前回の記事

 

‐近くて遠い国 朝鮮 本編14(朝鮮戦争が遂に勃発す)‐

 

 

 

『北東アジア』

 

https://ameblo.jp/cluttered-talk/entry-12400181935.html

 

 

・朝鮮戦争と国連

 

一九五〇年六月二五日朝鮮戦争が勃発すると、国連安保理事会米国の要請によってその日のうちに北朝鮮を「平和の破壊者」ときめるける決議をおこない、六月ニ七日には「武力攻撃撃退」のための対韓国援助の提供を国連加盟各国に勧告する決議を採択した。ついで七月七日、安保理事会は対韓援軍を米軍司令官統率下の統一指令部に結集し、これに国連旗の使用を許すむねの決議をおこなった。

 

国連軍に兵力を提供したのは一六ヵ国で、オーストラリア、ベルギー、カナダ、コロンビア、エチオピア、フランス、ギリシャ、ルクセンブルク、オランダ、ニュージーランド、フィリピン、タイ、トルコ、イギリス、南ア連邦および米国であった。ほかにデンマーク、インド、イタリア、ノルウェーおよびスウェーデン医療施設を国連軍に提供した。ただし、国連軍部隊のほとんど(陸軍の九一パーセント、海軍の九三パーセント、空軍の九九パーセント)は米軍であった。

 

朝鮮戦争勃発直後の一連の安保理事会決議は、拒否権をもつソ連が中華人民共和国の議席を要求して安保理事会への出席をボイコットしている条件を利用しておこなわれた。

 

同年一〇月七日第五回国連総会本会議は、国連軍が北緯三八度線を越えて全朝鮮にわたって行動することを許容し、かつ国連朝鮮委員会にかえて国連朝鮮統一復興委員会(UNCURK)を韓国へ派遣するむねを決議した。この委員会はオーストラリア、チリ、オランダ、パキスタン、フィリピン、タイおよびトルコの七ヵ国で構成された。

 

米軍の仁川上陸(一九五〇年九月一五日)で転換した朝鮮の戦局は、中国人民義勇軍の参戦(一九五〇年一〇月二六日)で再度転換した。第五回国連総会一九五一年二月一日の本会議で中華人民共和国中央人民政府を「侵略者」ときめつける決議をおこない、さらに同年五月一八日の決議で中国と北朝鮮に対する経済封鎖をすべての国に勧告した。

 

朝鮮全域にわたる三年余の激烈な戦闘ののち、朝鮮軍事休戦協定は一九五三年七月二七日、朝鮮人民軍最高司令官金日成、中華人民志願軍司令官彭徳懐と国連軍総司令官マーク・クラークのあいだで調印された。

 

時事通信社 『朝鮮要覧1973』現代朝鮮研究会 55~57頁より

 

‐近くて遠い国 朝鮮 本編11(南北分断の「戦犯」アメリカ)‐

 

南朝鮮に勝手に軍政を布き、モスクワ協定を破壊した挙句、現地買弁右翼らと共に、民衆に対する弾圧や虐殺を繰り返し、最終的には私物化した国連で傀儡国家「韓国」をつくったアメリカですが、戦争がはじまると、またもや挙手機械である国連の場において、北朝鮮と中国に対する攻撃を開始しました。

 

 

・アメリカの「アジア戦略」の中で生み出された朝鮮戦争

 

米本国における新動向の指標としては、五〇年一月三一日のトルーマンの水爆製造指令があげられるし、軍拡による恐慌切抜け政策の一連の提示(対欧武器援助開始・三月二〇日、対外軍事援助の特別教書・六月一日、等々)がある。

 

この米国の恐慌の回避策としてのグローバルな反共軍事体制の強化策が、ある種の力の均衡の存在したヨーロッパに対してとは異り、極めて流動的な情況にあったアジアに対しては、具体的・行動的にあらわれてくる。

 

この時期における米国の朝鮮政策は、明白な臨戦態勢に入った堡塁化、すなわち、一月二六日米・韓相互防衛条約の締結ならびに、二月一六李承晩の東京訪問マッカーサーとの秘密会談である。

 

この日、李はマ元帥さしまわしの専用機バターン号で全く突然東京に飛んできた。翌日の会談、内容は極秘、そして一八日消える如く帰った。この秘密会談の内容は、李承晩の秘書兼秘密顧問であった文学鳳がのちにあきらかにしたところによると、

 

1 韓国軍をマッカーサーの指揮下におく

 

2 内戦挑発はまず韓国軍が行う

 

3 韓国軍は日本軍と共同で闘う。韓国は日本軍の糧秣として米穀百万石を六月末までにマ司令部におくる。

 

4 未訓練の存在は戦闘においてむしろ有害であるという点を考慮し、韓国軍の増強はこれを中止して、大量の日本人兵士をやとい入れる。

 

5 韓国軍高級将校は日本で訓練し、日本に日本人監督下の韓国兵器廠をつくる。

 

6 半年間の戦闘を行なうに足る兵士、武器弾薬は日本で保証される。

 

7 李承晩の地位は、戦時戦後を通じてマッカーサーが保証する。

 

その他全部で一一ヵ条の協定であったとされている。

 

ここで企図されている「日本軍の使用」が、日本憲法に違反することはいうまでもない。だからこそ、その一ヵ月半前にマ元帥は「自衛権」の予防線を張ったのである。

 

『アジア・アフリカ講座 日本と朝鮮』第3巻 勁草書房 61~62頁より

 

こちらについては、1950年1月1日マッカーサー年頭の辞で述べています。

 

「日本国憲法の規定は、自衛権を否定したものとは解釈できない」旨をのべた。これは米国の対日政策が、無害化(非軍事化)から極東の工場化・基地化を経て、再武装化の時期に入ったことを物語る。

『同』 60~61頁より

 

さらにつづきます。

 

マッカーサー元帥は、戦争放棄を謳った日本国憲法に「自衛権の拡大」を加えたものを再度提起しようとした。そして、このような米国の極東戦略の先に「中国市場の獲得」があったことは、先の記事で述べました。

 

‐近くて遠い国 朝鮮 本編11(南北分断の「戦犯」アメリカ)‐

 

註 実際には、マ司令部の内部には、自ら提示した憲法草案がまだ実施もされていない四七年一月頃からすでに「改訂」させようとする動きがあった。さらに実施後も、四八年夏、再度「改訂」を時の鈴木法務総裁を通じて示唆している。これらのことについては吉田内閣の法制局長官佐藤達夫が明らかにしている(「時の法令」一三二号)

 

しかし、「マ司令部内にすでに憲法改正の意志があったのだが、朝鮮戦争の準備の多忙さ」、米国内での意見の不一致のため果し得ず、「マ元帥は、日本の再軍備に必要な憲法改訂を実行する余裕なく戦乱に突入し」(林克也「戦力としての自衛隊」「経済評論」一九六二年六月号)たのである。

 

同じ二月、ジェサップ大使の司会で、米国の極東外交官会議がバンコックで開かれ、席上ジェ大使は、「韓国の情勢は重大で、もしここで共産主義が勝利すれば日本は脅かされる。日本は今やアジアにおける米国の最重要拠点である」と結論をのべている。同じ二月の一五日、コリンズ陸軍参謀総長は「日本と欧州に駐屯する米陸軍は、敵の攻撃に際し、みごとにその任務を果たすべく、ここ数ヵ月以内に準備を終るであろう」と議会で発言している。日本の軍事化南朝鮮の堡塁化が全く一体のものとして進められいる。

 

こうして朝鮮戦争は開始される。

 

朝鮮戦争が突発した結果、あわてて日本の再軍備がはじまったのではない。逆に、日本の再武装政策が朝鮮戦争を可能にし、両者は相い並列して一体的に進められたのである。

 

 

ここに見られることは、米国の対アジア政策の中で、否応なしに、日本と南朝鮮と台湾が一体化されていく過程である。それは、米国の対日・対朝・対中の各政策が並列して存在していて、その総和が対アジア政策だという関係ではない。日・韓・台の三地域、なかでもとりわけ日本と南朝鮮との一体化された軍事的・政治的基地化の同一線上に攻撃目標としての中国が指向されている関係である。

 

折しも米国の世界戦略そのものも、従来の対ソ「封じ込め」から、対共産圏「まき返し」に転換している。この転換はより積極的な戦略への前進ではない。対ソ「封じ込め」が中国革命の勝利によって大破綻をきたしたあとをうけて、一歩下がった足場での焦燥にみちた転換である。

 

この焦燥にみちた転換、その中で準備された朝鮮戦争、そのための日・韓軍事提携━これが事実上の日韓会談の開始である。

 

『同』 62~63頁より

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その1(畑田重夫氏のコラムより)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その2(朝鮮戦争時の日本国内の動き)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その3(遅れすぎた朝鮮との接触)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その4(日米安保闘争と日韓会談の関係)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その5(日米韓の「結束」の真実)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その6(「朝鮮半島有事」に関する介入論)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その7(韓国軍事クーデター後の北東アジア)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その8(「目標達成」に向け奔走する日米)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その9(『日韓会談反対』を中心とした動き)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その10(もつれるリベラル運動)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その11(日本共産党の決意)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その12(日韓会談粉砕、在日米軍撤退など)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その13(繰り広げられた集会やデモ)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その14(決定力なき今昔リベラル)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その15(ようやく立った団結の出発点)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その16(日本史上最大の反米デモ)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その17(最高度に盛り上がる運動)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その18(ポラリス寄港問題と韓国の内紛)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その19(運動のオワコン化 その弱点とは)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その20(アンチ米軍運動の再開)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その21(日本の政治運動の問題点)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その22(人々の「啓蒙意識」について)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 その23(日本人の政治離れとアジア軽視)‐

 

‐シリーズ 日韓会談反対闘争の展開とその歴史的役割 最終回(反対闘争の意味と成果)‐

 

丁度、警察予備隊の創設が、事実上の憲法改訂の開始であったのに等しい。だが、憲法の条文そのものの改訂を完了するにはいたらなかったのに等しく、外交上の諸調整・諸協議がととのっていないにすぎない。

 

この諸調整の未遂のまま、倉皇として朝鮮戦争に突入(一九五〇年六月二五日)したことは米国にとって大きな誤算であった。

 

朝鮮戦争は、米国の思い上った予想━「北朝鮮を一気に席巻し満州を占領」とか、あるいは「クリスマスまでに全朝鮮を平定し、米軍将兵は故郷に街宣する予定」とかのマ元帥発言に見られる━を裏切り、朝鮮民主主義人民共和国人民軍の痛烈な反撃に遭遇した(六月~九月)。九月一五日の仁川上陸以後、一時的には米軍に有利に見えたが、一〇月二五日以後、中国人民志願軍と再編された朝鮮人民軍との反撃の前に、米軍は潰走と混乱の極に達し、司令官ウオーカー中将を、部下の戦車が轢き殺すという前代未聞の醜態(一〇月二三日)をさらし、「米軍史上最大の敗北」を喫するにいたった。

 

五一年四月一一日マ元帥は罷免され、米軍は朝鮮で押すも退くもかなわぬ泥沼にはまりこんだ形で立往生したのである。

 

この朝鮮戦争での米国の頽勢を挽回するものとしてサンフランシスコ講和条約(九月~八日)日韓会談予備会談(一〇月~一一月)とが登場する。すなわち、旧敵国である日本の本格的再武装日・韓軍事提携による火急の補強工作である。

 

講和会議と日・韓予備会談とが内部的にどのような相関関係にあるかは、次の言葉の中に明瞭に語られている。すなわちサンフランシスコ「平和」会議の冒頭演説でトルーマン米大統領は述べた。

 

「・・・・・・太平洋における平和を維持するための適当な安全保障とりきめに、できるだけ早く日本を包含することは絶対に必要である。これは日本自身を反故するためにも必要である。・・・・・・太平洋における防衛のための地域とりきめが発展すれば、創設されるかも知れぬ日本の防衛軍は、同地域の他の諸国の防衛軍と連合することになるであろう」

 

かくして「創設されるかも知れぬ日本の防衛軍」が「同地域の他の諸国の防衛軍と連合する」「ための地域とりきめ」としての日・韓予備会談が開かれる

 

『同』 63~64頁より

 

 

・「戦争」と「分断」の本質

 

以前、24回のシリーズとして上の方に記載させていただきましたが、「予備会談」から「本会談(シリーズ)」含め、日韓会談の本質は次のように確定されている。

 

(イ) 米国の極東軍事支配の必要から発し、

 

(ロ) 日・韓軍事提携を目途とし

 

(ハ) そのための日本の再軍備と基地化・南朝鮮の確保と堡塁化

 

である。この本質はその後十三年間、いささかも変わらない。新しい要素が附加され、諸要素の比重の変転はあれ、米国を盟主とする東北アジア軍事機構(NEATO)の結成という第一義的な本質は不変である。

 

したがって、日本の国内政治の視点からみるなら《内側に憲法改訂、外側に日韓会談》あるいは《内に軍国主義の復活、外に日韓会談》なる関係は、そもそもの島嶼から一貫しているのである。

 

『同』 65頁より

 

なぜ朝鮮は分断せざる得なくなったのか、なぜ戦争が起きてしまったのか、後の日韓会談における話も「すべてが繋がっている」

 

ハッキリ言って、日韓は駒です。

 

 

RT(ロシア・トゥデイ)ツイッターアカウント

 

https://twitter.com/RT_com/status/1045293227702652928/photo/1

 

『Cluttered talk blab blab blab』より

 

https://ameblo.jp/cluttered-talk/entry-12408220647.html

 

今の安倍首相を見ればわかるように、アメリカ大統領にひれ伏す姿を見れば、過去の歴史の現在の「生き写し」である。

 

対米追従、大義企業優遇、日本に住むすべての人々の権利をばら売りし、近隣国に敵愾心を煽り民主主義を破壊する買弁的なファッショ政治にしろ、今の日本に住む人間なら「リアルな空気」として感じ取ることができるだろう。

 

 

・朝鮮戦争が日本にもたらした「影響」

 

朝鮮戦争は日本にも重要な変化を及ぼした。

 

「国連軍」司令部東京におかれ、日本はアメリカの空海軍の出撃基地、陸軍の中継補給基地となり、船舶や鉄道などはアメリカ軍の軍事目的にしたがって最大限に使用された。後のベトナム侵略戦争において、アメリカ軍が出撃基地として使用した沖縄(占領時代)嘉手納空港が本格的に拡張されたのも、この朝鮮戦争の時でした。

 

さらに日本の産業は、アメリカの「特需」に結びついて下請け軍需工場色を強めた。これにより日本経済は戦争景気に巻き込まれ、ドッジ‐ライン以来の不況を一気に吹き飛ばした。

 

 

 

『朝鮮の歴史 朝鮮史研究会編 編集代表 旗田巍』 三省堂 277頁より

 

上の画像がブレて申し訳ないですが、この経済復興は、日本経済アメリカの反共軍事体制経済的一環として編成変えしたことによってもたらされたものであり、米国の従属軍事色を強めるものに他ならなかった。

 

これを契機に、独占資本(大企業)の支配が一層強まっていった。

 

アメリカはまた、朝鮮戦争が勃発するや、それまでの日本を非軍事化するという政策を「放棄」し、「再軍備」させる方針を明らかにした。まず在日米軍が朝鮮に出動した直後の1950年7月8日、マッカーサーは治安の空白を埋めるためと称して、ポツダム政令によって7万5000人の警察予備隊海上保安8000人の増強を、当時の吉田内閣に命令した。

 

予備隊は名目上警察機関であり、憲法第九条に反しないと説明された。しかしそれは間違いなく事実上の「軍隊」であり、明らかに日本再軍備の始まりであった。この予備隊の実権アメリカ軍人の顧問団に握られ、装備もすべてアメリカ軍によっていた。

 

米国は、日本の軍事力アジアの反共軍事体制の一環に組み入れる第一歩を築いたのである。

 

朝鮮戦争勃発の直前および戦争期間中に、日本では在日朝鮮人の諸組織および労働組合をはじめとする日本人の民主的諸組織が、きびしい弾圧をうけたことも、無視することができない。また、朝鮮戦争の期間中に、サンフランシスコ・日米安全保障条約が締結された。

 

サンフランシスコ体制の確立は、一応アメリカ軍による対日占領の終結をもたらした。

 

しかし、安保条約行政協定によって、日本はアメリカへの「従属的地位」と、アジアの反共陣営の一員としての「地位」を決定されたのである。

 

これらの史実は、ひとり第二次世界大戦後の朝鮮史の上のみならず、日本の戦後史の上においても、朝鮮戦争がいかに大きな比重を占めるものであるかを物語っている。しかし、アメリカによる朝鮮侵略を食い止める物理的な力は持ち得なかったとはいえ、日本の労働者と市民「朝鮮からアメリカ軍は手をひけ!」「アメリカは朝鮮で原爆を使うな!」などのスローガンを掲げたことも忘れてはならない。

 

‐新シリーズ・朝鮮統一と日本を考える その10(韓国に「永久駐屯する」在韓米軍)‐

 

朝鮮での停戦(休戦)協定以後も、アメリカ1953年8月『米韓相互防衛条約』により、アメリカ軍基地無期限「駐屯」を交わされ、核兵器やその他各種兵器の持ち込み、それは現在まで70年近くもつづく米韓合同演習を繰り返している。

 

無論、それを喜んでいるのは「アメリカ以外」の選択肢を持てない、大本営報道の人間たちと、それを視聴する人たちである。

 

‐画像で振り返る『日本リベラルの愚かさ』 その1‐

 

‐画像で振り返る『日本リベラルの愚かさ』 その2(朝鮮の永久分断を望み、アジア平和を拒む人々)‐

 

‐画像で振り返る『日本リベラルの愚かさ』 最終回(中国と北朝鮮は敵 米軍産複合体に靡く人々)‐

 

 

<参考資料>

 

・時事通信社 『朝鮮要覧1973』現代朝鮮研究会

 

・『アジア・アフリカ講座 日本と朝鮮』第3巻 勁草書房

 

・『朝鮮の歴史 朝鮮史研究会編 編集代表 旗田巍』 三省堂

 

 

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