ふるいの中に残るもの ◇29 | 有限実践組-skipbeat-

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■ ふるいの中に残るもの ◇29 ■





 お腹の奥が、脈打つようにズキズキ響く。


 この痛みはきっと神様から下された天罰に違いない。



 ならば耐えるより他に術はない…と思った。




「 ……羨ましい限りね 」


 いきなり声が聞こえて弾かれたように病室のドアを見た。


 すると、いつの間に来ていたのか

 そこに佇んでいた母親の姿を認めて私は自分の目を疑った。



「 ………っ… 」


 嘘でしょ?

 どうしてこの人がここに…。



「 どちらかと言うと、あなたよりよっぽど私の方が母親になんてなりたくないと思っていたでしょうに… 」


「「 ……っ!! 」」


「 言っておきますけどね、親の気持ちなんて無関係よ。現にあなたはそうだった。

 父親は子の存在すら知らず、身ごもってしまった母親は、いっそ滅んでしまいたいと毎日呪うように願っていたのに、それでもあなたは生まれてきた 」



 ………なに?

 いま私はこの人から何を告白されているの?



 お腹だけじゃなく胸の奥でも何かがズキズキ痛み出す。


 自然と顔が歪んで

 更に視界が滲んだ。




「 ……………… 」


 そこに居たのは紛れもなく母だった。


 突如のことに困惑する。



 ここは病院。


 そして私は

 救急車で搬送されて間もない患者のはずなのに。



 ただ、私は知っていた。


 自分の母親が

 娘である私のことを、厭わしいと思っていたことだけは……



「 親の気持ちなんて関係ないのよ。そうだったでしょう? 」


「 …っ……ごめんなさい…ごめんなさい…っ…ごめ……っ… 」


「 違う!謝る必要なんてないんだ、キョーコ!

 やめて下さい!いくら何でも、彼女が傷ついてるのは判るでしょう。なのに、キョーコになんてことを…っ… 」


「 母親だからよ。親になり切れないまま子を産む親なんて確実に存在するの。まさに私がそうだった。だからこそ言うのよ。

 自分のお腹にいた子が本当にあなたたちの心中を察してこの世から旅立ったのだとしたら、むしろそのことに感謝なさい!

 自分の命より親の心を優先するような子だったのだと、そのことを誇りなさい! 」


「 …っ…ふぅ……っっ……うわぁああああんっ…!! 」



 我慢できずに決壊してしまった私の泣き声は

 このとき病棟フロア中の隅々にまで届いてしまったらしい。



 私が泣き叫んだ声を聞いて

 女性医師と看護師たちが血相変えて現れた。



「 どうしたんですか?! 」


「 うわぁぁぁぁっっ!!!! 」


「 最上さん!?どうしたんですか?まだ安静にしていないと… 」


「 …っ…先生!!赤ちゃん!赤ちゃん、どうしていなくなっちゃったんですか?!どうして…っ… 」


「 落ち着いてください。あなたの赤ちゃんはこの病院に着いたとき、既に進行流産になっていたんですよ 」


「 進行流産ってなんですか!? 」


「 進行流産っていうのは、母体の子宮口が開いて、そこから赤ちゃんや付属物が流れ出ている状態のことです。そうなったらもう誰にも止めることが出来ません。それを進行流産というんです 」


「 どうして?!何がいけなかったんですか?動いたのがいけなかったの?それとも、親になんてなりたくないって思っていたから、だから私の身体が拒絶したとか?! 」


「 そうじゃないですよ。妊娠初期に起こる流産のほとんどは、受精卵の異常が原因で起きるものですから… 」


「 ……受精卵の、異常? 」



 明確な答えが返って来て


 私は一度呼吸を止めた。



 浅く息を吸い込むだけで体の中が酷く疼く。

 それでも私は医師の話に耳を傾けた。



「 そうです。多くは染色体に異常があって、うまく細胞分裂が出来ずに偶発的に発生すると言われています。

 流産を経験すると、自分の不注意が原因だと思い詰める妊婦さんが多いのだけど、これは自然の摂理ですから考えすぎない方がいいですよ 」



 それから先生は


 流産は、その多くが妊娠4ヶ月……つまり妊娠15週までに起こりやすいこと。

 実際には流産は妊娠全体の約15%の確率で発生し、このうち妊娠12週までの流産が、流産全体の8割以上に上ることを教えてくれた。



「 妊娠初期に発生する流産は、赤ちゃんが途中でダメになったのではなく、受精した時点で決定された運命なんです。

 逆に言えば赤ちゃんは、お母さんのお腹の中で与えられた時間を生ききったって事なんですよ。天寿を全うしたんです 」


「 天寿を、まっとう……? 」


「 それが寿命ってことです。寂しくはなかったと思いますよ。一人ぼっちじゃなかったから 」



 先生に優しく諭されて

 堪え切れずに両目から涙が溢れた。





 ――――――― 本当にそうなの?

 私と敦賀さんの赤ちゃんは、私の中で生ききった…?




「 さぁ、横になりましょう?念のために血圧を測りますね。食欲はありますか?もしないなら栄養剤でも点滴しましょうか。

 そうそう。最上さんは明日には退院できますけど、でもあと2日ぐらいは無理をしてはダメですよ。それとお風呂は一週間ぐらいは控えて、シャワーだけにしてくださいね 」


「 ……はい 」



 先生が落ち着いた口調で話をしてくれたからか

 不思議なことにあれほど激昂していた気持ちが嘘のように落ち着いた。


 敦賀さんからの無言のサポートを受けながら、私はベッドに横になった。



「 …痛っ… 」


「 そうよね、まだ痛いわよね。栄養剤と痛み止めを一緒にしましょうね。まだしばらくの間はお腹が痛むはずだから 」


「 ……いらないです 」


「 え? 」


「 痛み止めはいらないです。本当に耐えられなくなるまでは… 」


「 そう?じゃあ、辛くなったらいつでもナースコールしてお知らせしてくださいね 」


「 はい。お騒がせしてすみませんでした… 」


「 いいえ、お大事に 」



 女性医師は目を細め、自分の後ろに待機していた看護師さんたちに何かを話し掛けたあと、看護師さんたちと一緒に病室から出て行った。



 その後姿を

 母と敦賀さんと3人で見送ると


 個室は再び静かになった。



 母がゆっくり近づいて来る。

 私は敢えて視線を反らさなかった。



「 だから言ったでしょう、親の意思なんて関係ないって。

 結局、あなただって自分の生命力だけで生まれてきたようなものだもの 」


「 ……どうしてここにいるんですか? 」


「 呼ばれたからよ。敦賀さんに 」


「 え?……敦賀さん? 」


「 そうだよ。俺が連絡したんだ 」


「 …っ…どう、して…? 」



 どうして敦賀さんが知っているの?

 この人の連絡先を



「 さっき聞いたでしょう。救急車で運ばれたあなたには手術の必要があった。家族の同意書が必要だったの。だから連絡をくださったのよ 」


「 迅速にご対応いただけて助かりました 」


「 いいえ。良かったと思ったわ。一年前にご挨拶したときに連絡先を交換しておいて。まさかこんな連絡が来るとは夢にも思っていなかったけれど 」



 …一年前?

 それって、私が敦賀さんの家で暮らし始めた頃…ってこと?



「 ……このたびは本当に申し訳ありませんでした。彼女が妊娠したのは… 」


「 やめて。そんな話は聞きたくないわ。それはあなたたち二人のことでしょう? 」


「 ……はい 」


「 それで?同意書のためだけにわざわざ来てくれたってことですか? 」


「 そうね。…と言いたいところだけど、残念ながらそうじゃないわ。偶然この病院に入院している人がいて、その人に会うために私はたまたまこの病院に居たのよ 」


「 ……そう、ですか… 」



 そうよね。そんなところでしょうね。


 世間体があるから、どちらにせよ同意書にサインが必要だと言われればもちろん来たのでしょうけど。


 そもそもこの人が私を心配して駆けつけるはずがないもの。



「「「 ・・・・・・・ 」」」




 私たちの会話はそこで途切れた。


 仰向け姿勢だった私は、そのまま目を伏せ、口をつぐんだ。



 けれど一切の用が済んだはずの母が出て行く気配は無く

 不思議に思って瞼を開くと、母は真顔でじっと私を見つめていた。



「 ……っ??! 」


 え?なに?



「 本当ね。確かにすっかり忘れているように見えるわ 」


「 …っ? 」


「 そしてその様子じゃ、当然ながら答えは出ていないって事ね? 」


「 え?あ…… 」



 そうだ、忘れてた。

 前にTV局の廊下で会ったとき、何かの答えを求められたんだっけ。



「 なぜ3ヶ月も4ヶ月も悩む必要があるの?だから最初に言ったでしょう。人の気持ちばかりを慮るのは止めなさいと。

 答えは自分がどうしたいのか、それのみで十分なんです。私とあなたは別の人間。親子であっても他者なのだから 」


「 …っ!! 」



 親、子…?

 そう言えば、この人さっきも自分を母親だと……






 ――――――― この3年間であの子の生活は一変しています。お母さんとの関係だって以前とは全く違っている




 本当だ。


 母の態度が全然違う。

 私を娘と受け入れている。



 少し前に敦賀さんからその話を聞いた時は

 どうしてもその実感が持てなくて半信半疑のままだったけれど



 ようやく理解できた気がした。


 きっと今は思い出せない記憶の中に

 そうなった経緯もあるのだろう。



「 それにしても妙な縁ね。まさか救急搬送されたあなたがこの病院に来るなんて。

 まるで会うのを快諾したみたいだわ 」


「 ……え… 」


「 あなたの答えを聞いていないままだけど、記憶がないならむしろ気兼ねしなくていいでしょう。

 最も、それだと言いたいことがあっても言えないでしょうけどね。それは思い出した時に達成なさい。……どうぞ 」



 何が何だか分からないまま、私の心臓は早鐘を打った。



 母の誘いで現れた見ず知らずの男性は、私と同じ院内パジャマを着用していた。




『 既に記銘され、保存されてしまった記憶というのは、削除できない。

 あなたのそれは何かの拍子に記憶が戻る、いわゆる思い出せない状態に陥っているだけなのです 』




 決して思い出せてなどいないのに

 ひと目見た瞬間、私はその人が誰だかわかってしまった。






 ⇒◇30 に続く


そうです、お察しの通りです。



⇒ふるいの中に残るもの◇29・拍手

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