今日の一曲!白石沙季(CV:宮沢小春)「風になっていく」 | A Flood of Music

今日の一曲!白石沙季(CV:宮沢小春)「風になっていく」

 

レビュー対象:「風になっていく」(2023)

 

 

 今回取り上げるのはアメブロの提供元でもあるサイバーエージェント(正確には直営ではなくグループ子会社のQualiArts)が、ソニーミュージックエンタテインメント傘下の音楽芸能プロダクション・ミュージックレインと、KADOKAWAの有名ラノベレーベル電撃文庫の元編集長が設立したエンタメ会社ストレートエッジと共に手掛けるメディアミックス作品『IDOLY PRIDE』の楽曲です。何だか大仰に権威付けたかのような冠を被せてしまったのは、各社の高いケイパビリティと企業間のシナジーを存分に活かしたハイクオリティな楽曲が多いという、音楽系IPとしての特筆性を強調したい意図に基いています。

 

 ただしアメブロの名称を出したのはここがまさにアメブロの一角だからで、曲名に肖るなら「媚びを売っていく」の精神です。笑 冗談は扨置き、アイプラのアニメはCAが擁するアニメレーベルCAAnimationの第1弾作品ゆえに関連性は大いにあります。QAに関しても『モグ』や『ファーミー』の運営元との情報を明かせば、ぴんと来るアメブロユーザーも多いのではないでしょうか。よりオタク向けには、アイプラとキャラデザ原案を同じくする『ガールフレンド(仮)』を開発していたAmebaゲーム事業本部の系譜と説明すればOKですね。

 

 話を音楽に戻して、実は本曲については過去にとある邦楽バンドの記事中に曲名を挙げたことがあり、稀有な音楽性を補強するための一例にしていました。その詳細はリンク先で「Nowhere」のレビュー部分をご覧いただければ幸いと丸投げしますが、本記事に於いてもアレンジの項にて当該の視点を語るので今はこの旨を含み置くだけで構いません。

 

 

 

収録先:『Question』(2023)

 

 

 本曲の収録先は作中ユニット・月のテンペストの2ndシングル『Question』です。コレクションアルバムには収録されていないので注意。c/wに埋もれているマイナーな楽曲であるとの事実が、c/wに埋もれていそうなコアな音楽性を有しているという印象と合致して納得の隠れた名曲です。

 

 自作のプレイリストに照らすとアイプラは10*3の30曲編成で、当然ながら「風に~」は上位10曲を示すリストの1stに登録しています。他の9曲を収録先ディスク名を簡略化して列挙すると、『奇跡』(2021)から「Shine Purity~輝きの純度~」「Shock out, Dance!!」「song for you」、『約束』(2021)から「セカイは夢を燃やしたがる」、『青春』(2022)から「君がのぞくレンズ」、『未来』(2023)から「drop」、『chronicle』(2024)から「ひめごとリップ」、『Resonance』(2025)から「Brand new day」「Fantastique!」の内訳です。毎年リリースされているアルバムの全てに必ず大のお気に入りナンバーがあるのは、平均的に高品質を維持していることの証左と言えます。

 

 

 こうして通時的に並べてみると嗜好の傾向と変遷が浮かび上がり、最初はクール系のサウンド別けてもQ-MHzさんの作るLizNoirの楽曲に代表されるような奥に熱いモノを秘めた感じを好んでいてたけれど(「Shock~」「セカイ~」)、現在はTomgggさんの手に成るTRINITYAiLE楽曲のキュートでダンサブルな中毒性の虜となっているようです(「ひめごと~」「Brand~」「Fanta~」)。

 

 これらは全てユニット曲として魅力的;メタいことを言えばスフィアおよびTrySailの文脈を借用しているからこその完成度だと思うけれど、ソロ曲またはデュエット曲は制作に独自性と野心が感じられて素敵ですし(「song~」「君が~」「drop」「風に~」)、全体曲は多人数編成のリアルアイドルが歌っていそうな趣の明白さが素晴らしく(「Shine~」)、どんなパターンでも期待以上のアウトプットに魅せられています。

 

 

 これだけ絶賛しておいて何ですが僕は専ら音源を聴くことでしか普段アイプラとの接点がなく、アプリゲームはプレイしたことがありませんし漫画や配信も未読未視聴勢です。アニメだけはTV放送当時に全話観ていますがその時は未だ作品の音楽にハマっていなかったのとそも既に4年前のことで記憶が朧げでして、以降のレビューに作品知識が反映されることは殆どないであろう点をご容赦ください。一応付焼刃で沙季のキャラクター性の把握と、初公開の場である『コンバンハから始まる物語』の第135話(YouTubeリンク)を通じて歌唱を務めている宮沢さんのリアクションは拝聴しました。

 

 

歌詞(作詞:koshi)

 

 真面目な優等生である沙季が自身のアイデンティティに葛藤を覚えて、幼い頃からの憧れであったアイドルの世界に足を踏み入れたことによる解放を謳った内容と言えます。これを端的に表したのが表題を含む"眩しかった 原点がいま/風になっていく"で、"決められていく 来るはずの未来"の風化(否定)と"足早に迫っている 手つかずの未来"への追い風(肯定)を同時に処理していて技巧的です。この解釈では前者を予定調和の未来、後者を広大無辺の未来として捉えています。

 

 この"風"を受けて並の感性なら即座に「風に乗っていく」描き方をしそうなものですが、本曲では"わたし、立ってるよ"としっかり地に足を付けた上で"風をまた追いかけていく"と着実な歩みを進めるステップを踏んでいるのが実に沙季らしいです。"これからどこへ行こう/羽ばたくから一緒に行こう"といずれは風を受けて飛ぶ未来を理想としているものの、"わたし、立ってくよ/どんなでも どんなでも"と倒れないことを優先する堅実さは健在で、自分らしさの根本は否定していないのが良いレジリエンスだと感じます。

 

 "何と出会うか 知らないままでいよう/私を作るのは 私じゃないもの"は最も心に響いた一節で、"自分でレール 敷いてる 自覚もなく"で孤独と凪に囚われていた過去を脱してこの無限大の気付きを得られただけでも、アイドル白石沙季の決断は正しかったと言えるでしょう。"届けたいから/みんなにも みんなにも すぐ"に仲間とファンへの素直な想いを見て、知らない"私"に出逢えることの幸福にエールを送りたいです。

 

 

メロディ(作曲:eba)

 

 全般に伸びやかな音運びが耳に残り、しかし迷いを歌っているAメロのそれは自己憐憫的な切なさを帯びているのに対して、サビメロのそれは鷹揚たる旋律で得も言われぬ心地好さがあります。

 

 1番にのみ存在するBメロは風が吹く前の僅かな凪を表現しているように聴こえ、なればこそ"前を向くんだ"と決意した2番では省略されたのだなと腹落ちですし、Cメロの風向きが定まらない感じのラインからは期待と不安が綯い交ぜとなった心向きとのリンクが窺え、機微を風に乗せて表現するのが上手です。

 

 

アレンジ(編曲:eba)

 

 先にリンクしたコンまるの中で宮沢さんが「ディレクションは谷原(亮)さんがしてくださって」と仰っている通り、作詞のkoshiさんと作編曲のebaさんのクレジットを合わせて音楽ユニットcadodeが全面プロデュースした楽曲だと換言出来ます。

 

 作曲の項とも関わってくる立脚地に根差すと、本曲はトラックそれ単体でも感情豊かに歌っているところに特異な聴き応えがあり、即ち声ネタの楽器的な使用を徹底している点こそが個人的なツボに刺さった最たる理由です。これの説明には前掲した「とある邦楽バンドの記事」中の文章が応用出来るので、文面を多少変えて以下に再掲します。

 

 「声ネタの楽器的な使用」とは所謂カットアップでリフを作るようなトラックメイキングへの言ですが、その多くが歌い手自身のボーカルを利用して間奏部を賑やかす序でに主旋律との連続性を維持する使われ方であるのに対して(当ブログ独自の用語で表せば「コーラス(β)」的なもの)、「Nowhere」に於いては複数パターンのボーカルトラックが間奏部に限らず主旋律のバックにも登場して複雑な音像を構築しており、文字通り「オケも歌っている」がゆえに新鮮な聴き味を供しています。

 

 種々のボイスを楽器的に扱うトラックそのものは電子音楽界隈で珍しくないけれど(過去に言及した範囲ではDÉ DÉ MOUSECrystal CastleBonoboが好例)、それをオケにして更にメインのボーカルが重なると尚の事ツボだったという話です。最近の楽曲で例示するならアニソンからで、IDOLY PRIDEの「風になっていく」には同種のハイセンスを聴きました。

 

 以上です。元記事に倣って「複数パターン」を本曲で具体的にしますと、a. フィルターがキツくほぼパッドと化している[0:05~0:07] b. 短い英語?による覚醒的なフィルイン[0:23~0:24] c. それを応用した流麗なコーラスワーク[0:33~0:39] d. 聴き取り易くなってクワイア成分が増したaの前半部[0:48~0:50] e. その長尺版[1:22~1:27] ― 2番でb~dがほぼ同様に繰り返され ― f. 間奏のウワモノとCメロのバッキングを続け様に担う逆再生系?のオリエンタルなループ[2:35~3:05] ― 以降はdが落ちサビ前とラスサビ前に顔を覗かせてクロージングと分析出来ます。

 

 このうちdとeに特別のイヤガズムを覚えていて、極端にピッチを下げたボーカルのリズミカルなチョップは僕の好むダークな海外電子音楽界隈のマナーです。上記の引用内に名前を出したアーティストの楽曲で例示するなら、クリスタルキャッスルズの「Vietnam」や「Violent Dreams」(共に2010)に、ボノボの「Emkay」(2013)「Samurai」(2017)をオススメします。後者には曾てのレビュー記事があるのでリンクしておきましたが、声ネタのサンプリング使いの妙について細かく語っているのは本記事と同じです。あとはクリスタル~のこの記事に紹介しているOrbitalの「Don't Stop Me」(2010)も類同で、The Buggles「Video Killed the Radio Star」(1979)の"Oh-a oh"を暴力的なピッチ変化でサグくする発想にも萌えます。

 

 

 元より宮沢さんのフェイバリットであるcadodeの音楽性は廃墟系ポップと形容されるらしく、浅学ながら僕は『サマータイムレンダ』のED曲「回夏」(2022)にしか馴染みがないけれど(YouTubeリンク)、言われてみれば確かにサウンドメイキングの手法にらしいものが感じられて俄に気になってきました。