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今日は省略しますが運命に関して少しだけ触れて起きます。
挫折から学ぶことがあることは私達も体験していると思います。
挫折に限らず心が痛い想いをした事ほど
私達にとっては学習の機会となっているからかもしれません。
例えば虐め問題などはそれを体験している人間ほど
関心や理解も大きくなると思いますし
自分が苦しんだ経験がある人間ほど他人の気持ちを理解することも出来ます。
時にはそれで捻くれる人間もいるのでしょうが
傷つくことが多かった人間ほど
他人に優しく出来るというのは本当だと思います。
自分が胸を痛めた分だけ他人の痛みを理解することになる。
私達は似たような苦しみを経験している人間の立場を
”理解”して”同情”するのです。
自分がそれを体験し学んだ事が
他人の想いを魂で受け止めるようなものだと思います。
そして更には挫折が人間を成長させることがあると思います。
人生挫折だらけで何一つ成し遂げていない人間が語っても
説得力はありませんが、
少なくともそれをしたことで学べた事があるはずです。
結果だけを重視するのがこの社会ですし
成功し続けていることが正しいとされるのが
エリートと言われる人間達かもしれませんが
彼らは必ずしも人格者ではないでしょうし
必ず覚醒出来るわけでもありません。
何事にも優れていると言うわけではないのです。
イエスキリストが大勢の貧しい人間を導きましたが
今の社会で言えば貧しい人間は負け組と表現されるようです。
しかし当時のイエスの教えで導かれた人間は
そんな負け組とされる人間達でした。
彼らは不遇な生活の中で何かを学んでいたのだと言えます。
私は挫折を繰り返した中で一番良く理解できたのは
以前にも触れたように
「自分はたいした人間ではありえない」
と言うことでした。
自分がその能力をあると思っていたとしても
結果が出せていないと言うことは
勿論この社会は結果で見られますから
不合格は不合格です。
そして自分も能力が足りなかったと認識することで
自分の過信を減らしていくことにもなります。
つまりは自尊心のようなもの、
自分は能力があるとか自分は大きいと思うような気持ちを
徐々に打ち壊すことになったと想像しています。
それともう一つ、私達が学ぶべきことは
時には本当の学習にもあるかもしれません。
学校の科目のようなものの中にです。
私は得意だったのは数学と科学です。
しかし自分で興味を持った若しくは学ぼうと勤めたのは
国語や社会、そして科学の中でも履修しなかった地学だと言う話をしました。
更に一番苦手となっていたのは
高校時代のさぼりが災いした英語でした。
結果的に幅広く知識とすることになったのは
国公立大学への進学を希望したからでもありましたが
私の場合は単にお金が無かったことがそのきっかけでもあったと思います。
その人達の置かれている環境で進学状況もかわりますし
勉強をしたくないという人間もいればそれを率先してやる人間もいます。
ただ、今から振り返れば他人に騙されない為に
そして正しいこととそうでない事を自ら選択するためには
学校含めて多くの知識を詰め込むことは決して無駄ではないと思います。
しかし一方では学習と人間の心の資質は別物だといえます。
頭でっかちで優秀と褒め称えられても
そのこと=覚醒や聖人である事に繋がるわけでもありません。
ただ、自分が興味を持ったことに関しては
それが課題に繋がる可能性があるので
進学とは無関係に追求することをお勧めします。
これから国際化時代だから英語が出来なければ
良い仕事に就けないなどという打算ではなくて
もっと心底から興味を感じるような事柄は
きっと魂の導きによるもので
その後の人生で何らかの役に立つことになると思うからです。
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昨日に続いてこの社会への天使達
太陽系の兄弟であるスペースブラザーズに関して記事にします。
いつの時代でも道徳や生き方、そして神を語る人間がいて、
その人間自体を見つめると人として魅力的であることを
感じることになりますが、
残念ながらそれに習う人間が
必ずしも魅力的に見えないのがこの社会の実情で、
結局はその魅力を感じた偉人の精神を引き継いでいる人間が
少ないからなのだと思っています。
それが哲学者でも儒教でも後の宗教の創始者でも
私の目から魅力的に映る過去の時代の偉人は少なくありません。
お釈迦様やイエスキリストは当たりまえとしても
哲学者であってもアリストテレス、プラトン、デカルト、カントのような
人間達の思想だって、
さらには孔子や老子(もしくはそう呼ばれた人間たち)墨子にしてもそうです。
科学者であれば其の研究が悪用こそされましたが
アインシュタインだってそうです。
彼らは常にその時代に生きてその時代の背景を理解した上で
その時代の改善を求めるような意識と知識を語っていたと思います。
別の時代において、彼らの業績を
私達はそのまま再現することはできないでしょうし
彼らの目に見えている上辺の姿を真似てみても
他人の魂に訴えかける事は出来ないと思います。
それは私達がそんな人間達の上辺や知識ばかりを真似るからであって
ここでも大切なのはその実質であり、私達が理解すべきは
彼らが一体どんな想いを持って生きていたのかと言うことのはずです。
そして模範とした人間を美化してはそれを100点の解答として崇拝し
それと異なる価値観を排除しようとするのではなくて、
多くの先人達の想いの中から共通の意識を見出すことで
私達はそこから学ぶ事が出来るはずだと思います。
イエスキリストに限らず、いくら素晴らしい人間達が素晴らしい知識や、
多くのためになる話を披露してくれたところで、
私達の様に、その人間の主張の上辺だけを受け止めたり
視覚から認識できる姿ばかりに囚われるのでは
私達は偉人の業績の実質を捉えることは出来ません。
私達を導こうとした人間達は、それぞれ表現が違っても
人としてあるべき姿を、
そして私達が知るべき真理の知識を
魂と言う自分の実態そして創造主の意志であるものを受け止めて
表現していたのだと思います。
私がそう確信できる理由は、言うまでもなく天使達の想いです。
多くの天使達がこの地球社会の中で偉人として
あらゆる分野で活躍したとアダムスキーも触れていました。
例えばアダムスキー本人は明言していませんでしたが、
アダムスキーも中国に生まれた事があると言う話を側近にしていて、
その側近はアダムスキーを、
老子といわれる人間達に由来ある集団の一人だったかもしれないと
語っていました。
イエスキリストという肉体を持っていた魂は、
あるときはエリアでありある時はモーセであり、
更に其の以前はアブラハムであった可能性があります。
イエスに関しては聖書の歴史を作り上げてきた中心人物で、
おそらくは地球社会にとっての
昔からの指導者(マスター)ではないかと思います。
「アブラハムよりも以前から私は存在していた」
というイエスキリストの言葉は嘘ではないのです。
彼らは地球社会に目に見えない多くの影響を与え続けていた人間達。
私達が認めようと認めまいとそれは事実です。
アダムスキーの著書の中では、各惑星の代表の席の隣に
マスターと言われる各惑星の指導者が座っていたと言う記述がありますが
その12人の偉大なマスター達は皆が
地球社会において私達の社会に影響を与えたことがあると言う話でした。
私達の知っている偉人達の中に天使の世界のマスターは存在してたのです。
そんな人間達の思想の中から何かを学び続ける事ができたような人間は
彼らの想いの通りに、永遠の命を持つまでの進化に至ったのだろうと想像できます。
そして今この社会の中に残されている私達は、
それが新しく生まれてきた魂を持った存在でなければ、
皆がこの社会の中で創造主の法を落第をし続けている人間なのだと
私は繰り返し触れています。
私達は学ぶべき事を未だ学べていないからこそ
この地球社会の中に取り残されている。
それを自覚する事ができたのが私の兄弟姉妹達だと思います。
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天使達の協力は思想にとどまりません。
思想が私達の精神的進化だといえますが
物質的な進化にも彼らは強く関わっています。
時には地球社会に紛れ込んで、時には其の想いをもってです。
(テレパシー)
今の地球社会は哲学や思想よりも科学を重視する傾向にあります。
私達の共通認識が心が司る器官に限られていること。
そしてその中でも視覚といわれるものによって
私達は実証性を感じる事になっているからです。
目に見える実証性のあるものを私達は”現象”とか”存在”と呼んでいます。
そしてその現象を引き起こしているのは”原因”と言われるものでした。
科学者はその”現象”に着目してはその”原因”を追究する
スペシャリストです。
そして彼らの手によって科学は進歩してきました。
彼らは現象として現れている”結果”から”原因”を追究し、
その原因も現象であれば、そこから更なる原因を追求すると言う姿勢を続けることで
更なる因を求め科学を進化させ続けてきたと言えます。
でも科学者を、”現実的で目に囚われている存在”だと
認識するのは間違いだと思います。
本当に探求心を持って研究をしている多くの科学者が
最後に行き着く”因”は”創造主の法”だからです。
私達は結果として報告された”現象”を知ることになるので
科学者が”現実”と”現象”という目に見えるものだけを
追求している存在だと思いがちです。
しかし因を追及し続けている彼らは
最後には決まって超えられない壁へとぶち当たる事になります。
つまりそこで自分の目に見える事の限界に気がつくのです。
例えば、気象変動が起きて、
それが風や嵐や積雪と言う現象として現れたとします。
其の原因を追究すれば、今度はそこに雲の発生や降水、
気圧の存在、温度差の存在を発見します。
しかしこれらは未だ現象です。
この現象を引き起こしている原因が存在していることになります。
そこで其の原因を追究すると今度は
例えばそこに気圧を移動させたりしているジェット気流の存在を
意識することになります。
しかしこれも未だ現象です。
其の現象を引き起こしている更なる原因を追究すると
私達は電離層といわれている場所においての活動が
その下の空間に気象変動を引き起こしている事を知ることになります。
更に其の電離層がどんなメカニズムを持って其の変動を齎すのかを
追求することになります。
では其の電離層に変動を齎している原因は何なのか?
ひとつには太陽からの放射線でしょうし
それに含まれる宇宙線の多くが電離層で吸収される現象や、
その結果昼間には電離層が広くなることを私達は知ることになります。
一方では其の電離層に”急激な影響”を齎す原因があるからこそ
”異常な気象変動”も起きていることになります。
それに関しても私達は見ることが出来ませんし
当初はそれを現象として推測することにもなります。
そこまで全て説明できたと仮定しても、では今度は
”なぜに電離層と言われる空間が
出来上がっているのか”
という話にもなります。
電離層があるから気象変動が引き起こされるとしても、
其の電離層自体が何故にその場にあのような状態として
出来上がるのかということを私達は説明する事は出来ません。
そこには何らかの力が存在している、もしくは
何らかの法則があるのだろうと私達は理解することになるはずです。
一方研究が進んでいないころは電離層の中に存在している
イオン化した粒子の存在すら私達は認識できなかったはずです。
全ては見えないものを追求した後に
たどり着いたのが今の科学の進化なのです。
更に素粒子の発見で、目に見えない多くの物の正体が
現象として説明できるようになりましたが
そしていまだ解析されていない”因”が山ほど存在しているのが
私達の科学の実態だと言うことです。
付け加えれば急激な気象変動の裏には、
激しい電離層の異常が伴った事になりますし
(おそらくは電離層を経由しなくても
大気に影響を齎す技術もあるのですが)
其の電離層に異常を齎すことが出来る
科学力も存在していて
それこそがハイテク電磁波兵器の一つHAARPですし
それが大雪警報の出ているこの最中に
激しく動いていたことも触れておきますね。
話は飛びましたが、
現象の原因を追究していくと、そこに働いている力は、
私達が目を持って現象として認識することができる
ものだけではないと言う事実に行き着くのです。
私達は自分の肉体で起きている現象含めて、
それを”更なる現象で説明する知識”を知ることで
それが当たり前だと認識しています。
時にはその因を知る事なく「こんなものなのだ」と思い込むことで
その不可思議を追求する事も止めています。
子供視線で質問された時に私達が答えられないことが多いのは、
私達が昔は疑問と感じていた事をそのまま理解せず放置しておき
その上で「それはそんなものなのだ。」
と自分の中で自己完結している証拠に過ぎません。
例えば私は”燃焼”と言う現象を説明する事ができないのです。
火はなぜ燃えるのか?
そこで熱や酸素が必要とされることを理解していても
その結果炭素が目に見えて残される事は理解できても
物質が火というエネルギーに変化しているらしいことは判っても
燃焼というその現象を正しく説明できません。
でもそれは私だけではないと思います。
私達は知ったつもりになっているだけで
実は身近な現象に関してもその因を正しく追及などできてはいない。
そして自分が何も知らない事を理解していないだけなのだと思います。
しかし天使達の社会の人間達はそうでありませんし
この社会の中の賢明な科学者もです。
この社会の科学者達は、因なるものを目を持って、耳を持って
理解できる範囲で追求し続けますし
それを知った私達は目に見える因を再び”現象”として認識しますが
科学者は其の現象を追求して行った後の
”目に見えない因”にぶち当たる羽目になり、
其の時に私達が知覚と呼んでいるものの限界を知るのです。
其の時に見えない因を生んでいるものを理解することになる
そこに見えない大いなる力の存在を感じることになります。
天使達はそれを”偉大なる英知”と表現していますし
私達はそれを創造主の法だと認識するにいたります。
つまり賢明な科学者であれば誰もが創造主の法の存在を意識するのです。
今のこの社会の多くの科学者が、地球の法則お抱えであったとしても
少なくとも其の姿勢が真理を探求を続ける意識に基づいていれば
殆どの科学者は創造主の気配を感じていることになります。
そして私達が知覚と呼んでいる物の限界を知っているはずです。
地球社会の科学の発達においても、
「目に見えるものを意識したばかりに私達は失う事となったものがある」
と言うのがアダムスキーの話でした。
それはゲルマニウムラジオの話で、
藤原氏の著書の中で取り上げられていましたが、
私達が電気エネルギーを与えることなくても、
自由エネルギーを取り込んで稼動するものだったと言うことです。
トランジスタの発明が電力供給へと繋がり
私達は自由エネルギーを使用する機会を失い今に至るのです。
目に見える機械と、それに併せて目に見えるエネルギー
もしくは私達の認識しているエネルギーを使用することで
この社会の科学は進化してきたわけですが、
一方では目に見えないエネルギーを私達は失ったことにもなります。
つまり聖書の教えで、
イエスが「見えているが見てはいない」と言ったように、
アダムスキーが「私達は人生の半分しか認識していない」と言ったように、
科学に関しても視覚に囚われてそれを全てとすると
理解すべきことの半分しか理解できず
それを全てだと誤解する羽目にもなるのだと言うことです。
そして天使達の社会の科学力の進化の仕方は
私達の社会とは異なっているであろう事も想像がつきます。
彼らは目に見えないものを理解出来るからです。
創造主の法則を理解すれば、
そこに因が存在することを理解すれば、
そこから逆に現象を導き出すことができます。
彼らは”私達の見た事のない聞いた事のない物を
全て持っていて与えてくれる存在”に
それを求める事が出来るのですから
発見にしても技術の進化にしても
最初に方向性が示されることになるのです。
方向性を与えられる事で私達の探求の作業が容易になることは
言うまでもありません。
まったくの試行錯誤ではなくて
そこには見据えるべき方向が示されているからです。
そして私達が理解していないのは、
実はこの社会の近代の科学力の多くが
天使達の知識に基づいていると言うことです。
アダムスキーが太陽系に三つのアステロイドベルトがあると言えば、
それを前提に探索すればそれは見つかることになりますし
現にエッジワースカイパーベルトと言うものが
二つ目のアステロイドベルトとして発見されていますし
三つ目にしてもNASAはすでに発見しているであろう事も想像がつきます。
この場合の作業は、前もって知識が与えられているのですから
あとはそれに基づいて裏づけを取ればそれは発見・実証されます。
DNAについての知識を与えたのも
地球社会の研究者に知恵を与えた天使達のおかげだと言う話ですし、
素粒子などに関してはアダムスキーが
50年前には”光よりも早い物質がある”と言う話含めて
原子よりも小さな存在として地球社会の科学者達に紹介していた内容ですし
おそらくは今の多くの科学は、天使達の持っていた知識の立証
と言う作業の上に進化してきたのだと想像できます。
私達はそれを天使達から与えられましたが
彼らはそれを”偉大なる英知”から受け止めることになります。
それを立証し現象として作り上げていく。
彼らの科学は現象を現象で追及していく作業ではないのです。
彼らが創造主の存在を大前提にしていて
それを当たり前としているが故にそんな方法が可能になるのであって
視覚だけに囚われている私達の社会の指針だけでは
科学には限界があることにもなります。
今この社会は、天使達の知識から、
音響や電磁場含めてあらゆる”振動”や”周波数”を研究していくことで
進化を果たしていますが
其の知識を使用し尽くせば
其の先には指針は見えてはこないと思います。
ドイツのロケットの父と言われた
オーベルト博士はアダムスキーとの面会の時に博士が語った内容に関しての引用です。
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私はある研究所に八日間いたことがある。
そこには少なくとも六人の男がいたが、そのなかにオーベルト教授がいた。
これは一九五四年のことだ。
彼はベリー航空機会社に勤務していた。当時、このオーベルト教授も一緒だった。
(訳注=ヘルマン・オーベルトはドイツのロケット工学の権威者。
物理学と数学の教授で、一九二三年に宇宙空間を航行するロケットの基礎理論を確立し、
後にフォン・ブラウンらの協力で開発した円錐エンジンは、
ドイツのロケット工学の進歩に重要な役割を果たした)
そのときオーベルト教授が私に言った。
『われわれだけでは、とてもこんな素晴らしい科学の進歩はとげられない。
私たちはずっと援助を受けてきたんだ』
私は彼の言う意味を理解していたが、もっと彼の話を聞きたかったので、
『それはどういう意味なのか』とたずねた。
すると彼は『このことはあなたも知っておく必要がある』と言うので、
『私が?』と聞くと、彼は
『いいかい、私たちはこれまで宇宙人たちに助けられてきたんだ』と語ったのだ!
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私が最近ニューヨーク州バッフアローにいましたとき、
私はベル航空機会社の宇宙ステーションで
ロケットの偉大な科学者であるオーベルトと語り合いました。
多くの事を話しましたが公然とは話せない内容です。
ただこう言ってよいでしょう。
あなた方はまじめですから、皆さん方も望みさえすれば体験を持つことができるのです。
しかし何か他のものに自分を導かせる必要があります。
人間を成長させた、そして自然から遠く離れてしまった
伝統的な古くさい基準に頼ってはだめなのです」
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科学を極めた人間が語った言葉は、
其の科学が創造主ではなくて天使達によって導かれてきたと言う内容でした。
オーベルト教授は閃きの正体に気がついていたのです。
天使達はあくなく探求を純粋な意志で続ける地球人に対して、
常に想いによって支援していると言うことを
こんなところからも知ることになりますが、
(テレパシーによる閃きや印象です)
この場合は魂から創造主の印象を知識として受け止めたのではなくて、
それが難しいであろう私達に対して
天使達が其の代わりの役目を”想念”を使用することで
果たしてくれたのだと認識できます。
こんなことがこの地球社会では科学の側面でも
続いてきたのだと言うことを私達が理解できないだけです。
思想だけでなくて実は科学の発展にしても
私達は其の多くを彼ら天使達の恩恵を受けてきたわけです。
おそらくは私達が一日も早く彼らの仲間入りが出来るような
そんな時代が来るようにという意識を持っての物だったのでしょうが
一方では精神の進化が伴わなかったことが災いしたか
サタンの会派のエネルギーがこの社会では強力すぎたか、
今では精神的進化と科学の進化のアンバランスな人間が
分不相応な科学力を持って暴走を始めたのが私達の社会なのです。
私達が”科学は神秘的なものと無縁だ”と考えているのは
私達が科学者の発表した業績を”現象”として認識しているからにすぎず
彼らは同時にその発見の裏に潜む因を感じることになるのですから
常に見えない因を意識し続ける立場にいることになります。
(新たな何かを純粋に発見しようとしている人間達です)
彼らは見えないものを追求していく中で
創造主の法を感じ続けているはずだと言うことです。
既存の知識の発展を推し進めることだけが科学の進化だと思っているからこそ
私達は先細りの文明と科学力を築くことになる。
そこでは因を求める意識は不要だからです。
一方では精神的進化の伴わない科学の進化がこの社会を
それを使用できる立場にいる人間達の独壇場にしようと
しているのだと言えます。
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話を思想に戻せば、
私達の世界史などの教科書にも出てくるような偉人は
少なくとも其の後の時代の多くの人間にも大きな影響を与える事になりました。
それを魅力的であると受け止め
それに習った人間が多かった事も想像が出来ます。
でも彼らは自分の外に目を向けるのではなくて
主として自分の中にこそ目を向けた存在であることは
誰もが認めるはずです。
彼らは自分の心の動きを分析し自分のもう一つの意識の経路を自覚し、
それらの働きをも意識しながらこの社会を見つめていたのだと思います。
今の私達の様にです。
其の視線で見つけたところの価値観が、それぞれの時代の多くの人間の魂に共鳴し
其の人間の思想の偉大さを認めさせた。
其の偉人に学んだ多くの人間達は
其の人間から何かを学び進化を果たしたかもしれません。
思想の面でそんな役目を果たしてきたのも太陽系の天使達。
全てではないでしょうが多くの偉人の思想の裏には
創造主の法が存在していたと言う話にも繋がって来ます。
偉人と言われた人間達の存在していた時代とは
かけ離れている今の時代ですが、
それでも私達はそんな偉人の言葉から何かを学ぶことが出来るはずです。
そこで彼らが語ったのは、現象を捉えた物だけではなく
彼らが共通して見ていたものは自分の内にこそ存在しているからです。
そして彼らが自分の内に見つめていたものは
どの時代であっても変わるものではありませんし、
それは私達が真理と読んでいたものの断片のはずです。
それはいつの時代であろうが変わることのない
この宇宙空間における真理としての創造主の法であり意識です。
私達が偉人から学ぶべきは其の表に対して見せていた姿や
額面どおりの言葉ではなくて、
其の人間が語っていたことの本質であり
それを語らせるにいたった意識です。
私達はイメージや印象として其の断片を与えられただけでなくて
生きた創造主の法をそんな人間達からうけとめる機会を
常にもてるような環境にあったのだと思います。
私達の文明の進化と発展は自分達の手柄ではなくて
実はそんな見えない存在の地球への想いによって
支えられ続けてきたものであると言うこと。
それを理解することで今の地球社会の置かれている実態を理解し、
私達が常識と呼んでいるものだけが全てではないということ、
更には私達を常に応援し続けている人間達が
この太陽系に存在しているのだと言う実態を
認識してほしいと思います。
私の想像では、危険な状態にあったこの社会の中の
私達の地球の波動を高めてくれているのも
(人口増加含めて)
そして地球社会が急激なポールシフトになることを
抑えて来てくれたのも、
この社会で起こりうる悲劇を最小限に抑えて居るのも
おそらくは彼らだと思います。
彼らスペースブラザーズの合言葉は
【地球人の苦悩を光の前の暗黒のように消すために
宇宙の創造主を地球の道しるべにしよう】
彼らのそんな実態が理解できる人間で溢れる日が来れば、
きっと彼らもこの社会に姿を現すときがくる。
そして其の時は少なからず今よりは平和な世の中が
この社会の中に出来上がっている事でしょう。
天使がこの社会を見捨てない限り、
サタンと天使の見えない戦いはこれからも続く事になるのでしょうが
天使達の想いが私達の世界を支えている事を
忘れないで欲しいと思います。
そして彼らの想いは私達は誰でも受け止めることが出来るはずです。
魂の経路を開いてそれを聞いて下さい。
【貴方に無限なる力の祝福がありますように】
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