ふんわり風船ハート みぶき えみ@月の記憶の声を聴く人

   

月の記憶の声を聴きながら綴る

みぶきえみの世界観🌙

サムネイル

 

前のお話

下矢印

 

 

私が生まれたのは

桜が散り、新緑が芽吹く4月末。

 

両親にとって、初めての子供。

 

 

母は、流産を繰り返していて

私は、やっと授かった

「待望の赤ちゃん」だった。

 

けど、ひとつだけ誤算があった。

 

それは

 

女の子

 

だったこと。

 

父は田舎の家の長男だったので

跡継ぎを授かることは

最も重要なことだった。

 

image

 

ここからは、母が女として

どのように生きてきたのかを

少し、お話しするね。

 

 

母の人生観は

私にとっても、すごく大切だと思うから。

 

星空

 

母は、第1子として生まれた。

 

体格も良く、運動も勉強もできた母は

祖父にいつもこういわれてたそう。

 

 

「お前が男だったらの~」

 

 

母が生まれた昭和初期

男女の差は、今では考えられないくらい

大きなものだった。

 

10歳になるころには、祖父から

 

「昭和という新しい時代、女が家を継ぐ選択もある」

 

といわれ、認められたようで嬉しかったと

話してくれたことがあった。

 

昭和初期に生まれた母は

新しい時代の子供だったんだな~。

 

 

でも、状況は一変!

 

 

長男である弟が生まれたのだ。

 

努力して、努力して

男の子に負けないように生きてきた母。

 

その努力が、一瞬にして

壊れた瞬間だった。

 

男の子というだけで

祖父をはじめとする家族全員が

 

手のひらを返したように

優遇し、可愛がる。

 

母の気持ちは

穏やかではいられなかっただろう。

 

母の中に、女には価値がない

男は信用できないという

想いが育ったのも当然だ。

 

祖父に裏切られたと思ったことや

弟にすべてを奪われたと思ったこと

 

それらが、絡まり合って

できたものだっただろう。

 

その後、結婚するものの

夫に裏切られるという経験をし

 

母の想いが

ますます強固になっていったことは

容易に想像できる。

 

この母の強い想いは

私にも受け継がれることになる。

 

もちろん

日々そう言われて育ってきたわけじゃない。

 

けど、大人になってから

いろんなことを学ぶ中で

 

胎児の時代に母親からの感情を

自分のことのように感じて

受け入れることや

 

幼少期の非言語のものを

スポンジの様に吸収することを知って

腑に落ちた。

 

母親の感情を

自分のものとして

初期設定してしまう。

 

これは、私に限らず

多くの人に共通することだろう。

 

ここから

私の物語は始まっていく。

 

 

 

 

次のお話

下矢印