ふるいの中に残るもの ◇5 | 有限実践組-skipbeat-

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 前話こちら⇒<14>



■ ふるいの中に残るもの ◇5 ■





 連絡が取れた正体不明の男性と、私が再会を果たせたのはそれから数日後のことだった。



「 なるほど。それが知りたいと… 」


「 はい、そうです!! 」



 残念ながら敦賀さんはスケジュールの都合がどうしても付けられず。


 現在は私のマネージャーも兼任してくれているという社さんが、私に付き添ってくれる形で実現した。



 ……っていうか、別に敦賀さんが付いてくる必要なんてこれっぽっちもナイと思うけれど。

 そして社さんが私と敦賀さんを兼任しているだなんて、最初はどんな冗談かと思った。




 3年…という月日の間には、自分が想像する以上に色々なことがあったみたい。



 まず驚いたのは

 私が高校に入学していたこと。


 しかも無事に卒業までしていたこと。


 在学中、どうやら私は学校と仕事、どちらも頑張っていたらしい。



 もちろん驚いたのはそれだけじゃなかった。


 私は今年の春

 大学に進学していたのだ。



 私が進学したのはR大学で、現代心理学部・映像身体学科…というのに進んだらしい。



 調べてみるとそこは、映画が好きだったり、ダンスやお芝居が好きだったりする子が多く進学している学校で、実技系の授業では、シナリオを書いたり、映像を実際に作ってみたり。


 あるいは映画を見ながら演出効果の解説をしたりして、とにかく作る側の目線を知ることが出来るという学科のようだった。



 制作側の意図を知ることは役者として、とても重要な意味を持つと私は思う。


 なにしろそれを知った上で台本を読むことが出来れば、あらゆる無駄をなくせるかもしれないのだ。



 一方で心理学の授業もまた、演技者にとって大切な知識を培ってくれるものらしい。

 なぜなら、演技はしようと思えば思う程どんどん不自然になる時があるから。



 人間のちょっとした動作には、全部に心理的な意味があるという。


 例えば、どういう事を考えているかで目がどの方向を向くか、とか。


 この時どうしてこの言葉を言ったのか。

 どうして腕を組んだのか。どうして相手から目を反らしたのか。



 そういった人間の行動を心理学的に学ぶことで、演技を組み立てる際の参考になるだけでなく、よりリアルな表現に出来るのだ。



 3年後の自分のこの状況を知ったとき

 私はとても誇らしい気持ちになった。




 16歳までの記憶しかない私に於いてはごく最近の

 瑠璃子ちゃんとの対決において


 敦賀蓮の演技と対峙したことで





 ――――――― うまくなりたい…



 いつか、敦賀さんと向かい合えたとき

 この人と対等に演り合える演技力を身につけたいという思いが芽生えた。


 その目標を自分はずっと持ち続けていて、そこに向けてちゃんと邁進していた事を知ることが出来たのだ。

 そんな選択をした未来の自分を褒めてあげたい。



 で・も!!



「 そもそも問題が判らないのに答えを探せなんて横暴すぎだと思いませんか?自分のことなだけに我ながら呆れます 」



 憤慨しながら正体不明の男性にそう言うと

 その人は私を見つめてとても柔らかく微笑んだ。


 ちなみに社さんは少し離れた場所で私たちの会話を聞いている。



「 そんなことはないと僕は思いますよ。現に京子さんは答えを求めて僕に質問を浴びせている。それはつまり、君に求められているものが何かを君が理解している証拠だと僕は考えます 」


「 もし仮にそうであったとしても私にその自覚はありません。…というか、先生は本当に理由をご存じないんですか?なのに私に協力を? 」


「 ええ、理由はご存知ではありません。ただ、京子さんがとても真剣に悩まれていたことは知っています。だからこそ僕は協力したんです。京子さんのファンでもありましたしね 」




 私はいま、自分が入学した大学のキャンパスに来ていた。

 16歳までの軌跡しか思い出せない私にとっては未知の場所。


 そしてこの私にとって見知らぬ人だったこの男性が、この大学の講師であることを知った。



 先生は、心理学部の

 行動心理学に関する講義を受け持っているという。



 その先生が

 あの日、私の記憶を封印したと言ったのだ。


 3年後の私の依頼通りに。




「 さて、京子さん、ここでいきなりおさらいです。記憶喪失には二種類ある。覚えていますか? 」


「 え?……いえ、そんな、の…… 」



 記憶がないのに

 覚えている訳がナイ。



「 覚えているはずです。あなたが失っているのは3年間の自分の行動記憶であって、それ以外は認知できているはずですから 」



 認知?



「 え?え…っと……あっ!一過性と、慢性? 」


「 エクセレント!そうですよ。そしてこの前お伝えしましたが敢えてもう一度言います。

 結論から言うと、催眠術で記憶を消すことは出来ません 」


「 …っ…催眠術? 」


「 そうです。あなたのそれは、記憶喪失は記憶喪失でも、何かの拍子に記憶が戻る一過性。いわゆる思い出せない状態に陥っているだけなんです 」


「 一過性…… 」


「 そう。通常、思考は過去の出来事を時系列で考える。しかし無意識には時間の感覚や認識がない。

 記憶というのは、何度も思い出すことで重要な記憶と認知され、思い出しやすくなるものなのです。もちろん、逆も然り 」




 記憶には、感覚記憶、短期記憶、長期記憶の3つがあり、この分類は心理学に基づく。



 感覚記憶とは

 視覚や聴覚など、感覚的に得られる情報のことで


 視覚的なものだと0.1~0.4秒。聴覚的なものだと3~4秒程度ですぐ忘れる。


 たとえば今朝、あなたが外ですれ違った人の顔なんてほぼ忘れているはず。

 この、感覚的で瞬間的にしか覚えていないものを感覚記憶と呼ぶのだ。



 その中で

 知り合いに会ったりして数分間、あるいは数時間覚えていられる記憶は短期記憶と呼ばれる。


 短期記憶は感覚記憶のうち、人が興味を持って気になったことが強化され、もう少し記憶時間が伸びたもののことで、もともとは視覚や聴覚などの感覚記憶と同じもの。



 そしてこの短期記憶を何度も思い出したり、口に出したりすることでしっかりと記憶に刻まれる。そんな風に忘れられない記憶となったそれのことを長期記憶という。



 心理学的には、記憶が脳に刻まれるには、必ず以下3つのステップを踏んでいると紹介している。



 意識に取り込む、記銘。

 心の中に取り込んだ情報を整理して心の奥底にしまう、保存。

 そして、心の奥に保存された記憶という情報を思い出す、想起。




 既に記銘され、保存されてしまった記憶というのは、脳に刻まれた情報なので削除は不可能。

 そして記憶は想起を何度も繰り返すことで長期記憶へと変化する。



 逆に言えば

 想起をさせなければ記憶は思い出しにくいものとなる。


 そして催眠術では、記憶として取り込まれたものを認識させなくすることが可能だった。



 消すことは決して出来ずとも

 無いのと同じ状況には出来るのだ。




「 つまりそれが、今の京子さんの状態です。現在からおよそ3年前までの記憶に蓋をした。それを僕が作り出しました。京子さんの依頼でね 」



 ゴクン…と喉が鳴った。


 3年後の自分が

 この状況を求めた理由は掴めなかったけれど



 先生の言葉を信じるのなら、自分の中に記憶があるままだというのなら


 思い出すことが出来る…という事実を知り得た。



 いまの自分の状態は、一過性の記憶喪失。



 私はもう一度

 大きく固唾を飲み込んだ。






 ⇒◇6 に続く


R大学現代心理学部・映像身体学科…は本当にある学校です。

そこに通学していた某声優さんの経験談を一部参考にさせていただきました。



⇒ふるいの中に残るもの◇5・拍手

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