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■ ふるいの中に残るもの ◇34 ■
私がモー子さんとその話をしたのは、受験が終わったあとだった。
本試験終了翌日から合格発表までのわずかな間は毎日仕事が入っていて、雑誌の取材やCMキャラを務めている商品の宣伝ポスター撮りなどをこなした合間のことだった。
その前にもパラパラと仕事はあったけれど、当然の如くセーブしていたから、これが学生身分でこなす最後の大波になるのだな、と考えると感慨は深かった。
やがて合格通知が到着すると、今度は入学手続きに時間を取られた。
ゆっくりできる時間はほとんどなく、私はナチュラルに実父の件から目を反らしていた。
高校の卒業証明書や授業料引き落とし口座などの必要書類を用意して、期間までにそれらを提出。
そして指定の教科書を購入し、今まで使っていた参考書や問題集を処分した。
言葉で言えば一瞬だけど、実際にはそれなりに時間と日数がかかってしまって、毎日バタバタ、あわあわだった。
入学までにやらなければならない事は目白押しで
合格することを前提に、合格通知書が到着する前に社さんから聞いていたアドバイスに従って、私は準備を済ませた教科書にざっと目を通したあと、指導教授の著書を読んだり、作風のチェックをしたりした。
私が入学するR大学現代心理学部・映像身体学科の講師陣は、多くの現役制作スタッフと強いコネクションを持っている。芸能界で仕事を続けるならそれらを軽視すべきではない、と社長さんからも言われていた。
出来れば授業が始まる前に挨拶を済ませた方がいい、の意向に従い、私は入学前など構うことなく、社さん協力のもとで幾度もキャンパスに出向いていた。
ちょうどその頃
コーンは早くも春ドラマの撮影に追われていた。
ドラマだけじゃなく映画の仕事もこなしていたから、コーンはコーンでより一層忙しそうだった。
一緒に暮らしているのに、ほぼ顔を見ないほど。
「 じゃあキョーコ、俺、行って来るね。ごめん、久しぶりに会えたのに。今日はかなり遅くなるかも 」
「 はい、大丈夫、判っているから。行ってらっしゃい、頑張ってね! 」
会えれば必ず行ってらっしゃいのハグをして、出かけるコーンの背中を見送った。
その刹那に襲い来る一抹の寂しさ。
――――――― プロポーズの返事をしたいのに…。
合格発表があった日
てっきりコーンから返事の催促が来るかと思っていたけれど、意外にもコーンはおめでとうと言ってくれただけだった。
他力本願だと判っているけど、出来ることなら返事は?って、聞いて欲しかった。
そしたらきっと自分の思いを伝えることが出来たのに。
実父の件から目を反らしていたこともあって、自分から言うタイミングを私は掴めずにいた。
「 あ、いけない。私だってゆっくりはしていられないのよ。そうだ!ピル……は、どうしようかな。受験、終わったんだけど… 」
実は私がピルを飲み始めたきっかけは、ピルの利点を知ったからだった。
実際に服用を開始したのはコーンの家で暮らすようになって2~3ヶ月が経った後くらいで、もうそろそろ受験勉強に本腰を入れなきゃと思っていた時期だった。
ピルについて色々教えてくれたのは5歳年上の人気女優さんで、たまたま飲み忘れたピルを共用休憩所で服用している所を私が目撃して、教えてもらう機会に恵まれたのだ。
「 ピルってね、生理周期がほぼ28日と規則的になるからスケジュールが組みやすくなるのよ。それに生理痛や月経前症候群の軽減もしてくれるの。京子ちゃんって生理痛はひどい方?もしそうなら特におすすめ 」
「 へぇー 」
「 それにね、ホルモンの分泌が安定するから精神的にも落ち着くし、肌の調子を整えるって効果もあるのよ。まさに一石四鳥 」
「 えっ!それポイント高いですね。精神的な落ち着きって有難いかもです。それに、よく考えたらスケジュールを組みやすいっていうのも魅力的。受験シーズンって真冬だから試験会場が鬼の様に寒いって言うじゃないですか。その日が生理と重なっちゃったらそっちにも気を使わなきゃいけないし、荷物だって増えちゃうし。そうなると受験どころじゃない気がしますもん 」
「 本当ね。生理の時って寒いと特にお腹が痛くなるから嫌よねー。だったら京子ちゃんも服用してみる?私が利用しているスマホ診療のとこ、紹介してあげるわよ。ピルで生理日を移動させることも出来るから先生と相談するといいわ。本当に便利よ 」
「 本当ですか?!それ、本気で助かります!これで勉強に一層力が入ります。ありがとうございます!! 」
そう。私は避妊目的ではなく
受験に向けて体調を整えるためにピルを服用することにしたのだ。
少なくともその時の私には、ピルを飲み続ける…というビジョンは一つも無かった。
仮にもしそうする日が来るとしたら、それはその女性と同じ様に、自分が本格的に女優活動をする時にしよう、と考えていた。
受験前から服用していたピルはまだシートの半分が残っている。
5~6秒ほど迷ったけれど、残しても意味がないからと、私はそれに手を伸ばした。
「 処方箋代がもったいないから飲も 」
ピルを一錠服用し、時間を確認。
出かける前に少しだけニュースをチェックしようとテレビをつけると、ちょうど某芸能人の結婚祝い報道がされている所だった。
結婚や妊娠の報告というのは、どうやら世間の心を和ませてくれるものらしい。
事実、マイクを向けられ照れ笑いをしている姿を見るだけで、自分も十分微笑ましい気持ちになれた。
お気に入りのソファに座って画面を注視しながら、私は両手で自分を抱きしめた。
「 これ、私もコーンにプロポーズの返事をしたら、こんな風にインタビューされちゃうのかなぁ♡ なんだかドキドキしちゃう 」
『 この度はおめでとうございます!今どんなお気持ちですか? 』
画面から聞こえてきたその質問に
私は自分がインタビューをされている気分で、見えないマイクを握った。
「 ありがとうございます!そうですね。夢を見ているみたいです。コーン…違った、事務所の大先輩の敦賀さんとこんな風になるなんて、出会った頃は想像すらしませんでしたから… 」
『 しばらくは二人きりの生活になるかと思いますが、ズバリ!お子さんは何人くらい欲しいな~と考えていらっしゃいますか? 』
「 え? 」
『 えー、そんな、気が早いですよぉ。ねっ! 』
『 うーん、そうだなぁ 』
『 いまは二人きりを楽しみたいって言うか。だからまだ何も考えていないです。でもでも、明るい家庭にしたいな、という夢は持っています! 』
画面の中の彼女とは対照的に
私は急に冷や水を浴びせられた気分になった。
そうだ。プロポーズを受けるという事は、いつか家庭を持つということなのだ。
家庭を持つ?
母親になりたいなんて、一度だって思った事がないのに?
――――――― 違う。私はそんなことまで考えていた訳じゃない。
ただコーンといつまでも一緒にいたいと思っていただけだった。
迷いが生じた。
コーンにどう返事をしたらいいのか、分からなくなってしまった。
だって、どう言えばいいだろう。
プロポーズはお受けします。それはコーンと一緒にいたいからです。でも私は家庭を作ろうとは思っていないので子供は欲しくありません…なんて。
そのままを伝えたら、コーンはどう思うだろう。それでもいいと言ってくれるだろうか。
……いいえ。無理な気がする。
コーンのお父さんを知っているからこそ、それが分かる。
コーンのプロポーズは受けたい。
そしてまだ見ぬ父には盛大に文句を言ってやりたい。
自分の中に答えはあるのに、口に出して言えないそれ。
悩んでいるつもりはなかったけれど、考えない日があるはずもなく。
この日以降、私は以前にも増して、ソファで考え事をする時間が増えていた。
それは、コーンが帰って来たことにも気が付かないレベルで。
自分のことだけなら良かった。
きっと悩まずにスパッと答えを出せた。
けれど立場がそれを許さない。
結局、コーンにも母にも返事が出来ぬまま
私は大学生になっていた。
大学は忙しかったけれど、自分の意志で行くと決めた学校だから、なるべく元気よく登校しようと心がけていた。
4月も終わりに近づくと、コーンの仕事も落ち着いて来ていて、以前と同じ様に一緒に朝食を摂れるようになっていた。
その頃、出かけるのはいつもだいたい私の方が早くて、行ってきますと笑顔で言うたび、コーンは大抵不機嫌になった。
「 行ってきます 」
「 …っ…キョーコ!! 」
「 はい? 」
「 俺、今度3日間の休みをもらうから、その3日間はどこにも行かずに俺と一緒に過ごして 」
「 え? 」
それは突然の誘いだった。
朝、出て行こうとした私をコーンが強引に引き止めた。
「 でも私、学校が…… 」
「 学校はまだ始まったばかりだし、キョーコならすぐ挽回できるだろ?でも俺と過ごせる3日間はその時しかないんだ。それとも、俺といるより学校に行きたい? 」
キャンパスに通うようになってから
コーンからの夜のお誘いは明らかに増していた。
受験勉強をしているときは数えるほどしかなかったのに、今は寝ていても関係なく襲ってくることもある。
ふと気になって、男性側避妊具における回避率を調べたことがある。出てきた結果に私は驚いた。
コーンはいつも避妊具を着けてくれていた。
少なくとも今はその時ではないと、コーンも判っているのだ。
だったらコーンのためにも自分のためにもピルは飲み続けた方がいい。
そう思って服用を続けていた。その矢先のお誘いだった。
「 コォォンン。学校かコーンかなんて、そもそも比較対象じゃなくない?コーンだって仕事か私かって聞かれたら困っちゃうでしょ? 」
――――――― そうだな。困るは困るかな。でも、お互いそれをちゃんと理解しているってことが判って良かっただろ?
返ってくると予想したセリフは見事に空振り
コーンは真顔で答えを迫った。
「 どうする?キョーコ 」
でも本当は嬉しいの。
そんな風に、学校に行く私を不機嫌そうに見守るってことは
まだコーンの心が私に向いているってことだから。
「 ……うん、分かった。その3日間はコーンと一緒にいる 」
「 約束するね? 」
「 する 」
予感はしていた。きっとずっとベッドで過ごすことになるだろう。
だとしたら
もしタイミングが合えば
自分の気持ちをちゃんとコーンに伝えられるかもしれない。
そんな一縷の希望を抱いた。
でもいざその日を迎えると、伝えるどころではなかった。
コーンは3日間、と言ったけど
実際には前日の夜から始まっていた。
「 …っ…コーン、待って。少し休ませて…… 」
「 必要ない 」
「 …や……っっ!!だめ、いくら何でもこんな事を繰り返してたら……っ…あっ…… 」
コーンはまるで何かに取り憑かれたみたいに私を抱いた。片時も離そうとはしなかった。
ピルを飲み忘れたことが無かった私は、それに関する知識すら持っていなかった。
この交わりが
私にはコーンからの最後通告の様に感じていた。
嫌だよ、コーン。
こんなに求められているのに全然心が満たされない。
――――――― でも本当は判っていた。
あなたをそうさせているのは、他ならぬ自分だってこと。
『 親になったことがないから分からない 』
『 親になんかなりたくない 』
私が抱え込んだままの問題には共通点があった。
それが答えを先延ばしにしている要因であることは明白だ。
覚悟を決める必要がある。
これからもコーンの隣にいたいのなら
コーンを愛しているのなら
私自身が変わらなければ……
――――――― そのために、私は自分の恋をふるいにかけよう
真っ白な自分になって
それでもあなたと一緒にいたい
そう心から思えたら
きっとその覚悟を持てるから。持ってみせるから。
だからごめんなさい、コーン。
もう少しだけ、どうか私に時間をください。
⇒◇35 に続く
まだ終わってません。すみません。
⇒ふるいの中に残るもの◇34・拍手
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