穴と橋とあれやらこれやら -68ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

【3】より続く。

 

 

 

こんな一画にさしかかった。

広かったはずの路盤の内側が流されて崩れた場面。

 

 

 

 

 

その山側には

砂防を兼ねていたとおぼしきコンクリ壁が。もはやパンパン状態。昭和の構造物か?

 

 

 

 

 

路盤を崩したのは、

「上」からの流水による洗堀。

 

 

 

 

 

「上」と書きたいほどにこの道、一貫してなかなかの勾配が続く。もう一度地理院地図をご確認いただきたい。

歩き始めた地点が標高263m、ゴールが371mと、約1.5kmで108m登る。つまりだいたい平均7.2%の勾配で登り続けているわけで、そりゃあ水も流れるわと。

 

 

 

 

 

「流れる」ってことで、

ここでもコンクリ側溝の痕跡が現れていた。

 

 

 

 

 

そこから程なく…

空が開けて、正面に…見えてきた。

 

 

 

 

 

ズームすると、

わかりにくいかな?擁壁の上を横切る白いガードレール。あれが、皇子山カントリークラブを抜けて大回りしてきた幹1031号線である。つまりゴールが近づいてきたってことだ。

 

けど、最後にまだそれなりの高低差を残してるっぽいな。

 

 

 

 

 

この最終ストレート途中に、

幅こそ狭いが深めの洗堀が路盤を横切っており、これはオフ車でも無理かなと。

 

 

 

 

 

それをクリアすると、

右側にコンクリ擁壁が登場。擁壁の見え方で道の急勾配が伝わるかと。

 

 

 

 

 

擁壁の向こうには、

かつて何かがあったっぽい敷地が広がっていたが、今は何もない。向こうの斜面上には比叡平の民家も見えてきており、完全に比叡平の南端へ到達した。

 

再掲はしないけど、今昔マップの1892~1910年の地図によれば、往時の道はこの右方向へと延びていたように描かれている。それが上の写真の方向になるんだが、特にそれっぽい痕跡はないかな?こっちには立ち入らなかったのでわからないが。

 

 

 

 

 

とりあえず今現在は、残りの高低差を回収すべく、グイグイ登りながらの左急カーブ。

その内側にあったのが、石積みの土留めだった。

 

ゴール間近のここへきて初めて登場した、「なんか古道っぽい」アイテム。明らかにこれまでに登場した構造物よりも古い年代のものだ。これは…そうなのか?

 

 

 

 

 

左カーブから先を見ると、右カーブが続いている。

ステキな激坂S字カーブ。かなりエグイ勾配だ。

 

 

 

 

 

その途中にあったのが…

さん

黄色じゃなくて青黒い腐乱死体みたいになっとるやないの…不憫すぎる。

 

このカーブ近辺、不法投棄ゴミが他にも散乱していて萎えた。住宅地近くの廃道とか、こんなんありがちよなあ。

 

ていうか、比叡平ってちょっと外れるとこんn…

 

 

 

 

 

続く最終の右コーナー。

このコーナー内側の一段高くなった部分も気になった。これは何だ?

 

 

 

 

 

なんとなくの印象が、遊歩道にあるような「ちょっとした植栽が施されていた部分」だったんだが、そんなわけないよなあ。

振り返った感じがこれ。かつては路盤の一部だったんだろうか。知らんけど。

 

 

 

 

 

正真正銘のラスト激坂。

もうあの上が、幹1031号線。

 

 

 

 

 

その合流部分は

香ばしいものだった。

 

 

 

 

【5】に続く。

 

 

 

 

【2】より続く。

 

 

 

そう、現場ではとっくに気づいてた。

あそこに見えるは…そう、先日ご紹介したシュールレアリスティックな盆栽である。こんなとこにいたんですな。

 

 

 

 

 

彼(彼女?)が鎮座してる場所の奥にはささやかな砂防堰堤があって、

「昭和52年度 治山施設 滋賀県造林課」という銘板があった。この道界隈で具体的な年代を示すものを見たのは、結果的にここだけだった。

 

 

 

 

 

で、この写真。先般の記事では使わずにあえて温存しといたんだが、

これ、この日撮った写真の中で一番気に入ったな~。

 

 

 

 

 

さて、進軍再開。

「変な道」は、ここへきてにわかに、年季の入った廃道の様相を呈し始めた。

 

 

 

 

 

しかしながら、

歩くのには全く問題なし。コンディションは上々だ。

 

 

 

 

 

この辺で現在位置を確認してみたら…

ちょうど真ん中あたり…いや、真ん中は過ぎたかな?

 

 

 

 

 

ここで初めて見つけたのが、

路肩のコンクリ遺構。排水溝ではないかと思われるが、それにしちゃちょっと幅広すぎか?

 

 

 

 

 

ではしばし、写真のみで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

状態に細かいグラデーションを繰り返しつつ、車道幅員だけはずっと確保された路盤。

 

 

果たしてこの道は、いつ頃まで車を通していたんだろうか。

 

 

 

 

【4】に続く。

 

 

 

【1】より続く。

 

 

 

公道の不法占拠?とか、ちょっと強い言葉を使ったけれど、

ここまでの一角は、明らかに私有地感があった。実際のところ、現在のこの道の在りようは非常につかみどころがないというか、ひとことで言えば「変な道」だ。

 

まあ趣味的には、「変な道」は望むところ。このままどんどん行こう。

 

 

 

 

 

ここまで荒涼としたやさぐれ道だったわけだが、

ほどなくこのような穏やかな様相に。けど相変わらず私有地内的な雰囲気は強い。そして、右手が何やら…?

 

 

 

 

 

道は青線のように登っていくのだが、


右手には正体不明の平場が出現した。

 

 

 

 

 

それも単なる平場ではなく、

それが階層的に連なっているっていうか、スロープとの組み合わせっていうか。

 

なんだろうここ。絶対そうじゃないと思うが、イメージ的には露天掘りの鉱山の跡地的な景?

 

 

 

 

 

同じ道をまた戻ってくる予定なので、

ここは帰りにチェックしようということで、そのまま進軍。

 

 

 

 

 

すると、謎平場の先からは、

実にイイ雰囲気な廃道に!ようやく私有地感から脱したような。

 

事前の印象では、この道はそんなに古いものじゃないだろうと思っていた。実際歩いてみても、ここまでのところはせいぜい比叡平が拓かれたのと同時期…昭和中期ごろの作業道かなにかかなと。

 

 

 

 

 

しかしこの記事を書くにあたって改めて今昔マップを当たってみて、驚きの事実が判明した。

この「変な道」、1890年~1910年という一番古い時代の地図に、すでに描かれているではあーりませんか!

 

皇子山カントリークラブはもちろん、比叡平もr30も全然存在しない時代だ。マジか。

 

 

 

 

 

もちろん現場では昭和中期の道だろな~と思いながら歩いたわけだが、

少なくとも周辺地形は相当変わってそうな印象。ちなみにこの写真に写ってるように、この道沿いには電線が通っていた。

 

 

 

 

 

カーブを回ると、

また私有地感が戻ってきたような…?そして、なんじゃありゃ?

 

 

 

 

 

そこでは電柱が、

電柱の根元が洗われて、倒れかかってる状態。

 

最低限の大作はしてあるが、直す気は…なさそうな。で、この対策は誰がしたのかな?

 

 

 

 

 

その傍らには、

ちょっとした池?の痕跡。今も天候によっては水が溜まるんじゃないだろうか。

 

 

 

 

 

で、周辺はまたまた…

先ほどと同じような「露天掘り」感が。

 

そして…右手後方から降りてきた「道」があるのかこれ?

 

 

 

 

 

ちょっと進んで振り返ると、こういう感じ。

青線の道を進んできたんだが、戻る方向に赤線のスロープ的な道?があった。

 

これ方向的には、最初の「露天掘り感」エリアに続いているようだ。これは興味深い。帰りにはこっちを追ってみよう。

 

 

 

 

 

さて、向き直って「変な道」の続きだが…

うん、現場ではとっくに気づいてた。

 

 

 

【3】に続く。

 

 

 

長年気になっていた「とある道」を探索してきた。まずはちょっと広域の地図をご覧いただきたい。

 

大津市と京都市を結ぶ府/県道30号下鴨大津線、通称「山中越え」。この地図上部の黄色県道表記がそれである。個人的に、免許を取ってからこの方、数えきれないほど走ってる道だったりする。

 

そのピークである田ノ谷峠から北に向かって比叡山ドライブウェイが延びているのだが、逆サイである南側に広がるのが、「天空の住宅地」(誰もそう呼んでないが)たる「比叡平」である。

 

 

意外と大きな住宅地である比叡平、やはりr30が生命線なんだが、実は大津市街からは別ルートが存在している。それがJR大津京駅~湖西道路皇子山ランプ下から山へ分け入り、皇子山カントリークラブのコースを抜けてくるルートである。路線名は、大津市道「幹1031号」線。この道も、アレンジルートとしてわたくし何度となく走ったことある道である。

 

 

で、その幹1031号線途中からさらに分岐している道が今回のネタ。

 

 

 

 

 

上の地図で囲った部分を拡大したのがこれ。で、緑で色づけしたのが幹1031号線なんだが…。

赤色の道、めっちゃショートカットやん?

ある時、そう気づいたのだった。それがもう10年以上も前のこと(笑)。

 

ヒョロイ道表記なのだが、現地で分岐していくそれは実に車道規格。この道を使えば最短距離で比叡平に行けるのに、全然使われている様子がない。この道、いったいどうなってんだろう…。

 

 

 

 

 

2024年3月11日、

ついに現調に至った。念のため、現在地こちら

 

 

 

 

 

左へとカーブしていく幹1031号線に対し、

右へ延びるのが…ほらね、めっちゃ車道でしょ?しかも、むしろそっちが本線のような、無理のない線形だったりして。

 

しかも、「立入禁止」の類は一切なく、大手を振って入っていける。なおさら、なんで使われてないのか解せない。

 

 

 

 

 

ただ、一つ明確な特徴として、

分岐から即ダートに変わった。そして先に…何か見えてきた。

 

 

 

 

 

それは明らかに、

公道ではないニオイがプンプンするエリアだった。実に、雰囲気はよくない(笑)。この時点でお察し。

 

 

 

 

 

そんな逡巡をあざ笑うように出現したこの景。

え~…。

 

路盤をあからさまに埋め尽くした、産業廃棄物…てかこれ、もはや不法投棄に近いニオイを感じるんだけども。

 

 

 

 

 

そして決定的に、

これ意図的に、通せんぼのために置いてるよね?っていう廃車。チェイサーだかクレスタだかマークⅡだかが、路盤に対して直角に、塞ぐように置かれて?いた。

 

なんかなあ…こういう投棄物まみれの廃車は美しくない。個人的には「草ヒロ」呼びもためらわれる感じで、不憫さばかりが募る。

 

 

 

 

 

数十mにわたって、

そんな無残な骸が

 

 

 

 

 

死屍累々と続き…

ようやくそれらが切れた先は、もうすっかり廃道になっていた。

 

 

 

 

 

やっぱこういうことか…。

使われてない様子だったのも道理、比叡平への最短距離車道は、なんと廃道だった。

 

 

確かに大津市の「市道認定路線網図」によれば、この道は市道認定されていない。さりとて各種地図での描かれ方を見ればどうにも公道っぽいし、何より現に入り口にもまったく進入を抑止するものはなかったしなあ。トラロープ1本、Aバリひとつさえも。

 

おびただしい数の産廃も、行政がこの道路敷きを使って「保管管理」してるのならわからんでもないのだが、実態はとてもそうは見えない。もし公道で間違いないならこれ…公道の不法占拠?

 

 

いつ頃から、どういう理由でこんな状態になっているのかはわからないが、探索的には面白くなってきた。この先どう展開していく?

 

 

 

 

 

【2】に続く。

 

 

やると言ったから、忘れる前にやろう。

 

 

例によってなんも調べてないけど。ダメだな~。

 

 

 

【1】に続く。