留学生に日本語をおしえていた頃、「首」という漢字を導入する時には、つぎのように説明していた。
漢字の「首」には「neck」と「head」のふたつの意味があります。
「首位」とか「首相」というのは「head」の意味ですが、「首輪」とか「首つり」というのは「neck」の意味です。
みんなは「私」「自分」という時のジェスチャー、手のひらを胸にあてるでしょうけど、日本人は自分の鼻をゆびさします。「鼻」は「自分」なんです。
だから「自分」の「自」は漢字のパーツになると「鼻」という意味です。
「息」も「臭」も「面」も「顔」も「鼻」に関係のある漢字には「自」のパーツがはいっています。
「首」も「自」のパーツがはいっていますから、もともとは「head」の意味だったとおもいます。
さて、ごんざの辞書につぎのような項目がある。
「ロシア語」(ラテン文字転写)「村山七郎訳」『ごんざ訳』
A「кисть」(kisti) 「画筆」 『ふぢぇ』
B「кисть у руки」(kisti u ruki)「手首」 『ちぇのくび』
Bの村山七郎訳は「手首」、ごんざ訳は『ちぇのくび』になっている。
岩波ロシア語辞典 「кисть 1手(手首の関節から指先までの部分);手首。2(果物や花の)房。3(ひもなどについた飾りの)房。4ブラシ、はけ;筆、絵筆。以下略」
岩波ロシア語辞典の語釈からかんがえると「кисть」(kisti)の意味は「もとがほそく、先がふといもの」ということのようだ。
そのうちの「手」のことであることをしめすために、Bには(у руки)(u ruki)「手の」とそえがきしてある。
ごんざの『ちぇのくび』は手の「neck」なのか「head」なのか。
手の「neck」のロシア語はふつうつぎのことばをつかうようだけど、ごんざの辞書にはこのみだし語はない。
岩波ロシア語辞典 「запястье 1手首。2ブレスレット、腕輪。」
レザノフの辞書をみると、ごんざの辞書とまったくおなじみだし語がある。
「кисть у руки」(kisti u ruki) 「手」 『て』
善六は「手」の「head」(手首の関節から指先までの部分)と理解して、『て』という訳語をかいたらしい。
聖書でも「手」か、ぶどうや衣類の「房」の意味で「кисть」(kisti)がつかわれ、「手首」の意味では「запястье」(zapyastie)がつかわれている。
ごんざの訳語の『ちぇのくび』が「手首」ではなく「手」の「head」(手首の関節から指先までの部分)を意味している可能性はたかいとおもう。