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■ ふるいの中に残るもの ◇10 ■
モー子さんから話を聞いた日の夜
私は敦賀さんの帰りを待って、少し早めに帰宅してくれた敦賀さんを玄関まで迎えに行った。
「 お帰りなさい、敦賀さん!あの… 」
足音を響かせ
慌てて駆けつけた私の出迎えが敦賀さんにはとても意外だったのかもしれない。
玄関先で顔を見合わせた途端
敦賀さんは少し驚いたように目を見開いた。
そのとき表情が穏やかに崩れた気がしたのはたぶん私の気のせいだろう。
「 どうした?君が迎えに来てくれるなんて。もしかして… 」
「 あの、お話があるんです 」
「 話? 」
「 はい!それで、帰って来た早々に申し訳ありませんが、少しお時間を頂けないでしょうか? 」
「 ……なんだ。そういう事か 」
「 はい? 」
「 着替えて来てからでもいいかな? 」
「 はい、大丈夫です。じゃあ私、リビングで待っていていいですか? 」
「 ん。分かった、すぐ行く 」
素っ気なく私から顔を背けた敦賀さんを見て
これこそまさしく敦賀さんだわ、と思った。
もともと私の記憶の中の敦賀さんはそういう人なのだ。
私に対しての態度と
他の人に対しての態度が全く違っていて当たり前。
むしろここで厭味や意地悪のひとつも飛び出してこないのが不気味にすら思えた。
「 こんな状態で付き合うに至るって、一体どうしたらそんな流れになるんだろう…… 」
「 君ね、リビングで待ってるって自分で言ったくせに、まだそこに居るっておかしくないか? 」
「 は?……あっ、すみません!! 」
玄関で立ち尽くしたままだった私は
敦賀さんに声を掛けられハッと我に返って身を翻した。
「 ……別にいいけど………っ… 」
あ、うそ。
いま少しだけ笑った?
似非紳士スマイルじゃなくて
しいて表現するならプライベートな感じの笑顔。
そんなのって初めてじゃない?
「 それで?話ってなに? 」
あ、もう戻っちゃった。
それともやっぱり気のせいだったのかしら。
じゃなかったら本当に二重人格とかじゃないのかしら、この人。
「 実は、敦賀さんに許可を頂きたいと思いまして… 」
「 許可? 」
「 はい、そうです 」
「 なんの? 」
「 実は私、現時点で学校に行く気がありません。それは大学に関する記憶がないっていうのも理由のひとつなんですけど、何より今は自分の記憶を取り戻したいと思っているんです。
高校在学中、私が学校も仕事も頑張っていたらしいことは社さんから聞いています。けれど、もう高校時代に戻ることは出来ません。つまり、フラッシュバックを期待するなら仕事しかない訳で…だから… 」
「 なに?まさか、仕事を本格的に再開したい、とか考えている訳じゃないだろうな?そんなこと、今の君に出来るはずが無いだろう? 」
「 そんな事は分かってます!自分が出演したドラマや映画は全部観ましたけれど、私は共演者たちの事が判らなかった。そりゃそうです。いまの私には仕事をしていた3年間の記憶が無いのだから 」
「 だろ。…それで? 」
「 だから、です!敦賀さん、嫌かもしれないですけど、お願いします!!私をしばらくの間、敦賀さんのお仕事先に同行させてください!現場の空気に触れていたいんです。どうかお願いします! 」
三つ指を付き
額を床にこすりつけるように頭を下げた。
この人のことは決して好きではなかったけれど、でもそれ以上に私は自分の記憶を取り戻したいのだ。
自分の意志で失った、3年間の記憶を。
「 本気? 」
「 本気です!事務所にも、敦賀さんにも、社さんにもご迷惑をおかけしません。変装して、誰にも京子だって分からないようにします!だから、お願いします!! 」
「 ……俺と一緒で君はいいのか? 」
「 もちろんです!むしろお願い出来る人が他に思いつきません。どうかお願いします! 」
好きではなかった、というのはもちろん過去形だ。
これまで私は敦賀さんの事を毛嫌いしていたけれど、それはあくまでも私に対して敦賀さんが敵愾心を抱いていることに気付いていたからなのだ。
昨夜の話を聞いてから
すっかり自分の心の棘は無くなっていた。
もちろん二人の会話を盗み聞きしたことを告白しようとは思わない。
それを言った所で意味は無いと思うし
自分がそんな事をするような人間だと思われたくもなかった。
ただ、私の中で確実に変革はあったと思う。
こんな風にすんなり頭を下げられるぐらいには。
「 ……君がいいなら、俺は別に 」
「 本当ですか?良かった! 」
「 ちなみに聞くけど、変装って一体どんな格好をするつもり? 」
「 え?…っと、そうですね。例えば付き人風にするとか? 」
「 ぷっ!付き人風って、決まった形があったっけ?京子だって確実にバレないようにするなら、着ぐるみでも着た方が確実じゃないか?いっそ俺が可愛いのを買ってあげようか?君に似合いそうなやつ 」
「 ……それ、まさか坊とかじゃないですよね? 」
「 あ、いい。それ、ナイスアイディア 」
「 要らないです! 」
「 なんで?せっかく俺が買ってあげるって言ってるのに 」
「 要らないったら要らないです!それより、ご飯作ってきます!出来たらお声を掛けますのでちょっと待っていてください! 」
「 …うん、お願いします 」
何だか凄い進歩だわ。
こんな他愛もない会話だけど
私の言葉で
微笑してくれた敦賀さんを見て私は一つ気が付いた。
それはほんの数日前のことだ。
敦賀さんからの許可を得ず、社さんに連れて行ってもらった局の撮影スタジオで、社さんに声をかけられ足早に近づいてきた敦賀さんの、私を見る目が厳しかった。
それを何よ!と私は思っていたけれど
いま思えばそれはきっと、私がそういう視線でこの人を見ていたからだろう。
「 ……ん?あれ?少し大きめのお鍋ってどこにあるんだろ?ひょっとして上の棚?…って、敦賀さんの家ってどうしてこんなに建付けが高いのよ~。もう椅子だけじゃ届かないわ!よし、イスの下にもう一つ物を置いて、それからイスを…。よし、イケる! 」
このとき私に記憶があったなら
敦賀さん宅の収納棚が出っ張ってくるタイプだとすぐに思い出したかもしれない。
けれど残念なことに、いまの私にその記憶は残っていなかった。
「 はれ?あわわわわ……ちょっと、冗談でしょぉぉぉ~~!なんで棚が降りて来るのよぉぉぉ。やだ、どうしたらいいの~~!!うわあぁぁあん! 」
「 ………最上さん、どうした? 」
「 はぅわっ!敦賀さん、ちょうどいい所に。ごめんなさい、助けてください!!…って言いたいところですけど、あっ、もうだめ、間に合わなっ…… 」
「 キョーコ!!!! 」
無理に積み上げた椅子の上でバランスを崩した私は、ほどなくそこから滑り落ちた。
咄嗟に敦賀さんが私を受け止めてくれて
床に落ちたときは割と激しい音がして
力いっぱい両目をつむっていた私が瞼を開いたとき
突然二度目のフラッシュバックが舞い降りた。
⇒◇11 に続く
実は私、12巻のダークムーンごっこが密かに大好きなのです。
抱きしめてからのギュゥは最高に萌え萌えですよね( *´艸`)♡
⇒ふるいの中に残るもの◇10・拍手
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