日本語の(はね)が、「перо」(pero)「羽」も「крыло」(krylo)「翼」も、どちらもあらわすように、ごんざの訳語の『ふぁね』も両方をあらわすことを前にかいた。
「ロシア語」(ラテン文字転写)「村山七郎訳」 『ごんざ訳』
「перо」(pero) 「羽」 『ふぁね』
「перишко」(perishko) 「小羽」 『こふぁね』
「перочинникъ」(perochinnik') 「鵞ペンを削るナイフ」『ふぁねきる』
「крыло」(krylo) 「翼」 『ふぁねげ』
「двокрылный」(dvokrylnyi) 「二翼の」『ふたふぁねんと』
「шестокрылыи」(shestokrylyi) 「6翼の」『むふぁねんと』
ところが、「世界図絵」に「羽」でも「翼」でもない『ふぁね』がでてきて、この解釈がむずかしい。
ラテン語:Piscis haber Pinnas
日本語訳:魚は もっている ヒレを
ロシア語:рыба имеетъ перья
日本語訳:魚は もっている 「перо」(pero)を
ごんざ訳:いわ もっちょる ふぁねなんど
現代日本語訳:魚は もっている 「はね」を
ボグダーノフ師匠はラテン語の「Pinnas」を「перья」(periya)と訳した。
岩波ロシア語辞典 「перо 1(鳥の)羽;羽毛。2羽ペン。3野鳥。4ペン、ペン先。5文筆、文章。6筆法、筆致、筆力。7文人、文筆家、作家。8(魚の)ひれ。」
一般的な「ひれ」は「плавник」(plavnik)というらしいけど、「перо」(pero)の第8義に「ひれ」がでているから、ボグダーノフ師匠は「ひれ」のつもりで「перо」(pero)とかいたんだろう。
問題はごんざの訳語の『ふぁね』「はね」だ。
「世界図絵」は辞書とちがって、文脈と絵があるから、それが「羽」ではないことはわかっているのに、ごんざはロシア語の「перо」(pero)の訳語はいつも『ふぁね』「はね」だという、かたいかんがえで、そうかいたんだろうか、とおもった。
ところが、別の情報もみつかった。
日本国語大辞典 「はね (方言)②魚のひれ。富山県、鹿児島県肝属郡高山。(はに)琉球島尻郡糸満。(ぱに)琉球八重山。」
ごんざのことばでも「魚のひれ」を『ふぁね』「はね」とよんだから、『ふぁね』という訳語をかいた可能性もある。
ごんざが薩摩でも魚のヒレを「ふぁね」とよんでいたから『ふぁね』とかいたのか。
「перо」(pero)「羽」の訳語として『ふぁね』とかいたのか。
わからない。