リーディング小説「生む女~茶々ってば~」
第十三話
だったら、私が強くなればいい
それから私は病気を理由に、しばらく秀吉と距離を置くことにした。
秀吉からは私を心配する手紙や私の好きな果物などの見舞いが山ほど届いたが、ほっておいた。
私は毎日、子宮が受け取った子種がしっかり根付くよう、布団に横たわる日々を過ごした。
治長はなに事もなかった顔で、私に仕えている。
彼は私の部屋の外で番人のように私を守り、控えている。
襖一枚隔てた場所に治長がいる。
呼べばいつでもそばに来る。
そう思った時、身体が湿り気を帯びた。
あの夜の深い大きな波に飲まれたエクスタシーが、ぞわり、と子宮からわき上がり私を包む。
とたんにカッと熱くなり、足の間から蜜がとろりと流れ、身体が湿り気をおびた
快楽を与える相手が、すぐそばにいる。
名を呼びさえすれば、すぐ来る。
それはダイエットのため、すぐそばに美味しいお菓子があるが手を出さずにいられるか、と意志を試されるのに似ていた。
欲求を抑えるため両腕を交差し、強く身体を抑えた。
茶々、お前は快楽が欲しいだけのただの女か?
お前はそのような女か?
望むのは一時の快楽か?
子宮の奥から声が聞こえた。
私は固く目を閉じ、激しく首を振った。
まぶたの裏に、ぼんやりと城が浮かび上がる。
私が生まれた小谷城だ。
城を背に立っていたのは、すべてを悟りきった穏やかな顔をした父だった。
「長政様!」
父を呼ぶ臨月の母の悲痛な声。
私は妹の初と一緒に乳母や侍女達に守られ、何度も父を振り返り小谷城を後にした。
父の名を叫んだ母は、陣痛でその場に崩れ落ちた。
私は母の名を呼びうずくまると、炭のような焦げ臭い匂いに背中を引っ張られた。
振り向くと、父のいる城が赤い炎に舐められていた。
「城が燃える!」
そう叫び逃げ惑うたくさんの人々。
初の手を強く握りしめ、父を見捨て燃えていく城を背に走った。
場面は変わる。
今度は北ノ庄城だ、
煙を吐き出し、赤く染まり燃えていた。
母は城を出なかった。
泣き崩れる私と妹達。
最後に母を目にしたのは、覚悟を決めた母の笑顔だ。
どちらも城を攻め立てたのは、秀吉だった。
固く閉じた目を開く。
私が欲しいのは、誰にも脅かされず、崩されない地位と権力だ。
その為なら、何だってする。
立ち上がり、姿勢を正す、
理性が蘇った私はお腹に力を入れ、蜜をせき止めた。
秀吉に対し、憎い、という気持ちはとうに超えていた。
戦国の世だ。
秀吉でなければ他のものが、父や母を滅ぼしただろう。
「もし~だったら」
「世が世なら・・・」
という言葉は通じない。
弱かったから、負けた。
強いものが、勝つ。
それが真実だ。
だったら、私が強くなればいい。
女として揺るぎない、最高の地位と権力を手に入れればいい。
天下を治めている秀吉が一番欲しがっているもの。
それを与えれば、その見返りに彼は私に地位と権力を与える。
彼が一番欲しがるもの、それがこれから産む私の子供だ。
私の子供が秀吉の子供・・・
乳母の大蔵卿局は言った。
「茶々様、どのような子種を受け取ったとしても、お生まれになったお子は、茶々様のお子です。
秀吉様のお子が、茶々様のお子ではございません。
茶々様のお子が、秀吉様のお子です」
乳母のこの言葉が私を奮い立たせた。
だから私は治長から秀吉の子どもになる子種を受け取った。
今私の子宮に根付こうとしている子が、秀吉の子になるだけだ。
治長はもうそこに介入しない。
そう決めたのに、理性で止めた身体の要求が私に牙をむく。
治長のたくましい胸
私を見つめる熱いまなざし。
どんな女が治長の愛撫を受け、あのような快感を得るのかと思うと爪を掌に刺し、唇を噛む。
これは断じて愛ではく、ただの欲望だ。
そんなものは、野心のない女が持てばいい。
私が求め焦れるのは、揺るぎない権力と地位だけだ。
再度、自分に言い聞かせた時、天の助けのように一つの考えが降りてきた。
治長を結婚させる。
そうすれば、私が彼を欲しても彼は妻がいることを理由に私を拒める。
なんとも自分に都合のいい言い訳。
治長が私に逆らえないことを知っていながら、我ながら名案だ、とくくく、と笑う。
明日、大蔵卿局に伝え、彼の嫁を探すことにしよう。
襖一枚隔てた空間で、運命をあざむく背中合わせの男と女。
二人はひっそりふけていく夜に包まれた。
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あなたは何のために強くなりますか?
あなたを強くするものは、何でしょう?
その正体を、知っていますか?
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