
今日の一曲!トゲナシトゲアリ「気鬱、白濁す」
レビュー対象:「気鬱、白濁す」(2023)

今回取り上げるのは、くだらない因習やどうしようもない理不尽に中指立ててくメディアミックスプロジェクト『ガールズバンドクライ』の楽曲です。
アニメに先行して結成されたリアルバンド・トゲナシトゲアリの初期ナンバーで、結成前のオーディションに於いて課題曲の一つだったらしい(auスマートパスプレミアムミュージックリンク)ことから、構想時点で既にバンドの持ち曲として完成する確固たる予感が萌芽していたのと、リアルタイムで肉付けされていったライブ感に満ちた経緯を察せます。
収録先:『気鬱、白濁す』(2023)
本曲単体での先行配信があった後の初出はトゲトゲの2ndシングル『気鬱、白濁す』ですがこれは所持していないので、ドラマパートを除けば表題曲c/w共に収録されている『棘アリ』(2024)を代わりに簡単なディスクレビューとさせてください。同盤は率直に言って名盤との認識で、新規IPの1stアルバムとしてはかなりの完成度を誇っていると絶賛します。
そもそもが2021年からのオーディションで数千人の中から選抜されたメンバーであることと、2023年の公開練習ライブと2024年3月の1stワンマンを経てプレイが熟練していることを加味すれば、翌4月からのアニメ放映に合わせて約3年越しに満を持してリリースされる作品の質が悪かろうはずがないとはいえ、期待以上のものが出てきたなと驚きました。
最もツボだった「気鬱~」は以降に語るので扨置き、楽曲のクリエイターを同じくする最大のヒット曲「爆ぜて咲く」(YouTubeリンク)も当然好みでしたし、そのc/w「黎明を穿つ」(YouTubeリンク)もA面級のインパクトがあって、毛色の異なる二曲にバンドの高い表現力が濃密に圧縮されていたシングルと同じ流れをアルバム中盤に味わえました。
これは本作の曲順が1st~5thシングルの表題曲とc/wを交互に並べただけの愚直なものになっているからこそですが、コンパクトそれでいてハイカロリーな楽曲ばかりの宛らベストアルバムの印象を受ける内容であるため、下手にオーダーで色気を出さなくていいと判断したその潔さがロックだと肯定的に捉えます。
「運命に賭けたい論理」(YouTubeリンク)もお気に入りで…と、厳選していく意味がないくらい何処を切り取ってもトゲトゲです。
ジャケ絵が素敵なので通常盤へのリンクも埋め込んでおきます。本IPに限らず低価格のほうにイラアドがある(主観)場合が多い気がするのはマーケティング上の戦略なのでしょうかね。
歌詞(作詞:Misty mint)
ボーナブルなビジョンが次々と押し寄せては都度それらを振り退けていくと表現したい、移ろいの激しさに居ても立っても居られなくなるような歌詞世界へのイマーシブネスが強いです。"変われないままで ずっと ずっと ずっと/僕は泣いて それでも止まらずに走った"が端的ですが、強制スクロールの不可逆な道中で行く手を阻む荊棘に心身を傷付けながらも不退転を胸に突き進もうとする姿勢に反骨精神を感じます。
"戻らない日々 忘れたいのに/何もかも 心の奥 疼いて"と過去には後ろ髪を引かれるのに、未来には"塞がる道 進みたいのに/逃げ出したい 衝動に 駆られて"と拒まれてしまうと、諸々の可能性を削ぎ落とされた現在を生き残るほかありません。
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"夢の中 彷徨ってる"―① "夜明け前に 座り込んで"―② "時間の中 立ち尽くして"―③ 辺りに二進も三進も行かない感じが出ており、表題の「気鬱、白濁す」に係るであろうフレーズもこの付近に表れます。①に続く"孤独の中 迷い込んで/この胸を 突き刺す 虚ろな気鬱を 溶かして"にずばり「気鬱」が登場するため、これが「白濁す」るとはどういう意味なのか考えてみましょう。
並の感性なら気鬱と相性の好いコロケーションは「晴れる」だと思うけれど、そこまでの前向きさを本曲の主人公が持ち合わせていないのは明白なので正道の語彙選択にならない点は理解出来ます。"悲しみの雨が 降って 降って 降って"からの②に繋がる"霧雨の空を 仰いで"を経て③を修飾する"泡みたいに 弾けてく"の流れで水分量が減っていっているので、この描写の果てには晴れる瞬間が訪れるかもしれませんが本曲ではそこまで時を進めていません。
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一方の「白濁」という言葉は歌詞中に登場せず、取り敢えず上記の雨の情景を遠景で想像してみるとそれっぽい気はしますが根拠としてはいまいち弱いです。そこで取り出しましたるは白を共通項とする「空白」で、1番での"空白に抗う希望"がラストで"虚しさに抗う希望"に置換されているのに照らして「空白=虚しさ」とすれば、先の"虚ろな気鬱"ともリンクして読み解けそうに思えてきます。
即ち気鬱に支配されている状況を空白と定義し(心に靄が掛かったようとか心にポッカリ穴が開いたようとかは言いますしね)、それに抗った結果他の色で埋まる可くもないけれど「白濁す」と言えるほどの変化は生じたので、そこに微かな希望を見たのではないでしょうか。そも空白には「白の解釈:余白」と「透明の解釈:空虚」があり、加えて色に非ずの透明を表現するのに使われがちな色が白と灰色であることにも鑑みると、気鬱の白濁はある程度の実体化が進んでいる証とも言え、虚ろに呑まれて空っぽの状況からは脱しつつある良い兆候に思えます。
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実際本曲の"僕"は端から人生を投げ棄てているわけではなく、"切り裂いた 空は綺麗で"と現状を打破した先に見える光景、要するに雨空の切れ目に星空が広がっている事実を知っているのです。"ねぇ消えないでと願った夜に/星屑が照らした希望"および"抜け出せないほど 深い闇の中/微かな光を 探している"からもそれを窺い知れます。
この視点で地味に好きなのは「晴れたとしても依然夜」であることで、雨の文脈があるとどうしても青空や太陽をオチに据え勝ちですが、そこまでは求めていないところに一種のプライドを垣間見ました。更に言えば月すら意識の外で、あくまで切り裂いた空の一部にだけ希望が映れば良しとする真っ直ぐな視野です。
星が出てくる情景で夜空が晴れているのはあまりにも前提条件ゆえに態々言及されないだけで斬新な切り口ではないのだけれど、夜にたとえ僅かに部分的にでも晴れたら嬉しいの気付きを得るのは夜に生きる者達にとって救いではないでしょうか。無理に太陽に焦がれなくても、月のお零れに与らなくとも好いのです。"星屑が照らした希望"の小さなスケール感に無限大の可能性を感じます。
メロディ(作曲:Misty mint)
本曲を甚く好んでいる最大の理由はメロディの素晴らしさにあり、恣意的で過度に便利なので普段のレビューに於いては成る丈禁句にしたい言葉を二つ繋げて、エモくて疾走感のある進行に痺れたと形容するしかない有無を言わせぬラインが衝撃的でした。
別けてもサビ後半の走馬灯の如き盛り上がりが琴線に触れまくりで、既にサビ前半のモメンタムに逸っていた心を更に奔らせる加速度的な展開に置いていかれそうになります。だからこそ付いていこうと必死になってそれがランナーズハイ的な境地に至らせ、聴いていて気持ちが好い理由になっているとの分析です。
そのまま2番Aメロに傾れ込む間髪を入れない移行も素敵で、きちんとAメロらしく振る舞っていた1番とは異なり、まだサビメロが続いているかのような余韻の中に響くそれは一段と美しく一音一音が粒立っています。
アレンジ(編曲:玉井健二・KOHD)
玉井さんは株式会社agehaspringsの代表で、同社はガルクラのプロジェクト立ち上げに携わっているうちの一社です。リアルバンドとしてのトゲトゲのサウンドプロデュースを主に手掛けています。過去にこの記事にて会社語りをしたことがあるので当該部を引用しますと ――
今回レビューする「舞いジェネ!」も、作詞と作曲をロックバンド・OKAMOTO'Sのオカモトショウが、編曲とプロデュースを音楽制作プロダクション・agehaspringsが、演奏をOKAMOTO'Sのメンバー全員がそれぞれ担当しており、クレジットからも本気の程が窺えます。両者とも一応当ブログで名前を出したことはあるので、気になる方はブログ内検索をご活用ください。ageha~については、所属クリエイターの名前(e.g. 蔦谷好位置, 飛内将大, 田中ユウスケ)で検索すればより多くの記事がヒットします。
―― と、従前から馴染みがあって且つクオリティに信を置いている会社なので、元よりトゲトゲのサウンドを気に入らない道理がなかったわけです。他にもこの記事とこの記事にアゲハスプリングスの社名を出しています。玉井さんに関してはお名前こそ出してはいませんがそのワークスには当然お世話になっていて、【ブログテーマ:YUKI】または【ブログテーマ:Base Ball Bear】にある記事の中で間接的に語っている場面があるはずです。
…こう書いておいて全く無関係の外部要素の援用をご寛恕願いますと、僕が本曲を通じてリファレンス的な親近感を覚えたのはschool food punishmentの音楽でした。トゲトゲ全体ではなく本曲に限っての話で、同バンドから電子的なファクターを抜いたらこんな感じかもなと、解散してしまったバンドに見ていた夢の続きもしくは精神的後継を見つけた喜びみたいなものも、本曲を気に入っている理由の一つだと正直に明かします。
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ここで漸くトゲトゲの演奏にフォーカスしまして、冒頭レビュー対象の項にリンクしたインタビューから本曲に対するメンバーの言及を抜き出すと、凪都さんの「みんなでバンド練習を始めてまず苦戦した曲」にも得心のいく、各楽器の高度なフレージングと合わせの気持ち好さは確かな聴きどころです。課題曲の時点に遡っての話ですが朱李さんの「練習してたら腕を壊しちゃって」の言も、背景に甘んじることを許さない歌うベースラインがその難しさを物語っています。
特に好きな楽曲を語る際に本曲をいちばんに挙げているのは美怜さんと凪都さんで、直感や本能のレベルで好みに刺さったという旨のファーストインプレッションには頗る同意です。両名とも自分の担当楽器以外のフレーズにもツボを見出しているのが実に優れたプレイヤーセンスの証左と言えます。朱李さんが難所を克服し美怜さんの楽曲理解が深い点がその一例である通り、リズム隊に安心出来るからこそ、何かとつんのめるような勢いのあるトゲトゲの楽曲が危うくもまとまっていると感じられるので流石です。
最後に個人的なここすきポイントを列挙しますと、サビ後半で感情と情景を雄弁に語る凪都さんのキーボード、"空白に抗う希望"での格好良すぎるブレイク、間奏で大爆発する夕莉さんの激しいギタープレイ、そして何より理名さんのクリアでエモーショナルな歌声;換言して主人公然としている説得力に満ちたボーカルが本曲の魅力を何倍にも押し上げていると思います。
本文中に挿入し損ねたディスク+αへのリンク
ここで終えると本記事中のサムネ(ジャケット)にすばるだけメインで映ったものがなく不公平なので『極私的極彩色アンサー』(2023)を追加。アニメ語りは時間の都合上出来ませんでしたがキャラクターとしていちばん好きなのは嘘つきな彼女です。