イギリスの大学は学部入試の場合は人気の変動が移ろいやすい傾向があります。そこで今回の記事では近年の学部入学難易度の変遷のトレンドについて書いてみます。

1.入学難易度
過去に何度か取り上げていますIndependent社のランキングには2008年度(2007年秋入学)から2012年度(2011年秋入学)までのデータが公開されています。この5年間のデータの大学ごとのUCAS Tariffの入学者平均の数値から各年度毎の大学の入学偏差値を計算しました。

また、より長い期間での変動を見るため、2002年のAレベルの大学ごとの入学者平均スコアを元に偏差値を計算をしました。(参照元)

この2つの計算の後に主要大学を選別してグラフにまとめました。グラフは地域と特徴別で色分けしました。

イギリスの大学徹底分析-イギリスの大学の短中期の学部入学偏差値の変動
イギリスの大学の短中期の学部入学偏差値の変動


また、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの地域別で見ました5年間及び10年間の学部入学偏差値の変動と、特に変動が大きかった大学を取り上げ、表にまとめました。

イギリスの大学徹底分析-地域別短中期学部入学偏差値・変動が大きな大学
地域別で見た短中期の学部入学偏差値及び変動が大きい大学


これらのデータから読み取れる事を箇条書きにしてまとめました。

①この10年間でスコットランドの大学の人気が非常に大きな変化をしています。スコットランドの多くの大学が2002年から2007、2008年にかけて急激に難化し、その後は急激に易化してほぼ元に戻りました。特に変化が激しかったのがストラスクライド大学とアバディーン大学で偏差値にして15程度の上下が起こりました。ただ例外的にセントアンドルーズ大学は10年間一貫して安定した難易度を保っています。

②同じく、この10年間でロンドンの大学の人気に非常に大きな変化が起きています。ロンドンの主要7大学で2002年から2007、2008年にかけて大幅な易化が起こり、その後に急速に難化し、結果的には10年前よりやや高い難易度になりました。特に変化が激しかったのがインペリアル・カレッジ・ロンドン東洋アフリカ研究学院(SOAS)で偏差値にして5~6程度の上下が起こりました。

③主要大学の中で10年間で最も人気が高くなったのは東洋アフリカ研究学院(SOAS)ケンブリッジ大学ダラム大学で、10年前に比べて偏差値にして4~5程度上昇しています。一方で10年間で最も人気が低くなったのはクイーンズ大学ベルファスト、ノッティンガム大学エジンバラ大学で偏差値にして4~8程度下落しています。


2.変動の原因の推測

これらの変動、特にスコットランドとロンドンの大学の人気変動の原因を考えてみます。大きく分けると原因は二つと考えられます。

2-1. 景気動向による原因

最も大きな原因は景気の動向であることはほぼ間違いありません。イギリスのGDP成長率と若年者失業率のデータを見てみます。

$イギリスの大学徹底分析-イギリスの景気状況と大学出願時期
イギリスの景気状況と大学への出願時期


このデータが示しますようにリーマンショックが起きた2008年秋まではイギリスは好景気に沸いていました。一方で2008年の秋以降は深刻な不況が続いています。この景気動向を大学の出願時期と当てはめて見ますと、2007年と2008年の秋入学者は好景気の時に大学を選んで出願した学生です。一方でそれ以降の学生は不況期に大学を選んで出願している事になります。

2002年秋入学者の場合は2001年のITバブル崩壊後で若干景気が落ち込んでいた時期に大学を選んで出願しています。ただしイギリスにとってITバブルの崩壊は軽度な影響でした。

つまりスコットランドの大学の人気が落ち、ロンドンの大学の人気が上がった時期は不況期のタイミングにあたります。一方で好景気の時はスコットランドの大学の人気が上がり、ロンドンの大学の人気が落ちていたといえます。

不況になると大学選びで2つの現象が起きます。一つは余計な出費を抑えるために地元の大学に通う人が増える事です。そのため結果的に人口規模が大きい地域の大学ほど人気が高くなります。二つ目は先の見えない将来に備えるために就職に強い大学に人気が集まりやすくなります。この二つの意味においてロンドンにある大学は不況期の大学選びには有利な立場にあり、スコットランドの大学は不利な立場にあるといえます。

2-2. 授業料による変化

二つ目の理由は授業料です。イギリスは1998年に年間1000ポンド(年額約15万円/当時のレート換算)の大学の授業料を徴収し始めて以来、年々増加を続けています。2006年秋からは3倍の年間3000~4000ポンド(年額約60~80万円/当時のレート換算)に増加しました。この問題により授業料の高低が大学選びに関与するようになってきました。

スコットランドをとりまく状況は複雑で、スコットランド国内法によりスコットランド人はスコットランドの大学に通う限りは実質的に授業料が無料になります。つまりスコットランド人にとっては値上がりしたイングランドやウェールズなど他の地域の大学には以前より魅力を感じなくなってきている事になります。

一方で授業料の値上がりは他地域の学生にとっても問題となります。高くなった授業料を支払いつつ下宿をするのは、先に払うにせよ、ローンを組んで後払いをするにせよ以前よりも金銭的負担が高くなります。卒業後の心配が無い好況の間は比較的表に出てこないかもしれませんが、これは不況になると顕著に影響します。特にスコットランドの大学は他の地域から通う場合、学士課程が4年制であるためイギリスの大学の中で授業料が最も高くなります。そうなりますと高い授業料に見合った見返りが無いとスコットランドに進学する動機は低くなります。

2-3. その他の考えられる要因

景気と授業料の話だけではスコットランドの大学が2000年中頃に大ブームになった説明がつきません。ひとつ言えるのは、2002年から2007年にかけた時期にロンドンの大学以外にもイギリス国内の多くの有名大学の人気が一様に下がっています点です。

この時期に難易度が上がった有名大学はあまり多くなく、ケンブリッジ大学、オックスフォード大学、ダラム大学、バース大学、そしてスコットランドの主要大学に限定されます。バース大学以外の大学に共通するのは多くが創立が古く、オックスブリッジに似た伝統的な雰囲気と制度を持った大学だという点です。古代の大学と呼ばれます創立400年以上の6大学の殆どがかなりの難化をしました。またセントアンドルーズ大学のカレッジであったのが独立しましたダンディー大学や、創立200年を超えるストラスクライド大学、イングランドでは3番目に古い大学の一つでオックスブリッジに似た大学運営をしているダラム大学も同様に難易度が上がっています。

つまりこの時期に何らかの理由でイギリス国内で伝統校への進学ブームが起きていた事が推測されます。

(追記)
その後、調べてみた結果、スターリング大学など伝統校以外のスコットランドの新設大学も同じ上昇をしていましたので、スコットランドの大学への進学自体が大きなブームになっていたようです。理由ははっきりしません。


3.2012年以降の今後の傾向の予測

最後に来年以降、イギリスの大学がどう変わっていくかを予測します。まずイギリスでは来年の入学者以降で授業料が大幅に値上げされます。新たな学費は最大で今までの3倍の年額9000ポンド(110万円/現在レート換算)となり、殆どの大学がこの額で授業料を設定しています。これは当然大きな変動要因となります。

まず大学進学率そのものがかなりの低下をする事が見込まれます。授業料が支払えないので大学に進学しない人がかなり出てくると見込まれます。

また、大学に進学する場合も出費を安く済ませるための地元志向に一層拍車がかかる事はほぼ間違いないでしょう。特にスコットランド人の殆どは学費が無料で済むスコットランド内の大学に留まる事が予想されます。

一方で4年制のスコットランドの大学はイギリス国内で最も高額の授業料を支払う事になり、その他の地域の大学とは9000ポンドの学費の差が出てきます。そのため、他の地域からスコットランドの大学に進学する学生の数は大幅に減少すると推測されます。

これらの要因に加えて先に説明しました不況時の大学選びの要因が引き続き働くと考えられます。これらをまとめますと下の表のようになります。

不況の悪影響不況の好影響授業料値上げの悪影響授業料値上げの好影響他のプラス要因
オックスブリッジ下宿が必要な出願者の減少無し出願者の減少無し強いブランド力
ロンドン下宿が必要な出願者の減少ロンドンの優秀層を囲い込める出願者の減少ロンドンの優秀層を囲い込める高い就職力に惹かれる学生を集められる
他イングランド下宿が必要な出願者の減少無し出願者の減少無し無し
スコットランド下宿が必要な出願者の減少スコットランドの優秀層を囲い込めるスコットランド外からの出願者が大幅に減少スコットランドの優秀層をほぼ完全に囲い込めるスコットランド人の大学進学率は変わらない
ウェールズ下宿が必要な出願者の減少ウェールズの優秀層を囲い込める出願者の減少ウェールズの優秀層を囲い込める無し
北アイルランド下宿が必要な出願者の減少北アイルランドの優秀層を囲い込める出願者の減少北アイルランドの優秀層を囲い込める無し

来年以降の大学の人気傾向の予想


来年以降、最も変動が予想されるのはオックスブリッジ、ロンドン以外のイングランドの大学です。これらの大学は不況と授業料の悪影響を打ち消す目立ったプラス要素が無いために相対的に人気が落ちる事が予想されます。ただしブランド力がある上位大学(特に最初のグラフで紫色に塗った4大学)や、バーミンガム市など人口が比較的多い地域の大学は比較的に軽微な影響で済むと思われます。

ウェールズ、北アイルランドの大学は自分の地域の学生を囲い込み易い状況になるものの、全体の人口が小さく、また他地域からの出願の大幅な減少で苦しい状況になる事が予想されます。ただし、ウェールズでトップのカーディフ大学に関しては比較的軽微な影響で済むと思われます。

スコットランドの大学は他地域からの出願が大きく落ちると予想されるものの、自分の地域の学生を囲い込める事や自分の地域の大学進学率が変わらないというプラス要因もかなりあるため、他地域の大学進学率が大幅に落ち込む場合は現状維持が出来る可能性があります。ただし、財政的理由で高額授業料を多く払う他地域の学生をたくさん受け入れる必要が出てきた場合は大きく落ち込む可能性もあります。いずれの場合にしても学部定員が1学年1600人程度と少なく、スコットランド内の人気で1、2を争うセントアンドルーズ大学は現状と比べて大きな変化は無いのではと推測されます。

オックスブリッジは他のイングランドの大学と同様に不況と授業料値上げの悪影響を受けますが、強いブランド力がある事と裕福な家庭の学生が多い事から影響は軽微だと推察されます。ただしカレッジ制の大学ですので学生全員の各カレッジへの下宿が義務付けられています。その分の費用を天秤にかけて自宅から通える大学の方を選ぶ学生は一定数でてくるだろうと予想されます。

ロンドン市内の大学はイギリスの人口の13%を占めます首都ロンドンに存在している恩恵を最も受けますので今後も有利な状況は続くだろうと思われます。ただし、ロンドンは物価が高いため、下宿前提のロンドン外からの出願者からは最も敬遠される可能性があります。


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ウォーリック大学ダラム大学セントアンドルーズ大学ブリストル大学エジンバラ大学
バース大学キングス・カレッジ・ロンドン (KCL)ヨーク大学ノッティンガム大学マンチェスター大学
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