皆さま、おはようございます!
芸備線には前身である芸備鉄道の時代、
ガソリンカー専用の停留場として開業した駅があります。
それらは戦時中、ガソリンカーの使用が中止されたことから
昭和16年に休止されましたが、
一部は戦後に営業を復活。
矢賀駅(昭和18年再開)、上三田駅・上深川駅(昭和23年再開)が
それに当たります。
それらとは、復活した時期は大きく離れてますが、
山間の安佐北区にもそんな駅がありました。
白木山登山口の最寄り駅であるこちらでしたよ。
芸備線・白木山(しろきやま)駅です!
ガソリンカー専用の停留場として昭和4年に開業、
昭和16年に廃止されましたが
地元の請願により昭和38年に復活したとのことです。
そんな白木山駅の歴史について、
丁寧に書かれた看板が駅前に立ってました。
看板によれば、
開業当時の駅名は「白木山口」で、
昭和12年に国有化された際に
現在の駅名に改称されたみたいですね。
白木山駅の歴史については
Wikipediaにも詳細が記されてますが、
こちらは開業年が「昭和5年」と書かれております。
ところが看板に書かれている開業年は「昭和4年」…
開業年が1年ずれてる謎については
後ほど触れることにしまして、
まずは現在の白木山駅の様子を見てみましょう。
白木山駅は単式ホームがあるだけの無人駅で、
ホームの中央に簡素な待合所があります。
嵩上げ工事が施された様子がわかりますね。
駅のすぐそばに新福永踏切があり、
踏切を渡った先の道を進むと白木山の登山口に辿り着けますぜ☆
この踏切口にあるスロープを進入してホームにイン。
白木山駅の全景はこんな感じでした。
待合所の中には伯耆大山の写真が飾られてます。
ここは白木山の写真じゃなくてよかとです?
芸備線は平成30年7月豪雨や令和2年7月豪雨の影響で、
たびたび不通区間が発生してました。
駅のそばにはこんな横断幕が掲げられてましたよ。
さてさて、
戦前に存在した停留場を復活させた白木山駅…
となれば初代駅の痕跡が気になりません?
上深川駅のように
旧駅のホームが残っているのではないかと思い
辺りを見渡しましたが、
それっぽいブツはどこにも見当たりません。
そもそも旧駅のホームはどこにあったのか?
場所を探るべく、
国土地理院のサイトに掲載された
昭和23年撮影の航空写真をチェックしたところ…
うむむ?
白木山駅がある場所(矢印の先)に
駅らしき痕跡は何も写っとらん。
営業を休止してから7年後に撮影された写真ですが、
駅の痕跡ってこんなに早く姿を消すモノなのでしょうかね?
そこで、写真を隅々まで見てみたのですが…
あれ?
現在の白木山駅から北上した場所をご覧ください。
長方形のカタチが薄っすらと残ってます。
ガソリンカー時代の停留場は
ここにあったのではないでしょうかね?
ストリートビューで見た、この場所の現在の様子です。
画像に写っているのは福永踏切でした。
それでは、旧駅は本当にこの場所にあったのか?
実は一部の書籍に、白木山駅の起源は
昭和4年に開業した「福永臨時停留場」であると掲載されてます。
この付近はお寺さんや神社が多くあるので
参拝を目的にした臨時停留場だったのではないかと。
翌年に常設の停留場に変わった際に
「白木山口」に改称されたと思います。
現在の駅のそばにあるのが「新福永踏切」なのに対し、
こちらが「福永踏切」なのも
元々はここに駅があったからではないでしょうかね?
…などと考えながら白木山駅を眺めていたら、
列車がやってきました。
トレッキングを楽しむ登山客らしき数名が下車。
白木山駅はそんな景色がよく似合う駅でしたよ。
ガソリンカー時代の駅の位置や歴史については、
あくまでも個人的な憶測なので
間違っていたらごめんなさい。
正しい場所をご存知の方がいらっしゃいましたら、
教えて頂けと助かります。
↑(備中神代駅方面)
備後落合駅
西三次駅
志和地駅
上川立駅
甲立駅
吉田口駅
向原駅
志和口駅
白木山駅(令和3年7月4日)
狩留家駅
中深川駅
下深川駅
玖村駅
安芸矢口駅
↓(広島駅方面)
駅探訪記、旅情報を不定期に更新中。
新着情報がすぐ受け取れるフォロワー登録をお願いします!