5月9日は母の日。43年前に他界した私の母はファッション・デザイナーだったこともあり、私は他の科目は全て「3」だったが図画工作だけはいつも「5」だった。クルマ好きだったので小学生の頃は将来カーデザイナーになろうと思っていたが、母の「工業デザイナーは数学が出来ないとダメ!」の一言であっさり諦めた。
それでも「いつか歳を取ったら絵でも習おう」と漠然と思っていたが、気づいたらもうしっかり歳を取っており、そしてまさにリタイアした「今でしょ」になってる。「じゃ近くの社教館でデッサンでも習うか」と思った矢先、「モーレツに素人たれ」と説く岡本太郎氏の本を読み、そもそも歌も朗読も習ってない自分に気づいた。
そうだ、自分は歌も朗読もウクレレもハーモニカも「何事も本格的にやらない」がモットーだった。絵だけは小学生時代の思い込みのまま習おうとしていたが、習う必要なんてないじゃん。数年前の誕生祝に妹から豪華な水性色鉛筆セットをもらって殆ど使ってなかったことを思い出し「まず何でも描いてやろう」と考えた。
【左:新生Saigottimo画伯の処女作】
画用紙製のハガキに何か色鉛筆で描こうとしたが、急にクレパスで思いっ切り大胆に描きたくなり、昨年就職した次男の小学時代のクレパスを引っ張り出して描き、切手を貼っていま仕事で福岡に住む妹に送った。投函する前にカミさんに見せたら「何か悩みでもあるの?」と心配された。妹からも何も返事が来ない。
因みに、5年前に描いた水彩色鉛筆画がハガキ画用紙に残っていた。え、これの方が上手いって?いやいや、こんなもんはね、単なるテクニックで誰でも描けるんですよ。だって水彩色鉛筆のテキストに付いていたDVDを観ながら描いたんだもん。だから自分では「やっぱ俺って器用だな」くらいで、何の感動も無い。
岡本太郎氏も著したように「芸術はここちよくあってはならない/きれいであってはならない/うまくあってはいけない」ってね。この絵なんて、典型的に“綺麗だし心地良いし上手い”じゃないの。全然ダメだよね。だって、テキスト29ページの右下のお手本通りで何も面白くない。そうだそうだ、こんな絵はもう描かないぞ!
次に川崎駅から観たMUZAホールを油性ボールペンと色鉛筆で描いて知人に送った。こっちも反応がない。そんなに酷いか?いや、ホンモノのゲイジュツは同時代人には理解されないしそもそも他人の評価なぞ気にすべきではない。そーだ、返事が来ないがどうした。俺は描きたい絵を描くのだ、それでいいのだ!
あ、あの、何か問題ありますかね?(え、描いてもいいけど人に送るなって?そっか…やっぱ、どこかで他人に認めてもらいたいという下心があるんでしょうかねぇ…ゲイジュツの道は険しいっすね、岡本先生!)
Saigottimo



