皆さま、こんにちは!
昨日のブログで
芸備線・上三田(かみみた)駅の訪問記をUPしました。
(昨日のブログもチェックくださいね)
現在の上三田駅は昭和23年に開設された駅でしたが、
それ以前、昭和5年~昭和16年の間に
初代の上三田駅が存在していたのですよ。
芸備線の前身である芸備鉄道の手により設置された
ガソリンカー用の停車場で、
現在地よりも西側150メートルの場所にあったらしく。
開業当時の駅名は三田吉永駅でしたが、
昭和12年に国有化されたことから
上三田駅に改称されたそうです。
太平洋戦争の戦況が激化し、
ガソリンの使用が規制されたことから
初代・上三田駅は昭和16年に廃止されたとのことでしたが…
初代駅がどこにあったのか、気になりません?
自分、こういうのをめっちゃ気にするタチなんですよね。
憶測100%で申し訳ありませんが、
自分なりに旧駅の位置を探ってみました。
まずは、国土地理院のサイトに掲載された古い航空写真で
旧駅の位置を予想します。
初代駅が現役の時代の写真があれば一発回答なのですけど、
その頃は太平洋戦争の真っ只中で
写真を撮影するための飛行機など飛ばせません。
故に一番古い写真は
現在の上三田駅が開業する以前に撮られた
昭和22年撮影のモノでした。
おそらく旧駅は
この区間内にあったと思いますが…
そこで駅があったと思われる付近を
ズームアップしたのですが、
ガソリンカー時代の停車場が放置されてた上深川駅と違い
ホームらしき姿は写ってませんでした。
この区間はホームから丸見えですが、
北側(線路の右側)は斜面になっているので
ここに旧駅のホームがあったとは思えず…
だとするとホームがあったのは南側か。
そこで再度、航空写真を見直したところ…どうでしょう?
ここに写ってるのが旧駅のホームではないでしょうかね?
そこで、上三田駅を見終えた後に
現地に出向いてみましたよ。
旧駅跡と思われる場所は、
上三田駅の駅前を伸びる県道37号線を直進し、
芸備線の鉄橋を超えた先にあります。
県道の左手側に上三田駅のホームが見えますけど、
築堤に無理やり造った感が満載ですね。
芸備線の鉄橋に近づきました。
この鉄橋も芸備鉄道が拵えたモノなのでしょうね。
軌間に対して橋台の幅が狭く、
ナローゲージ時代の橋台そのままなのかと思いましたら、
芸備鉄道は開通当時から
現在と同じ1,067ミリだったみたいです。
現地に到着しました。
目印は上三田簡易郵便局。
この向かい側が旧駅跡と思われる怪しげな場所です。
駅付近には必ずと言っていいほど郵便局がありますけど、
ここでも法則が発動か?
旧駅跡の出入口があったと思われる場所、
現在は草木が生い茂っていて森と化してました。
ホームがあったと思われる場所を県道から眺めると
こんな感じでした。
予想はしてましたけど、
旧駅が廃止されてから現在まで80年が経過してます。
それっぽい形跡は何も残ってませんでしたわ。
その代わりと言っちゃなんですけど…
簡易郵便局の西側に
コレが置かれてることに気づいたのです。
用水路の上に置かれてる金属製のこの箱、
鉄道用の信号機器を収めていた継電箱じゃないですかね?
残念なことに記された文字は判読が出来ませんでした。
この箱が旧駅で使われていたモノだとしたら
面白いと思いません?
初代・上三田駅のことは今後も調べ続けたいと思います。
最後に…
付近は近年、豪雨によって土砂崩れ等が相次いで発生。
上三田駅前を横切る県道は
付近より西側が復旧工事で通行止めになってました。
芸備線は無事に復旧を終えましたけど、
住民の大切な県道も
一日も早く元に戻ることを願ってますね!
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