ごんざの辞書には『ふたし』という訳語が2回でてくる。
「ロシア語」(ラテン文字転写) 「村山七郎訳」 『ごんざ訳』
A「пелена[пелены]」(pelena) 「襁褓(むつき)」『ふたし』
村山七郎注 cf. フタシは鹿児島方言ヒタシ「襁褓」のこと。TZH.
B「постилка」(postilka) 「むつき」 『ふたし』
村山七郎注 cf. ヒタシ 襁褓.むつき.鹿児島.フタシ 伊豆三宅島 TZH.
そして、Aのすぐ下につぎの1行があって、線でけしてあって、そのことは日本版にはかいてなくて、この行が存在しないことになっている。存在しないから、村山七郎訳もない、ということを以前にかいた。
C「пелынкыи」(pelynkyi) 「 」 『ふたしのと』
Cのみだし語のつづりをよくみると、ふたつめの母音が「ы」(y)になっているので、このつづりで、教会スラヴ語・ロシア語の辞書をひいてみると
「пелынь полынь」
岩波ロシア語辞典 「полынь 1ヨモギ。2いやな奴(ものごと)。」
「ヨモギ」という意味であることがわかった。
でも、この1行は抹消されているから、ごんざの辞書に「ヨモギ」はでてこない、とおもっていた。
ところが、日本版の巻末の「索引 薩摩語彙集」をみて、びっくりした。
「フタシ ひたし 襁褓
cf. ヒタシ 襁褓.むつき.鹿児島.TZH
フタシ 蓬
cf. フツ 灸をすえるのに用いる草.日葡.フツ よもぎ.九州.TZH 」
「むつき」の『ふたし』が2回でてくるのではなく、片方は「よもぎ」の意味の同音異義語だというのだ。
そんなことは本文には全然でてこない。
それに「フタシ」と「フツ」はかなり形がちがう。
ついでにいうと、索引では、襁褓のフタシは「フ」が無声化していて、よもぎのフタシは「フ」が無声化していないことになっているけど、本文ではどっちも無声化していることになっている。
索引の記述をみると、「よもぎ」の意味のロシア語にごんざが(ふたし)という訳語をかいた、つまりごんざ語彙の(ふたし)は「よもぎ」という意味だ、ということになってしまうけど、それは本文にはでてこないから証明できない。
本文の原稿ができあがってから、何かかきくわえたくなって(たぶんCのことだ)この項目をつくったんだろうけど、証拠がしめされておらず、本文と不一致になっている。