みぶきえみです。

 

 

最近は、余白の大切さとか

感覚を整えることを

大切にしたいって思ってる。

 

 

でも、起業して数年くらいは

こう思ってた。

 

 

起業したからには

売り上げを上げないと!

 

 

社会に認められたかったんだろうね笑い泣き

 

 

そしてね

自分はこんな人なんだっていうのを

見せたいと思ってた。

 

 

だから、少しやり方が変わったり

方向性が変わったら

ブログも全削除して

一から作り直してた。

 

 

もう、自分をどう見せるかに精一杯!!

 

 

だから、このアメブロも

3つ目なんだよね笑い泣き

 

 

過去の自分のプロセスを

否定してたかもしれないなって思う。

 

 

起業した時も

ナース時代のことは

すべて忘れるって思ってたし。

 

 

けどね、変わらないものもあった。

 

 

星空を見上げて

心が動くっていうこと。

下矢印

 

あなたの中にもあるんじゃないかな。

 

 

時を経ても、環境が変わっても

変わらずに好きって言えるもの。

 

 

いまでも、過去記事を読むと

どこ目線?って思うものとか

 

 

何と戦ってるの?って

思うものもある。

 

 

消したいって思う衝動も

変わらずやって来る。

 

 

けどね、その時代の自分も

以前よりは、受け入れることが

できるようになった。

 

 

どんな自分もOKにすることが

こんなにも緊張を解くってわかると

安心感が大きくなるんだよね。

 

 

どんな自分もOKを

腑に落として

自分の中の安心感を大きくしたいよね!

 

 

 




みぶきえみです。


占星術コンサルの時には
しっかりメモされる方も多い。


コンサル後には
コンサルレポートも
お渡しするんだけど。


ときどき、それを見ることで
自分の人生の流れを知って
決断に臨むことができる。




すると、星の流れを
日常にうまく
取り入れることができるよ。


そして、コンサル後
数ヶ月してメールを
いただくことも多い。
下矢印


 
 
みぶきえみです。
 
 
今は、コンサルが終わったあと
満ちてくる感覚がある。
 
 
昔は、消耗していた。
 
 
終わったあと、どっと疲れて
しばらく
何もしたくなくなるような感覚。
 
 
ちゃんとできたかなとか
上手く伝えられたかなとか
役に立ったって
思ってもらえてるのかなとか。
 
 
今考えたら
笑えちゃうほど
「私はうまくやれてた?」って。
 
 
そりゃ、疲れるよね。
 
 
余計なことに
神経を張り巡らしてるんだから笑い泣き
 
 
今も、体は疲れる。
 
 
集中して向き合った分だけ
エネルギーは使うし
終わったあとには疲労もある。
 
 
でも、あの頃の
消耗とは違う。
 
 
深いところから
満ちてくるような感覚がある。
 
 
うまくいったとか
役に立てたとか
そういう手応えとは少し違う。
 
 
ただ、その人と
一体になれた、という感覚。
 
 
無理をせず、壊さずに
その人の流れの中に
そっと関われたような。
 
 
それが終わったあとに
じんわりと拡がってくる。
 
 
疲れているのに
どこか温かくて満ちてる感じ。
 
 
ああ、これでいいんだな。
 
 
そう思えるような余韻が残る。
 
 
上手くできたかなとかって
そんなことに気が向かない。
 
 
たぶんこれが
自然体で続けられるという
ことなのかもしれない。
 
 
消耗じゃなくて
巡りの中にいるような感覚。
 
 
最近、そんな風に
感じることが増えてきた。​​​​​​​​​​​​​​​​
 
 
それが、好きなことを仕事にする
幸せだと思う。
 
 
数が実績だと思って頑張ってた頃
 
 
みぶきえみです。
 
 
50代までで
10000人を鑑定してきた。
 
 
ずっと、それを「実績」だと
思っていた。
 
 
でも、あるときふと気づいた。
 
 
それは積み上げた
信頼の数じゃなくて
リピートされなかった数でも
あるのかもしれないって。
 
 
そして
深い関わりがなかったから
心が満たされなかったのかも。
 
 
その感覚が腑に落ちたとき
これまでの景色が変わった。
 
 
たくさん見てきたことよりも
「またこの人に」と
思ってもらえる関係のほうが
ずっと大切なんじゃないか。
 
 
時間が経っても
ふと戻ってきたくなるような
そんな余白を残せているだろうか。
 
 
言葉を届けたあと
その人の中でどう巡っていくのか。
 
 
今は、そこに
意識が向くようになった。
 
 
鑑定数を
実績とする占星家じゃなく
何度も思い出してもらえる
占星家でいたい。
 
 
共に人生を歩む
伴奏者のように。
 
 
強く引っ張るんじゃなく
その人の流れを邪魔しない
関わり方で。
 
 
すぐに答えを出すよりも
その人自身の感覚が
戻ってくる時間を
信じられるように。
 
 
不思議なことに
この「在り方」に気づいてから
私自身が満たされるようになった。 
 
 
コンサルの後
疲れた~っていう感覚がなくなり
すごく幸せな感覚で満たされる。
 
 
初めは
それは単なる
自己満足なんじゃないかと
疑ってたけどね。
 
 
そして、受け取るものの質が
大きく変わっていった。
 
 
星と言葉の間で
その人がその人に還っていく。
ただ、その場に居たいだけなんだな。
 
 
季節感ないけど海のお話
 
 
 
みぶきえみです。
 
 

長男を出産した時

大量出血に見舞われた。

 

 

意識が遠のく中

私は臨死体験としか

呼べない状態を経験した。

 

 

寝かされているはずの自分の体。

 

 

そこで行われている処置。

 

 

そのすべてを

私は上から眺めていた。

 

 

「耳から入った情報を、脳が映像化しただけ」

 

 

看護師の友人はそう言った。

 

 

確かに、医療用語を聞けば

それを脳内で

再現することはできる。

 

 

ペアン、電メ、クーパー、3ゼロ

全部何のことがわかるし

イメージもできる。

 

 

けれど、あの日私が触れたのは

情報の再現なんていう

薄っぺらなものじゃなかった。

 

 

よく死の間際に、三途の川や

美しいお花畑を見たという話を聞くチューリップ

 

 

けれど、私にはそんなものは

何も見えなかった。

 

 

ただ真っ暗で、それなのに

これまで生きてきた中で

 

 

一番といえるほど

深く安心できる場所。

 

 

そこは、個人としての

感覚すら必要のない

すべてが溶け合っている場所だった。

 

 

遠くに光が見え始めたところで

私は意識を引き戻された。

 

 

そのとき、理屈ではなく

体感として気づいたことがある。

 

 

よくわからないけど

私たちは、時間も空間も超えて

ひとつなんだってこと。

 

 

この頃は

スピリチュアルとか

知らなかったから

 

 

それが何なのかは

わからなかった。

 

 

初めての育児に追われて

そんなことを考える暇もなかった。

 

 

けど、改めて振り返って

確信したことがある。

 

 

私たちの存在を例えるなら

広大な海からすくい上げられた

1滴の水だ。

 

 

本来は大きな海の

一部だったものが

 

 

生まれる瞬間に肉体という

頑丈な透明のカプセルに

閉じ込められる。

 

 

カプセルの中にいる間

私たちは初めて

私っていう輪郭を持つ。

 

 

カプセルはガチャガチャのような

穴が空いてるもので

そこは、元の海と繋がってる。

 

 

けど、カプセル感が強くて!?

自分は独立してる感覚。

 

 

だから、隣の1滴と

自分を比べて

一喜一憂したり

 

 

混ざり合いたいのに

届かないもどかしさを

感じたりする。

 

 

分離しているからこそ

孤独を感じるけど

同時に誰かを

愛おしいとも思うピンクハート

 

 

このカプセルこそが

私たちがこの世で

個人としてのドラマを

体験するためのものなのだ。

 

 

よく語られる

過去世の記憶についても

面白い真実が見えてくる。

 

 

魂が個別ではないのなら

それは自分の魂

かつて経験したことじゃない。

 

 

死を迎えてカプセルが外れたとき

中の1滴は瞬時に海へと還る。

 

 

その瞬間、その1滴が人生で経験した

すべての感情や景色は

海全体の共有データとなる。

 

 

つまり、過去世の記憶を

思い出す行為は

自分の過去を

辿っているんじゃはない。

 

 

海という巨大なフォルダから

かつて誰かが経験した

ある1滴だった時の記録を

 

 

たまたま

ダウンロードしているに過ぎない。

 

 

同じ1滴には戻れない

けれどすべてになる。

 

 

一度海に放たれた滴を

再び同じ形で

すくい出すことは不可能だ。

 

 

1滴が海に戻れば

もう元の1滴としては

存在できない。

 

 

その意味では

今の私という個性は

一度きりのものだ。

 

 

けれど、それは決して

悲しいことじゃない。

 

 

海に還った私たちは

もはや1滴の小さな視点じゃなく

海そのものになる。

 

 

すべての記憶

すべての存在と溶け合う。

 

 

形としての私は消えても

それは失われるのではなく

無限に広がるということ。

 

 

かつてハワイで

真っ白な服を着た

不思議なおばあさんが

話してくれたことがある。

 

 

 

 

その話は、この時の出来事と

一致してた。

 

 

けど、ハワイでの経験も

その時は意味が分からなかった。

 

 

その後、2007年の手術時にも

同じような経験をした。

 

 

かつて、分娩室で天井近くから

見ていた景色と

 

 

手術室で見た景色は

同じだったし

まさにこの知恵と一致していた。

 

 

同じことを言っている人がいない

妄想かもしれないと

思っていたその感覚は

 

 

実は宇宙の深い設計図に

触れていた

証拠だったのかもしれない。

 

 

今の人生で感じる孤独や焦りも

1滴としての体験があるからこそ。

 

 

あなたのカプセルの中にある

その1滴は

いつだって広大な海と

つながっている。

 

 

そしていつか還る場所は

あの真っ暗で

でもこの上なく温かい

ひとつの場所なのだ。

 

 

正解を探す必要はない。

あの感覚こそが、私の真実。

 

 

多くの人が語る

臨死体験や輪廻転生の話と

私の体験は違う。 

 

 

あの日見たのは

色鮮やかなお花畑でも

三途の川でも

再会を喜ぶ

先祖の姿でもなかった。 

 

 

ただ真っ暗で

すべてが溶け合っていて

言葉にならないほど

深い安らぎに満ちた場所だった。

 

 

あれは何だったのか。

 

 

今でも不思議に思うことはある。 

 

 

けれど、ハワイのおばあさんの

言葉と出会い

自分の感覚と

繋ぎ合わせたとき確信した。

 

 

世間の語る物語と

違っていてもいい。 

 

 

あの真っ暗な安心感こそが

カプセルの外に広がる

本当の海の姿だったのだと。

 

 

私は、あの海からやってきた1滴。 

 

 

そしていつか

あの日見たあの場所へ

すべての経験を抱えて還っていく。 

 

 

それさえ知っていれば

この1滴としての人生を

 

 

もう少しだけ軽やかに

面白がって生きていける気がする。

 

 

 

 

 

おまけ:占星術的な時期表示
 
 
命にかかわるような経験だから
当然チャートには表れてる。
 
 
海王星にフォーカスしてみると・・・
 
 
出産時は、t天王星がn海王星の上で
手術時は、t海王星とn海王星のスクエア。
 
 
両年のソーラーリターンチャートの
月は蟹座。
 
 
蟹座は私にとっては12ハウス。
 
 
また、リターンの
海王星=太陽/金星が同じように形成。
 
 
プログレスでは

23才、P火星=天王星/冥王星

42才、P太陽□N土星、N冥王星。

 

 

そして、今年も

ソーラーリターンの月が蟹座。

 

 

海王星=太陽/金星はないけど

木星=太陽/海王星。

 

 

何だか、これらの経験が

つながりそうで

ワクワクしてる。