Lotus ―エレクトロニックジャムバンドについて― | A Flood of Music

Lotus ―エレクトロニックジャムバンドについて―

【お知らせ:2019.7.26】令和の大改訂の一環で、本記事に対する全体的な改訂を行いました。この影響で、後年にリリースされた作品への言及も含まれる内容となっています。


イントロダクション

 本記事では、Lotus(ロータス)の音楽を特集します。同名の別アーティストも存在するようなので対象を絞りますと、ここで扱うのはアメリカ出身のエレクトロニックジャムバンドたるLotusです。

 アーティスト紹介も兼ねて、初めに「エレクトロニックジャムバンド」という言葉について説明をします。ただ、僕自身が明るいジャンルではない上に、用語自体にも曖昧さがあると見受けられるため、本記事の内容を全面的には信頼しないほうがいいと、予防線を張ることをご容赦ください。間違った理解や拡大解釈が散見されるかもしれませんが、どうかお目溢しをお願いします。前置きとしてはかなり長いので、早くLotusへの言及に入ってくれとお望みの方は、ここをクリックすれば当該箇所までスキップが可能です。


「ジャム」および「ジャムバンド」とは?

 まずは取っ掛かりとして、「ジャム」にフォーカスしてみましょう。音楽にそこそこ詳しい人であれば、イディオムの「ジャム・セッション(英:jam session)」といった形で、聞き覚えのある言葉だと思います。その意味するところは、目的はどうあれ「複数の音楽家が一堂に会して、即興演奏・インプロヴィゼーションを行うこと」だと説明が可能です。

 これを受けると、ジャムを行うバンドがそのままジャムバンドなのだという理解に至りそうですが、実際にはそうはならないと認識しています。「ジャムバンド」を構成する要件として重要なのは、①「メインがロックであること」と、②「(音源にまで)ジャムを積極的に取り入れていること」で、この二つを同時に満たしている必要があるようです。①だけならば普通にロックバンドのことを指しますし、②だけならば…例えばインプロはジャズに類する音楽ではお馴染みの手法だと言えるでしょうが、その場合はそのままジャズバンドと呼ばれるのが通例であるため、どれだけジャムが前面に来ていようとも、そこをジャンル名として取り立てることは基本的にないと考えています。


 更に音楽に明るい方は今、「ではジャズロックやフュージョンはどう扱うんだ?」と、脳内でツッコミを入れていることでしょう。ただ、これらは言わばロック要素のあるジャズ;即ち主体はあくまでもジャズであるからして、ジャムを行い得るとしても、態々区別されないのだと考えます。①を満たすことで規定されしロックバンドが、通常はジャムを主体にはしない存在だからこそ、②を同時に満たした場合に、「ジャムバンド」なる特別な呼称が出てくるというロジックです。

 しかし、こう書くと今度はロックに一家言ある方から、「ロックバンドだってジャムは行うし、それでもジャムバンドとは呼ばれない人達も居るんだが?」との反論が予想されます。端的に言って、その反論は正しいです。先達てはインプロを軸にジャズとジャムを結び付けはしましたが、ジャムは何もジャズ界隈の専売特許ではなく、ロックバンドがジャムを行うことも珍しくはありません。ただ、だからこそ僕は「(音源にまで)ジャムを積極的に取り入れている」や、「通常はジャムを主体にはしない」といった条件付きの表現をしていまして、この形容の僅かな差の中に、ロックバンドまたはジャズバンドとジャムバンドを区別する(=[A or B] vs Cの対立です)、捉え方の違いがあると踏んでいます。以下の文字サイズが小さいセクションは、この理解へ至るまでの個人的な回想録です。


 ここで急に自分語り、もといエピソードトークを挟むことをご了承ください。然も多くの音楽ジャンルに詳しい体でここまでの文章を認めてはいますが、僕は普段あまりジャズを聴きません。嫌いなわけでは決してないものの、明確に気に入って鑑賞している界隈の存在と言えば、上原ひろみさんぐらいです。しかし、大学生の時分に履修していた英語講座のひとつにジャズをテーマにしたものがあったので、半期という短い間ではありながら、ジャズについてのヒストリカルなことは一応勉強したことがあります。その一環で、Miles DavisやBill Evansなどのモダンジャズの重鎮の音楽に関しては、CDの購入に至るほどには琴線にふれるものがありましたが、僕のジャズに対する遍歴は精々このくらいです。…と、浅学も浅学ゆえに語るのも烏滸がましいとは思いつつも、個人的なジャズ観は一応形成されているのだということを前提とした上で、以下を読み進めてください。

 前出の講座を通じて、僕の中の「ジャム」のイメージは、ジャズと強く結び付くようになりました。自由なスキルを持った面々が、人前で即興の演奏を披露出来るのは、まさしくジャズの世界だなと。しかし、先に「ジャムは何もジャズ界隈の専売特許ではなく」と述べた通り、他の界隈でもジャムが行われ得ることは元より知っていて、そのひとつにロックシーンが挙げられます。ただ、ロックに於けるジャムの多くは、アレンジを練るための言わば「裏方の作業」であると認識していましたし、そこから発展させてライブで即興プレイを行うバンドについても、音源にまでそれを徹底させているわけではないよねとの理解でした。実際は、この認識には僕の誤解も含まれており、ジャムをメインにしているロックバンド;即ちジャムバンドも古くから存在していた(そう呼ばれ出したのは後世になってからでも)ということは、Lotusとの出逢いより後に近接ジャンルを調べて知った事実であったため、歴史と理解の順番がちぐはぐになっています。



 説明にしては長々と取り留めのない書き方で恐縮ですが、ジャンルを問わずに使える用語であるはずの「ジャム」が、「ジャムバンド」と複合語になると音楽性が限定されるということだけでも伝われば御の字とし、ここからは応用編として更に「エレクトロニック」を冠する、「エレクトロニックジャムバンド」の解説へと進みましょう。本記事内でも既に形容として用いているように、Lotusの音楽ジャンルが何かと問われた時に、最も収まりのいい言葉であることは間違いありません。


「エレクトロニックジャムバンド」とは?

 ここで言う「エレクトロニック」とは、電子音楽全般を指す語としての使用です。バンドの場合、シンセサイザーや打ち込みなどの導入によって、積極的に電子音を取り入れたサウンドを奏でていると、この言葉が何処かに付いて表されることが多くなるかと思います。テクノロジーの進化と共に出現してきた現代組ならではのスタイルというわけですが、この流れは当然ジャムバンド界隈にも訪れていまして、そのままストレートに「エレクトロニックジャムバンド」と評されたり、ジャンルの呼称として「ジャムトロニカ」もしくは「ライブトロニカ」といった表現がなされていることも確認が可能です。

 さて、僕自身が元より電子音楽フリークであるのは、当ブログ上にある関連記事からも明らかでしょう(代表として総括的な記述が含まれるエントリーを例示しておきます)。ゆえに詳細な愛を語るのは文字通り割愛しますが、電子音楽が大好きな僕にとって目下の文脈で衝撃的だったのは、「エレクトロニックとジャムが共存していること」でした。なぜなら、そこには明らかな矛盾が存在するからです。


 冒頭のジャムの説明、および前述のジャズ観の項でも匂わせたように、ジャムの要たる複数人での即興演奏に宿りし美学は、その「流動性」にあると見ています。決まった型が存在せず、その場の流れでひとつの音楽を成していくという共同作業は、各プレイヤーの当座の考えや想いがダイレクトに反映される、リアルタイムの芸術にほかなりません。これを感覚的に換言して、ジャムの魅力は「人間的なところにある」と表したいです。一方のエレクトロニックの妙味は、わかりやすく対比させるならば「機械的なところにある」と言えます。決まった音に決まった反復、条件さえ合わせれば何度でも完全再現が出来る「固定性」、それこそが強みであるとの見方です。先の矛盾とは、この流動と固定の対立を指しています。

 とはいえ、この矛盾はジャムでなければ…より正確には音源での話であれば、取り立てて論うような類のものではありません。生演奏が基本の楽曲に打ち込みを使う、或いは打ち込みがメインの楽曲に生音を入れるといった形での融合は、ごくごく当たり前なトラックメイキングの手法だからです。ただ、この場合に矛盾が生じないのは、レコーディングという工程を経ているからであり、後から楽曲を統括的に纏め上げる存在(=編曲者を主として、ミキシングやマスタリングに携わるエンジニアも含む)の手腕によって、破綻が起きないようにバランスが取られていることが大きいでしょう。しかし、ことエレクトロニックジャムに於いては、ジャンルの特性ゆえにこのプロセスが通用しにくいのです。そもそもの話として、レコーディングとライブとでは、音楽を表現する方法論が全く異なることに加えて、即興に重きが置かれる場に、即興ではないものを持ち込むわけですからね。要するに、ジャムによって演出されし流動的で人間的なリアルタイムの芸術に、機械によってプログラムされた完全再現のアプローチをかけることは、両者の魅力を相殺しかねないリスキーなスタイルだということです。


 理屈の上では上述の通りですが、Lotusの音楽性はこの矛盾を物ともしません。生身と機械の調和がジャムの上で見事に取られていると、絶賛するしかないアウトプットなのです。定義的にはロックに分類せざるを得ないとはいえ、Lotusが奏でるジャムは基本的に落ち着きと知性を感じさせる心地の好いもので、それだけでもジャムバンドとして高い次元で成立していると評せます。そこにシンセやキーボードによる電子的なサウンドや、サンプラーやリズムマシンから出力される反復的なビートメイキングが入り込んできても、楽曲の雰囲気を壊すような結果にはなっておらず、全体としてはダンスミュージックらしく機能している点が殊更に素敵です。

 今は「マシンライブ」という言葉もあるぐらいなので、例えばダンスミュージック界隈のアーティストが、その場でDJコントローラーやラップトップを駆使して、楽器を使わずに即興的なプレイを披露することも珍しくはないと思います。このようなデジタルな作業を、バンドでジャムを行うのと同じフィールド上に位置付けているのが、エレクトロニックジャムバンドの、延いてはLotusの真骨頂ではないでしょうか。もっとわかりやすく言えば、機械ともジャムを行っているようなところが新時代的で素晴らしいと結べます。


本記事の方向性

 長々と認めた「エレクトロニックジャムバンド」についての解説は以上です。これで漸く具体的なレビューに入る準備が整ったわけですが、その前に二点だけ更なる補足を加えます。どちらもLotusのディスコグラフィー上の特殊性に由来する留意点で、本記事をどのように書き進めていくかを示すガイドラインの役割もあるとご理解ください。


 ① Lotusを語る文脈に於いては、「ライブアルバム」という言葉に注意する必要があります。なぜなら、それが必ずしも「公演の模様を録音した作品」を指すとは限らないからです。ジャムバンドのスタイルに起因することでしょうが、「録音形式がライブのオリジナルアルバム」である可能性も、同時に考慮しなければなりません。まあ可能性というか、実際に後者のタイプが存在するがゆえの注意喚起です。後者はつまり、そもそもスタジオ録音版が存在しないトラックも多くあることを意味します。加えて、通例はスタジオ録音でのオリジナルアルバムに対して行われるナンバリングも、この特殊性を加味するとややこしくなってしまうからか、所謂「1stアルバム」といった風に、序数詞を冠した表現も見受けられません。

 従って、本記事では便宜上次のように各ワードを使い分けます。「スタジオアルバム」:スタジオで録音されたオリジナルアルバム。「ライブアルバム」:ライブで録音されたオリジナルアルバム。「ライブ盤」:実際の公演の模様を録音したアルバム。公式サイトのディスコグラフィーを見ると、「ライブ盤」は元々あまり存在しないのではとお思いになるかもしれませんが、iTunes StoreやBandcampなどの各種配信サイトを漁れば、デジタルで購入可能なものを発見出来るはずです。


 ② Lotusは活動歴が長いので自然と作品数も多く、上掲の三形態以外にもリミックス集やEPなどのリリースがあるため、全作品を対象に通時的なレビューを行うとなると、一記事で収まらない文章量となる公算が大きいです。ゆえに本記事の方向性としては、好きな楽曲を順不同で紹介する雑多なスタイルを取ろうと思います。とはいえ、無秩序にレビューをすると収集がつかなくなってしまうので、ディスコグラフィーに掲載されているディスク;とりわけオリジナルアルバムについては、全作品の名前を出すようにとバランスは考慮しました。よって、一応は網羅的な内容になっていると補足しておきます。


Spiritualize (2004)

 ということで、一番手にピックアップするのは、Lotusとの出逢いの一曲たる「Spiritualize」です。スタジオアルバム『Nomad』収録曲。あれこれと語る前に、まずは楽曲をお聴きください。以下に埋め込んだ視聴音源は、厳密にはリマスター盤『Nomad (Remastered)』(2014)のものですが、リリースから10年の年月を経ても全く色褪せず、古臭さも感じられないマスターピースです。




 僕は本曲でLotusの存在を知り、同時にエレクトロニックジャムというお洒落なサウンドがあることを知りました。元々浅い理解しかなかったのは先述の通りなので、可笑しな発言であることは重々承知で主張をしますと、「ジャム」への理解を改めた瞬間でもあったのです。電子音楽とは融合し得ないジャンルだと誤った認識をしていたため、意識の埒外から僕が親しんでいるテリトリーに自然と入り込んできたLotusの音楽性には、ただただ驚かされました。ここまでに熱弁したLotusの魅力を、体現せしトラックであると短く大絶賛します。

 しかし、これはあくまでもスタジオ音源に対する評価ゆえ、これだけではジャムならではの良さを伝えきれていません。そこで次なる手立てとして、ひとつの曲を複数のライブ音源で聴き比べてみるという選択肢があります。リマスター盤に付属しているライブ盤『Nomad Live 6.8.2013』収録の同曲を比較対象に、実践編へと参りましょう。




 傾聴して欲しいのは、3:14~の展開です。スタジオ音源版からは遠退いて、ダークな変貌を遂げようとしているのがわかるかと思います。5:03~はピコピコなシーケンスフレーズが主張を強めてきて、それに煽られるようにジワジワとバンド隊の演奏も荒っぽくなっていき、7:05~のメロディアスなギターを軸に突き進んでいくという楽想。元々のチル感や多幸感は何処へやらの、ロック的な熱量が増大したアレンジに新鮮味を覚えます。

 単体で聴くと、後半は最早別の曲になっただけではとの感想を抱くかもしれませんが、アルバムの流れとしてはこの後に別曲「Plant Your Root」を挟んで、再び「Spiritualize Reprise」との題で同曲が戻って来るので、無軌道に変化させているわけではないのです。Lotusのライブ盤には、この'reprise'(反復・再開)が出てくる場合が他にもあり、一曲の中に別の曲をインサートする自由さは、実にジャムらしいと言えます。


Wax (2007)

 続いて、実際のライブ映像も紹介しましょう。下に埋め込んだのは2013年のものですが、「Wax」自体は2007年にリリースされた『Escaping Sargasso Sea』の収録曲です。同盤はライブアルバムなので、ここで初出のナンバーにはスタジオ録音版がそもそも存在しません。それはつまり、楽曲の基本的な型をリスナーの立場では知り得ないことを意味し、『ESS』収録の「Wax」も下掲公演の「Wax」も、ひとつの変化形を聴かされているだけということになります。これもまた、即興を主とする音楽の醍醐味です。




 最初は何だか気が抜けてしまような、ゆるいギターサウンドが売りのトラックに聴こえるかもしれません。しかし、断続的に顔を覗かせるアッパーなセクション(e.g. 動画内 2:02~, 2:30~, 3:26~)が伏線的に機能しているため、後にハイエントロピーな展開が控えていることは察せるかと期待します。回りくどい表現をしましたが、要は次第に格好良くなっていく尻上がり的な楽曲であるわけです。この印象から、曲題の「Wax」は「ワックス・蝋」を表す名詞ではなく、「(月が)満ちる」や「増大する」を表す動詞ではないかと推測しています。

 『ESS』収録のものが14分台であるのに対して、上掲音源は約11分と短くなってはいるものの、大まかな流れは両曲で同じです。序盤にはゆるさと断続的なアッパーサウンド、中盤にはキーボードが主張を強めるパート、終盤にはギターが雄弁に語り出すバンド全開のセクションと、このシークエンスが「Wax」を構成する要素なのでしょうね。


Jump Off (2004)

 「Spiritualize」でスタジオ音源とライブ音源の比較を、「Wax」でライブ音源同士の比較を行ったので、続いては両者の合わせ技、即ちスタジオ音源と複数のライブ音源での比較を行います。レビューの対象は、前出『Nomad』収録の「Jump Off」で、当然ながら同盤収録のものがスタジオ音源です。ライブ音源に関しても、前出した『Nomad Live~』と『ESS』を再び例に取ります(+αで別のライブ盤も取り上げます)。以下に代表として埋め込んだのは『NL』のものですが、同バージョンへの言及はいちばん最後です。

 「スタジオ録音版がある=楽曲の基本的な型がわかる」ということで、『Nomad』収録の同曲は良くも悪くも普通の出来だと評しています。トライバル&ダンサブルなパーカスと、ギターラインのキャッチーさで、終始聴き易いアウトプットを徹底するのかと思いきや、終盤でテンポが落ちてムーディーな雰囲気に変化する意外性もあって、遊び心のある大人なインストナンバーといった感じです。これがライブでは大いに化け、個人的には「ライブで真価を発揮する楽曲No.1」の座を与えたいほどに、出色の出来栄えとなります。スタジオ音源版の曲長が約6分であるのに対して、ライブでは概して10分以上の長尺トラックへと生まれ変わるため、それだけジャムパートに重きが置かれているということでしょう。




 ライブ音源版「Jump Off」は何れも、カームダウンへと向かう楽想を有していたスタジオ音源版に逆らうように、時間の経過につれてどんどん感情的に激しさを増していくアレンジが特徴となっています。中でも僕が最も気に入っているのは、16分超の大作へと成長した『ESS』収録の同曲です。元々の型を忘れてしまうほどに野性味が強調されたギタープレイの長旅を経て、最後も最後の15:18~に「Jump Off」だとわかるキャッチーなラインがハイスピードで戻ってくる展開に、歓声が沸かなければ嘘だろうと脱帽します。文章中に上手く組み込めなかったので時間が前後してすみませんが、8:43~のギアチェンジ感(野球的な比喩)も好みです。

 次点のフェイバリットは、ライブ盤『Live in Portland, OR 10/30/10』(2010)の同曲で、こちらは中盤からのサイケデリックなキーボード使いによって、「Jump Off」の新たな一面が引き出されていると分析します。ここまでふれて漸く、先に埋め込んだ『NL』収録の同曲に言及しますと、このバージョンは『ESS』と『LiP』の良いとこ取りといった趣で、鍵盤が醸す怪しげな雰囲気とギターが奏でる疾走感の融合が、これまた素晴らしいと言うほかありません。


Nematode (2003)

GerminationGermination
1,337円
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 本曲も「Jump Off」に負けないぐらいに、ライブでの変化が鮮やかでお気に入りです。収録先の『Germination』も『ESS』と同じくライブアルバムゆえ、楽曲の輪郭はぼんやりとしています。ただ、各ライブ音源を聴き比べて判断する限り、前半で穏やかなビーチが眼前に浮かぶような爽やかなサウンドスケープが展開され、後半でそのバカンス感がドラスティックに変質していくという、二面性のある楽想自体は一貫している印象です。前半は殆ど決まっているけれど、後半には敢えて自由と曖昧さを残しているのだと思います。

 ビーチの形容を継続させると、『Germination』収録の同曲後半は、陽が沈んで夜の海岸線へとシフトしたイメージです。と言っても、野外レイブ的な享楽性を感じさせるものではなく、プリミティブに暗闇に恐怖するかのようなダウナーな面が強いかな。終盤にかけてのグリッターなギターの音色は、波間に漂う月明りの如くでロマンチックですけどね。他のテイクでは、例えばライブ盤『Live in Philadelphia, PA 12/31/11』(2011)収録の同曲後半は、荒れ狂う大海原を彷彿させます。陸に止まるのではなく、海の領域へと進出していく攻めの姿勢が窺えるアグレッシブなアレンジです。特に好みなのは9:17~で、伝わるか微妙ですし自分でも謎な感想ですが、旋律にT-SQUAREっぽさが垣間見えてツボでした。

 ちなみに、タイトルの「Nematode」とは「線虫」のことで、地中に蠢いているか他の動物に寄生している生物との認識を持っていましたが、どうやら海中にも居るみたいですね。ゆえに海の連想も当たらずと雖も遠からずである気はするものの、真意が何にせよ本曲のサウンドから線虫に結び付けるのは難易度が高いと思いました。笑


Golden Ghost (2011)

 続いて紹介するのは、セルフタイトルのスタジオアルバム『Lotus』収録の「Golden Ghost」です。下掲のMVには機材が多く映り込んでいるため、Lotusの手に成る多彩な音楽性の補足に、正確にはその土壌を把握する一助になればと意図してのピックアップになります。




 複数のジャンルがクロスオーバーしていると表したいユニークなサウンドメイキングが特徴で、ロックを基調としながらも、おそらくサンプリングによるボーカルは刻み方の妙でヒップホップのようですし、それらが一体となって醸すビート感にはファンクらしさもあって、非常にグルーヴィーです。殊更に好みなのは、3:34~のクロージングに向けての展開で、ウェイビーなシンセベースが際立ち、装飾的な電子音が行き交う賑やかさでもって、しっかりエレクトロニックも主張させてくるところ。


Bubonic Tonic (2006)


 Lotusの作品の中で、最もお洒落でセクシーであると個人的な栄冠を与えたいのが、スタジオアルバム『The Strength Of Weak Ties』収録の「Bubonic Tonic」です。終始ベースが格好良いナンバーで、イントロを数秒聴いただけでも、その素敵さはすぐに理解可能でしょう。ボーカルには女々しい感じもあるのですが、本曲を流しているだけでハードボイルドな気分に浸れることは請け合いです。音源がオフィシャルにはアップされておらず、音楽と共にレビュー出来ず残念。

 ちなみに、'bubonic'という聞き慣れない英単語は、日本語にしても「横根の」と、これまた馴染みのない訳になりますが、医学用語だそうで然もありなん。…と思いつつもよくよく調べてみると、ペスト・黒死病の訳語に'the bubonic plague'があるようですね(厳密には腺ペストのこと)。そのまま'pest'か、単に'plague'か、直球の'Black Death'の訳語しか知りませんでした。画像検索をすると出てくる、ペスト医師が描かれた同名の栄養剤、もしくはボディクリームの名称から拝借しているのだろうか。


Neon Tubes Pt. 2 (2013)

 エレクトロニックな面が優勢のトラックも紹介しましょう。スタジオアルバム『Build』収録の「Neon Tubes Pt. 2」は、古いアクションゲームもしくはレースゲームのBGMにありそうな、懐かしさと疾走感の畳み掛けが印象深い楽曲です。それなのに不思議とデジタルには響いてこず、ハンドメイドの温かみが残っていると感じさせてくれるところに、ジャムバンドの妙味があると主張します。




 曲名の通り本曲はパート2で、本来であれば前曲「Neon Tubes Pt. 1」から通して聴いて、タメと解放の格好良さに酔い痴れる聴き方を推奨したいのですが、MVは「Pt. 2」にしかないため、全体像はどうか音源で掴んでください。再び名前を出しますと、本曲にもT-SQUAREみがあると思っていて、特に2:00~のキャッチー且つエッジィなラインを聴くと、「TRUTH」(1987)よろしくF1グランプリを観ている気分になります。笑


Bellwether (2008)

Hammerstrike (Dig)Hammerstrike (Dig)
1,149円
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 エレクトロニックというか、ダンスミュージック的な観点から続けて紹介したいのは、スタジオアルバム『Hammerstrike』収録の「Bellwether」です。曲題が意味するのは「首に鈴を付けた羊」で、群れの先導を担っていることから「率先する人」といった訳もあります。このモチーフからか、終始カウベルの音が場を支配しており、そのトライバルなビートメイキングに、思わず身体が動いてしまうこと必至です。

 一応はボーカル曲ですが、ボコーダーを通しているのかロボットボイスじみた歌声作りが施されており、歌詞はいまいち聴き取れません。バックトラックには牧歌的な要素があるのにボーカルトラックは未来的で、楽曲の世界観がよくわからないのも本曲のユニークな点であると評します。


The Oaks (2014)

 お次はスタジオアルバム『Gilded Age』収録曲「The Oaks」をレビュー。スタジオ音源化は2014年と比較的最近ですが、ライブでは以前から披露されていたフェイバリットナンバーだったので、やっとクリアに聴くことが出来ると、リリース時には歓喜していました。というのも、本曲の透明感はきちんとレコーディングされてこそ輝きが際立つと予想していたためで、流動性から固定性を見出す逆方向の楽しみ方も、ジャムにはあるとサジェストしてみます。




 子供の声のような可愛らしいサンプリングボーカルが耳に残り、それがトラック自体の陽性とベストな化学反応を起こしていると絶賛したいです。中盤で方向性が変わり、やや暗めのセクションが顔を覗かせますが、そこから再び多幸感を纏いつつ明るく展開していく楽想なので、全体のコンセプトはポジティブなのだと思います。

 タイトルの「The Oaks」が樹木の「オーク」のことだとしたら、それは英語圏で象徴的な意味合いを持つため、曲解釈のヒントになるかもしれません(下記情報の出典は『ジーニアス英和辞典』第3版です)。軍神マルスの逸話から「妖精が住む神樹」の理解をすれば、サンプリングは子供の声ではなくフェアリーの囁きであるとも受け取れますし、中盤のどっしりとしたビート感も、オークが文化的に「安定性の象徴」であることや、英国人の精神性と絡めて「堅牢・強靭さ」のメタファーに使われることなどに、裏打ちされたトラックメイキングである気もします。何にせよ、全体的に森っぽい空気感を漂わせている楽曲なのは間違いないとの理解です。

 僕は上述の解釈を我ながら気に入っているので、敢えて有力説を排除してお伝えしましたが、参考までに補足をしておきますと、「The Oaks」が単数扱いで意味するのは、普通「オークス競馬」のことらしいです。そう考えると確かに、馬の嘶きと大地を蹴るサウンドスケープにも聴こえてくるから面白いですね。


72 hrs awake (2009)


 EPからも一曲、『Feather On Wood』収録の「72 hrs awake」を取り立てます。ディスコグラフィーではそれぞれ別に表示されていますが、自分が所持しているのは上に埋め込んだ『Oil On Glass』とセットになっているディスクです。分かれた形態のものもあるのだろうか。

 ごく主観的な色付けに過ぎないと断っておく必要はあれど、僕は本曲のことを危険だと認識しています。どういうベクトルで危険かというと、本当に心身共に参った日々を送っていたとしたら、身を消す後押しとして作用しかねない、強烈な寂寥感があるとの受け取り方です。全編に亘って切ないギターサウンドがイニシアチブを握るインストナンバーで、希死念慮が刺激されるような物悲しさや遣る瀬無さに満ちていると感じます。曲名は「丸3日眠れない」と意訳出来、特に何も憂うことがなかったとしても、無為に徹夜をするとネガティブな考えが頭を擡げてくることは往々にしてあるので、個人的には納得の題です。

 便宜上1:37~をサビと規定すると、そこまではまだ「哀しい音色で鳴くギターに胸を締め付けられる」程度の感想で済みます。しかし、サウンドとしては寧ろ明るめに変化するサビに入ると、「無理してそう振舞っている感」が翻って強くなり、端的に言って「虚しい」です。殆ど聴こえない裏の小さなクラップにも、空元気の産物であるかのような翳りがあります。中盤からはドラムスが暴れ出し、次第に演奏も荒っぽくなっていきますが、ここまでくると最早決壊寸前の趣があり、雑多な思考と錯乱した感情の奔流で、溺れかけるビジョンが浮かぶほどです。


Eats The Light (2016)

Eat the LightEat the Light
1,500円
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 本記事改訂前の時点(2016年12月)で最新作だった『EAT THE LIGHT』は、Lotusのキャリアの中では特殊な作品となります。異色作という括りでは、ヒップホップ志向であった『Monks』(2013)も該当するでしょうが、公式サイトのディスコグラフィーを見ても、'Type:'の項に単に'Album'とだけ記載されている('Studio'でも'Live'でも'Remix'でもない)のは本作だけです。

 この理由を推測するに、本作に収録されているのが全てボーカル曲であることと、過去作と比べるとジャム要素が控えめとなっていることは、無関係ではないと考えます。これまでにもボーカル曲は存在していましたが、それらはサンプリングによる断片的な使用であったり、種々のエフェクトを掛けてヒューマンボイスらしさを敢えて欠落させていたりと、捻ったアウトプットが窺えるものが主でした。しかし、本作のナンバーは何れも、しっかりと人の声によって歌われるメインメロディを有しており、良くも悪くも普通のロックまたはポップス的な仕上がりです。

 サウンドには当然ながらLotusらしさが残っているため、嫌いとまでは言いませんが、全体的には物足りない印象のディスクでした。ただ、バックトラックに耳を凝らすと、どの曲も中々にクールなプレイで魅せているとわかるので、ボーカルラインも楽器のひとつと見做して均してしまえば、そこまで悪くない一枚かもしれません。同盤でいちばんのお気に入りは表題曲「Eats The Light」で、ノリの良さとポップさ加減が癖になります。…今し方「表題曲」と書きましたが、厳密には's'の有無という微妙な違いがあり、これが主語が異なることを示す意図的なものなのか、単なる誤植なのか気になるところです。


Cosmosis (2018)

 本記事改訂時(2019年7月)までに新作『Frames Per Second』がリリースされたので、最後は同盤から「Cosmosis」をレビューします。オリジナルアルバムとしては過去最多数の19曲も収められている、90分超えの大作です。サウンドもきちんと原点回帰しており、ジャムらしい発展性を有したインストナンバーばかりを味わえます。ボーカル曲もあるにはありますが、レトロなボコーダー使いのおかげできちんと楽器的です。エレクトロニックの塩梅も上々で、個人的な好みにもドンピシャでしたし、初心者にもおすすめ出来る良盤だと評しています。




 中でも「Cosmosis」は、ややもするとEDMらしさがあると表現してもいいような、Lotusにしては近代的なアウトプットが新鮮でした。中盤でメインを張るシンセベースの、その歪んだサウンドとバウンシーなグルーヴ感による畳み掛けは、テクノ脳で陶酔感に重きを置いても、EDM脳でビルドアップらしい受け取り方をしても、どちらでも楽しく踊れます。終始この曲調であればまだ並の驚きで済んだのですが、序盤は序盤で古い刑事ドラマや特撮の映像が浮かんでくるような、ヒロイックなサウンドスケープがこれまた耳に残る仕上がりだったので、このギャップにもやられました。夕陽を背にするようなノスタルジックなナンバーだと思わせてからの、ベースがブリブリ鳴り出す展開は反則だろうと。


アウトロダクション

 以上、エレクトロニックジャムバンド・Lotusの多様な音楽世界の紹介でした。前置きの内容がそのまま総括の文章としても機能するため、結びはなるべく手短に済ませましょう。

 Lotusの音楽性がマルチジャンルであることは、本記事内に埋め込んだ視聴音源を聴くだけでも、その一端は窺い知れると思います。多岐に亘るジャンルを内包していることは、音楽好きの琴線にふれ得る取っ掛かりが多いということでもあり、例えばロック・ジャズ・ファンク・エレクトロニカのうち、何れかひとつでも嗜好の範疇に入っている方であれば、Lotusを気に入る素地があると言っても過言ではありません。勿論、ダイレクトにジャムを好いている方にも刺さるはずです。更に付け加えれば、これら全てのジャンルを同じレベルで好んでいるコアなミュージックフリークによる、高い次元のクロスオーバー要求に応えるだけの質も備えているので、部分的には手前味噌的な表現になってしまいますが、真の音楽好きが行き着く先にあるのがエレクトロニックジャムバンド、延いてはLotusなのではと考えています。


 最後に改訂後の編集後記を載せますと、本記事は2016年末にアップしてからの約2年半、当ブログの中では常に一定量のアクセスがある人気記事となっていました。「Lotus バンド」もしくは「エレクトロニックジャムバンド」で検索すると本記事がトップに来るほどには、Google先生に気に入られたことも要因のひとつでしょう。従って、全体改訂はSEO的にどう影響するかが見通せないため、躊躇いが全くなかったと言えば嘘になりますが、改訂前よりは文章の量も質も格段に向上しているので、過去に本記事ご覧になったことがある方でも、再度楽しめるはずだと自画自賛しておきます。笑

【追記:2020.10.16】 本記事の改訂後にアップしたロータスの記事へのリンクを以下に連ねておきます。特に二番目は第二の特集記事と言っていいレベルの内容の濃さです。

■ 今日の一曲!Lotus「Fortune Favors」
■ 今日の一曲!Lotus「Bjorn Gets a Haircut」―新作と過去のライブ盤の発掘―