1 魔術師 THE MAGICIAN ISAAC NEWTON
では、科学者タロットを1枚ずつ紹介していきます。(たぶん、夏休み実験シリーズなど、他の記事の合間に入れる形で書いていくことになると思います)
【タロット解説】
タロットの№1は「THE MAGICIAN」ーー「魔術師」です。
マルセイユ版のときからタロットの大アルカナにはナンバーが振ってあり(最古のタロットにはナンバーはない)、#1は魔術師(The Magician)。昔は奇術師と訳されていました。
ミュラー社のウェイト版の解説には「もともと祭りで商売をする奇術師が描かれていたカードだったのだが、最近は魔術師を描くカードが増えてきた」とあります。
マルセイユ版では明らかに縁日の奇術師が描かれています。
ウェイト版では時代の傾向に合わせて魔術師に変更され、魔術師の頭上に「∞」のマークが描かれています。これは数学の「無限」の記号からとったものでしょう。
マルセイユ版では奇術師の手前にある机には思わせぶりな奇術道具が置かれています。これらは聖杯、コイン、杖、剣を表すようです。これは小アルカナの4種のカードの象徴でもあります。(ちなみに、これが現在のトランプのハート、ダイヤ、クラブ、スペードの元になっているのは、以前の記事「科学者タロットその1」に書いた通りです)
ここから先はちょっと怪しげなのですが、占いや魔法関係の書籍によれば、これらの4種の記号はカバラの地水火風の4元素を示すとされています。これは、もちろん、ギリシャ時代のアリストテレスの4元素説に由来します。(これについては、19世紀から20世紀にかけて大問題となった宇宙空間の「エーテル」に関わる概念ですので、記事の後半で少し詳しく扱います)
これらのカバラ的知識は正統カトリックから見れば異端・異教の技であり、タロットがキリスト教の影響化にありながら、別の文化に根付いて作られたことを示唆しています。
ウェイト版の「もともと奇術師」という解説は逆で、本来「魔術師」であったカードの図柄を、当時支配的だったキリスト教に遠慮して、差し障りのない奇術師の図柄に変えたのではないでしょうか。魔女狩りの流行した時代です。まして、カード占いで生計を立てていたのは、いわゆるジプシーと呼ばれる、流浪の民、異民族だったのですから。
魔術師のカードにすべての始まりを象徴するナンバー「1」が割り当てられているのも、錬金術的世界観から見れば当然です。
異教世界(エジプトを経由して伝えられたギリシャ哲学的世界観)では、キリスト教文化圏と違って、いわゆる絶対神を認めないので、始まりのナンバーは神ではなく、世の摂理を解き明かそうとする魔術師(あるいは錬金術師)に与えられたのでしょう。
カードの正位置での意味は「技術力」であり、逆位置での意味は「小ずるさ」となります。タロット占いの初心者は、この基本イメージを脳にすり込んでおくと応用が利きます。
タロットカード付属の解説本などによれば、この基本イメージに近い様々な言葉が併記され、占いに役立てられるようになっていますが、これはどうなんでしょう。占い師に都合が良いように、場当たり的な言葉が並んでいるようにも見えます。
占いの解説書に従って、一通りそのシンボライズイメージを列記すると、次のようになります。(本当はもっとあるんですが、列挙すると限りがないので一部のみとします)
【正位置】技術力、創造、変化、商才、発明、工夫、空想力、芸事、趣味、経験に富む、ベテラン。
【逆位置】ずるさ、ペテン、口先、未熟さ、経験の不足、意志の弱さ、悪い変化。
どうです?
これだけで、もうお腹いっぱい、という感じですね。臨機応変に言葉を操れるなら、ここまでたくさんの言葉を覚える必要はないでしょう。メインの意味「技術力」「小ずるさ」から、状況に応じて似た意味の言葉を連想すればよいのですから。
【補注】4元素とエーテル今昔(※)
化学、物理、哲学(場合によっては神秘学や占い)の用語辞典のどれにも「エーテル」という言葉があります。
化学ではアルコールに似た揮発物質の名前、物理では宇宙空間を満たしていると考えられていた媒質の名前、哲学や神秘学では人智を越えた第五元素の名前。
このようにさまざまな意味に使われる「エーテル」ですが、じつはどれも語源は同じ、アリストテレスの第五元素「エーテル」から取った言葉です。
似た言葉に「アルコール」がありますが、この二つの語は関係が深い。ギリシャで生まれた科学の芽は中世ヨーロッパのいわゆる暗黒時代にアラビア文化圏に引き継がれ、再びヨーロッパへ逆輸入されますが、「アルコール」「エーテル」は、この歴史と切り離せないんですね。
「アルコール」はもともとアラビア語。
細かい化粧用の粉「アル・クール」をさし、アラビアの錬金術師たちは微粉末を「アル・クール」と呼びました。それがヨーロッパに伝わり「アルコール」になりました。
彼らはまた、揮発性物質を「スピリッツ」と呼んでいました。そこから酒の揮発成分を「スピリッツ・オブ・ワイン」と呼びました。揮発成分は微粉末になるとも考えられたため、「アルコール・オブ・ワイン」とも呼ばれました。
この後、アルコールよりも揮発性が高く、液体の状態からまたたくまに蒸発してしまう物質が発見されます。
「高い天に帰ろうとする性質の強いもの」と考えられて、天を構成する第五元素「エーテル」の名をいただいて、1730年に「スピリトゥス・エーテリウス」つまり「スピリット・オブ・エーテル」と名づけられました。これが「エーテル」に縮まったのだそうです。
こちらは比較的有名な話ですが、ギリシャの哲学者アリストテレスは世界を四元素(土、水、空気、火)からできていると考えました。それが錬金術師や占い師に引き継がれて、4元素は魔法カバラの重要な概念の一つになりました。
アリストテレスは、天の世界は地上にはない第五元素で構成されると考えました。彼はこれを「エーテルaether」と名付けたのです。
したがって、神秘学の分野で「エーテル」といえば、間違いなくアリストテレスの第五元素を指すものと考えてかまいません。
さて、17世紀に物理学の世界で再登場した「エーテル」は、ニュートンの見つけた遠隔力である重力を伝える媒質として、アリストテレスの第五元素の名称が採用されたものです。もちろん、すぐに光を伝える媒質も「エーテル」と呼ばれるようになりました。(重力を伝播する媒質とは区別するため、光を伝える媒質は「導光性エーテル」と、微妙に違う名称がつけられました)
さて、古い物理学の世界では、太陽からの重力が日食の時にも月によって遮断されないことから、重力を伝えるエーテルは非常に希薄で、すべての物体を貫いていると考えられました。
ニュートン自身は、光が真空中を伝播してくることから、光は純粋な波とは考えられず、粒子であると考えています。光をエーテルを伝わってくる波動だとするホイヘンスと、論争しましたが、当時の趨勢は万有引力の法則や運動の法則を発見したニュートンに有利に働いています。
なお、細かいことになりますが、このときホイヘンスは光を縦波だと考えました。なぜなら、希薄な媒質を伝播するのは音波のような縦波だけだからです。
重力以外にも磁力、電気力は遠隔力ですから、さらに二種類のエーテルが考えられました。光のエーテルと合わせて、全部で四種類のエーテルが存在することになり、エーテル理論は混迷を極めました。
少しして、電気石(偏光板)の実験で光が横波であることが見つかります。
横波を伝える媒質は固体のような密度の高い物体となるので、エーテルは、一方で月も星も貫くような希薄な物質でありながら、他方で鉄よりはるかに高密度の物質であるという矛盾を抱えることになります。
ニュートンが光の粒子論に拘ったのは、そういう背景もあります。ちなみにニュートンは粒子説を唱えたとき、それが波動現象を示すような振動性をもっていると考えており、単純な粒子論者ではなかったのですが、どの物理教科書にもその記述はありませんね。
エーテルの存在はすなわち絶対静止空間を与えるものであり、地動説が正しければ、地球のエーテルに対する運動が何らかの方法で検知できるはずです。
1881年にマイケルソンとモーリーが行った有名な干渉計の実験は、もともとエーテルの存在を示し、地球のエーテルに対する速度を測ろうとする試みで、非常に精密に用意された実験でした。
装置は深い岩盤に達する堅い器の中に注いだ水銀の上に浮かべられ、周りの振動の影響を最小限にとどめつつ、どの方向にも向けられるように工夫されていました。(実験の専門家というのはやるとなったら、本当に徹底的にやります。これはその典型例でしょう)
この実験は見事に失敗しましたが、それはかえって時空の性質をそのまま考える(つまり宇宙エーテルを必要としない)アインシュタインの相対性理論を裏付けるものとなりました。余談継いでですが、マイケルソンたちはこの失敗した実験の論文が評価されて、ノーベル賞をもらっています。
【科学者あれこれ】
【ニュートンとは】
アイザック・ニュートン(1642-1727、イギリス)は、運動の三法則をまとめて物理学の基礎を築き、万有引力の法則を発見しました。その生涯の大部分を錬金術の研究に明け暮れていたことは、二十世紀になって知られるようになりました。晩年のヒステリー的症状については、錬金術に用いた水銀による中毒で脳が冒された可能性が指摘されてます。
魔術師のカードを象徴する科学者は、ニュートン以外に考えられません。
【ニュートンのエピソード】
以前、ぼくとスギさんで集めた科学者のエピソードです。
「自伝」でさえ真実かどうかわからないのが世の常ですから、まして「逸話」となれば、どこまで本当かわかりませんし、伝聞を重ねるうちに変形することもままあるでしょう。(同じ逸話が本によってずいぶん変わっていることも多いのです)
しかし、そういっていては、科学者のエピソードを楽しむこともできません。
ここでは、出典を示すことで、さまざまなエピソードをそのまま紹介することにします。(昔収集したときのミスで、ときどき出典不詳のものもありますが、ご容赦を)
◆ニュートンは十代の時、母に云われて学校を中退したことがある。農業がむいているのではないかと期待されて。(アシモフの雑学コレクション)
◆ニュートンは下院議員になった時期もある。発言として記録されているのは「議長、窓を開けて下さい」(アシモフの雑学コレクション)
◆1642年のクリスマスの日に生まれる。父は彼が生まれる3ヶ月前に亡くなる。母が再婚したため、幼い頃は祖母と2人で暮らした。ケンブリッジ大学に進むが、ペストが流行し1年半故郷に帰る。そこで万有引力の法則を発見。23から25歳「独創力の面で、生涯最高の時」
どれをとっても超一流という研究成果をいくつか携えてケンブリッジのトリニティーカレッジのフェローになる。その年金で反射型望遠鏡の製作。27歳の若さでケンブリッジ大学の教授に。ニュートンは重要な研究を何も発表しなかった。ロバート=フックがケプラーの第一法則を数学的に証明したのは自分だといいふらしていたので、まわりは、一日も早く発表するように説得した。ハレーはニュートンの法則に基づいてハレーすい星の周期を76年ともとめた。そして出現を予言。(世界の科学者100人:抄)
◆ニュートンは「多くの偉大な発見をなさったのは、どうやって」と聞かれると、それに答えて「考え続けてさ」(アシモフの雑学コレクション)
◆伝説めいているが、ニュートンとリンゴの話は本当である。本人の説明によると、リンゴの落ちるのを見たあと、空の三日月が目に入った月にもリンゴを落とす力があるのではと考え・・・リンゴが頭に当たってというのは、だれかの創作が加わったものだ。(アシモフの雑学コレクション)
◆ニュートンは化学や鉱物に詳しくなく、錬金術について、あれこれ考え続けた。(アシモフの雑学コレクション)
◆ニュートンは地球の質量と比重とを算出したが、それが証明され、正しいと解るまで、一世紀かかった。(アシモフの雑学コレクション)
◆古代ギリシャの地理学者ピテウスは紀元前三世紀頃、大西洋に航海し、海の潮汐は月による影響と気付いた。二千年たって、ニュートンがそれを証明した。それまでは、だれも信じなかった。潮汐は一日に二回、うち一回は月がないときに起こるのだから。(アシモフの雑学コレクション)
◆イギリスの数学者で物理学者のニュートンは、史上最大の科学者と称されている。しかし、その科学上の業績は1699年までになされた。造幣局長になってからは、通貨制度の改良で一仕事したが、死ぬまでの二十五年に科学に関することは、なにもしていない。(アシモフの雑学コレクション)
◆ニュートンは1665年、三つの原理を発見した。微分積分法、光学の基礎のスペクトル構成、万有引力。いずれも画期的なもの。当時、二十三歳だった。(アシモフの雑学コレクション)
◆ゲーテは「色彩論」のなかで、白色光は純粋で単一と、みごとに論じている。やがてニュートンはプリズムを使い、白色光を七色に分解してみせた。どれらの混合が、白色光なのである。(アシモフの雑学コレクション)
◆ニュートンは感じのいい人物ではなかった。他の大学人と仲が悪く、激しい論争に明け暮れた。一番の論争はライプニッツとの微分積分学の発見についてのもの。ニュートンとライプニッツとは独立に発展させていた。
ニュートンはライプニッツからずっと早くから発見していたが、発表がライプニッツよりずっと遅れたので争いとなった。友人からニュートンを擁護する論文が出されたが、ただ友人の名前を借りたニュートンの論文であった。ライプニッツは王立協会へ論争の解決を申し出たが、ニュートンが総裁なので調査委員会はニュートンの友人たち、ニュートン自身が報告書を書いた。さらに匿名でその報告書への論評も書いた。
学会引退後は、議会で反カトリックの政治運動に活躍したり、造幣局長官として通貨偽造摘発作戦を実行し、何人かの男を絞首刑にした。(アインシュタインと爆弾)
(※)エーテルの話は別項を立てて記事にしようかとも思いましたが、ちょうど第五元素と4元素の関係の話が出てきたので、ここに追加しました。(*)
(*)エーテルの話を「さりと第5元素」というタイトルで、修正追加の上、独立した記事として書き直しました。関連記事からご覧ください。
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