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■ ふるいの中に残るもの ◇8 ■
敦賀さんが私にだけ意地悪なのは今に始まったことじゃない。
社さんが言ってくれた、もう少し言葉を選べと敦賀さんに諭したそれを、私は心の中で、そうだ、そうだと賛同していたけれど
良く考えたらだいぶ身勝手だったな、と
この夜、私は反省した。
きっかけは、社さんと敦賀さんの対談だった。
敦賀さんはなるべく早く帰ると言っていたけれど
あの人が帰宅したのは日付を跨いだ翌日で
やがて玄関先で繰り広げられる社さんとの会話を私は立ち聞きしてしまったのだ。
もちろん、故意にそうしようとした訳では決してなくて
記憶を損ねた私が
家賃はいくらなのかといくら訊ねても教えてくれない敦賀さんに
少しでも借りを返す意味を込めて、食事の支度を自分の係と決めた上での偶然だった。
敦賀さんが戻って来たことに気付いて
けれど急いでお迎えする気には到底ならず
足取りはだいぶ重かった。
それもあって、二人はもう私は寝ているものと思ったのかも。
玄関に向かう途中で二人の会話が耳に届いて
その内容に息をひそめ、私は壁に背中を預けて身を隠した。
「 ……蓮、分かっただろ、さっきの俺の説明で。お前が一番キョーコちゃんのそばにいるから心境としては余計複雑なのかもしれないけど、もう少し心を砕いて接してやれよ。
例えばさ、酷かもしれないけど、例え記憶が戻らなくても以前と同じ関係にまたなれるように頑張ろう…ぐらいの心構えで、とかさ 」
「 そんなの、言われるまでもないですよ。自分が一番分かっています 」
「 蓮。頭で理解しているつもり…っていうのは、判っているうちに入らないぞ? 」
「 …っ!!俺だって、色々考えているんです! 」
「 それこそ分かっているつもりだ。少なくともお前はいま後悔しているんじゃないか?
なぜあの日、自分も施術に立ち会わなかったのか…って 」
「 それは確かに考えましたよ。考えましたけど、いまそんなことを後悔しても仕方ないじゃないですか。あの日のあの時間は仕事が入っていて無理だったんですから 」
「 ああ、そうだったよな。その仕事はどうしてもずらせなかったんだ。そしてキョーコちゃんも同じだった。催眠術の先生はその時間じゃなきゃダメだったんだ 」
「 その通りです。でも俺、違うんじゃないかって、今は考えているんです 」
「 え? 」
「 キョーコが意図的に、わざとその時間にしたんじゃないか…って。俺、もしかしたらキョーコに疎まれていたのかも 」
「 蓮。なんだ?何でそう思うんだ? 」
「 この三か月、あの子が苦しんでいたのを俺は間近で見てきました。だから少しの間そのことを忘れたいと言い出した時、それが出来るなら俺もそうした方がいいと思った。
催眠術をかけてもらうと聞いた時には驚きもなく、社長や琴南さんに立ち会ってもらうと聞いたときも不自然だとは思わなかった。だけど…… 」
「 蓮? 」
「 おかしいと思いませんか、社さん。俺、俺は……・あの子から、話があるって言われていたんですよ。だから迎えに来て欲しいって… 」
「 ああ、分かってる。だからスケジュールを調整してキョーコちゃんを迎えに行ったんだろ?それのどこがおかしい? 」
「 ……迎えに行ったら、キョーコは3年分の記憶をまるごと失くしていた 」
「 蓮!!それは違うだろ。もともとキョーコちゃんは3ヶ月間の記憶が抑制されるはずだった。それが何の手違いか3年分になっちゃったっていう、そういう結果になっただけだろ? 」
「 そうですよね。はたから見たらそう見える。でも違う。違うと俺は思うんです 」
「 なんでだよ。どうしてだよ 」
「 ……実は俺、去年のキョーコの誕生日にプロポーズをしています 」
「 ふおわぉう?!マジか?俺、聞いていないんだけど?! 」
「 でしょうね。キョーコが言うとも思えないし。…で、端的に言うと、その返事をまだ貰っていないんですよ 」
「 なんと?!なんでだよ?お前たち、あんなに仲が良かったのに 」
「 理由は俺にも判りません。でも俺、その返事がこれなんじゃないか…って思っているんです 」
「 ちょっと待て!なんでそうなる?! 」
この話を立ち聞きしていた私は
全身から力が抜けて、そのまま床にへたり込んでしまった。
予想はしていた。していたけれど
想像をはるかに超えた状況だったことに心も頭も追いついていなかった。
……敦賀さんからプロポーズ?
つまりそれは、こんなに意地悪な人と私が
恋人同士だったってこと……?
「 それこそ考えすぎだろ、蓮 」
「 でも、そうとしか思えないんです。社さんから話を聞いて益々その疑惑を深めました 」
「 なんで… 」
「 催眠術を施してくれた先生が、キョーコの記憶が3年分なくなったことに対して俺たちに一切の釈明をしていないから、です 」
「 あ? 」
「 普通、人って予定していたのと違うことが起こると言い訳すると思うんです。それが一切なかったんですよね、あの人。
あの日の夜、電話で話したときはようやく繋がったという安堵からそれに気づくことが出来なかったんですけどね。俺も 」
「 ……でもそれは、事前に説明していたからじゃないか?そういう事態もあり得るって… 」
「 そうですね。確かに聞いていました。忘れたいと思っている記憶を抑制するための催眠術を施すという事は、もしかしたら無意識下で思い出したくないと認識している事柄まで思い出せなくなることもあり得る、と… 」
「 だろ。だから…… 」
「 そしてキョーコは3ヶ月ではなく、3年分の記憶を失くした。…社さん。どう思いますか、この現状を。どっちにしろそういう事だと思いませんか? 」
「 そういう事って… 」
「 先生が、予定通りにキョーコの3年分の記憶を封じたにせよ、偶然キョーコが3年分の記憶を無意識下に封じ込んだにせよ、彼女が忘れたかったことに変わりはない。
この状況に直面して、俺との事を忘れたキョーコを見て…。こうなることをキョーコは初めから判っていて、だからこそ俺に迎えに来て欲しいと言った気がしてならないんです。
だとしたらこれがキョーコの答えで、俺はそれを受け止めなければならないのかも…って、考えれば考えるほどそんな思いが頭の中をずっとグルグル回っていて、正直いまあの子の顔を見るだけで苦しいんですよ、俺は!! 」
聞こえてきた敦賀さんの悲痛な訴えに
いつの間にか私は目に涙を浮かべていた。
なんて、なんて自分勝手だったのだろう、私は。
だって、そうじゃない。
少なくとも私は敦賀さんと一年間も一緒に暮らしていたのだ。
その理由を考えて、まさかという予感さえ自分の脳裏を過ぎったくせに。
なのに私は
あの人が今回の出来事をどんな風に受け止め
どんな風に考えているのかを想像しようともしなかった。
忘れてしまったのだから仕方ない。
思い出せないのだからしょうがない。
そうやって言い訳しながら自分の事だけを考えて
敦賀さんの気持ちを
どんな思いでいるのかを
その立場に立って考えることを私は放棄していたのだ。
「 ……社さんが言ったように、例えあの子の記憶が戻らなくても俺は一向に構わない 」
「 ああ…… 」
「 でも、この3年間であの子の生活は一変しています。京子として、世間には顔と名前が既に認知されていますし、お母さんとの関係だって以前とは全く違っている。あの子がそれを忘れたかったはずがない。
だから思い出した方がいい、どうか思い出して欲しい。そう願う一方で、その思い出を捨ててまで俺とのことを忘れたかったのかもって考えたら、思い出さないで欲しい、俺から離れて行かないで欲しいと考えてしまう自分もいて…… 」
「 ああ、わかった。キョーコちゃん、お前から何も話を聞いていないって言っていたけど、そういう事だったんだな 」
「 すみません、本当に。本来なら俺があの子に話すべきだと頭ではわかっているんです。けど… 」
「 謝るな、蓮。俺こそごめん。キョーコちゃんのことばっかりで、お前の気持ちを少しも考えていなかった 」
――――――― 追伸。敦賀さんに八つ当たりするのは止めてね
3年後の私は
その一文を、一体どんな思いで書き記したのだろう。
意図的に3年分の記憶を失くして
私は一体なんの答えを欲しているのか。
もしかしたら、敦賀さんとのこと…?
でもそれは、記憶を失くさなければ答えが出ないものなのだろうか。
プロポーズをされたなら、その時の自分の気持ちに添って正直に答えを出せばいいだけな気がするのに……。
だとすれば、私の目的はそれじゃないのかも…?
「 ……そ、か。だから誰も知らないんだ… 」
三ヶ月ではなく
三年分の記憶を喪失するのが初めから私の計画だったのなら……
「 見つけなきゃ。私が求めた答えってやつを…… 」
思い出さなきゃ。
自分自身を……。
その場からそっと遠のいた私は
リビングに置きっぱなしの敦賀さんの夕食を温めなおすことはせず
三年間の自分の軌跡を確かめようと
元ゲストルームだったと教えてもらった自室に静かに舞い戻った。
⇒◇9 に続く
この話ね、キョコちゃん19歳、蓮くん23歳設定なので、ヤッシーが29歳なのですけど、3人の会話はとても3年後とは思えないですよね。
…ま、いっか。それはそれとして受け止めて下さい。
⇒ふるいの中に残るもの◇8・拍手
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