小さい頃に習った「一年中の歌」の歌詞には“♪おめでとう一月、つもる雪二月”と続き“♪青い空十月”だった。日本の10月は秋まっ盛りで“天高く馬肥ゆる秋”だから「青空」に象徴されるのだろう。9月が「月」なら10月は「青空」、通常なら私は「ヴォラーレ(Volare)」も歌う。何故この曲が「青空」なのかは既に書いた通り。

 

 

日本で青空に関する歌となると、まあ世代にもよるが西城秀樹の「ブルースカイブルー」を思い浮かべる人も多いだろう。この曲は彼の代表曲とも言われているが、まさに晴れ渡った青空という曲調だ。物悲しい「短調」の曲が多い我々日本人のメンタリティでも「青空」ならさすがにこの曲の様に「長調」になる。

 

ところが洋楽は違うのだ。コンチネンタル・タンゴには「碧空(あおぞら)」という名曲があり、ジャズスポットで一般的なスタンダードには「ブルー・スカイ」(綴りはSkiesだから「ブルー・スカイズ」と記載すべきかも)という曲もあるが、両曲とも明るい曲調の「長調」ではなく、何故か「短調」なのである。

 

「青空」なのに短調になっている理由として、私は二点考えた。一点目は“blue”という英語には「青色」以外に「憂鬱な」「悲しい」という意味があることだ。例によって原詞は歌詞専門サイトをご参照戴くとして、原詞にある“Blue days”は「青い日々」ではなく「憂鬱な日々」だろう。ナンチャッテ和訳をするとこんな感じである。

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「ブルースカイズ」

(作詞作曲:アーヴィング・バーリン)

 

青い空が私に微笑む
私には青い空以外何も見えない

青い鳥が歌をうたっている
一日中ずーっと、青い鳥だけが

太陽がこんなに輝いているなんて
物事がこんなにうまく運ぶなんて
恋に落ちてからは、まるで飛んで

行くように日々は目まぐるしい

憂鬱な日々は全て消え去った
もうこれからは青い空以外何もない

 

(translated by Saigottimo)

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2点目は、この曲がヒットした時代背景が影響していると思うのだ。この時代に起きた最も大きな出来事は「世界恐慌」である。1929年に“暗黒の木曜日”で米国株式市場が大暴落し米国内の失業率は20%を超え、翌年には全世界に拡大した。日本でも翌1930年(昭和5年)に昭和恐慌が起きている

 

それを考え併せると「青い空以外何も見えない」のは住居を失ったから?「青い鳥が一日中歌っている」のが分かるのは失業したから?「憂鬱な日々が全て消え~これからは青い空以外何もない」のは全財産を処分してどん底まで落ちたから?などの解釈も可能で、もしそう解釈するなら、まあ「短調」が相当だろう。

 

でも、この曲は1926年のミュージカルの曲で恋の曲だから、“作り手側”にその発想はない。上記のような解釈は私の勝手な妄想に過ぎない。ただ、この曲がその後、大衆に広く受け入れられロングセラーとなった背景として“受け手側”の一つの要素としてはあったかも知れないと思っている。

 

なので私はこの曲を歌う際には、日本人的な「青空」というイメージとはどうしても相容れないからか、「明るい表通り」と同じように、どこかで世界恐慌のご時世を意識して歌ってしまうのだ。

 

【カントリーのウィリー・ネルソン盤もヒットした】

 

♪Blue Skies ~ Blue Moonメドレー…2011年3月27日、茅ケ崎「Hi-Hat」でのHi-Hatカルテットライブにて♪

 

Saigottimo

石貫慎太郎さんの新作オーディオ・ドラマ「加乃子の海辺の夏休み」に出演させて戴いたが今回のテーマは音楽!石貫さんはオーディオ・ドラマ制作以外に、もともとishinuki soundsというサイトも運営し、作曲・編曲・ギター演奏などもされている人なので、今回はまさに石貫さんの専門領域フル稼働の作品でもある。

 

私は海辺のログハウスに暮らすフルート吹きの爺さん役である。海を眺望できるテラスで若い子達とジャムセッションをしながらバーベキューが出来るなんて夢のようだ。実際の私自身は、このコロナ禍でウクレレとハーモニカを60の手習いで始めたものの、本来は楽器が出来ないのでヴォーカリストになった人である。

 

そして今回も美しい映像と素敵な音楽が素晴らしい演奏で楽しめる。ヴァイオリンの高須さんとピアノの渡邉さんは、Au Bonheur(オーボヌール)というDuoでこれまでも石貫作品に参加されているし、今回参加されたチェロの田中さん&フルートの森川さんも音楽大学ご出身というから、実に豪華なアンサンブルである。

 

●「可乃子の海辺の夏休み」【約40分間】←クリック!

■スタッフ
脚本・制作・作曲:石貫慎太郎

演奏:ヴァイオリン/高須さくら

    ピアノ/渡邉理砂子

    チェロ/田中里奈

    フルート/森川明日香

    BGMギター/石貫慎太郎

■キャスト

ナレーション:中田真由美

可乃子:南春奈

サトル:能登洋宇

アカリ:山木梨花

シゲジイ:Saigottimo (開始から16分頃に登場)

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私にとっては「キューピッドは雪女」「海沿いの夜行列車」「桃太郎達の焚火を囲む会」「コケノコの旅立ち」「夏の夜空を見上げて」「夕闇トンネルの幻」「煙突の上のコンペイトウ」「魔女のツリーハウス」に続く9作目の石貫作品。どれもホッコリする癒し系の作品で、キャストの方々も私以外は皆プロフェッショナル揃いである。

 

今回は劇中の「snow」、エンディングテーマ「流れゆく時」と石貫さんのオリジナル作品が2曲も楽しめるが、開始から31分半頃にちょっと流れる石貫さんのBGMギターにいたく感動した。これはサイト上で公開されている「想い(memories)」という曲だが、実に素敵で心が癒されるオリジナル曲である。

 

Saigottimo

朗読は“最も手軽な趣味”と言われる。勿論、奥は深いのだが、自分が気に入った文(詩や小説や絵本等)を声に出して読むだけなのでお金もかからずハードルは低い。毎月、朗読仲間とのネット朗読会に参加しており、先日読む番になったので昔買った絵本「地球がもし100cmの球だったら」を一部抜粋して読ませてもらった。

永井智哉・著/世界文化社・刊


この本は我々に「知る(知識)と分かる(感覚)の違い」を教えてくれる。我々は“地球が自転しながら巨大な太陽という恒星の周りを公転している第3惑星である”ことは知っているが、その大きさや位置関係がどの程度なのか感覚的には分からない。そして我々の感覚的な想像と実像とはかなり違うことも気付かせてくれる。

 

この本は地球を直径1mに縮めることで(縮尺率1千万分の1)、月や太陽の大きさや位置関係を日常感覚で示してくれる。曰く太陽は水道橋駅前の東京ドーム大で地球は大森駅、木星は平塚駅、最も遠い冥王星は岡山県に位置する。これじゃあ図鑑ではとても正しい縮尺で記載できないという事情も納得できる。


さらに驚くのは地球が直径1mなら、空気の層は1ミリ㍍程度しかなく、1万㍍上空を飛ぶジェット機は地表から僅か1ミリ㍍未満の高さを飛んでいて、国際宇宙ステーションも地表から2~3センチ㍍ほどの高さを回っているとのことだ。宇宙から飛来する隕石が燃え尽きる程の空気の層が実はこんなに薄いなんて吃驚する


本書には地球上の淡水量(僅か17cc、氷を除けば5cc)とその汚染問題、陸地面積(0,5畳)と砂漠化問題などエコロジストならずとも息をのむような現実が実際のデータと縮尺された日常感覚の両面から著されている。地球温暖化が世界的に問題となっている今、大袈裟に言えば“全人類必読の書”といえるかも知れない。

 

以降はこの本に書いていない事だが、宇宙ステーションがこんなに地球の近くを飛んでいるのに何故、宇宙ステーション内は無重力状態なのか?私は“空気が無い宇宙は無重力”と単純に思っていたが、よく考えれば空気の有無と重力は無関係だし、月はあんなに離れても地球の重力の影響で公転しているのだから。

 

この答えは意外にも中小企業診断士の某研究会で得られた。今年6月に発表した診断士の先生がたまたま宇宙マニアで教えて下さったのだが、宇宙ステーションは(地表とほぼ同等の重力がかかっているが)、高速で地球を周回しているために“遠心力と地球の重力が釣り合っている”ので無重力“状態”なのだそうだ。*1

 

宇宙ステーションの周回速度はジェット機(時速900キロ㍍)の30倍(時速2万7700キロ㍍)で、約1時間半で地球を1周(4万キロ㍍)する。そんなに速くなくてもいいと思うが、これより遅いと重力が勝って地上に落下、逆に早いと遠心力が勝って地球の軌道を離れてしまうから、このスピードで飛び続けるしかないらしいのだ。

 

宇宙には空気抵抗がないので、一旦その速度で大気圏外に出ればあとは推進力不要で同じ速度で飛び続ける。そもそも地球自体が時速1700キロ㍍(赤道付近)で自転しているが地上の空気も一緒に回っているので我々は気付かない。丁度時速280キロ㍍で走る新幹線車内の空気が静止しているようなものだ。

 

地球は上記の様な高速で自転し、さらに太陽の周りを時速10万キロ㍍で公転し、その太陽だって銀河系内をもっと高速で公転しているらしいから、我々がいくら地上でじっとしていても、宇宙の中で見れば猛烈なスピードで動き回っていることになるのだ。嗚呼、ゆく河の流れは絶えずして~諸行無常の響きあり、チーン。

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*1:正確には「重力と遠心力が釣り合っている」のではなく、「水平方向への推進による地上との乖離距離」が「重力による自然落下と同じ距離」になる速度で周回しているのだそうだ(下記参照)。

 

Saigottimo

4月からサンデー毎日な日々が続いているが、コロナ禍なので在宅かつ独りの活動が中心になる。このブログ執筆は「国語」、英会話アプリでの「英語」もやるが、歌を歌ったりウクレレやハーモニカを吹く「音楽」折紙模型を作る「図工」、テニスやウォーキングやストレッチの「体育」に加えて、「家庭科」も重要な科目だ。

 

下戸の私はお酒は飲めないが甘いものが好きなのでお菓子作りは若い頃からやっていた。このブログでもパウンドケーキ作りへの拘りや、パスタを中心とした毎日のランチやコーヒーゼリー作りについては以前に記事でも紹介した。その後も限られた小遣いの中で楽しむために、100円ショップでいろいろと探した

上記はポップコーンの種。油に浸し塩を振った鍋に蓋をして弱火にかけると数分でポンポン出来上がる。小さな鍋で大袋1個分になる。この種はその3回分はゆうにあるので、大きな袋3個分のポップコーンがたったの100円だから、これは安い!しかもキャラメル味でも何味にでも出来るし、そもそも作る過程が楽しい。

 

下記は同じく100円ショップで買える和風のフルーチェ「わふーちぇ」。普通のフルーチェ同様に牛乳を加えてカップに注いで冷やせば3人前出来る。和風なので箱絵にある「あんこ」が欲しいところ。でも「茹であずき」の缶詰や「あんこ」は結構高いので井村屋の「あずきバー(小)」1本をレンジでチンしてトッピングした。

実は井村屋の「あずきバー」には苦~い思い出がある。数年前、帰宅途中のコンビニで買って家に着くまでに食べてしまおうと無理矢理かじったところ、ポキッと凄い音がして前歯を折ってしまったのだ。それ以来、井村屋の「あずきバー」は怖くてかじれないのだが、レンジでチンすれば完璧な「ぜんざい(田舎しるこ)」になる。

 

そして簡単で美味しい手作りケーキの決定版は日清製粉の「クールン」だ!これはさすがに100円ショップでは売っておらず大型スーパーで300円台はする。でも材料のクリームチーズだけでもそれ以上の値段になるので、レアチーズケーキを作ろうと思ったら、結果としてこれを買うのが最も安いのだ。

「クールン」はビスケットフィリングでのタルト生地作りが楽しいし、クリームチーズベースも簡単に作れる。一番難しいのは丁度良い大きさ(直径15cm)の皿を見つける事だ。我が家中を探してようやく見つかったのはカミさんが大昔に陶芸教室で作った皿一枚だけだった。ラップ越しに指で押し付けたタルト生地に混ぜたクリームを流し込んで30分冷やせば出来上がり!味はテッパンに旨い。

 

このブログで何度も書いているように私は「何事も本格的にやらない」主義だから、ヴォーカルも朗読もウクレレもハーモニカも絵も折り紙も料理もお菓子も、素人のまま安直かつ安価で済ます。手間や時間やお金をかければ大抵の事は出来るだろうが、だからこそ、それら抜きで何をどこまで出来るか、を楽しみたいのだ。

Saigottimo

渋谷SEABIRDのマスターがジョージ・ガーシュインの生涯を描いたドキュメンタリーも観せてくれた。彼は数々のスタンダードを作曲したのみならず、あのRhapsody in Blue(ラプソディ・イン・ブルー)」(1924) によって、ジャズとクラシックの橋渡しをした“シンフォニック・ジャズ”の草分け的存在でもある。

 

私は、R.ロジャースとC.ポーターとA.バーリンを「3大ミュージカル・メーカー」と書いたが、このガーシュインも「The Man I Love」(1924)、「Someone To Watch Over Me」(1926)、「'S Wonderful」(1927)、「Embraceable You」(1928)、「I Got Rhythm」(1930)、「But Not for Me」(1930)等、そうそうたる名曲の数々を生み出している。

 

 

このドキュメンタリーによれば彼は生粋のNYっ子だが、両親は若くしてアメリカに渡ったロシア系ユダヤ人移民であり彼は「移民二世」ということになる。決して裕福な境遇ではなかったものの、親が兄に与えたピアノに触れて彼の音楽の才能は一気に開花し、兄のアイラは文芸肌で後に作詞家となって弟とコンビを組む

 

酒場での演奏を皮切りに、当時華やかなりし「ティンパン・アレー(音楽系出版社街)」で頭角を現すと、「ミンストレイル・ショウ(白人が黒人に扮した人気レビュー)」やミュージカル作曲家として「Swanee(スワニー河)」(1919)や「Summertime(サマータイム)」(1935)等の名曲をものし、映画の都ハリウッドでも大活躍する。

 

 

以前の記事で、彼がラヴェルにクラシック音楽の教えを乞うて断られたという逸話を書いたが、同時に彼はクラシックの作曲家から「逆にどうしたら貴方のように作曲で稼げるのか教えて欲しい」と皮肉交じりに言われたくらい、彼は稼ぎに稼ぎまくり若くして豪邸を建て、巨万の富と高い名声を手にした。

 

若くして才能に溢れて活動的でハンサムで億万長者とくれば女にモテないワケがない。なので、彼がビバリーヒルズの豪邸でホームパーティを開けば、若く美しい女性達が彼の周りに群がったという。にも拘わらず、いや、だからこそなのか、結局、彼は生涯独身だった。いやはや・・・。

 

ガーシュインが他のミュージカル・メーカー達と異なるのは、執念ともいうべきクラシック音楽(シリアス・ミュージック)への拘りだろう。「ハリウッドでいくら稼いでも幸せじゃない」と言い放ち、四重奏団で有名なアルバン・ベルクや現代音楽のシェーンベルグと親交を続けたが、脳腫瘍が原因で38歳の若さで夭折してしまった。

 

コール・ポーターのドキュメンタリーを観ても思ったことだが、“人は無い物ねだりをする生き物”なのかも知れない。裕福な家庭で育ったポーターは才能を開花させ経済的に大成功したのに自らはアスリートに憧れ続け、移民の子からアメリカンドリームを実現したガーシュインはクラシック音楽での名声を夢見て果てたのだから。

 

芸術家やスポーツ選手など特殊な才能を発揮しても、頭が良くて機転が利き、社交的で話が上手く見目麗しくても、経済的に成功しても、結局、どこか自分の“無い物ねだり”を続けて人生終わるのだとしたら報われない。それに、もし大富豪だったら「Paypayでボーナス7円もついた!」と大喜びも出来ないだろうしね

 

♪’S Wonderful・・・2021年9月3日、渋谷SEABIRD第一金曜ライブにて ※本多バンマスのライブチョイ見せ動画♪

【牧(vo.)、御子柴(ts.)、山口(pf.)、萬造寺(b.)、蓮井(ds.)】

 

マッキー(牧かおるさん)からこの曲を「Saigottimoと、トニー・ベネットとダイアナ・クラールのようにデュエットしたい」との社交辞令あり。トニーは御年95歳で私はまだ洟垂れ小僧の60代だから向こう30年のうちには実現可能か。でもダイアナより遥かに若いマッキーは大丈夫だろうが私は恐らく生きてないだろうなぁ・・・。
 
…と、思っていたら、爺ぃ思いのマッキーはネットでの音声合成Duetに応じてくれた。嗚呼、これでもう冥途の土産も出来たのであとは何も思い残すことなく、すっきりと長生きができそうだ(死なないんかい!)

♪’S Wonderful・・・Mackyとのネットによる音声合成Duet♪

 

Saigottimo

石貫慎太郎さんの新作オーディオ・ドラマ「魔女のツリーハウス」に出演させて戴いた。これは前回好評だった煙突の上のコンペイトウ」の続編だ。今回も“7歳の天然ノーテンキ坊や”スクラット少年と、言葉を話す“上から目線のドS猫”ペグリッチが、両親が寝ている間に一夜の冒険に出かけるファンタジー作品だ。

 

私は前作では主人公達と列車に乗り合わせた「トラ猫」役だったが、今回はドラキュラ一家の父親役である。このドラキュラに加えて、ちょっと艶っぽい魔女も登場するので、ハロウィーンの季節に向けてお誂え向けのファンタジー作品に仕上がっている。そして今回も美しい映像と素敵な音楽を素晴らしい演奏で楽しめる。

 

●「魔女のツリーハウス」【約34分間】←クリック!

■スタッフ
脚本・編集:石貫慎太郎

作曲:石貫慎太郎、Hinako

演奏:Au Bonheur(オーボヌール)

■キャスト

ナレーション:中田真由美

スクラット:南春奈

ペグリッチ:図書委員こんざぶろう

魔女、ドラキュラ母:山木梨花

ドラキュラ青年:能登洋宇

ドラキュラ父:Saigottimo (開始から23分頃に登場)

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先日、石貫さんと出演者全員がネットで顔合わせ&台本読み合せを行った。石貫組での読み合せは初めてであり、固有名詞のイントネーション確認等も済ませた。前回初出演の“謎の美少女声優”図書委員こんざぶろうさんは「カメラの無いPCなので…」と写真参加だったので私の“オッサン疑惑”は未払しょくのままだ。

 

前回に続きスクラット役の南さんとペグリッチ役の図書委員こんざぶろうさんには絡みのシーンが多いため声が似ている二人の台詞をどうやって聴き分けてもらうかという点が今回の読み合せのテーマの一つだった。でも、お二人とも演劇出身なので声(の質や高さやテンポ)以外にキャラ設定でも台詞を操り、難なく解決!

 

私は原作者の石貫さんから「これまで穏やかな役柄が多かったので、今回、Saigottimoさんは初めて感情の起伏ある役ですね」と言われた。ところがどうしてどうして、読合せをしてみると母ドラキュラ役の山木さんも青年ドラキュラ役の能登さんも、さすがプロのド迫力という熱演で、私はすっかり気圧されてしまった。

 

石貫作品は「キューピッドは雪女」「海沿いの夜行列車」「桃太郎達の焚火を囲む会」「コケノコの旅立ち」「夏の夜空を見上げて」「夕闇トンネルの幻」「煙突の上のコンペイトウ」に続く8作目の出演となる。どの作品も聴くとホッコリして温かい気持ちになるが、演じている我々にとっても個性豊かでとても楽しい作品ばかりである。

 

なお、石貫作品でいつも素晴らしい演奏を聴かせてくれるAu Bonheur(オーボヌール)が結成一周年を迎え、結成記念Special  Concert in 柏葉窯(第2部)をアップしています。石貫さんオリジナル曲や映画音楽など楽しいプログラムです。このコンサートは私も聴かせて戴き、その様子は別記事でも紹介しています。

 

Saigottimo

渋谷SEABIRDのマスターがコール・ポーターの生涯を綴ったドキュメンタリー番組を観せてくれた。コール・ポーターはアーヴィング・バーリン、リチャード・ロジャース、ジョージ・ガーシュイン等と並ぶ偉大なミュージカルメーカーで、「ラヴ・フォー・セール」「ナイト・アンド・デイ」「エニシング・ゴーズ」他、数多のスタンダードを生んだ。

 

ポーターの音楽の才能は学生時代から卓越しており、イェール大学の有名なフットボール応援歌「ブルドック」を作り、1930年代から1950年代においてはミュージカルや映画を中心に圧巻の大活躍をした。特にダンスの名手フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースを得て、音楽とダンスで世界を魅了した。

 

ガーシュインもバーリンもロジャースも欧米社会ではマイノリティのユダヤ人だが、ポーターは中西部の裕福な家に生まれ東部の一流大学を出た血統書付きのセレブ。当時絶世の美女にして大富豪の妻を持ち(彼女は彼がゲイである事を承知の上で結婚)、14部屋もあるNYのホテルに住んで毎晩パーティに明け暮れていた。

 

西海岸やヨーロッパにも邸宅を構え、1929年の世界恐慌もどこ吹く風でピカソやストラヴィンスキーなどとも交流を持ち、自身で行う作詞も機知に富んでいて洒脱。他の追随を許さぬ仕事の成功で名声は止まるところを知らなかった。才能に富に名声、こんなに恵まれた人生が他にあるだろうかと誰もが羨んだろうと思う。

 

【映画「五線譜のラブレター」DVD】

 

彼の華麗にして数奇な人生は2度も伝記映画になっている。最初の「夜も昼も(原題:Night And Day)」(1946年)は観てないが、2度目の「五線譜のラブレター(原題:De-Lovely)」(2004年)では、映画の中で表題曲を歌うロビー・ウィリアムスがカッコ良く、私はこの歌をレパートリーにしてバース(前歌)から歌っている

 

 

ポーターが40代後半に落馬事故によって両脚を失ったことは知っていた。それでも余りある資産と理解ある夫人に美少年達と多くの友人に囲まれていたはずだ。しかしドキュメンタリー番組を観ていくと、1964年に73歳で亡くなるまでの生涯を辿れば辿るほど、彼が幸せだったとは、どうしても思えなかった

 

大学時代のフットボール試合では「皆が僕が作った歌(ブルドック)を歌っている。でもヒーローは僕じゃなく選手だ」と、小柄でスポーツ選手になれなかった自らを卑下していたという。溺愛してくれた母親も妻も亡くした晩年は、両脚の切断もあってか孤独の日々でパーティもせず、友人との食事でも寂しそうだったという。

 

翻って我が身を省みれば、さしたる才能も富も名声もないまま現役をリタイアし、五体満足にて健康な余生を送れている(ように思える)ではないか。もし私に溢れる才能があったら富があったら名声があったら、恐らくロクな事にはなってはいなかったろう。図らずも我が身の幸せをしみじみと噛み締める機会となった。

 

♪It's Delovely・・・2019年1月13日、渋谷SEABIRD第二日曜セッションにて♪

 

Saigottimo

日本において「ジャスト・イン・タイム(Just In Time)」というと、多くのビジネスマンが想起するのは製造業において「必要なものを、必要なときに、必要なだけ生産する」というJIT生産方式の事だろう。特に有名なのはトヨタ自動車が開発した世界に冠たる「カンバン方式(トヨタ生産方式)」の事ではないだろうか。

 

なので「ジャスト・イン・タイム(Just In Time)を歌います」と言うと、「おお、トヨタのカンバン方式には歌まであるのか」と思われる事もあるが、いやいや、トヨタ生産方式とは全く関係なく、1956年の米ミュージカル「Bells Are Ringing」の挿入歌として作られ、多くの歌手がカバーしているジャズ・スタンダードである。

 

 

例によって原詞は歌詞専門サイトをご参照戴くとして、ナンチャッテ和訳をすると下記の様になる。Just In Timeとは「まさにそのとき」とか「ちょうど間に合った」といった意味になる。

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まさにそのとき(1956年)

(lyrics by Betty Comden and Adolph Green, music by Jule Styne)

 

まさにそのとき、私は貴方を見つけた
貴方と出会う前、私はずっと低迷してた

私は道に迷い、運にも見放され、
行く手は塞がれ、行く場所すらなかった

でもいまは、貴方がここに居て

私は行くべき場所も分かっている
もう何の疑いも怖れもなく、

私は自分の人生を見つけることができた


まさにそのとき、愛はやって来た、

まさにそのとき、貴方が私を見つけた
そして、貴方は私の孤独な生活を

素敵な日々に変えてくれた

 

(Translated by Saigottimo)

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読んで戴ければお分かりのように、これは“製造業の理想的な生産方式”などではなく、人生において得難い伴侶を得たことの喜びの歌である。“ I found you just in time”(私は貴方を見つけた)で始まり“you found me just in time”(貴方が私を見つけた)となる。人は結局、他人によって幸せになれるものなのだろうか?

 

製造業では、あるユニットが複数のパーツ(部品)で構成されている場合、そのユニット生産工程では、構成パーツが生産ユニット数分必要になる。しかしパーツは別々の場所で製造されロット(生産単位)も異なるので常にパーツ毎に違う数量の在庫を抱え、あるパーツが欠品するとユニットの生産自体が止まってしまう

 

こうした資材調達を全体的に俯瞰してシステマティックな計画に基づいて行うMRP(資材容量計画)の様な試みは1970年代から米国で考えられ行われてきた。だが全体を統制する計画ベースではなく、現場主導で各工程ごとに工員が手書きカンバンをやり取りし、いわば手動で実現したのがトヨタの「カンバン方式」だ。

 

この「カンバン方式」は、各工程でパーツの在庫を一切持たずに「必要なモノを、必要な時に、必要な量だけ供給して在庫を(徹底的に減らし)抱えないという、ある意味で理想的なJIT(Just In Time)生産を実現する方式であり、欧米の識者からも高い評価を得てきた。これは日本人として、とても誇らしい事である。

 

ただ、この件で私が想起するのは「会議室の後片付け」だ。コの字型やロの字型にした机を教室形式に戻す際、誰も指示しないのに参加者全員が一斉に机を持ち右往左往して最終的に最適な位置に整えてしまう。これはきっと全員が日本人だから出来る芸当だと思う。私は「凄えな」と思う反面、とっても「気味が悪い」

 

例えば全員がドイツ人だったら、恐らく誰かリーダー役の人が先頭かつ中央の机の位置を決め、そこから前後左右の間隔を指示してくれないと誰も動かそうとしないだろう。だってどこに置くべきか不明確なまま重い机を持ってウロウロするのは非合理的で無駄だからだ。でも結果的には日本方式の方が早い!

 

 

♪Just In Time…2010年3月28日、茅ケ崎「Hi-Hat」でのHi-Hatカルテット・ライブに客演♪ ※歌い終わった後の、ゆみりー(as)のMCが懐かしい!

 

Saigottimo

渋谷「SEABIRD」のママさんが「面白いよ!」というので、映画「YESTERDAY」を観た。家族がサブスク(NETFLIX)に入っていたので自宅のTVで一緒に見ることができたのだ。以前、映画館で予告編は観ていて興味はあったが私はどうしてもビートルズがダメなのできっと楽しめないだろうと思っていたが、面白かった。

 

 

ネタバレにならないように概要を話すと、世界規模で12秒間の謎の停電が起き何故かビートルズの存在が無かった世界になってしまう。丁度その停電中に交通事故に遭遇した売れないミュージシャンの主人公の記憶にはビートルズは残っていたので、その楽曲を発表すると・・・あとは映画を観てのお楽しみ。

 

私は洋楽好きでヴォーカル活動もしているのだが、どういうわけか「ビートルズがダメ」もっと言うと「ビートルズ以降の音楽がダメ」なのだ。ビートルズファンに言わせれば「ビートルズ以前は(良い音楽は)何も無かった」と言うが、私に言わせてもらえば逆に「ビートルズ以降は(良い音楽は)何も無くなった」に等しいのだ。

 

ビートルズ以降というのは1960年代後半以降のロック中心の音楽だから、私は自分が10代20代の頃は洋楽に興味なく「自分は音楽が好きではない」と思っていた。ところが30代の頃か“オールディーズ・ブーム”があって、ビートルズ出現前の音楽を聴き「あ、これは俺が大好きな音楽だ!」と初めて気づいたのである。

 

本来、世代的には、ビートルズに熱狂したのは同級生の兄姉世代であり、私は何故か自分より20歳ほど上の世代(現在80歳代)の保守的な方々に近い音楽のセンスなのだ。これは何故なのか今までよく分からなかったが最近になって別の記事で書いた幼少期での体験に起因するらしいことが薄々分かってきた。

 

とはいえ私も「イエスタデイ」や「レット・イット・ビー」や「ヘイ・ジュード」等、ビートルズの楽曲はみな正直「良い曲だ」とは思うのだ。でも、何故か自分の心琴には触れないのである。どこか他の惑星の音楽を聴いているような気がして心の中に染み入ってこないのだ。これはもう、極めて感覚的なものなので、どうしようもない。

 

でも、映画の中で主人公がホテルの屋上からファンに向かって「ヘルプ!」を演奏したシーンでは「おお、カッコいい!」と思った。これはビートルズという4人組の強烈な個性かつオリジナリティ抜きで純粋に楽曲そのものに触れたからかも知れない。ということは、“彼等っぽくないカバー”をすれば、私もOKなのかも?!

 

Saigottimo

私が所属する朗読グループ「5Thanks(サンクサンクス)」の朗読動画 絵手紙・詩手紙「風のように花のように」のパート2がようやく完成した。といっても今回も音楽はななえさんのオリジナルであり、企画からキャスティング、音声&動画編集までリーダーの前尾さんにお任せ。私などは担当分を録音して送っただけだが…。

 

【朗読】絵手紙・詩手紙「風のように花のように(パート2)」【8分半】

↑クリック!

●絵手紙:浅田美知子

●詩と詩手紙:鈴木信夫

●朗読:前尾津也子大幡(おおばん)かおり中田真由美、Saigottimo、雪乃久木崎なお江 (登場順)

●音楽:ななえ

●企画・制作:朗読ユニット「5Thanks(サンク・サンクス)」

 

パート1公開後、ある朗読家から「演者業界では当たり前のように『長い文章よりも短文や一言だけの言葉の方が難しい』と教えられます。今回の言葉達はその類で、言葉にするのは大変難しい…と感じました。パート2、楽しみにしております」とのエールを戴いた。私は既に録音後だったので意識せずに済んでよかったー

 

Saigottimo