穴と橋とあれやらこれやら -127ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2019年7月27日、よとと隊長宮川師匠と行った高知~徳島遠征・初日。この日のネタで記事にしているのは、堀切橋法恩寺跨線橋加茂隧道三子生隧道揉合橋二股橋一ノ坂隧道旧・一ノ坂橋

 

今宵ご紹介するのは、法恩寺跨線橋や加茂隧道、二股橋と同じく、旧魚梁瀬森林鉄道の物件。国指定重要文化財指定されている施設群のひとつである。

 

 

 

安田川に沿った、

軌道跡転用とおぼしき狭小路を進み、

 

 

 

 

 

手前で無理くり路肩に停めさせていただき、

残りは徒歩にて進軍。師匠方の従軍カメラマンよろしく(笑)。

 

 

 

 

 

歩くこと10分弱で…

キタ!

 

 

 

 

 

この日、雰囲気では、

この隧道が最高だったかも。

 

 

 

 

 

魚梁瀬林鉄関連物件には、重要文化財指定を機にか、それぞれ解説板が設置されており、それはありがたいのだが、

劣化してきて見にくいのが難点。申し訳ないけど、各自お読みくださいな(笑)。

 

 

 

 

 

さて隧道、場所はこちら

解説にも書かれていたが、五角形の要石がかっこいい。

 

が…その上部あたり、なんか前面に孕んできてないか?こういう仕様なのであればいいのだが。

 

 

 

 

 

特色として、

アーチ環を構成する迫石が細かい。

 

こうして見ると、洞内のアーチを構成する小さな切石をそのままアーチ環にも使用しているが、一般的?には、アーチ環には洞内とは別にもっと大きめの石を使うことが多いように思う。

このパターン、他でも見たことはある気がするが、あんまこれまで深く考えてなかったな~。

 

 

 

 

 

そしてこれ。これまた解説に書かれていたが。

迫受石のひとつ下の石に施されたナンバリング「Ⅱ」。これもかっこいいよね~。

 

軌道が敷設された際に、川下からの通し番号がこの位置に刻まれたということで、そのとおり、ここに来る前に「Ⅰ」の隧道も見てきている。先にそっちを記事にしろよと(笑)。別に深い意味はないんだが。

 

 

 

 

 

あとは、美麗な総石造隧道をご鑑賞あれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手抜きともいうのだろうけど(笑)、言葉は要らんでしょ~。

 

 

 

 

 

最後に改めてもう一枚。

1911(明治44)年開通当初の姿をそのまま残す、非常に素晴らしい隧道だった。

 

この日この形のポータルをたくさん見て、さすがにお腹いっぱいになったが、この頃はまだまだ新鮮で、テンション高く車へと戻った。

 

 

 

 

 

おまけ。

軌道転用の町道沿いにあった、謎のスペース。林鉄由来のスペースだろうか?

 

 

 

 

以上。

*林鉄隧道だが道路転用されているため、テーマ分けは「道路トンネル・隧道」とします。

 

 

 

先日からタイトルが乱れがちで…(笑)。

 

 

2023年3月3日、三鷹市の某物件を見てきた。まあタイトルはダイジェストとしてるが、この一ヶ所しか行ってないので、

ダイジェストというよりは日記というか備忘録ってところ。なので写真もこれ一枚。

 

 

 

実際はあと二ヶ所、行きたいところがあったのだが…。

 

そこに行くには吉祥寺で京王井の頭線に乗り換えなければならなかったのだが、三鷹から一駅だけのつもりでフッと乗ったのが中央特快で、吉祥寺に停まらず中野まで行ってしまった。え~、中央特快って吉祥寺停まらんかったっけ。なんか全列車が停まってるイメージで確認もせずに乗ったんだが。


ここでちょっと気持ちが萎えた。


で、中野からの折り返しも来たやつに乗ろう、もしそれも吉祥寺に停まらない中央特快だったら、本日はご縁がなかったということでやめとこう、と決めた。

 

結果やっぱり中央特快で、そのまま帰ってきてしまったっていう(笑)。

 

 

 

他人様から見ると謎かもしれないこういう行動、わたくしにはままあることで。でも誰しも多かれ少なかれあると思うのよね。「なんかうまく運ばないな」「何か今日は気分が乗らないな」みたいなこと。それがこの日も発動したわけですな。まあ仮住まいを出たのがお昼を回ってからで思ったより時間を食ったこともあるのだが。

 

そもそもこの日ホントは横須賀に行くつもりだったのだが、前夜布団の中でなんだかめんどくなって行先変更してたりする。あんまそういう気分でなかったのかな。

 

 

つうわけで、そのうち記事にはする予定。早めのほうがいいのかも。

 

 ちなみにその横須賀には、本記事を公開する当日に行きまする。


【前回】の続き。

 

 

桑島発電所の隧道を後にして、さらに手取湖方向へ下っていくと、

大きな吊り橋が現れた。この見え方、なかなかよくない?

 

 

 

 

 

まずは正対。

立派な吊り橋だが、親柱はない。

 

 

 

 

 

上流側から、

ちょっとサイドぎみに。

 

 

 

 

 

この吊り橋にはとっても素敵な特徴があってですね。

 

それは…

アンカーレイジに登れること。

 

 

 

 

 

この規模の吊り橋だけに、

なかなかのゴツさで、登りごたえもバッチリ(謎)。

 

 

 

 

 

なんなら、

こんなアングルでも!

 

 

 

 

 

ノートさんを入れて一枚。

なんとなくのサイズ感、伝わるだろうか?

 

 

 

 

 

さて、なんでこの橋を昨日の記事とセットでご紹介したかというと…

この上流側の景、これが理由なんですな。

 

 

 

 

 

そう、これ。

先ほど入れなかった(当たり前だ)発電所隧道の出口と、その先の桑島発電所が見えるのだった。

 

前回少し書いたのだが、あの桑島発電所、北陸電力のHPによれば使用開始は昭和30年1月とあり、昭和53年完成の手取川ダムから23年も先んじていたわけだ。

で、この発電所の面白いところが、手取川ダムの完成に伴う湛水のために、発電所を「湛水ラインの上に移動させて」現在の姿になっているというんである。つまり、オリジナルはもっと有効落差が大きかった、ということ。

現役の水圧鉄管が見えているが、渇水期には撤去されたかつての水圧鉄管下半分の痕跡や放流口を視認することができる…ようだ。

 

ちょくちょく参考にさせていただいている「ひろしのダム発電所見学記」さん(確認をとってないのでリンクは控えておく)の記事では、その貴重な写真が載っていたので、興味ある方は探してみていただきたい。

 

 

 

 

 

で、今宵のお題の橋、

遅まきながら、深瀬大橋という。国道側で何も撮ってなかったってことは、銘板がなかったのかな?

 

 

 

 

 

お誕生日、

昭和54年5月竣工ということで、やはり手取湖の誕生に合わせて架けられたものだった。

 

 

 

 

 

最後に、

対岸から一枚。遠くに見える青い上路アーチ橋は、国道157号の鴇ケ谷大橋。

 

 

しかし…この対岸側でほとんど写真を撮ってないのはなんでだろう。全く記憶がないが、不可解なこともあるものだ。

 

 

 

 

以上。

 

 

 

2016年5月3日、石川県シバキまわしツアー最終日。この日のネタで記事にしているのは、手取川第三ダム旧・瀬波橋三ッ屋野隧道新旧・濁澄橋と豪華オプションライントンネルと珍?現象百合谷橋暮見のスノーシェッド

今宵ご紹介するのは、時系列では濁澄橋とライントンネルの間に訪ねた、気になっていた物件。

 

 

まずはこれ。

ここは国道157号・深瀬トンネル北側坑口前。

 

ここで左へと旧道っぽく分岐する道があり、その先に…もう見えてる。わかりますかね?

 

 

 

 

 

はいこれ。

現在地はこちら。旧隧道か?みたいな位置に、もう一本のトンネル。これが地理院地図で気になっていたやつだ。

 

とはいえ、地理院地図だけでその正体はほぼ見当がついていたし、ついでにいえばこれは旧隧道でも、この道も旧道でもない。

 

 

 

 

 

スパンドレルに控えめに掲げられた扁額(と呼ぶのかどうか)には、

「北陸電力桑島発電所」とある。つまりそういうことだ。

 

 

 

 

 

なので、

当然進入はできない。

 

図らずも、二回連続で門扉付きプライベートトンネルを記事にしてしまったな。

 

 

 

 

 

門扉の隙間から一枚。

ああ~入りたい。けど入っちゃあイカンよ。

 

 

地図で一目瞭然だが、このあたりの国道157号は、1978(昭和53)年完成の手取川ダムにより堰き止められた手取湖畔をゆく付け替え道路であり、深瀬トンネルを含めてこの付近の隧道群も軒並み1977~78年の完成となっているので、この発電所専用トンネルもおおむね同時期の完成ではないかと思われる。

 

興味深いのは、桑島発電所自体は手取川ダムよりも先行して存在しており、1955(昭和30)年には運転開始していること。そのあたりは次回にちょろっとだけ。

 

 

え?続くのかって?

 

 

まあ物件は全く別ではあるけど、続きに訪ねたのでそのついでに、ってことで。

 

 

 

 

 

門扉前から振り返っての

鉄板の構図…にもなりきれない(笑)。

 

 

 

 

つうわけで一応、【次回】に続く。

 

 

 

本日2023年3月1日をもって、当ブログが故ヤフーブログで本格稼働してから、まる10年となった。長かったような、そうでもなかったような。

 

 

この「本格稼働してから●年」はすっかり年中行事記事で、毎年立体人形画像を上げていたのだが、昨年(9周年)はついに忘れてスルーしてしまってた(笑)。

 

まる2年

まる3年

まる4年

まる5年

まる6年

まる7年

まる8年

 

指摘するお声もなかったのでこの年イチの立体人形シリーズ、楽しみにしてた方はいなかったことがハッキリしたが(爆)、まだストックはあるので、今後も周年祭?で登場させるかも。

 

 

 

 

さて、改めて10年を振り返る、なんてつもりはないが、徒然なるままに心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書いてみる。

 

 

最初の記事を見返してああそうだった、と思い出したんだが、当時やっていたヤフーのワイワイマップがサービス終了と告知され、それならば、とその2年ほど前に試作(っていうかはずみで出来ちゃってた)したまま放置していたブログへと発展的に移行したのがきっかけだったっけ。

 

 

10年続いたことに驚きはない。もともと凝り性だし、文章を書き散らすのも好き、なおかつ写真も撮りまくり系とくれば、「画像一枚+コメント」だったワイワイマップよりもさらに自分に合ってるだろうというのは感じていたし。

 

 

ブログ名はワイワイマップ時代からそのまま引き継いでいて、まさに「あれやらこれやら」何でもできるので便利かなと思ってたりする。当時は、明らかに今よりも隧道/トンネル志向が強かったが、今では逆転して橋のほうが…というよりも、絶対数が断然橋のほうが多いのと、橋の好みもドンドコ広がっていくにつれ、必然的にこうなっただけで、穴への愛(笑)は変わってはいない。

 

 

10年前は、広義での同業者さんのサイト、ブログなどそれなりにたくさんあったのだが、それらの多くは現在ほぼほぼ更新停止していたりなくなっていたり、ツイッターやインスタグラムというプラットフォームにスイッチされていたりで、その数はかなり減っており(と思う)、正直さびしいものがある。

そんな状況下、ぶっちゃけうちのブログは「他で読めなくなってきたんでわたくしが読みたいものを書いている」部分があり(恥ずかしいがけっこう自分でいろいろ読み返したりする)、もしかしたらこういうのが読みたい奇特なお方に見つけてもらえたら、という思いもちょっとはあったり。

 

 

まあ、ニーズがあろうがなかろうが、自分が読みたいと思える限りは書いていくつもりではあるが…その前にこの「ブログ」というプラットフォームが無くなってしまうのではないか、という不安は拭えない。

ヤフーブログ閉鎖時にわたくしがアメーバを選んだのは、当初予定していたFC2がいまいち自分に合わなかったこともあるが、芸能人やらなんやら、そういう人たちを多数巻き込んでやっているので、そうそうすぐには無くならないだろう、と思ったのも大きかった。

実際今のところはアメーバでそういう気配はまだないけど、こういうところの判断はスパッとしてるからなあ…。

 

ブログというのは完全に「オワコン」ではあるのだろうが、このプラットフォームは失いたくないなあ。インスタもやってはいるけど、自分のメインにはなり得ないし。

 

 

 

…なんか、めっちゃ重暗い10周年記事になってるんで、このへんにしとく(笑)。訪問して下さる皆様、引き続きよろしくお願いしまーす。