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■ ふるいの中に残るもの ◇13 ■
古賀さんに視線を投げたまま
微動だにしない敦賀さんの横顔を眺めて
こんな敦賀さんに話しかけるなんて嫌だなぁ…と本気で思っていたけれど
ひとまず謝罪をしなければ、と
私は勇気を振り絞った。
「 あの……すみません、敦賀さん。さっき実は… 」
ちゃんと確認しないうちに
私たちが付き合っていたらしいことを
私、ぽろっと口走ってしまったんです。
すみません。
そんなのあり得ない事なのに…
「 最上さん 」
「 はいっ? 」
「 さっき古賀くんが言っていた、結婚はあり得ないって、なに?そういう話、俺は一つも聞いてないけど 」
ええ、はい!!そりゃあそうでしょうとも!
だって私と敦賀さんが、なんて
絶対にあり得ないですものね!!
だから一つも聞いてなくて当然です。
だってそんなのまるで月とスッポンじゃないですか!!
――――――― 実は俺、去年のキョーコの誕生日にプロポーズをしています
あ……あれ?
ちょっと待って
いま私、軽く記憶が混乱してる?
――――――― 理由は俺にも判りません。でも俺、その返事がこれなんじゃないか…って思っているんです
血の気がサーッと引いていくのが判った。
さっきよりもっと引き波が激しい。
心臓がバクバクと激しいまでに踊り狂い
まるで宇宙に放り出されたかのように呼吸が苦しくなっていった。
違う!!
いま敦賀さんが私に言ったのはそういう意味なんかじゃない。
そうでしょ、だって私
あの夜たしかに聞いたじゃない。
それを聞いたからこそ私は……
「 どういうことなのか、って俺は聞いているんだけど? 」
「 あのっ、敦賀さん、違うんです!さっきのそれは、古賀さんが勝手に思い違いをしただけで!! 」
「 思い違い?何をどうしたらそんな思い違いが出来るんだ 」
「 だって本当なんです!! 」
「 そう。じゃあそれを説明してみて?久しぶりにたまたま声を掛けてくれた共演者との会話で、そのセリフが出てくるまでのコトの成り行きに俺は大いに興味がある 」
「 はい!!あの、古賀さんが声を掛けてくださって、私、顔と名前はさすがに憶えていたんです。でも、質問をされても何をどこまで話したらいいのかが分からなくて、だから社さんに助けを求めて、それで助け船がやって来て、私は判った大丈夫って思ったんですけど、どうやらそれが間違っていたみたいで、それで…… 」
ああ、ダメだわ、こんな説明じゃ。
敦賀さんには伝わらない。
社さんにフォローを入れてもらいたかったけれど
敦賀さんと入れ違うように電話で離れてしまっていたから叶わなかった。
「 うん、それで? 」
「 それで……っっ… 」
「 ……ふぅ。そこで終わりか。…っていうか、君、本当は記憶なんて最初から失くしていないんだろ? 」
「 どうしてですか? 」
「 それで、案外、古賀くんはわざわざ今日来てくれたんじゃないの? 」
「 な…ぜですか 」
「 俺にそれを伝えるために 」
「 それ?って…… 」
プロポーズの返事を…ってこと?
「 さあ、なんだろうね?でもこれ、当たりだろ?本当はそうなんだろ? 」
「 ちっ、違いますよ!本当に私は… 」
「 …じゃなかったら、自分の実力を俺で推し量ろうとしているってところかな。演技で俺を謀れたら合格…みたいな 」
「 敦賀さん、違います!! 」
本当に誤解なんですって
ちゃんと伝えたいと思った。
あの日の敦賀さんの悲痛な声を、私はちゃんと覚えている。
だからこそ思い出さなきゃ…と腹を決めたのだ。
でも、全然言葉が浮かんでこなかった。
敦賀さんの冷たい視線が怖くて
何かが喉につかえたように
私は立ち尽くすしか出来なかった。
「 敦賀くーん、入れるぅ? 」
「 あ、はい、行きます!
良かったね、タイムリミットだよ。…だから、もういいよ、最上さん 」
「 ……っ!!! 」
そう言って、敦賀さんはそっけなく私から顔を反らした。
一歩、一歩とあの人が私から離れていく毎に心細い気持ちが膨らんで
ただ切ない思いでいっぱいになった。
「 ……違うのに。本当に私の記憶は戻ってなくて…。だから…
自分でもどうしたらいいのか判らないんです、敦賀さん…… 」
嫌味なことに
最初は全然感じてなどいなかった3年というブランクが
ここにきて一気に大きな壁に成長した気がした。
スタートがかかると同時に敦賀さんのオーラががらりと変わって
ああ、あれだ。
あれが敦賀さんの凄さなんだって
思い出したと同時に泣きたくなった。
「 そうよ。私、あんなにあの人に憧れていたじゃない。なのにどうしてそれを忘れたの?
あの人の凄さを、演技者としての高みに居る敦賀さんの凄さを。その神の領域を 」
通常、思考は過去の出来事を時系列で考える、と先生が言っていた。
けれど、無意識下に落とされた記憶とやらは、時間の感覚や認識がないだけに、そこからランダムに引き上げられて来るらしい。
「 あ、蓮はまた現場に戻ったんだ。ごめんね、キョーコちゃん。電話がかかって来て途中で俺、席を外しちゃったけど、蓮がこっちに来ていたし、平気だったよね? 」
「 ……はい 」
「 本当に?????なに、キョーコちゃん、その顔と間は 」
「 いえ別に。本当に、大丈夫でしたよ 」
だってこれは自己責任だと思うから。
「 それで…申し訳ないんですけど、社さん。少しの間、私は席を外してもいいですか? 」
「 あ、うん、いいよ。トイレ? 」
「 ありがとうございます。失礼します 」
「 キョーコちゃん?? 」
敦賀さんに嫌われてしまったかもしれない。
そう考えただけで体が震えた。
移動をしながらスカートのポケットに手を入れて
心の平静を保とうと
私はお財布の中に納まっているコーンの石を、お財布ごと握りしめた。
――――――― コーン、お願い。どうか私に力を貸して!!
この日の夜
私は敦賀さんの家でもう一度、古賀さんとのやり取りについての説明を試みようとしたのだけど
社さんから何かを聞いていたのか
それとも聞きたくないからか
敦賀さんはもういいから…と言うばかりで、私の話に耳を貸そうとはしなかった。
それが、直接の原因かどうかは判らない。
けれど、私の体調は
坂道を転がり落ちるかの如く
この日を境にボロボロに崩れ落ちて行った。
⇒◇14 に続く
意識していても、いなくても、ストレスって体に影響を及ぼしますよね。
⇒ふるいの中に残るもの◇13・拍手
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