同盤の中では「mmm...skyscraper i love you」が最大のお気に入りなのですが、これは前年のシングル曲であるため今回は除外しました。1994年が初出の楽曲に絞っても、他に「cowgirl」や「dark & long」といった有名曲は存在しますが、これらに関しては過去の拙い文章で恐縮ながら、ライブレポとライブ盤のレビューで一応ふれたことがあるため(後者は正確には同曲の別ミックス「dark train」の発展形「nu train」)、未だ当ブログできちんと取り上げたことがなった「dirty epic」にフォーカスする次第です。曲名だけならこの軽い記事に出していますし、MVへの言及ならこの複合記事にもありますけどね。
この情報だけだと「dirty」は随分とニッチなトラックに映るかもしれませんが、同曲は最も古いコンピ・ベスト盤『1992-2002』(2003)にもアンダーワールド名義で収録されているため、それなりに知名度はあるはずです。ただし、後のアップデート盤『1992–2012 The Anthology』(デジタル:2011/フィジカル:2012)では省かれてしまっています。
更に後に出た『dubno~』のリイシュー盤(2014)の5枚組エディションには、「dirty epic」のミックス違いである「dirty guitar」や未発表バージョンの「dirty epic (dirty ambi piano a1764 oct 91)」も一緒に収められているので、楽曲の変遷を追いたい方はこれを購入すれば間違いはないでしょう。『Beaucoup Fish』のリイシュー盤(2017)の記事にも書きましたが、リマスタリングによる音質向上が必ずしもプラスに働くわけではないという、僕みたいな厄介なこだわりを持っていなければと、但し書きは必要かもしれません。
程無くしてボーカルがスタート、歌い出しは"Sweet in winter, sweet in rain"と厳しさを感じさせる内容ではあるものの、始まりは「白」のイメージです。お馴染みの"she said"を含むラインを挟んで、何かの手順書のような意味深な比喩*が続きます。中でも"Connector"と"receiver"は重要なモチーフに思える。手順に従った操作の結果ゆえか、1:21から鳴り出すのは何処かデジタルなサウンドです。
続く"Ride the sainted rhythms on the midnight train to Romford"は、地名を含む一節の登場により、ここまでの曖昧な歌詞内容から打って変わって、急に情景描写が深まるので意表を突かれます。ボーカルにはリバーブが掛かって浮遊感が生まれていますが、これは"the sainted rhythms"のサウンドスケープかなと解釈しました。
再び頭のバースに戻り、同一のリリックが繰り返されますが、今度は"You never touch me anymore this way"の裏でハイハット(シェイカーかも?)が一時鳴り止むため、この言葉の遣る瀬無さが一層強烈に響いてきます。ここから歌詞が変わり、落胆もしくは愁嘆の"Oh no"を経て、今度は"Connector"のみが連呼されるパートに。途中で"You're a"が聴こえるので、これは「貴方」の比重が次第に大きくなっていることの顕れではないかと理解しました。別解釈をすると、"You never"~はテクニシャン的な意味、"Oh no"は嬌声の一種、"Connector"は何のとは言いませんが結合部のことに思えてきます。
敢えてJ-POP的な理解をすればここからがBメロでしょうか。表題に絡む"I'm so dirty"および"You're oh so dirty"が登場し、どのような解釈をしたとしても、ここから「黒」のイメージが強くなります。その原因の描写だと受け取りましたが、"And the light blinds my eyes"と、強烈な光に目が眩むことを指して白から黒への移行を示しているのが文学的です。
このセクションの結びの"Here comes Christ on crutches"は、ともすれば冒涜的にも解せる非常にインパクトのあるフレーズで、何らかの成句や聖書からの引用かと思ったくらいですが、調べても「epic」の歌詞に関することが大半でした。これも別解釈をすれば、腰を痛めるほどの激しさを表す一節で、更にキリストを用いることでブラックジョークの向きを濃くしたのかなと思います。
短めの間奏を挟んで次のパートへ。便宜的に"Call me"から"and danced"までをひとまとまりとしますが、ここは全部のラインを別解釈に委ねたほうがいい気がしました。最もわかりやすいのは直球の"I was busy listening for phone sex"ですが、これを軸にして考えると、"wet trampoline"も"with my hand"もかなりストレートな表現に映り、再度の登場となる"Shake well"~も"you never"~も"Coming through"~も、ここでは全てそういう行為のことにしか思えません。
しかしトラック的にはかなり格好良く、徐々に音数が絞られいって緊張感が増していく中、"And we all went mental and danced"というアグレッシブなフレーズが際立って響き、これを合図に何処か不安げなサウンドのダンサブルなシーケンスが鳴り出す流れは、アンダーワールドらしい暗さと明るさの同居であると絶賛します。
4回繰り返されるキャッチーな"I get my kicks on channel 6"も解釈し甲斐のある一節で、続く"to the off-peak"も考慮すると、DTMerとしては全てトラックメイキングに関する自己言及的なワードチョイスに映りました。しかし別解釈としては、海外の放送形態やPPVには明るくないため推測になりますが、大人向けチャンネルのことである可能性も否定出来ません。
次のセクションは本曲の中で最も歌詞の抽象度が高く難解で、おそらくキリスト教徒でないと真に内容の意味はわからないのではないかと踏んでいます。キェルケゴールの『死に至る病』を読んで、キリスト教的な見地で納得に至る日本人は少ないであろうことと同様に。先の"Here comes Christ on crutches"が伏線になりますが、ここで"Here comes another god"と別の神が侵攻してきて、少し飛ばして"Freeze dried with a new religion/And my teeth stuffed back in my head"と続くことを加味すると、希望と絶望の狭間で揺らいでいるように思える。
ただ、飛ばした部分が何を表しているのかが僕には全くの謎であるのがもどかしくて、"Like a buffalo thunder/With a smell of sugar/And a velvet tongue/And designer voodoo"はクエスチョン×4です。ブードゥー教が出てきているのは信仰と関係がありそうですが、宗教に詳しくないためこれ以上掘り下げられません。ここでの別解釈ネタは"velvet tounge"で、調べればわかりますがエグい意味のスラングでした。これは三次元は疎か二次元の特殊な界隈でも対応する日本語が未だ存在しない、ニッチなプレイではないでしょうか。食○○が近い…か?
このパートで敢えて最後まで残した一節を引用すると、"But I got phone sex to see me through the emptiness in my 501s"は、詳細な意味はともかくメロディラインも含めて中々にお洒落なフレージングで気に入っています。"501s"をリーバイスのデニムのことだとした上で"emptiness"と合わせるのは、ここまでの湿っぽさから一転して渇いた世界観の提示であるため感心しました。このハードボイルドなイメージに別解釈を持ち込むなら、賢者モードの表現でしょうか。
しっかりとトラックを堪能出来る長めの間奏を挟み、ここまでに登場した歌詞の幾つかがリフレインされ、クロージングに向けた比較的静かなパートへと移行します。"They left me confused/I will not be confused/With another man"と、主人公の葛藤が窺える。
愈々曲の終わりが見えてくる8:36からは、ボーカルラインのメロディ性が薄くなり、台詞や独白のような趣に変わるのが特徴的です。ここの歌詞もまた難解ですが、その理由はパーソナライズドされた内容のせいかと思います。アメリカの歌手兼女優として有名なドリス・デイが登場する"But all I could see was Doris Day/In a big screen satellite"と、再びロンドンの地名を含む"Disappearing down the tube hole on Farringdon Street"は、何か個人的な思い出や思い入れからきているのだと受け取れ、視点が現実世界に戻ってくる感覚を覚えたからです。続く"With whiplash willy the motor psycho"は正直意味不明ですが、少なくとも"willy"は別解釈のヒントとなる単語でしょう。
アウトロにはまたも"I get my kicks on channel 6"が据えられ、これがフェードしつつ『dubno~』で次曲にあたる「cowgirl」のイントロと重なって曲は終わります。