リーディング小説「生む女~茶々ってば~」
第二十六話 自分の存在価値を、認められますか?
自分の存在価値を認める
三歳の秀頼と私は伏見城に移り、秀吉と暮らし始めた。
この年、秀吉は自分が亡き後でも豊臣政権が盤石であるよう、秀頼に継承するバックアップ体制を整えた。
家来たちとの会議ではいつも幼い秀頼を抱きかかえ、彼らの意見に耳を傾け、彼らに命令を下した。
こうやって秀吉なりの帝王学を、秀頼に肌身で学ばせていた。
遊びたい盛りなのに文句も泣き言も言わず、秀頼は静かなまなざしで皆を見つめていた。
幼子でありながら彼の凛としたたたずまいは、自然と周りの者たちに天下の後継者にふさわしい、と認めてさせた。
織田や浅井の血筋はもとより、生まれ持った素質も秀頼にはあった。
私はそれが何よりもうれしく、誇らしかった。
慶長3年3月15日、秀吉は京都の醍醐寺に大きな庭を造らせ、日本各地から700本の桜を集めた大花見会を催した。
秀頼が五歳の時だった。
寧々や他の側室達もすべて招かれ、華やかに花見会場を彩った。
手を伸ばすように咲く薄紅色のしだれ桜。
見渡す限りどこまでも続く美しい桜の木々。
そこにずらり、と並ぶ家来衆。
秀吉の権力を知らしめるように、壮観だった。
もともと醍醐寺は応仁の乱のあと、荒れ果てていた。
それを立て直した座主の義演は、秀吉とよい関係を築いていた。
秀吉はたびたび醍醐寺を援助し、義演を助けた。
義演は、秀吉にとても感謝していた。
親しい交流があったからこそ、彼は秀吉の衰えを敏感に感じた。
もしやこれが最後の大舞台やも、と感じた義演は、秀吉のために壮大な醍醐の花見の宴に尽力した。
それはまるで夢のようなひと時だった。
平安の絵巻物の世界のように、煌びやかで豪華。
風が吹くと、薄桃色の花びらが渦になり、地面に舞った。
あたり一面は桜の絨毯が敷かれたようだった。
皆は美しい桜と美味しい酒や肴に舌鼓を打ち、陽気に騒いでいた。
秀吉はその様子を満足そうに眺めていた。
金と権力にものを言わせた豪華絢爛な宴。
まるで秀吉の人生の集大成のようだと、冷めた目でこの宴を見つめていた。
美しい桜の下に血塗られた歴史がある。
おびただしい屍を超え、血を吸った美しい桜の花。
それはまるで私のようだ。
私が通る道は、数多くの屍を乗り越え作られてきた。
屍の花道が、私にふさわしいのかもしれない。
そう思い桜を見上げた私の肩に、薄桃色の花びらがひらりと乗った。
私は花びらをつまみ、そっと盃に浮かべた。
秀吉がさし出した杯だったが、その杯を受け取る順番をみな興味津々で見ていたそうだ。
この醍醐の花見の後、人々は秀吉から賜る杯が寧々の後に受け取る順番を私と三の丸になった京極龍子で争った、と噂した。
なんと馬鹿らしいことだ。
彼女は従姉だ。
彼女の弟に、妹の初が嫁いでいる。
そんなことで、争ってどうする。
それよりも、秀吉の周りの人間をすべて秀頼の味方にする方が、大切だ。
不要な争いなど、時間の無駄だ。
人は何でも、自分が都合の良い方に取る。
その方がおもしろいからだ。
「のう、寧々や」
宴会中、ずっとご機嫌な秀吉が寧々にやさしく話しかける声が聞こえた。
「色々あったが、こうやってわしは天下を手に入れた。
お前に約束したことを、叶えたぞ。
お前を日本一のかか、にしたぞ。
ようがんばってくれた。
感謝するぞ」
寧々の手を握った秀吉は、頭を下げていた。
寧々はそっと袂で涙をぬぐっていた。
共に戦場を超え、成り上がった夫婦。
彼らの交わす言葉と光景を見ても、私の心は何も泡立たない。
我ながら冬の月のように冷たい心よ、と感じ盃に継がれたお酒を一気に飲み干す。
自分が一番秀吉に愛されているとは思っていない。
秀吉が一番大切にしている女は、やはり寧々だ。
それは認める。
ただ私は、寧々にできなかったことをした。
子ども、という一番秀吉が欲しがったものを与えた。
一番手に入れたかった血筋を与えた。
だからこそ私は彼にとって、特別な存在だ。
誰に認めてもらわなくても、かまわない。
自分が自分の存在価値を認めればいい。
自己肯定感は、自分で高めるのだ。
背筋を伸ばした調子に、ふと離れて控えている治長に目をやった。
ほんの少しの間、私と彼の目線が交差する。
私はふっ、と口の端を上げ、すぐに視線を桜に戻した。
治長はいつも何かあればすぐに駆け付けられるよう、離れた場所から私と秀頼を見守っている。
彼の眼差しにあたたかい愛が宿っているのを知っているのは、私だけだ。
「ほんとうに、美しい桜・・・」
誰に言うともなく、つぶやいた。
風に吹かれ、花吹雪が舞う。
桜は未練を残さず、潔く散る。
だからこそ儚く美しい。
秀吉を見ると、彼は散りゆく桜を眺め、泣いていた。
不意に、もう、彼の命は長くないかもしれない、という不吉な予感が私を襲う。
秀吉は豊かな贅沢を与えてくれたパトロンで、ずっと私を守っていた男だ。
だから、彼に秀頼を与えた。
彼が亡くなる事は、その大きな後ろ盾を失うことだ。
私が矢面に立つことを意味する。
突然、背筋が寒なる。
怖い・・・・・・
初めて怖い、と感じ、震えた。
その時、冷たくなった私の手があたたかいものに触れた。
秀頼だ。
彼は私を見あげ、大丈夫、というようにうなずき、小さな手を私の手の上に載せていた。
秀頼に守れている安心感が、手だけでなく心をも温かく包み込む。
私は笑顔になり、秀頼に微笑みかけた。
そして自分の手に載せられた秀頼の手をしっかり握った。。
私には秀頼がいる。
彼を立派な関白に、立派な男に育てる、という仕事が私にはある。
この桜のように、散ってはいけない。
秀頼のためにも、もう少し秀吉に長く生きて欲しい。
心からそう願い、秀吉に強いまなざしを送った。
その願いもむなしく、秀吉はこの醍醐の花見から約五ヶ月後、六十二歳でこの世を去った。
残された秀頼は、たった五歳だった。
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あなたは、自分で自分の存在価値を認められますか?
自分以外の他者から、理解してもらおうと思っていませんか?
そして認められない、と自分で自分を責めていませんか?
あなたが自分に与えた自己評価で、人は評価します。
人の評価など関係ありません。
どんな自分でも丸をつけましょう。
あなたが認めさえすれば、いいのです。
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