リーディング小説「生む女~茶々ってば~」
第二十話 お金は何のために使う?
鶴丸は、高い熱を出して寝込んだ。
真っ赤な顔で、ハァハァとせわしなく息をする我が子を目にするのは、心が切られるように痛かった。
代われるものなら、わが身と変わりたい、と母親なら誰でも思う事をより強く思った。
人はいくら愛していても、決してその身代わりにはなれない。
鶴丸の赤くて熱い小さな手を握り、名前を呼び、天に祈ることしかできなかった。
「毒は・・・毒は盛られていなかったのか?
大阪城で、何か変わったことはなかったのか?」
大蔵卿局が私の代わりに、鶴丸の乳母や大阪城に残っていた者たちに聞いて回った。
しかし寧々が鶴丸を大切にしていた、という話しか出なかったそうだ。
「嘘だ!」
思わず叫んだ。
寧々が鶴丸を大切にしていたら、鶴丸が病になるわけがない。
寧々は、豊臣の跡継ぎとしては、大切にしていただろう。
だが我が子を愛しむよう、大切にしていたとは思えない。
我が身に変えてまで子の苦しみを救いたい、と願う母の気持ち。
あの女にわかるわけがない。
寧々のことを思うと、怒りで身体が震え固く噛んだ唇から血が流れた。
そして今後、誰に何を言われようとも、二度と鶴丸のそばを離れないことを誓った。
鶴丸が病に伏せったことを知った秀吉は奈良の興福寺に数多くのお供え物を贈り、春日神社で鶴丸平癒の祈祷をさせた。
私もほとんど眠らず、食事もとらず、鶴丸のそばで祈り続けた。
この時は、秀吉に対して同じ親としての情を感じた。
そして私達の必死の祈りは天に届いた。
鶴丸の熱は下がり、病気を脱した。
共に病を戦った私もげっそり頬がこけたが、我が子の無事に涙を流した。
本当に、ほんとうによかった、と心の底からあたたかい感謝がこみ上げた。
そして恨むことが多かった神に向け、初めて心から神に感謝をささげた。
鶴丸が豊臣の跡取りであろうとなかろうと、私にとって何よりも大切な子だ。
この子こそ我が身に変えてもいい、と思えるかけがえのない存在だ。
今回の病気は、初めて自分以上に愛おしい存在があることを教えてくれた。
鶴丸が回復してしばらくし、小田原征伐は終わった。
秀吉は聚楽第に、私達を呼んだ。
秀吉は少しやつれていたが、戦にも勝利し、鶴丸も快復したことで目がらんらんと輝いていた。
「おお、おお、よくがんばった。
よく元気になった。
わしも、お前のためにがんばったぞ。
共に戦ったのう」
鶴丸を両手に抱えた秀吉は、涙を流さんばかりにうれしそうに言った。
そんな秀吉の姿を見ると、私も胸が熱くなった。
鶴丸が親子の縁を結んでくれた。
私達は鶴丸を挟み、父と母にさせてもらった。
私は治長の存在をすっかり亡き者にし、幸せな親子になっていた。
そのすぐそばに治長が控えていた。
彼がどんな顔をしているのか見たくなく、わざとスルーした。
その時、ひややかな視線を背中に感じた。
「鶴丸君はすっかり元気になりましたね。
本当によかったです。
豊臣の跡継ぎですから、気をつけなけれねばなりません」
振り向くと寧々がいた。
ゆったりとした笑顔の寧々をにらんで言った。
「鶴丸が豊臣の跡継ぎであろうとなかろうと、私にとって愛おしい我が子です。
我が子が元気で無事にいることが、母である私の喜びで生きがいです。
ですからもう秀吉様がどう命じても、私は鶴丸のそばを離れません。
母と言うものは、そういうものです」
寧々は私にしか見えないよう、そっと眉をひそめた、
「淀殿、秀吉の妻は私です。
ですから、秀吉の子は私の子でもあります」
「鶴丸は私の子です。
私と秀吉様の子です。
鶴丸が病の間、私も秀吉様も鶴丸と共に戦いました。
北政所様は、そうではなかったですよね?
でも、それでよいのです。
北政所様のお子ではございませんから」
嫌味の矢を百ほど束ね、送った。
私の言葉を受けた寧々は、そこにいる者たちにわかるよう、眉をひそめ顔を歪めた。
その場にいる家臣達は寧々に同情の眼差しを向けた。
部屋には彼女に肩入れするムードが漂った。
自分は被害者で、私を加害者に仕立て、子がいなくても自分の地位を盤石なものにする手腕は見事だ。
相変わらず寧々はうまくやる、とお腹の中で舌をまいた。
とげとげしい雰囲気になったので、席を立った。
秀吉を始め、傍にいた者達はハッとしたが、寧々とのいきさつを見ていた秀吉も私を止めなかった。
大蔵卿局がすぐに秀吉のそばに行き、ささやいた。
「鶴丸様をそろそろ床に戻しましょう。
長い時間みなのところにいると、またお疲れが出て、熱が出るやもしれません」
秀吉は彼女の言葉にぎょっ、と目をむく。
「わかった。すぐ休ませてくれ」
と素直に鶴丸を渡した。
私は大蔵卿局に抱かれた鶴丸と共に、お気に入りの赤い上着の裾を蹴り、部屋を出た。
「母の愛を思い知るがいい。お前には一生、体験できぬことだ」
目線で寧々に語り、部屋を後にした。
その後、私と鶴丸は淀城に戻った。
秀吉は忙しいのか、なかなか会いに来なかった。
その分、何通もの手紙が私と鶴丸に届いた。
私はそれをまだ字の読めない鶴丸に、読み聞かせた。
「父上は、あなたのためにがんばっているのですよ」
何もわからない鶴丸は目をぱっちり見開き、ただただ無心に笑っていた。
その笑顔が、何よりも可愛く愛おしかった。
淀城で私と鶴丸の蜜月が過ぎて行った。
年が明けた天正19年、鶴丸はまた熱を出して寝込んだ。
天下を手中にした秀吉は、日本国中の神社仏閣に鶴丸平癒の祈祷をさせた。
そして前回、鶴丸が元気になったことを受け、春日神社に300石の寄進をし、また祈祷を願った。
男は女を守る存在だから強い、と信じていた。
だがそれは無事に成長した男のことだと思い知った。
男の子の方が弱い、と大蔵卿局が言った話を思い出し、背筋が震えた。
乳母や侍女や家来達、城にいるみなにすべての闇から鶴丸を守るよう固く命じた。
その甲斐あって、鶴丸は回復した。
また城に笑顔が戻ってきた。
が、それもつかの間だった。
暑い夏が来た頃、鶴丸はまた病に倒れた。
秀吉はこれまでと同じように全国の神社仏閣に祈祷をさせた。
金に糸目をつけず春日神社に莫大な寄進をし、鶴丸の平癒祈願を乞うた。
「秀吉は金で我が子の命を買っている」
世間はそう陰口をたたいた。
そんなのは当然だ、親はそういうものだ。
それに鶴丸はそのあたりの子ではない。
天下を治める豊臣の後継ぎだ。
それにお金はある。
あるから、愛おしい我が子のために使えばいいのだ。
私はその世間とやらに大きな声で言いたかった。
お金は何のために使う?
愛しいものもためだ。
誰でも私と同じ立場であれば、同じことをするはずだ。
お金がないから、できないだけではないか!
口では偉そうに言えるが、鶴丸を失うかもしれない不安と恐怖におびえた。
秀吉は国中から名医と呼ばれる医師達も集めた。
そして家来達にも鶴丸の平癒祈願をするよう命じた。
私もわらにもすがりたい思いだった。
意地もプライドも恥も捨て、寧々に手紙を書いた。
鶴丸が元気になるよう祈って欲しい、と訴えた。
「鶴丸が無事元気になるなら、何でもします。
ですからどうぞ、鶴丸の命をお助け下さい」
真夜中に水をかぶり、震えながら鶴丸の病気が治るよう祈った。
愛おしい鶴丸の命をあの世に持っていかれぬよう必死だった。
病に苦しむ我が子の身代わりになれない私にできるのは、それくらいだった。
秀吉も東福寺にこもり、ずっと鶴丸の病が治るよう祈った。
しかし、今回私達の願いは天に届かなかった。
病から三日後、鶴丸はあっけなくこの世を去った。
数え年で三つ。
可愛い盛りだった。
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