2018年10月26日、悲報転じて北陸遠征・初日朝。
この趣味では出張時のプチ徘徊以来となる新潟県入りを果たしたのだったが、その時に見つけた大ネタをご紹介。とはいえココ、実はネットで見ていた物件だった。記事の最後では先人のレポもご紹介する。
この日のネタで記事にしているのは、日没間近の平三郎茶屋冬期歩廊、愛本橋近くの謎タワー。
まずは、予告篇で使ったこの写真。
ここは、新潟県道155号橋立青海停車場線の途上。覆いかぶさるがごとき大岩盤が青海川両岸に展開する、天険っぽいロケーションがダイナミック。写真では伝わらんなあ、迫力が。
地図コチラ→https://www.its-mo.com/z-133161406-495994856-14.htm
この場所にストップしたのは、このダイナミックさに魅せられて・・・ではなかった。その理由は、
この場所の手前で見た
この景。
コレどう見ても、人為的な穴っしょ?
いや、ズバリ隧道っしょ?
通常の「旧隧道の在り方」とは違うこの景。こういうのは他でも見たことがある。これはかつて、大岩盤を抜くことでしかこの道の存在が許されなかった、ということだろう。
つまり、現道の位置はかつては青海川だったはずだ。隧道が変状したかなにか、必要に迫られて川を埋めて道をつけ直した結果が、現在の状況だと思われる。
当然ながら反対側が気になる。
どうやら、現道擁壁の裏側に抜けているようだ。さっそく向かいながら…
思い出していた。わたくし、ここのことを知っている。
かつて、先人がレポートされていた記事で。
ある光景が焼き付いているが、幸い?細かいところまでは憶えてなかった。そのほうがありがたい。
そうか、ここにあったのか、あの驚愕物件は。
そいつは臆面もなく、
コンクリ擁壁に隠れもせずに開口していた。コイツはイカツイ…。
さっそく坑口前に向かうが、その前に、
これをチェック。
写真は割愛するが、側面には「大正四年十月建立」とある。そして、正面には「南無阿弥陀佛」。「無」が見たことない漢字やけど、まあ間違いないだろう。ビジュアルもお墓っぽいし、もしかして、隧道建造時の慰霊碑、あるいはズバリお墓だったりするのだろうか。
このように、そう古くはない花が手向けられていたりするのは、管理している方がおられる、ということやな…。
よくわからんままに手を合わせた後、坑口前へ。
極めてマッシヴな素掘り隧道の姿がそこにあった。
最初に見た反対側の坑口は、現道とほぼ同レベルだったことを考えると、勾配のついた隧道なようだ。楽しみ~!
さっそく入りたいとこだが我慢して、
先に、旧道とおぼしきこの擁壁裏のスペースを追ってみた。
最初は広いのだが、やがて
この狭さになり、やがて折れた枝と大小の落石が入り混じったデストラップ地帯に変わった。あそこは歩きにくかったな。
これはたぶん、旧道遺構のどん詰まりからの振り返り。
なんら養生されない、剥き出しの岩盤。「あの隧道」の続きの道として、納得感のある様相である。
速やかに戻って、再び坑口前。
タテアングルで見ると、岩盤の巨大さが少しだけ伝わるのではないか。
さあさあ、
いざ、入洞。
【2】に続く。