リーディング小説「生む女~茶々ってば~」
第二話 愛されている自信が、ない
茶々・・・
私は自分の名前が、すきではなかった。
この名によい思い出など、ほとんどない。
私は父浅井長政と母お市の長女として生まれた。
初(はつ)と江(ごう)という妹達も生まれた。
妹の初と江は「浅井」も「織田」も背負わされることなく、自由だった。
だが母は長女の私にだけ
「あなたの中に、浅井と織田の血が入っている。
なんとしても、その命を守りなさい」
と言い聞かせ育てた。
母は幼い私の両肩に手をのせ、黒々と濡れた瞳でまっすぐ私を見つめて言った。
笑顔だが目が笑っていない母の手のひらは熱く、私はひたすら怖かった。
なぜ自分だけが家系や血筋を背負わされるのだろう。
三姉妹の長女に生まれてきた意味とは、何だ?と自分に問いかけた。
だが答えはどこにもなかった。
そして浅井も織田も関係なく、あっけらかんと屈託なく生きる妹達がうらやましかった。
「お姉様が一番父上にも母上にも可愛がられたじゃない。
私達は父上の記憶もほとんどないし、母上はいつもお姉様を頼りにしていたじゃない?
家を背負うくらい当然じゃなくって?」
あごをつん、と上に向けそう言ったのは、次女の初だ。
彼女は浅井と織田の同盟が破れた時に、生まれた。
大っぴらに誕生を喜ばれなかったことを肌で感じて育ったせいか、彼女は冷静に物事を見極める。
だから私に投げつけられた言葉に、嫉妬がくるまれていた。
一番下の江は、伯父の信長に可愛がられた。
彼女は直感が鋭い。
繊細に見えるが、末っ子らしい図太さも持っていた。
私達が伯父信長と一緒に本能寺に行くのを止めたのも、江の病気だった。
あの時、江が熱を出して寝込まなければ、私達も一緒に京へと上っていた。
そうなったら、私達の運命は大きく変わっていたに違いない。
後に母はこっそり私にだけ言った。
「あの時、父上が江の身体を借り、助けてくれたにちがいないわ」
頬を染めうれしそうに笑った母は、その後、織田家の跡目騒動に巻き込まれる。
そして私達を連れ、秀吉に対立していた二十以上年上の家臣、柴田勝家に嫁いだ。
継父となった勝家は、母と私達を大切に愛しんだ。
だがそれは愛、というよりも愛玩物を大切に磨き、誰にもとられまい、とする独占欲にも似ていた。
その中で母はこれまでと同じように誰にも媚びることなく堂々と振舞い、娘達を笑わせた。
北ノ庄城でのおだやかな暮らしは、運命がほんの少し羽根を休めた時間だった。
私達母子に与えてくれたあたたかいひと時。
それは、嵐の前の静けさだ。
やがて秀吉が牙をむき、勝家に襲いかかった。
勝家の軍勢は勢いに乗った秀吉に押しに押され、北ノ庄城に戻ってきた。
秀吉は、勝家の首を条件に母と私達三姉妹を城から出すように行ってきた。
が、母を放したくない柴田の父は、娘達だけを城の外に出すことを条件に母の命を手にした。
柴田の父に足止めされた母は、北ノ庄城で命を断った。
母と最後に会った時、私達三人は伝えられたことがあった。
だが、妹達は何も覚えていなかった。
彼女達は母が城で死ぬ覚悟を聞き、ショックで泣きじゃくっていた。
だから私だけが、母の言葉を遺言として受け取った。
母はこう言った。
自分を貫くこと。
後悔せぬよう、生き抜くこと。
心だけは、自分に正直に生きること。
誰かのために生きるのではなく、自分のために生きること。
この母の言葉はそれから後も、ずっと私の心を蝕んだ。
頭ではわかっている。
それは、正しい。
そうやって生きたい。
でも、そうは生きられない。
そうは生きられない者に残された言葉は、呪縛だ。
私達を庇護した相手、秀吉は生まれ育った城と父、そして母と柴田の父を討った相手だった。
強い力を持つ彼が、私達をどう扱っても文句は言えない。
母はそんな相手に私達を託したのだ。
それでも母ならば、自分の信条を貫いて生きただろう。
母はどんな環境でも立場でもそこに順応して生きる、しなやかさを持った女だった。
いつも自分に自信を持っていた。
その自信は自分が尊敬する兄信長に愛されていた、という自負心からだった。
それに比べ私は愛されている、という自信がない。
浅井の父が亡くなった時、私はまだ幼かった。
城を出て伯父の家にいたが、母はそばにいてもいつも心ここにあらずで、自分の恋に忙しかった。
母に寄り添ってもらった思いがなく、いつも寂しかった。
だから私は妹達に、自分が母にしてほしかったことをした。
夜中にふっと目覚めると、母の寝床が空いていた。
暗闇の中、このまま母に置き去りにされる気がして怖かった。
目覚めた妹達も母を呼び、さみしがって泣くので、幼い二人を両手でしっかり抱きしめた。
眠りにつくまで子守唄を歌った。
母が昔私に歌ってくれた歌だ。
妹達が字が書けることを誉め、お裁縫が上手にできたらほめた。
すべて私が母にしてほしかったこと。
ほめてほしかったことだ。
北ノ庄城を出た私は、十三歳だった。
乳母たちに連れられ城から出てきた私たちは、敵の大将羽柴秀吉の前に連れて行かれた。
彼は私の顔を見て、猿に似た顔をくしゃくしゃにし大いに喜んだ。
とても嬉しそうだった。
これまでこんなにもあけっぴろげの喜びにあふれた顔で、迎えられたことはなかった。
敵なのに、どうしてだろう、と、不思議に思った。
がその後、もたらされた母の自害を知り、彼はその場にうずくまり子どものように大声で泣きじゃくった。
人目もはばからない激しい泣き方を見て、彼が母をすきだったことを知った。
その母に似ている私を見て、喜んだだけだ、と悟った。
さみしい敗北感と誰にも必要とされない悲しみが、北風のように心を刺した。
灯が吹き消され、足元がぐらり、と揺れた私は、今にも倒れそうだった。
だがいつまでも自分の感傷に浸っていられない。
彼が私達三姉妹の命の手綱を握り、運命を操ることを知っていた。
今よりもっと強くならねば、と自分に鞭打って、背筋を伸ばした。
足の震えを悟られないようしっかりお腹に力を入れ、震える声を押さえ
「さぁ、初、江、まいりましょう」
と言った。
その時、伏して号泣していた秀吉が顔を上げ、私を品定めをする視線を痛いほど感じた。
私はわざと彼に微笑んだ。
彼の目が、唇の代わりに好色さと喜びの光に輝き、私の身体をなめまわす。
この時私は、決めた。
誰かのために生きるのではなく、自分のために生きることを。
それが不可能な立場や環境だからこそ、敢えて挑戦することにした。
自分のために生きることができたら、私は今よりもっと自分をすきになれる気がする。
そう思い、秀吉に背を向け一歩ずつ足を進めた。
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