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■ ふるいの中に残るもの ◇32 ■
跪いた敦賀さんは
あの日のコーンそのもの。
そして月明かりに輝いた指輪は
以前、私が面白半分にデザインしたものだった。
『 ねぇ、見て、コーン!!こういうのがあったら毎日つけたくなると思わない?! 』
『 何それ、指輪?キョーコデザイン? 』
『 そ♡ この秘宝の石を両手で抱えた妖精がね、あなたはこの指輪を持つ資格が本当にありますか?…って、毎日問いかけて来るのよ。どう、素敵でしょう!? 』
『 ……ん。可愛いとは思うけど…。でもデザインとしてはかなり難しすぎると思うよ 』
『 あのね!そこは問題視しないとこ!!リアルな意見は要らないの。素敵か、素敵じゃないか、ただそれだけ聞きたいの 』
『 あ、そうなんだ。はい、すみません。だったら素敵だと思います。キョーコに良く似合ってる 』
『 もう!! 』
けたたましい勢いで
2年間の出来事が脳内で一斉に羽ばたく。
それを別の言い方で例えるならば
思考の野原にパーク・イン・シアターが設置され、あちらこちらで一斉にロードショーが始まったかのような、そんなとり散らかった状態だった。
『 京子さん。過去の出来事とリンクした時にフラッシュバックが発生し、それまでの記憶が甦るようにする…という暗示は出来ると思います。もともとフラッシュバックとはそういう類のものですから。
でもそれは、一歩間違うとスゴイことになってしまう可能性を否定できない 』
『 スゴイこと?…って、例えばどんなことですか? 』
『 いいですか?そもそも1日は24時間なんです。うち寝ている時間が7時間だと仮定をしても、残り17時間もある。
例えば一週間分の記憶が一気に戻った場合、119時間もの出来事が一挙に目覚めるということです。分かりますか? 』
『 …はぁ、そうですね。それが?凄い事なんですか?記憶はもともと頭の中にあったものですから、それが元に戻るだけなら別にどうって事はないのでは? 』
『 それはとんでもない誤解です。例えば箪笥の引き出しを一段空っぽにしたとします。あなたはその空間を何もない状態に維持し続けることが出来ますか?
脳の記憶空間はそれと同じだと僕は思う。そこにあった記憶を無意識下に落とし、無地の空間を作ってしまえばそこには新たな記憶が刻まれる。そして新たな記憶で埋められたそこに、再び元の記憶が戻ってきたら…。一体どうなると思いますか?
それでも大丈夫だと?これと言った負担はないと?一切のストレスを感じないと、あなたは本気で思えますか? 』
『 う…それは、そうなってみないと… 』
『 そうですね。実際、僕も記憶を失くした事がないので断言できないことではあります。しかも人間の記憶力というのは実に曖昧で、僕らは出来事の全てを覚えている訳じゃない。
けれどそれは表向きだ。僕たちが認識できているそれはほんの一部に過ぎず、しかし脳はちゃんと記録しているんです。
それでなくとも脳には様々な記憶装置がある。エピソード記憶、意味記憶、非陳述記憶、手続き記憶、プライミング、古典的条件付け、非連合学習…。
何かを思い出す…ということは、そこに付随する記憶も一緒に思い出すということだ。つまりそれは出来事だけに限らない。そのとき味わった感情までもが蘇ってくるってことです。それらが情け容赦なく一気に押し寄せて来るということです。
プチパニックなんてものじゃ済まないかもしれない。それが心因性のストレスとなって、本来必要のない記憶障害を引き起こす可能性だってゼロとは言い切れないんですよ 』
『 ……私なら大丈夫です。ストレスなんか蹴散らします 』
『 京子さん。そういう覚悟があるのならむしろ催眠術なんかに頼るべきではない。何に悩んでいるのか知りませんが、自力で何とかすべきだと僕は思います 』
『 先生。例えば真っ白な画用紙に黒の汚れを付けてしまったら、澄んだ青空を描くことは出来ませんよね。私は汚れの無い青空を描きたいんです。そのために真っさらな自分になりたい。
自力で答えを見つけるために、なんにも知らない状態の私になりたいんです 』
『 ……そうまでして、あなたは一体何を得ようとしているんです? 』
『 自分の、未来です 』
1日24時間のうち
起きていたそれを17時間と仮定をすると
2年間の記憶量は約1万2千410時間に及ぶ。
その情報量の圧倒的な流れは強引で
怒涛の如く押し寄せて来る感情の渦に巻き込まれ
私はたまらず両手で顔を覆った。
「 キョーコ?!どうした、めまい?吐きそう?キョーコ?? 」
「 違う……大丈夫。何ともない、ただ…… 」
「 何ともない訳がないだろう。何かあってからじゃ遅いんだ。そうだ、ナースコール…… 」
「 違う!!やめてコーン、平気だから!!! 」
「 ……っっ?!…っ…キョーコ? 」
「 お願い。少しだけ待って、少しだけ…… 」
思い出した、思いだした、思い出した。
そして今さらながらに感謝した。
3年間の記憶を失くしていた間に
私は確かに自分が欲した答えを手にしていたのだ。
「 ごめんね。………コーン、ごめんね 」
「 キョーコ。もしかして、記憶が…? 」
「 お願い、もう少しだけ待って、頭の中を整理するから。………コーン、そのあいだ、抱きしめてもらっても…い? 」
「 …っ……いいよ。俺に寄りかかっていいから、おいで? 」
「 うん…… 」
――――――― キョーコ。お誕生日おめでとう!!
「 …ふふ、はい、ありがとうございます。嬉しい!まさかコーンのお家で誕生日を祝ってもらえる日が来るなんて思ってもいなかった 」
「 あ、それ。家じゃなくリッチなホテルのレストランが良かったとか、そういう? 」
「 ちがーう!そういう意味で言ったんじゃないって判ってて言うのって、どうなの?コーン 」
「 ぷっ。それは、俺がちゃんとキョーコを理解しているんだってことが君に伝わったんだからイイと思う 」
「 なによそれ。自己都合良好なんだから! 」
19歳のお誕生日を迎えたその日は
ちょうどコーンの家で暮らすようになってから半年ばかりが過ぎた頃。
そもそも一緒に暮らそうと決めたのは
私は受験生をしながらの女優業
敦賀さんは相変わらずの人気俳優、そしてモデルとしても活躍していて
お互いに忙しくて
すれ違うことが多くなっていたから
少しでも顔を合わせる時間を確保したくて、二人で決めたことだった。
「 キョーコ。俺と半年一緒に暮らしてみてどう? 」
「 どう?どうって…どう? 」
「 俺が聞いているんだよ 」
「 えー?どう…っていう意味がよく分からないんだけど。もしかしたらコーンはもう私のことが嫌になっちゃった? 」
「 キョーコ。俺が言ったのはそういう意味じゃないって、分かってて聞いて来るのってどうなの? 」
「 えー?それはぁ、私がコーンをちゃんと理解しているってことがコーンに伝わったんだから、イイと思います! 」
「 都合良すぎ! 」
「「 あはははは… 」」
大学のセンター試験は1月中頃。
だからクリスマス時の私は受験勉強真っ盛り中だった。
既に仕事もだいぶセーブしていたので毎日コーンと顔を合わせて、顔を見るとハグしあって、たわいもない会話を楽しむことも出来ていた。
でも、私は受験生だったのだ。
誕生日だけは特別。そう思って二人で過ごすことに決めていたあの日。
コーンが買って来てくれたバースディケーキのロウソクを吹き消したあと、部屋の明かりを点けずにカーテンを開いて月明かりを招き入れたのはコーンだった。
ソファに座ったままの私と
窓際に佇んだコーン。
お互いに顔を見合わせているのに口を開かなかった数秒間。
すると、無言でコーンが私の手を取り、急に私の足元に跪いた。
「 最上キョーコさん、俺と結婚してください。俺達ならきっといつまでもこんな風に笑い合える二人でいられると思う。そういう自信がある。
そして出来れば来年、キョーコが20歳を迎える日に結婚式を上げられたら…と俺は思っているんだけど。どうかな? 」
「 ……っっ!!! 」
予感が全く無かった…と言えば嘘になる。
それでもプロポーズをされて嬉しかった。
だけど私は受験生。
以前、かなり前にコーンが私に指摘したように、私はつい過剰に頑張ってしまうから。
受験当日にバテて本末転倒…なんてことにならないよう、特に気を付けながら丁寧に時間をかけて受験に挑んでいる時だった。
だから……。
「 コーン、ありがと。返事は受験が落ち着いてからでいい? 」
「 ……いいよ。そうだよな。キョーコ、あれこれ一度に考えるの、苦手だもんな 」
いま思えば、答えなんて一つしか無かったのだから、返事を保留にする意味が一体どこにあったのか。
でもそれは私なりのけじめだったのだ。
その時のコーンはきっと今の私と同意見で、恐らくその場ですぐ返事がもらえると思っていたに違いない。
だって顔にそう書いてあったから。
反面、もしかしたら後で…と言われる可能性もきっと予想していたと思う。
だってそれも顔にそう書いてあったから。
あああ、でも本当に?!
――――――― プロポーズされたのは夢じゃないのよね?!!
このことは
勉強中、休憩中に関係なく、何度も私の頭を席巻して本当に困った。
このことを早く母に報告したいとは思ったけれど
けじめ、けじめと呪文を唱え、合格発表は待たずとも、せめて本試験が終わるまでは…と喜びを心に秘め、私は日々受験勉強に勤しんだ。
⇒◇33 に続く
記憶に関することはその辺の文献を一冊ペロッと読み上げただけの知識にしかすぎませんので、塩味の効いたコメントはご遠慮くださいねw
⇒ふるいの中に残るもの◇32・拍手
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