列では下湯川のプチ未成道と法事隧道の間に訪ねた、多くの物件のうちのひとつ。

 

 

いきなり、ドン。

無骨な、昭和半ばテイストのコンクリート隧道。現在地はこちら。二川ダムのすぐそばである。

 

地図でわかるとおり、明らかに国道480号の旧道。位置的に、ダム建設に伴う付け替え道路だったはずだが、旧道化?

 

結論からいえば、この隧道に銘板はなかった(…はず)。Q地図によれば、1962(昭和37)年完成、延長は64mとのこと。二川ダムは1959(昭和34)年着工、1966(昭和41)年完成ということなので、やはりその時期だった。ちなみに現在の路線名は、有田川町道網掛隧道線とストレートなもの。

 

 

 

 

扁額には、

…読めませんな。「山紫水明」ではなさそう。

 

 

 

 

洞内は、

照明もあるものの、点灯していなかった。

 

 

 

 

で、一応二車線ではあるが、いかにも狭い。

そして急なカーブ。旧道落ちしたのはこれが原因だろうと思われた。

 

 

記事を書くにあたって改めて調べてみたら、興味深い記録を見つけた。平成3年2月 和歌山県議会定例会会議録 第6号がそれで、西本長浩議員の質疑及び一般質問の中の一節にこのようなものがあった。

 

(前略)

県道有田高野線の網掛隧道はダム建設関係でつくった隧道でありますが、極端な急カーブで死傷者が数多く出ておる状態でございます。また、二川地区の中央部、左岸、右岸を結ぶ県道橋の二川橋も、老朽化の上、幅員が極めて狭く、軽四と軽四が行き違えません。あの大きな体の川原町長さんがその橋を歩くと、余計狭く見えるのであります。全くお粗末な橋梁で、これまた右岸側の県道側での事故発生が極めて多いのであります。二川住民に渇水で大きな迷惑をかけていながら、一体このような状態をいつまで放置しておくのか。この二川橋と網掛隧道を超特急で改良すべきと強く思いますが、知事並びに土木部長の御決意をお伺いいたしたい。

(後略/赤字はわたくしによる)
 

アッツイなあ…。ということで、建設当時はまだ県道だったこともわかったりしたが、やはり危険な隧道として問題になっていたようだ。

 

 

 

 

ちなみに中間の二川橋は1km少々下流の有田川に架かる橋で今記事に直接は関係ないのだが、もらい事故的にディスられる当時の町長(笑)が面白くてそのまま引用した。

 

結局現在も狭い橋のままなようだが、

半分だけ架け替えられているようだ。近年の災害で被災したものかと思われる。

 

 

 

 

さて、「超特急で」改良されたとまでいえるかどうかはアレだが、隧道をパスする新道に架けられたその名も「網掛橋」には、

「平成12年6月竣工」の銘板。西本議員の熱い質問からほぼ10年後のことだ。

 

参考までに、西本議員の質問に対する県土木部長の答弁は、

網掛トンネル前後の曲線部の線形改良については、直線化することにより距離が短くなるため、道路の縦断勾配が基準値を超えること、清水老人憩の家の施設の一部が道路用地として必要となること等、解決すべき課題がありますので、交通の実態も踏まえ、今後、対応策について検討してまいりたいと考えております。

 

というものだった。もろもろクリアしての10年後ということだが、基準値を超える縦断勾配はどう解決したんだろう。盛り土なんかで緩和したのかな。

 

 

 

 

振り返りの、鉄板の構図。

あんなとこに車を停めても問題ないくらいに、こっちを通るような奇特な車両は一切ない。向こうに見えている建物は、二川ダムの管理事務所。

 

 

ストビューを見る限り2023年3月時点でもこの旧道が閉じられずにいるのは、この管理事務所の存在、そして先の土木部長答弁にもあった「清水老人憩の家」と二川ダム駐車場入口が旧道側にあるためだろう。隧道については閉じられても不思議ないように思うが、なぜかそうはなっていない。

 

とはいえ、他の方のレポなどを見ると、2016年前後には簡易に封鎖されていた時期もあるようだ。死んでんのか生きてんのか、いわゆる(なにがいわゆるやねん)リビングデッド隧道ですな。

 

 

 

 

抜けまして、振り返り。

向こうもだったが、こっちはさらにデコ広いな~。

 

 

 

 

扁額は、

網掛隧道。

 

揮毫者は、1947年から1967年の5期20年にわたり知事を務めた小野真次氏。反対側のも同様だったが、こっちはだいぶ読み易い書体ですな。

 

 

 

 

悪線形が仇となった網掛隧道。

このままひっそりとリビングデッドであり続けるのだろうか。

 

 

 

以上。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うーん、いまいちちゃんとまとめられなかったな。

 

 

2022年8月28日、中国地方縦断迷走の最終日。この日のネタで記事にしているのは、朝方の川上橋中原橋奥井谷隧道、最終盤の力谷隧道。今宵ご紹介するのは、17時を回りそろそろラストスパートというころに立ち寄ったネタ物件。

 

 

いきなり、ドン。

まあビジュアル的な面白みは皆無な橋。場所はこちら。写真は南側(西側)より。

 

 

 

 

じゃあ何が面白いのかといえば、もう記事タイトルからほぼ出オチなんだが、

「スキー橋」。いやこれ!

 

個人的に、土器セン橋と並んで鳥取県西部のネタ橋双璧と位置付けている名前ありき物件。これは下調べ段階のQ地図様で見つけて、銘板があるのを確認したため是非にと立ち寄った次第。当該記事でも書いたが、珍名な橋に限って銘板や親柱もない嘆かわしいケースが多いので、ここは極めて重要なんですな、個人的に。

 

 

 

 

お誕生日は、

「昭和三十八年一月」。

 

 

 

 

橋上から望む、下流側。

川の名は、石見川。

 

 

 

 

そしてこちら、上流側。

向こうに見える山は岡山県との県境をなす。

 

 

 

 

渡って、北側(東側)より。

なぜこの橋にスキー橋と命名したのか。周囲には現在スキー場はないようだし…と思っていたが、記事を書くにあたり調べてみたら、やはりかつてはあったようだ。

 

上の写真で橋を渡って進むと、ほどなく小さな山越えとともに岡山県新見市新郷高瀬の野原地区へと入る。合併前には阿哲郡新郷町であったこの地はかつてスキー場で知られた場所であり、越県ながら最寄りとなる伯備線の上石見駅は、シーズンには多くのスキー客で大賑わいだったというのだから、現在の状況からは想像もつかない。

 

 

 

 

その大勢のスキー客が歩いて?向かう際に通ったのが、この橋だったわけだ。

なるほど、ちゃんと歴史的背景に裏打ちされたお名前だったわけだね。

 

それとは違うスキー場だと思うのだが、新郷高瀬地区には近年まで神郷第一スキー場なるゲレンデが存在していたものの、2016年ごろに閉業してしまったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に一応、サイドアングルも。

まあ、あくまでビジュアルはつまんないんだけどね。

 

人に歴史ありと同じく、橋にも歴史あり、ってことで。

 

 

 

以上。

 

 

 

想いっきり余談なんだが、「人に歴史あり」って慣用句なのかと思ってたら、昔のテレビ番組の名前だった…って、皆さんご存じでした?わたくし知らなんだわ。

 

 

2011年7月23日、第二次鎌倉探索。この日のネタで記事にしているのは、某所の仏画トンネル音無橋極楽洞。今宵ご紹介するのは、この日の最後に訪ねた物件。大忙しだった(謎)。

 

 

というのもこの物件、

鎌倉文学館の敷地内にあるため、いつでも見られるわけじゃない。

 

鎌倉文学館の閉門は17時、そして現在時刻は16時53分。…あ、誰か立ってる。

 

 

 

 

案の定、ゲートにいた守衛さんにはもうすぐ閉門だから、と断られたのだが、すぐそこのトンネルをササッと見たいだけなので、とお願いして何とか入れていただいた。

 

そう、マジでゲートからはほんの数十mで、

あるんですな、隧道が。

 

 

 

 

はいこちら。

めっちゃ暗い写真で恐縮だが、石組みの隧道だ。場所はざっくりこちら

 

 

 

 

ちゃんとお名前があって、

「招鶴洞」という。

 

 

 

 

扁額もあったが、暗くてうまく撮れず。

取り付けられているイラストはなんなのか不明だが、夏休み期間だったので、文学館の催しに関連するものかと思われる。

 

 

 

 

とにかく暗いので、また時間もないので、

好みじゃないがフラッシュオンで洞内を。

 

 

 

 

抜けて振り返り。

こちらはまだ陽当たりがあり、比較的まともに鑑賞できた…って、時間がない(笑)。

 

ここ鎌倉文学館のある場所は、1890年ごろに造られた侯爵・前田利嗣の鎌倉別邸であり、昭和58年に前田家より鎌倉市が譲り受けて文学館として開館したものだということなので、この招鶴洞も、別邸造営時に造られたのではと思われる。

 

 

鎌倉市のホームページによれば、

この建物は、昭和11年旧加賀藩前田家第16代当主前田利為氏が建築したもので、相模湾を見下ろす谷戸の中腹に位置しており、当時の鎌倉の別荘を代表する建物の一つです。

 

ということで、ほんとは文学館の建物こそが見ものなんだと思うが、わたくしはここでドロン。いやほら、時間が(笑)。

 

 

 

 

17時ピッタリ、守衛さんにお礼を言って退出。

まあ広大な敷地なんで、あんな時間に来てもう入れませんよ、といわれるのはよくわかる。

 

しかも今思えば、もしかして本来はここで入場料的なものを払わなければいけなかった?のかもしれない。だとすればあの時の守衛さん、めっちゃ融通を聞かせてくださったことになるなあ。感謝。

 

 

ちなみに鎌倉文学館、現在大規模な修繕中で、2029(令和11)年4月ごろの再開館予定だとのこと。もし訪問される方はご注意を。

 

 

以上。

 

 

今宵は一発ネタ。

 

 

はい、ドン。

「人間優先」。

 

地上の生物ヒエラルキーの最上位に位置すると思い込んでいる人類に対し、「人間優先」を鳥が訴えているという痛烈な皮肉に満ちた…みたいなことではなく、一般的には「歩行者優先」と表記されるであろう標識である。

 

 

これは埼玉県富士見市某所。撮影したのはもう10年近くも前の2015年5月30日で、このころ出張で足しげく埼玉入りしていたわたくしに、地元であるたからったさんが教えてくださったネタだった。その節はありがとうございました。

 

 

 

 

このあたりからが、

「人間優先」の真骨頂なのか?

 

 

記事を書くにあたり調べてみたら、富士見市内にはおよそ10か所にこの「人間優先」表示があり、路面へのペイントなど含めバリエーションも5種類くらいあるのだとか。「コンプリートしたら何かをめっちゃ優先してもらえる」…みたいなイベントやったら面白いのにね(適当)。

 

 

しかしこれ、富士見市オリジナルなのかね?