ふるいの中に残るもの ◇33 | 有限実践組-skipbeat-

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■ ふるいの中に残るもの ◇33 ■





 仲良くなり始めていた母との会話は自分の中で楽しみの一つとなっていた。

 私がコーン、もとい敦賀さんからプロポーズされたと知ったら、母は一体どんな顔を見せてくれるだろう。想像するだけでワクワクしちゃう。



 敦賀さんの素性についてはまだ告白していなかった。けれど正式に結婚するとなったらその前に話す必要が出るだろう。


 それでも、知り合ったのが幼少期だったことと、芸能界で偶然再会したという2点については、コーンもとい敦賀さんの家で一緒に暮らすという趣旨の報告をしたとき、既に伝え済みだった。



 センター試験が終わった翌日。連絡をする時は今ではないと知っていながら、私は早々にスケジュール確認をしていた。

 プロポーズの返事はイエスと決まっているから、なるべく早く母とのアポイントを取っておきたくなったのだ。



 でも…


「 本試験が終わるまでは我慢、我慢!大学受験は2月が本番! 」



 それが終われば報告できる。




「 あぁぁぁ、その時は何て言って切り出そう!!ちょっと、リハーサルしておきたい! 」


 センター試験が終わったことで、少し気が緩んだのもあると思う。


 私はアポイントの練習をしようとスマホを手に取り、暗証コードを入力した。


 もちろん練習だから電話をする気は微塵も無かった。なのに画面が操作可能となった瞬間、なんと母からコールが入った。



「 わ、わ、わ、嘘でしょ?! 」



 人生初の母着信。

 なんて奇跡かしらと鼓動が逸る。


 震える指先で受話を押し、携帯を耳に押し当てた私の鼻息は荒かった。



「 はい、もしもし? 」


『 いま、少し大丈夫かしら? 』


「 はい、平気です。ちょうどいま休憩中でしたから 」


『 そう、良かったわ。それでも忙しいでしょうから手短に用件だけ伝えるわ。実は先日…… 』


「 ………え…? 」



 その電話で私は


 自分の実の父親という者の余命がいくばくもないこと。


 自分の寿命を悟った実父が母にコンタクトを取って来たこと。


 その中で、私という娘がいることを母から聞かされた実父が、私に会いたいと言ってきたことを教えられた。




 正直、浮かれ調子はかき消えてしまった。


 母から聞いた話しに愉快なものは一つもなく

 自分の右頬が嫌な形に歪んでいくのを私はひそかに感じていた。



 ねぇ、それ。

 実父というのは、もしかしなくても以前、あなたから聞いたあの男性のことですか?



 自称・御園井一志。



 曾孫の代まで巻き添え食らって1000回地獄に堕ちればいい!…と、私が心の底から願った、見ず知らずの男。


 母を騙して重要なデータを持ち去り、裁判を不利に貶めただけでなく、そののち跡形もなく消え去って


 何もかもを踏み躙り


 私の人生に多大な悪影響を及ぼしたその男。



『 会いたいって、向こうは言っているのだけど、あなたはどうしたいかしら? 』


「 …っっっっっ!! 」



 冗談じゃないと思った。

 自分の用事なんて忘れしまうぐらい、肩がワナワナと震えた。



「 私は…っっ!! 」


 まつ毛一本だろうと会いたいとは思わない!



 そうきっぱり断ろうとしたのに

 その時その場でその言葉を口にしなかったのは


 わざわざ私に電話をしてきた母の行動理由を考えてしまったからだった。





 ―――――――― 私でさえ恨みがましい気持ちが湧いて来るのに、あなたには湧いて来ないんですか?



『 恨み?彼に対して? 』




 ・・・・もとより母は

 その人のことを決して恨んでいないと私に話してくれていた。


 そんな母が私に実父の要望を伝えてきたのは

 その男に娘を会わせてあげたい…と思ったからかもしれない。


 だとしたらそうしてあげた方が母は喜んでくれるのかな、と私は想像していた。



「 ……少し、時間をください 」


『 そうね。あまりにも突然のこと過ぎるでしょうから 』


「 はい 」


『 では、どうするか決めたら私に連絡を 』


「 …はい 」


『 念のために言いますけど、寿命云々はあちらの事情ですから、あなたの都合を無視する必要はありませんからね。余計な事は考えずに自分がどうしたいかを決め、答えを私に。いいわね? 』


「 はい、分かりました 」


『 そう。用件はそれだけよ。・・・・あと 』


「 はい? 」


『 本試験まであと少しね。頑張りなさい 』


「 は?・・はい。どうも・・・ 」



 確かに寿命云々はあちらの勝手な都合だ。


 だけどそれを聞いて悩まないはずがないと思うし、実際、私は大いに迷った。



 一週間ほど考えて

 自分ではどうしても答えが出なくて

 私は毎日忙しそうに仕事に励んでいたコーンの袖を引っ張った。



「 あのね、コーン。実は、相談したいことがあるの 」


「 相談?どうした? 」


「 実はね、少し前に母から電話があって、何事かと話を聞いたら、実父が面会したいって言ってきてるって…。それで、私はどうしたいかって聞かれて悩んじゃって… 」


「 え? 」


「 こういうの、コーンはどうしたらいいと思う? 」



 なぜわざわざ本試験直前に?と、頭に浮かんだだろうセリフを、コーンが一瞬で飲み込んだのが判った。

 そう言えばこのとき、私は端的に用件を伝えただけで、実父の寿命に関してをコーンに説明していなかったのだ。


 私の問いに、コーンはしばし私を見つめて、至極まっとうな答えを口にした。



「 それ、は……キョーコが、したいようにすればいいと思う 」


「 ……そっか。そうよね。うん、分かった、ありがとう! 」



 自分の気持ちを優先するなら微塵も会いたいとは思わない。


 けれど子供の頃からずっと母の顔色を窺っていた癖だろうか。母が私にそう言ってきた気持ちを推測すると、一度会うぐらいなら別に、と思う自分もいた。



 だったら会うかと答えを決めて、いざその返事を・・・としようとしても、なかなか腰が上がらない。



 そもそも

 生まれている事すら知らなかった子供となぜ面会したいと思うのか。

 それをするのにどんな意味があるのだろう。


 私にはその気持ちが全く理解できなかった。



 だいたい、それはあまりに都合が良すぎないだろうか。




 幼少期、母から笑顔を向けてもらえないことがどれだけ寂しかったことか。

 母が望む自分でいることが出来なくて、どれだけ一人で泣いたことか。

 どれほど努力を重ねても得ることが出来なかった母からの愛情を私がどれだけ欲したか。



 それらの何一つも知らなかっただろう、ただ血を分けただけの人間が、いまさらどの面下げて父親か。



 考えたらムカムカ腹が立って来た。


「 そうだわ、きっちり会ってやろうじゃないの!そしてこの恨みをねちねちネチネチとぶつけてやればいいのよ!よし、それなら会ってもいいわ!それで決まりね!!本試験直後に受験のストレスと一緒に文句を叩きつけてやるわ! 」



 言いながらスマホを持ち上げ、いざコールをしようとすると、また躊躇が持ち上がる。




「 ……でも、余命いくばくもない人にそれを言うのって、人としてどうなの?

 しかも勢いづいた自分の一言で、もし病人の寿命が縮まったりしたら?それこそ寝覚めが悪いじゃない 」


 私だって今は芸能人としてそこそこの位置にいるのだ。

 万が一にも自分が投げつけたセリフがマスコミに知られてしまったら…と連想して背筋が震えた。



 自分だけならいい。

 けれどもしそうなってしまったら、自分にプロポーズをしてくれたコーンにまで火の粉がかかってしまうかもしれない。



それはダメ…… 」


 コーンが言ってくれたように

 自分がしたいように出来たらどんなに楽か。



 けれどそれは決して得策とは言えなかった。



 答えの見えない迷宮に入り込んでしまった。


 皮肉なことに、この難解な問いを忘れたくて参考書に向かえば、むしろ受験勉強は大いに捗った。



 有り難いことにそのままの勢いで本試験に挑み打ち、まずまずの手ごたえを味わう。


 本試験が終わっただけで、合格発表は当然まだ先ではあったけれど、ひとまず閉鎖的だった受験勉強から解放された。

 けれどやっと一息つける時を迎えたというのに、自分へと投げかけられていた人生の難問に私は答えを見出すことが出来ず、悶々と考える日々が継続。そんなある日。



「 あんた、一人でずーっと考え事してるでしょう? 」



 さすが親友。見事だった。



「 言うだけ言ってみなさいよ。何なのか知らないけど、考えても答えが出ないから悩んでいるんでしょう? 」



 もちろんその通りなのだ。


 それで、モー子さんに包み隠さず実父の件を話した。

 もう2年も前のことだったけれど、母から聞いた話しも一緒に。



「 はぁ?なによそれ。そもそもそれ、入試前に話すこと? 」


「 たぶん、それは向こうの寿命が関係していたんだと思う 」


「 寿命……っ…っっ……あー、寿命ね、そうね…… 」



 私の話を聞いて、モー子さんはたっぷり後悔したんじゃないかな。


 なぜならモー子さんは、こういう他人の深刻系な話題が苦手なのだ。

 それでも最後まで話を聞いて、私の相談に乗ってくれたことに心から感謝している。



 ありがとう、モー子さん。



「 それで、アンタはどうしたいと思っているのよ? 」


「 正直に言うと、これっぽっちも会いたいなんて思ってない。でも、どうせなら会って文句を言ってやりたいかなとも思う 」


「 ええ、良いんじゃない?だったらもう… 」


「 でも、そうなったら絶対に可愛い文句じゃ済まない。それが元で、もし病人の寿命を縮めることになったらって想像したら、二の足踏んじゃう自分がいるの。

 向こうがどういうつもりで会いたいって言ってきたのかは知らないし、今どこにいるのかも聞いていないけど、もし入院中なら他人の目と耳があり過ぎて言いたいことの半分も言えないと思う。だからって二人きりならいいのかって考えると、決してそうじゃないし 」


「 そうね。二人きりなら言いたいことは言えるかもだけど。でも病気のこととかを考慮するとどんな状況でも言いたい放題は難しそうよね。特にアンタの母親のこともあるから 」


「 うん? 」


「 だって弁護士じゃない。弱者の味方ってイメージ、あるでしょ?その娘の言動って、ある意味厳しめに見られそうじゃない? 」


「 っっ!!……私、なんかもう面倒くさくなってきちゃった。これはもう私一人の問題じゃなくなっているもの!なんで・・・なんでいまさら子供がいるって知ったからって、会いたいなんて言ってきたんだろ 」


「 いっそ断っちゃえば?とも思うけど。でもそれ、病人ってところがネックよね。もし病室で誰かに自慢しながらアンタが来るのを指折り数えて待っていたとしたら… 」


「 そんなの、会っても地獄!会わなくても地獄だわ!! 」


「 言えてる 」


「 今さらどういう状況なんですか、なんて確かめる訳にもいかないし。本当に、どうしてこのタイミングなんだろ。

 ねぇ、親ってそういうもの?血を分けたってだけで、今まで存在すら知らなかった子供に会いたいって思えちゃうものなの?! 」


「 知らないわよ!親になったこともないのにそんなの分かる訳ないでしょ。でも、ドラマなんかだとそういう展開、王道よね 」


「 …っ……私は無理。そんな親の気持ちなんて理解できない!幼い頃に離れ離れになった、っていうのなら多少は違ったかもしれない。でも、知らないわよ、父親なんて!! 」



 この世に生まれてきている以上、世界のどこかに自分の父親が存在しているのだろう・・・ということは理解していた。



 でもそれは、自分にとってはただそれだけのことだった。




 最初からいなかったのなら

 最後までその姿勢を貫いて欲しかった。


 なぜ今こんなにも煩わされねばならないのか。



 答えなど一つも見出せぬまま

 時はあっという間に過ぎ行き


 私は希望の大学に合格した。






 ⇒◇34 に続く


1月中~下旬にセンター試験。本試験は2月中~下旬。合格発表は3月上旬。



⇒ふるいの中に残るもの◇33・拍手

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