穴と橋とあれやらこれやら -69ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

このシリーズ、今宵はこれを。

「浄土寺南田町」。例によって上京區となっているけど、浄土寺は現在は左京区である。

 

 

 

 

 

で、看板の横に掲示してあったのが、

「京都仁丹樂會」さんによる案内&解説&啓蒙。

 

さすがにこれらすべてを書き下すのはあまりにめんどい(笑)。スマホで見ていただいて大きく拡大してもらえば判読できると思うので、それでお願いしたいが(横着)、樂會さんが特に訴えたい(もちろんわたくしも)であろうことが、左側の紙に書いてある。

 

曰く、

「仁丹町名表示板」は、その場所にあってこそ意義のあるものであり、輝きを放つものです。これからも、このまま大切にして下さいますよう、お願いします。」

 

盗難が横行している昨今、そういった輩への牽制という目的ももちろんあるだろうが、これは看板の現所有者…つまりこの家の主に対しての切なるお願いに他ならない。

 

その背景には、建て替えや区画整理などで失われるケースが後を絶たないという現状があり、樂會さんの活動として、現所有者に対する保存協力のお願いということをされているようだ。もちろんこういった掲示は、所有者の許可の元で行われているものである。

 

 

これまでの感じを見る限り、このテーマにご興味ある方は少なそうだが(笑)、樂會さんのブログのリンクを貼っておく。実に濃く、深く、学究的で、感動すら覚える。

https://jintan.kyo2.jp/

 

ぜひご覧いただきたい。あ、わたくし会員ではないけれど、全面的に賛同している者であります(笑)。

 

 

 

こちらなどでお伝えしていたゴルフの汚れ…つうか汚損事故がようやく決着した。先週ようやくの板金屋への入庫にたどり着くまでがまあいろいろあり長かったんだが…済んだことはもういいので詳細は控えておく。

 

 

代車で貸してくれたのは

ホンダのストリーム…っていう車、失礼ながら知らなかったんだけど…。

 

ストリームって聞いたら、わたくしの場合仕事で使ってるお気に入りのボールペンしか思いつかない(笑)。あるいは城達也さんの「JET STREAM」…。

 

 

 

 

 

で、やっとこさ本日引き取りに行ってきた。

 

引き取ったその足で、

ドライブがてら近くの平池へ。

 

 

おおおお

当たり前だけどめっちゃキレイ!

 

 

 

 

 

汚れてた時の状態がこれなんで、

こりゃもうアナタ、心晴れ晴れとしましたさ~!

 

 

 

 

 

このチャンス逃すまじ!ってことで、以前この記事冒頭で悲しい報告をしたキズも、

ちょちょっと塗っといてもらった(笑)。

 

誤解のないように書いとくが、マンション管理会社に提出した見積りにはもちろんここは入っておらず、他人のお金で直したわけではない。別途お金を払うから、ここもなんとかしたいな~と相談しただけ。それを、いわば気を利かせて無料でやってくれた、ということなんである。

 

もちろん無料だけあって、キズ自体は残ったまま。バリだけ取って上から塗装してくれた状態だが、わたくし的にはこれで十分。こんな趣味をやっていればいつかまた傷をつけるだろうし(ヲイ 

 

いや、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

新車みたいにピカピカ!

なんだか、ゴルフが万全の状態にあるのってしばらくぶりな気がする。

 

 

 

 

…てな感じで、3月に勃発した「車とパソコンとわたくしの不調」は一応すべて解決した。

 

最近マジでどこにも出かけられておらず、半引退状態に追い込まれているけど、引退するつもりは毛頭ない。ただ、そもそも連休が取りづらい。せめて「何もない連休」が取れたら…。

 

 

はい?ゴールデンウィーク?そんなんございませんのよ。
 

 

 

チキショー(笑)。

 

 

 

2014年11月16日、2日間にわたる煉瓦祭り@愛知の2日目。この日のネタで記事にしてるのは、硯川橋梁九作橋梁白川立切鉢地坂隧道居林橋トラス能舞台新川橋

 

今宵ご紹介するのはこの日最終盤、新川橋の直前に訪ねた物件。

 

 

 

まずはこれ。

暮れなずむ街の、光と影の中(笑)。聞いたことあるぞ(笑)。

 

三径間の橋梁で、うち手前側が架道橋。わたくしのやる鉄道橋梁ネタって煉瓦アーチものが多く、こういう鉄道橋梁らしいガーダー橋って意外と持ちネタがなかったりする。

 

 

 

 

 

そのワンスパン。

煉瓦橋台である。結局煉瓦が好きなんよね~。

 

 

 

 

 

橋脚もまた、

煉瓦製。しかも上流側には水切りが施工されていた。意外と鉄道橋梁で水切りって見かけない気がする…んだが、単なる見識不足かも。いや、きっとそうだ。

 

このあたりの開業は1915(大正4)年ということで、煉瓦が使われているのは納得。ただ、橋台・橋脚共にコンクリとのハイブリッドになっているように見えるのは…まあ後付けだろうな。そんなに古そうには見えないし。

 

時代的にあり得るっちゃあり得るので、変なこと考えてしまったよ。

 

 

 

 

 

そうこうしてるうちに

列車が通過。やっぱ列車と撮る鉄道橋梁っていいもんだ。

 

 

 

 

 

ガーダー側面に塗装履歴表示があり、

そこで新川橋梁というお名前が知れた。

 

 

 

 

 

架道橋をくぐって、

下流側へ。

 

 

 

 

 

で一応、

こっちからも拝んでおいた。

 

まあ変わり栄えはしないが、橋脚だけは違う。水切りのないフラット型。

 

 

 

 

 

最後に、新川橋から見た新川橋梁。

この後ほどなく、日が暮れたっけ。

 

 

 

以上。

 

 

2018年10月26日、悲報転じて北陸遠征・初日。この日のネタで記事にしているのは清水倉隧道(仮)(※)旧・風浪川橋笹川シンドローム朝日小川ダム付近の建屋つきシェッド熊坂隧道平三郎茶屋冬期歩廊愛本橋近くの謎タワー

 

(※)

橋立隧道(仮)というタイトルで記事にしていたが、この記事を機会に清水倉隧道(仮)と変更することにした。実際至近にあるシェッド名も「清水倉シェッド」だし、所在地的にもよく見たら橋立より清水倉の方かなということで。まあいずれにしろ仮称なんだけど(笑)。

 

 

今宵ご紹介するのは、その清水倉隧道(仮)の後に訪ねた橋。かなり特異なロケーションのステキ橋だ。ハードルを上げるつもりはないんだが。

 

 

まずはこれ。

ここは新潟県道155号橋立青海停車場線が青海川を渡るところなんだが、この写真一枚ですでに伝わる人には伝わるかと。現在地はこちら

 

 

 

 

 

県道の橋に(ほぼ)正対…。

気になる?気になるでしょ?この線路が(笑)

 

お気づきだろうか、踏切があると見せかけて、実は県道に面しては遮断棒がないんだな。いや、実はたった今記事を書いてて気づいたんだが(笑)。

 

 

 

 

 

まあいったんそれは措いといて、

右の親柱には「みゆきばし」。

 

 

 

 

 

そして左の親柱には、

「昭和二十九年三月竣功」。なかなか崩してるな~。

 

 

 

 

 

で…

やっぱこれでしょう。

 

最初の地図をご覧いただくとわかるのだが、他の鉄道路線とは全然接触していない。つまり完全に独立した鉄道なんである。

 

その正体は…デンカ株式会社青海工場の専用線

つまり、企業の専用鉄道である。

 

 

他の鉄道路線とは接続していないが、このように県道とは濃厚接触している。記事全体を通じてそのへんお伝えしていく。

 

 

ちなみに、他の鉄道と接続していないと書いたが、かつては北陸本線(現・えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン)青海駅まで線路がつながっていた。このことをググったら大御所しょうさんの記事が一番に出てきたので、リンクを貼らせていただく。ぜひご参考に。しょうさん、ありがとうございます。

 

 

しかし、2009年までは現役だったのね…。

 

はい、改めて

県道橋の上。

 

 

 

 

 

ピッタリ並行して架かる、

デンカ専用線の橋梁。

 

この専用線、運輸開始は大正11年4月と大変歴史の古い路線である。当時の区間がどこからどこまでだったのかは不明なので、この橋梁が大正モノかどうかはわからないが。

 

 

 

 

 

県道橋北側より。

傍らの橋梁および専用線のみならず、橋の向こうに見えるすべての建屋や設備、そして左端に見切れている部分も、すべてデンカの関連施設。

 

そう、まるでこの県道、企業占有地を縦断してるような…てか、事実上そうなってるのだ。

 

 

 

 

 

右の親柱は、

「御幸橋」。古レール転用のトラロープ支柱がいい感じ。

 

 

 

 

 

左はまたお誕生日だったが、それより、

ほらね、ここにもちゃんとゲートが。

 

両岸ともこんな感じなので、この御幸橋、サイドアングルを見られる位置が皆無。ギリこの一画からちょっとだけ…。

 

 

 

 

 

にしてもこの注意喚起、

スパイシーですな~。

 

 

 

 

 

御幸橋を渡った先の景。

右手に見えてるのは、工業用の導水路の沈砂池…たぶん。

 

 

 

 

 

御幸橋を振り返り。

ほんと、県道は可能な限りの幅員は確保しているものの、どこか肩身が狭い。

 

 

 

 

 

極めつけは、

「デンカ構内入口」。

 

県道に面してデカデカと掲示されているのでなかなか見落としはしないだろうが、よく見たら立入禁止とは書いてない。さりとて…部外者が入っていっていいものか?たぶんアカンよなあ(笑)。

 

 

 

 

 

うーん。

吸引力は凄いんだけども。

 

 

 

 

 

まあね、

(一応)分別ある大人としては、行けませんわ、やっぱ(笑)。

 

ちなみに先ほどの写真の「デンカ構内入口」看板、2023年8月撮影のストビューで見ると、「関係者以外立入禁止」に書き変えられている。そらそうですわな。

 

 

 

 

 

で、もう一つ先にあった入口は、

フルオープンではあったものの、こちらにはしっかりと「構内 関係者以外立入禁止」と書かれていた。

 

 

 

 

 

構内入口にはこのように、

路面の穴から水がピューッと出ていた。

 

普通に考えればこれは融雪パイプなんだと思うが、この日は10月下旬でもちろん雪もまだなし。たまたま冬到来前の点検的なことだったのか、あるいは靴底を洗うとか、全く違う用途でのことだったのか?

 

いずれにせよ、あんまりしげしげ見る機会もないので、しばし鑑賞してたっけ。

 

 

 

 

まあこんな感じでこの御幸橋周辺。関係車両や関係者の往来もそれなりにあるが、県道上にいる限りはOKなので、同じ趣向の方は楽しめると思う。

 

 

 

 

 

最後におまけ。

 

この直前、御幸橋手前で停車して地図を確認してたら、なにやら気配が。アッと思って顔を上げれば…

おりしも機関車が通過!

 

もちろんまったく運行時間など知らずに(なんならその存在さえも忘れてた)来ていたので、これはラッキー!なんだけども、あと数分遅く来てくれればバッチリ至近で拝めたのに…の気持ちも(笑)。

 

 

もしそうなっていたら、この記事の構成も変わってただろうな~。

 

 

 

 

 

以上。

 

 

2022年12月30日に敢行した、東紀州徘徊。この日のネタで記事にしているのは…っていつものように書き始めたが、なんと初めてだった!マジか。

 

 

 

今回のネタは、地理院地図を見ていて「!」ってなった、その現場を確認しに行ったって話である。

 

まずはこれを。

なにこれ?マピオン地図だとこちら

 

三重県道70号賀田港中山線から分岐する行き止まり林道(たぶん)に、謎の隧道表記。いやいやいやいや…。

 

わたくしもこの趣味を始めてそれなりになるが、こんなところに隧道があるなんて聞いたこともなかった。手持ちの県別マップルは言うに及ばず、いくつかの電子地図にも載っておらず、ただ地理院地図だけ(チェックできた中では)にこうして描かれている。

 

 

 

 

 

過去にこんな記事を書いていて、ここもおそらくこのパターン…つまり「地理院地図の誤表記」だろうと思った。

 

のだが…、

うむぅ…地形的には「あってもおかしくない」感を醸しとるのよね~。

 

やっぱ気になる!と、この機会に現地調査をおこなってきた。

 

 

 

 

 

ハイッ!というわけでね。

県道70号からの分岐にやって参りました~。

 

分岐はフルオープンながらも、あまり車の出入りがなさそうな感じ。距離も1km弱ほどと大したことないし、ここからは徒歩進軍とした。

 

 

 

 

 

入口に立っていた、林道利用注意の看板。

残念ながら林道名は読み取れなかった。てか、書かれてなかっただけかも。

 

 

 

 

 

この日は快晴で、真冬らしからぬポカポカ日和。

気持ちよく歩き始めた。まあ道中ほぼほぼ山影の中だったけども。

 

 

 

 

 

歩き始めて6分、

地理院地図にも描かれている、谷を渡る地点が近づいてきた。

 

 

 

 

 

その谷だが、

なかなか見事なナメ滝(でいいのだろうか)で、しばし眺めた。写真だとショボいな~。ひとつ上の段にゴロゴロ岩が転がってるのは、崩れてきたもの?

 

 

 

 

 

そこから勾配が徐々にきつくなり、

こんなコンクリ舗装パートも現れた。

 

 

 

 

 

徒歩進軍開始13分で、

んん~。この目の前が隧道表記の現場っぽいが…?

 

 

 

 

 

そう、ここなんだが、

ないね。

 

 

 

 

 

ちなみにこの右手は、

これまたよく暴れそうな谷。この程度のコンクリ壁じゃ追いつかない事態もありそうだ。

 

 

 

 

 

さて、当該の隧道表記位置は、

樹木でカムフラージュされているが、荒々しい切り通しになっており、やはり「あってもおかしくない」という印象。つまり、かつて隧道があったが開削された、という可能性はゼロではないなとは思えた。

 

 

 

 

 

しかしながら、

こういう何の関係もないものは落ちてたが、隧道存在説を裏付けるものは見つけられなかった。

 

 

 

 

 

隧道表記のその先は、

にわかに高度感マシマシに。ちょっと気にはなったが、ここで引き返すこととした。

 

 

 

 

 

振り返って、

イメーージ…イメーージ…。心の眼で見れば、隧道が見える?

 

 

 

 

 

エア洞内(笑)にて。

はい、少なくとも現存する隧道は100%ナシ!

 

ということだけを確定し、撤収した。

 

 

 

 

 

最後に。

 

一応過去のことを調べようとしたんだが、まず今昔マップは対象エリア外。ならば、とひなたGISで古地図を引っ張ってきたらば…

まさかの、当該エリアだけ古地図なし。うそやろ?そんなんあります??

 

 

キレイなオチ、ついたやん…(笑)

 

 

でもまあ実際、そんなに古い道ではないと思っている。遡ってもせいぜい昭和半ばごろにつけられた林道か作業道か。ここに存在したかもしれない隧道、何かご存じの方、情報お待ちしております。
 

 

 

以上。

 

 

以下メモ:

隧道は登場しないんでアレだが、隧道に興味のある方に読んでいただく記事なので「道路トンネル・隧道」テーマに分類することとする。