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■ ふるいの中に残るもの ◇28 ■
「 いいわよ、無理に起きようとしなくても! 」
モー子さんが慌てて制する。
「 そうですわ、お姉さま。安静にしていてください! 」
マリアちゃんもジェスチャーを加えてモー子さんに同意した。
「 それにしてもびっくりしたわ。LMEに救急車が来たって聞いて。何事かと話を聞いたら運ばれたのがアンタだって言うじゃない。何やっているのよ、もう! 」
「 あー、そうだったんだ。ごめんね、心配かけて。実は良く覚えていないんだけど、なんかすごくお腹が痛くなっちゃって… 」
「 それってストレスじゃないの!? 」
「 ………えっと、違うと思う 」
このとき、妊娠していることを言おうか、どうしようか迷った。
どうしてスパッと報告出来なかったのか、その理由は分からない。
隠した所でいつかはバレてしまう事だし
敦賀さんや社長さんから伝わるより、自分の口から二人に知らせた方が絶対いいと思うのに。
特に敦賀さんは私の妊娠を知ったとき、とにかく手放しで喜んでいたから、もしかしたら言っちゃうかも…と、一瞬そんな想像をしたのだけど
意外なことに
敦賀さんも、社長さんも
妊娠については一言も口にしなかった。
「 色々考えることがあってそんなに眠れていないんじゃないのか、最上くんは。あれからどうなんだ?少しは記憶が戻ったらしいってことは聞いとるが… 」
「 あー、いえ。その件に関してはそれほど思い悩んでいないんですよね、私ってば。ご迷惑をおかけしているのにスミマセン。それに、最近は特に眠れていましたから 」
敦賀さんの腕の中で…
「 …とか言って、アンタ自身の申告なんか当てにならないって知っているけどね、私は 」
「 え?そうなんですの?モー子さん 」
「 そうよ。この子はね、一度自分の殻に閉じこもると、人がどれだけ一生懸命に話しかけても一切スルーしちゃうような子なの。殻にこもり過ぎてあっという間に時間が過ぎて…って絶対あり得る話だと思うわ。どう?そんな経験、何度もしたことあるでしょ、あんた… 」
「 はぐっ、なぜそれを?! 」
「 ほら、ご覧なさい 」
「 すごいわ、モー子さん!本当にお姉さまの親友なのね 」
マリアちゃんが感心したように拍手をすると
病室の空気が和やかに変化してみんなの顔に笑顔が浮かんだ。
私もつられて笑ってしまったけれど
顔の筋肉を少し動かしただけで、お腹の奥で痛みを覚えた。
「 あはは……っ……っっ!! 」
「 キョーコ? 」
「 …っ…あ、平気。何でもないんです、敦賀さん 」
「 最上くん、せっかくの機会だ。今日はこのまま病院の世話になっとけ。
それでお前だ。…蓮 」
「 はい 」
「 お前、午後から仕事のはずだったな。どうすんだ? 」
「 ……社さんが迎えに来てくれるまでは、ここに 」
「 そうか。じゃ、俺たちは先に帰るわ 」
「 え?おじいさま、もう?! 」
「 当然だ。最上くんの意識はさっき戻ったばかりなんだ。もう少し休ませてやらんと 」
「 ハッ!そうですわよね。ごめんなさい、お姉さま、私ぜんぜん気が利かなくて。またお顔を見に伺いますわ 」
「 うん、本当にありがとう、マリアちゃん。モー子さんも。それから社長さんも、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。わざわざありがとうございました 」
「 ……頑張れよ 」
「 はいっ!! 」
そのエールは
妊娠についてだろうな…と私は勝手に受け止めていた。
そして私の覚悟は、もうすっかり決まっていた。
社長さん、マリアちゃん、モー子さんと、ドアの前に立っていた秘書のルトさんが順番に居なくなる。
敦賀さんと二人っきりになってしまうと、さっきまでの活気が嘘のように病室内は静まり返った。
「 あれ? 」
「 どうした? 」
「 いま気づきましたけど、この部屋って個室なんですか? 」
「 そうだよ。ここしか空いていなかったんだ 」
「 ……じゃあ、しょうがないですね 」
「 …っ……だろ 」
言い淀みながら返事をした敦賀さんの態度を見て、私は咄嗟に謝罪した。
せっかく調整して作ってくれたオフだったのに
服だっていっぱい用意してくれていたのに
私のせいでまんまと潰れてしまったのだ。
「 敦賀さん、すみませんでした!忙しい中で色々準備してくださったのに… 」
「 ……いいよ、そんなのは。キョーコの体の方がずっと心配だし… 」
「 体?あー、もうそれは大丈夫です!まだちょっとお腹は痛いですけどね。でも予行練習だと思っちゃえばこんなのは! 」
「 予行練習…って………なんの? 」
「 なんのって、出産のですよ。だって、赤ちゃんが生まれてくるときはきっとこれよりもっと痛いでしょうから。ま、予想ですけど… 」
「 …っっ… 」
「 そう言えば敦賀さん。お腹が膨らんでくるのって何か月目ぐらいだか、敦賀さんは知っていますか?モー子さんたちに伝えるのはやっぱり安定期に入ってからがいいですよね。
それと、出産予定日ってどこの病院でも教えてくれると思います?今日、思い切って聞いてみたいと思うんですけど、敦賀さんはどう思いますか?………敦賀さん? 」
敦賀さんの様子が
いつもと違うことは明らかだった。
何かずっと話し辛そうにしている。
腕に力を込めて上半身を起こすと、再び腹部に強い痛みが走って思わず顔が歪んだ。
「 …っ!! 」
「 起き上がらなくていいよ。いいから寝てて 」
「 でも、もうすぐ社さんが迎えに来るんですよね? 」
「 君は違う。君は明日まで入院だよ。社長もさっきそう言っただろ 」
「 うそ。私、帰れないんですか? 」
「 そう。……ごめん、キョーコ。俺がした事は、君の心と体を傷つけただけだった 」
「 だけ?……なに…言ってるんですか、突然。なに…? 」
「 いま君が痛みを感じているのは、たぶん麻酔が切れてきたからだと思う 」
「 麻酔…って…? 」
「 手術をしたんだ。覚えていないだろうけど 」
「 手術?…って、なんの手術ですか…… 」
「 進行流産の…。君のお腹にはいま昆布を原材料に作られた稈が入っているらしい。それが挿入されると数時間は痛みと違和感が続くと聞いた。あまりに痛みが酷いときは痛み止めを出してくれるらしいから、我慢はしない方がいいよ 」
「 …っ……進行流産?…進行流産ってなんですか?流産?……え?流産したってこと?つまり、いま、赤ちゃんは…? 」
「 もう君の中にはいない……っ… 」
全身が
スーッと冷えて行くのが判った。
うな垂れた敦賀さんの頭頂部を見て、それが嘘でも冗談でもないことを私はすぐに悟った。
即座に飛び出してきたのは敦賀さんへの謝罪の言葉。
「 ……ごめんなさい!!!! 」
どうしよう。どうしよう。
困惑して、涙が滲む。
どうしよう。どうして?
なんてことをしちゃったの、私は。
あんなに喜んでくれていたのに。
あんなに嬉しそうにしていたのに。
あんなに大切に想ってくれていたのに。
そのあたたかな思いを、私が踏み躙ってしまったんだ。
「 ごめんなさい!!ごめんなさい、ごめんなさい、すみませんでした…!! 」
お腹の痛みに耐えながら
体を起こしてベッドの上で土下座した。
咄嗟に飛び出した謝罪の言葉に、敦賀さんは困惑した表情を浮かべていた。
眉宇を歪ませ、瞳を曇らせ
大きく目を見開いて私を凝視している。
いっそ、そのまっすぐな視線で私の息の根を止めてくれたらいいのに、と思った。
「 待て!なんで君が謝る? 」
「 だって私のせいだもの!きっと私がこんな人間だから。だからきっと赤ちゃんは嫌になって出て行っちゃったんです!
母親になんてなりたくないってずっと思っていたから、だからきっと、こんな母親なんて冗談じゃないって!!! 」
「 違う!それを言うなら俺が悪いんだ!俺が身勝手だったから。俺が利己的な男だったから… 」
「 そんなの絶対違う!敦賀さんのどこが利己的なんですか!敦賀さんのせいであるはずがない!だって敦賀さん、あんなに喜んでいたじゃないですか。あんなに大切に想ってくれていたじゃないですか!!なのに私…私が、子供なんて欲しくないって、ずっとそう思っていたから… 」
「 違うって!君がそう思っているのを俺は知っていたんだ。それでも構わず君を妊娠させた!俺が悪い!君は何も悪くない!!……だから……だからごめん。泣かないでキョーコ……ごめん、俺が悪かったんだ…… 」
「 ……っっ……ふっ……ぅぅ……っっ… 」
このとき
とめどなく溢れた涙には、いったいどんな意味があったのか。
敦賀さんに対する謝意だったのか
それとも赤ちゃんに対する深謝だったのか
あるいは、不甲斐ない自分に対する見切りの思いだったのか……。
「 ……ごめん……なさい……私、こんなで…… 」
いずれにせよ
たった一つだけ間違いようがないのは
私と敦賀さんを繋いでくれる赤ちゃんは
もうどこにもいない…ということだけだった。
⇒◇29 に続く
自分で書いているのに、哀しいわ。
⇒ふるいの中に残るもの◇28・拍手
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