出雲国の八重垣めぐり㉚ ~ソサノヲ その1~ | NAVI彦 ~つつがなき神さまめぐり~

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神社めぐりをしています。
その土地ならではのお話も、
さくっとまとめてます。

出雲建国の父・
ソサノヲについて

ホツマツタヱから
みてみます。



古事記では
須佐之男命(すさのお)

日本書紀では
素戔嗚尊(そさのを・すさのお)

出雲国風土記では
須佐能袁命(すさのお)

ですね。



ホツマツタヱには


そさくににうむ
そさのをは


とあり、

ソサ国に生まれた
男の子から

「ソサノヲ(ソサの男)」
といったようです。





そさにきたりて
みやつくり
しつかにゐます
きしゐくに


父・イサナギ

母・イサナミ

ソサ国に「き」て
宮造りをしたといいます。

「し」ずかに
暮らして「ゐ」た
ことから、

「キシヰ」国(紀州)と
いったようです。

 

荒(すさ・そさ・あれ)野を

豊かにしたので、

 

ソサ国から

キシヰ国にかわった

ということでしょうか。




はなのもと
うたおをしゑて
こおうめは
なもはなきねの


イサナギ・イサナミは
長女・ヒルコ(ワカヒメ)

とともに、

花(はな)のもと
歌(うた)をおしえて
暮らしていたといいます。

このときに
生まれたことから、

ソサノヲの
斎名(いみな・本名)

「ハナキネ」
というようです。

「はな」は、
「花」だけでなく

「橘(たちばな)」の
「はな」もあるようです。

キシヰ国には、原初神・
国常立尊(くにとこたち)
教えの象徴である

「橘」を植えていた
といいます。

紀州みかんの
原形でしょうかオレンジキラキラ




ひとなりは
いさちおたけひ
しきまきや
よのくまなせは


ソサノヲの人となりは
騒がしく雄たけびをあげ
癇癪(かんしゃく)をおこし
迷惑ばかりかけていたようです。

「しきまき」には、


いちど種をまいた田畑に
さらに種をまいて
作物の成長をはばむこと
という意味もあり

ソサノヲは、ひとびとの
食を汚すようなことをした
のかもしれません。



ホツマツタヱでは


あめのふし
やとれはあたる
ちちのをゑ
をのこはははの
くまとなる


といい、

厄年に子を宿すと

父の汚穢(をゑ)
女の子にあたり

母の隈(くま)
男の子にあたる
といいます。

 

汚穢(をゑ)は

「身体の障り」で、

 

隈(くま)は

「心の障り」でしょうか。

子・ソサノヲには
母・イサナミの
隈がおりたとされ

イサナミは、子の
隈からひとびと守るため
隈の宮を築いたようです。

これが、
熊野(くまの)のはじまり

だといいます。

ソサノヲは
熊野で生まれた子
であり、

イサナミは
熊野尊(くまのかみ)と
されるようですね。




もろたみの
かけおつくなふ
みくまのの
みやまきやくお
のそかんと


ひとびとの
食を欠いてしまった
子の罪をつぐなうため

イサナミは
熊野の山焼きをして
隈の厄をのぞき

田畑をひろげようと
したところ、


うむほのかみの
かくつちに
やかれてまさに
おわるまに


火にまかれて

亡くなったといいます。

間接的にとはいえ
母・イサナミを

亡くすきっかけをつくった


ソサノヲは、
心に傷をおったようです。

 


ソサノヲに
隈(くま)がおりたのは、

イサナミが
月経のときに交わったから
とされるようです。

しかし、

厄にも気をつかう

イサナギ・イナサミが
 

5人目を産むときに
その日をえらんだというのは

どういうわけでしょう?

また、イサナミは

火守(ほのかみ)に

カグツチを任命した

といいます。

橘を植えたキシヰ国は
橘(かぐ)の地でもありますから、

カグツチは
橘土(かぐつち)という

重要人物(海人族?)だった

のかもしれません。

 

もしかすると、

イサナミはカグツチと

不義をおかしていたのでは?

 

というのが、

↓こちらの投稿です。

 


ソサノヲの斎名

「ハナキネ」は

「橘(たちばな)の子(ね)」

なのかもしれません。



イサナギもイサナミも
ヒルコも知っていたのでしょうか?

ソサノヲもそれを
感じていたのかもしれません。

そこへきて、
血のつながりのふかい母を
じぶんを愛してくれた母を

じぶんの不始末から
亡くしてしまったとしたら、

ソサノヲの心の傷は

どれほどだったでしょう。

だからこそ、ソサノヲは

荒(すさ・そさ)んだ男(お)
になったのかもしれません。

 



母・イサナミの
かわりとなって、

ソサノヲの面倒をみたのが
姉・ヒルコ(ワカヒメ)
だといいます。

ソサノヲは、姉のおかげで
心がねじけることなく
育ったようです。

 



ホツマツタヱによれば、


ソサノヲは

5人姉弟だったようです。

長女・
ヒルコ(ワカヒメ)

次女・
ヒヨルコ

長男・
アマテル(天照大神)

次男・
ツキヨミ(月読尊)

三男・
ソサノヲ(素戔嗚尊)

だといいます。

伊勢(いせ)神宮
祀られている

天皇家の祖神・
天照大神(あまてらす)

ソサノヲの
兄にあたるようです。

 

ホツマツタヱでは、

天照大神は男神と

なっています。

 

末っ子のソサノヲは

兄弟からも気にかけられていた

ようですね。



やがて、

兄・天照大神が世を

治めるようになったころ

根国(ねのくに)
サホコチタル(細戈千足)

[山陰地方]では
政治が荒れていたようです。

そこで、
天照大神みずからが

サホコチタルの政庁・
宮津(ミヤヅ)
政治をとったといいます。

このとき、

天照大神の妃である

マス姫モチコと
コマス姫ハヤコの姉妹、

カダの娘・アチコを
世話係としてつけた

といいます。

天照大神は
モチコとのあいだに
天穂日命(ほひ)を産み、

ハヤコとのあいだに
タケコ(オキツシマ姫)
タキコ(エノシマ姫)
タナコ(イチキシマ姫)
を産んだようです。

 



やがて、
サホコチタル(山陰地方)

も治まったので

天照大神は

朝廷(イサワの宮・伊雑宮)に
帰ることにしたといいます。

このとき、



こそよりむかふ
そさのをと
あまのみちねと
かとてなす


去年からきていた
弟・ソサノヲと
アマノミチネ(天道根命)とともに
宮津を門出(出発)した

といいます。

ソサノヲも、
政治にかかわるように

なっていたようですね。

しかし、

気になるのはこの

つづきの文です。


ねなとやよひの
もちよりそ
うつきのもちに
かえります


ネナトの年の
弥生(3月)15日に
宮津をたって

卯月(4月)15日に
朝廷に帰ったといいます。

ここだけ、なぜか

旅の日程を残しているのです。

これを
深読みするならば


床より向かう
ソサの男
雨の満ち寝と
廉で成す

寝なと夜宵の
モチ寄り添
疼きのモチに
孵ります


となり、

ソサノヲとモチコの

あやしげな関係が

ささやかれているのかもしれません。

 



ソサノヲが
宮津にいたのは
父・イサナギが


はなきねは
ねのくにさほこ
しらすへし


といって、

ソサノヲ(ハナキネ)に
根のサホコチタル国を
治めさせようとしていたから
のようです。

 

兄・天照大神は

父・イサナギの思いをくんで

弟・ソサノヲをよんだのでしょう。

しかし、


いまたひること
みくまのの
とみかたすけて


ソサノヲは
いまだ未熟で

姉・ヒルコ(ワカヒメ)と
三熊野の臣

手助けしていたといいます。

そうするうちに、
父・イサナギもまた
淡路島(あわじしま)

亡くなったようです。



また、
姉・ヒルコ(ワカヒメ)も
夫・オモイカネ(アチヒコ)
とともに

滋賀の
ヤスの宮(野洲川あたり)
暮らしはじめたようです。

ソサノヲはいまだ
ひとり立ちできないので、

兄・天照大神が伊勢で
面倒をみたのでしょう。

 



一時は治まったかにみえた
サホコチタル国も、

情勢はさらに
悪くなっていったようです。

シラヒト(白人)や
コクミ(胡久美)という
官僚の腐敗は、

死罪を言い渡されるほど
だったといいます。

サホコチタル国の

益人(ますひと・地方長官)には
アメオシヒ(天忍日命)が

就任したのですが、

 

アメオシヒも、のちに

反乱軍の親玉・

「ハタレ根」になるのでした。

 

新長官・アメオシヒは

クラコ姫との結婚祝いとして、

 

シラヒト・コクミを減刑・

流罪とすると、

 

サホコチタルの
大臣としてとりあげたといいます。

これには、
おなじく根国の出身である


モチコ・ハヤコ姉妹も

関わっていたようです。

 


サホコチタルの西を
ヒカワ(簸川)
といったようですが、

これは
ワカヒ(若日・朝日)
がのぼる朝廷にたいして

日が沈む方角にある
ことから、

「ワカヒ」のさかさ言葉で
「ヒカワ」というようです。

また、
天照大神の斎名(本名)も
ワカヒト」といいますから

「ヒカワ」には、
天照大神に反対する勢力が
集まっていたようですね。
 

 

出雲国の八重垣めぐり㉛ へ つづく

 

 

 

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