穴と橋とあれやらこれやら -270ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2011年12月14日、初めての掛川探索。この日のネタで記事にしているのは百合切隧道大城隧道岩谷隧道。今宵ご紹介する「牛ネタ」(笑)は、百合切隧道に続いて訪ねた物件。

 

 

 

一旦車で突っ込んだが、バックで出てきた。

いやいや、こんなん期待してはいなかったんだが。場所はコチラ

 

県別マップルでは普通に描かれていた隧道表記、今回もあるあるな展開だったわけで。

 

 

 

 

 

徒歩にて「旧道」へと進んでいくと…

はいハイ廃。確定ですな。

 

ここは当時、それほどメジャーでもなかった気がするんだが(少なくともわたくしは予備知識なしで出会った)、その後いろんな人が採り上げてきた。何年か前にはあの大御所が記事にしたことで決定的に「売れた」。塩漬けにしてたわたくし、すっかり出遅れてしまって。この機会に出せて良かったヨカッタ(笑)。

 

 

 

 

そのお名前は…

読めません(爆)。

 

現地ではこの破損した文字を脳内変換してなんとなく答えを出していた。まあすでに記事タイトルにしてしまってるわけだが、もう少し後で美品をお目にかけるので、しばし。

 

それにしても、このコンクリブロック二重アーチ、なかなか珍しいんじゃないだろうか?

 

 

 

 

当日にはこんなとこまで登ってるのに、

完全に上には登らなかったのよね。今となっては後悔してるが。

 

というのも(先にバラしとくが)、この上には先代隧道がわずかに開口してるのだ。それを知ったのは後年のどなたの記事だったか。しかしながらこの日のわたくし、これに気づくチャンスがあったのだ、しかも二回も。

 

最初はまずこの時だった。ここまで中途半端に登りながら、どうして上を確かめなかった!このバカチンが!

 

 

 

 

では気を取り直して(って、現地ではなにもわかってないわけだが)、洞内へ。

これはなんだね?刈り払われた木が突っ込んであるのか? 

 

 

 

 

 

振り返りの、鉄板の構図。

現役と廃を隔てるエッジから廃側に転びつつある、そんな感じを受けた。

 

 

 

 

 

洞内はやはり、

側壁を除いて全面的にコンクリブロック造。

 

 

 

 

 

しかも、

めっちゃ状態よくないかこれ?

 

あまり見かけない風合いに仕上がったコンクリブロックによる巻き立ては、非常に美麗だ。

 

 

 

 

 

東側の、鉄板の構図。

こっちも、なんかようわからん木?が突っ込まれてるな。

 

 

 

 

 

ここまで、扁額を除くとほぼ状態が良く見えたこの隧道だが

この東側にはポータルを一周するクラックが入ってしまっていた。これは良くない。

 

 

 

 

 

こちら抜けまして~の、

東側坑口。

 

 

 

 

 

西側と比べてこちらの扁額は美麗で、刻まれた文字もくっきりと判読できる。

つうわけで、今さらながら「牛渕隧道」であります。

 

まあ、美麗と言いながらも「隧」の真ん中で真っ二つにクラックが入っちゃってるんだけれども。2021年現在でどうなってるのか、心配ではある。

 

 

 

 

 

で、その左端にですな…

(ウッ、ボケてる)昭和六(?)年十二月竣功と刻まれているのを発見した。

 

そう、この時点でこれに気づいてたのがミソなのだよねえ…。

 

 

 

 

 

この擁壁前のお地蔵さまに手を合わせ、

そこから視線を上げると…

 

 

 

 

 

こういうのがあったんですな。

そう、これは間違いなく隧道竣功碑だ。

 

 

 

 

 

大きめの写真で貼ってみる。

わたくし、下からの目視の時点で、左端にある「大正元年」の文字に気づいてしまった。

 

あれ?って思った。扁額には昭和六(?)年って刻まれていたのに、って。そして碑文を読んでいくと、「明治四十三年十二月起工、四十四年十二月竣工」って記述まで発見しとるのですよ、現地でね。

 

 

そこまで気づいてて、なんで旧隧道の存在を疑わない?…ってなりますわな。

 

 

けど現地でのわたくし、明治隧道の改修された姿がこれなんだろうと思ってしまったんですな。残念なことに…。

 

 

 

時を戻そう。…とはならない。以降、再訪はできていない。

 

 

 

 

最後に、東側を引きで見てみると、

こんなセキララな感じなのだ。

 

先日ご紹介した久保原隧道なんかと同じく、現道には隧道を設けずガッツリとオープンカットでクリアしてるパターン。これなんか悲しくなるのはわたくしだけ?

 

 

 

もちろん、現道を使わず、隧道を抜けて車に戻った。すぐそこにいたはずの初代隧道はスルーして。残念。

 

 

ああ、今年は行きてぇな、静岡。

 

 

 

 

以上、本年の干支ネタでした。

 

ここ数年、年始のお約束といえばその年の干支にちなんだ名前の物件をやるのが通例となってるのだが…

 

「丑」が見つからなーい。

 

「丑」と付く物件は知ってるのだが、記事になるような写真を撮ってないのだった。くっそう。つうわけで、しかたなく「牛」で手を打つことに。

 

 

が、実は「牛」さえもあまりなかった。「馬」はけっこうあったんだが。「牛馬」と呼ばれるように古くから人間の暮らしに近しい存在だったはずの両者だが、「牛」より「馬」のほうがより重要な存在だったんだろうか?

 

 

余談だが、わたくしがこれまで記録してきた橋3,652本の中で、名称に「牛」を含むものは「牛淵橋」「臥牛橋」「小牛田橋」「牛島下橋」「牛島橋」「牛飼道橋」の6本。トンネル/隧道に至っては「牛モノ」は2,472洞中2本しかなかった。(2021年頭現在)

で、これ完全な偶然なんだが、わたくしの11年のキャリア(謎)の中で、これら6本+2洞は全て2011年10月27日~2012年7月28日の9ヶ月の中で記録していた。なんか凄くないすか?この集中っぷり。

 

えっ?それがどうした?それは言わない約束じゃないの…(笑)。

 

 

 

で、この2本の「牛モノ」隧道、これまた偶然にもどちらも静岡県の物件だったり。ひとつは「田牛隧道」、もうひとつが…

 

さよう、今回のお題。

 永らく記事にしそびれてたし、ちょうど良かったわ。

 

 

 

【本篇】に続く。

 

 

 

今年の年始一発目は、もうこれしかないっすね、と。

 

比叡山延暦寺・角大師(つのだいし)の護符

 

ご存じの方はおられる?京都や大津あたりの街中を歩いてるとしばしば目にする

「最強の(個人の意見です)疫病除け護符」であります。異論は認めません(笑)。

 

詳しくはわかりやすくまとめられたコチラ

 

 

 

この角大師護符、平安時代の僧で比叡山延暦寺中興の祖、元三大師(がんざんだいし)に由来するもので、当然ながら延暦寺の元三大師堂が本場?ですが、天台宗のお寺であればいただけるところも多いです。一度皆様お住まいの地域でも探してみられてはいかがかと。郵送してもらえるところもあるようですので、よろしければ。

 

余談1…比叡山延暦寺を京都のお寺と思ってる人が多いのですが、あれ滋賀県大津市ですから!そこんとこちゃんと覚えといてたもれ(笑)。

余談2…元三大師がらみではこんなのを記事にしております。なんでも対応しますぞ(笑)。

 

 

 

新型コロナと上手くつきあっていけるのかどうか、重要な局面となる今年、とりあえずは少しでも早い収束(「終息」は無理なので)を願って、角大師に降臨していただきました。今記事画面をプリントアウトして玄関に貼っておけば…貼ってないよりはマシかも(笑)。

 

 

コロナとの関わりにおいて、2020年よりはマシな年になりますように…。

 

 

皆様、今年もよろしくお願いいたします。

健康第一で安全第一、どっちも第一で参りましょう!

 

 

 

 

昨年同様、【探索/OFF篇】に続いて個人的ニュース篇をやる…んだが、いや~、昨年は10大ニュースってほどに色々トピックがあったけど、今年はそんなにないなあ…。まあ挙げてみましょうか、ってことで。

 

 

 

まあ、ねえ。今年はなんつってもコロナ、コロナ。COVID-19に尽きるでしょう。言うても(笑)。

わたくし3月にこんな記事を書いとりました。読み返すと汚い言葉遣いで申し訳ないんだが、考えは(そして残念ながら状況も)全然変わってない。あーあ。

 

 

良くも悪くも(悪いほうが圧倒的でしょうが)その影響を受けなかった人は皆無なはずで、わたくしとしても覆いに 大いに仕事上で影響を被った。まる2ヶ月自宅待機やったし、在宅勤務が増えたし、収入は減ったしボーナスもなかったし(以下略)。

マスクをするのも大嫌いなんでこれも大いに苦痛やけど、まあこれはもう慣れたかな、否応なしに。

 

 

 

当然ながら、この全世界的な災厄が第1位…

 

 

 

 

ではないんですな。コロナ禍は2位かな。

 

 

 

1位はやっぱり、2月上旬に父親を見送ったこと。昔からやたらと元気で、ヨユーで百まで生きるだろうと思ってたので、こんなにあっさり逝くとは、って信じられない感じだった。

タイミング的には、まさにコロナパニックの寸前、ぼちぼち深刻に捉えられ始めていた頃。なのでまだ普通に病院に行けたし、病室で実際に触れたりもできたのは、思えばありがたかった。まあ入院2日目からはもうしゃべれなかったので、言葉を交わせることはなかったけど…。

 

父はコロナじゃなく誤嚥性肺炎で亡くなったのだが、あの呼吸器をつけられての辛そうな姿は、きっとコロナの重症患者もあんな感じなんだろうな…とリアルに想像がついて、怖い。

 

 

 

 

 

ああ、結局今年も重いですな(笑)。

昨年も上位は重いニュースばっかやったけど。

 

 

 

 

 

気を取り直しての3位は、例のガチ遭難から1年で謹慎が解けたことかな。

 

正確には明確に謹慎を言い渡されてたってよりも、あんなことやらかしたからには、という反省の気持ちで自粛していた、ってニュアンスが強いんだが、まる1年になる9月末に遠征に行きたいと奥様に言ってみたところ、止められることなく送り出してくれたので、あ~、とりあえず許してもらえたかな~と。嬉しかった(笑)。

その意味でも9月末の東濃~中濃徘徊は想い出深いものになりましたな…。

 

 

 

 

 

 

4位は…つい先日のこと。これまで買い替えを控えていたもろもろ…テレビ、パソコン、掃除機を一気に買い換えたこと。これは快挙といってよい(笑)。

 

パソコンはまだ繋いでないけど、

年明けにインターネットのプラン変更をしてから設定しようかなと。

 

嬉しいのはテレビで、テレビ自体はそんな見ないのだが、ブルーレイ、DVD、CDのプレイヤーが内蔵されてるので、これで晴れてちゃんと音楽が聴ける!以前どっかで書いたが、これまでウチにはプレイヤーの類いが一切なかった(故障していた)ので、音楽を聴くならYouTubeかあるいは車に乗るしかなかった。

さらに言えば、テレビの録画機能も壊れたまんまだったので、今やどこでも常識のはずの「録画しといて後で見る」ができなかったんですな。なんつう家だ(爆)。

 

 

 

 

 

5位は、昨年の個人的ニュースで結構な字数を費やして書いた「娘」(ウチに子供はおりません、念のため・笑)が、いろいろな事情により退職しちゃったこと。これも実に寂しいニュースだったが、新たな人生のステージにおいて健康で幸せに過ごしてくれれば…と、関西のお父さんとしては願うばかり。今も時々メールでやり取りしてるが、いつまでお父さんと呼んでくれるやら(笑)。

 

 

 

 

 

6位は…なんだろう。昨年(正確には一昨年)のBABYMETALに続いてBAND-MAIDにハマったことかなあ。

あんまりいいことのなかった今年、人生にハリをもたらしてくれたので、もう感謝するばかり(笑)。いや~カッコいいバンドだ。

来年はついにLOVE BITESあたりを聴き始めるんだろうか?

 

それにしても、ピンポイントに特定のアーティストに集中して聴きまくるスタイル、なんでこういう感じになったのか、我ながらよくわからない。昔はこんな聴き方じゃなかったのに。

 

 

 

 

そうそう、7位はBABYMETALの紅白出場かな。これにはいろんな意味で驚いた。

そういえば、今日ネットニュースで見た「2020年の紅白歌合戦、紅組で楽しみな曲は?」っていうアンケート。えらいことになってるやないの。リンクは↓

 

 

年明けにはリンク切れするだろうから、スクショを貼っとく。

 

これは30日15時30分ごろ時点での集計状況で、なんとあの某新進人気グループを抑えて1位とか。これって…組織票か(笑)?じゃっかん気持ち悪いけど、まあここは素直に喜んでおこうか。

 

 

 

 

そして8位。我が人生で初めて、車をパンクさせたことを挙げときましょうかね。近場だったこと、スローパンクチャーで、帰ってくる間には問題なかったことはラッキーだった。そもそもパンクの原因になった道は心当たりがあるんだが、そのネタはお蔵入りしそうな空振りだったっていう(笑)。悔しいから無理やりやろうかなあ…。

 

 

 

 

 

ハイッ!というわけでね!(久々)

 

 

 

こんな感じで挙げてきたけど、これ以上は出ないっすわ。つうわけで、8大ニュースか。シケてんなあ。しかも暗くて地味な話ばっかりやん。ハッピーなニュースは4位と6位、7位くらいか…少ねぇ(笑)。まあ4位以下は順位もあってないようなもので、総じて大していいことなかったね、って。

 

(写真はイメージです)

 

 

 

今年の記事投下は、本記事が最後となります(たぶん)。お付き合いいただいた皆様、本年はお世話になりありがとうございました。来年はもうちょっと素敵なニュースを書けるような年であればいいな~…って、去年と同じようなシメ。おあとがよろしいようで。

 


 

 

 

恒例化しつつある(ありがちすぎるけど)、年間の振り返り記事。今年はここ10年でもっとも不毛な年だったので記事にするほどの中身もなさそうだが、一応振り返ってみましょうかね。

 

 

最初のトピックは、2月4日。かねてからお会いしてみたかったブロ友の神威さんとサシ呑み。

現在ブログはお休み中。再開されるのを楽しみにしてます。今年こそどっかにご一緒したいですね!しかしこれ、もう何年も前のことのような懐かしさが…(笑)。

 

 

 

お次は、3月末~4月にかけての久々の鹿児島出張。

この間に2回休みがあったので、それぞれお出かけできたのが、実質今年初の活動だった。ここまでの間に色々あったから…。ダイジェストはそれぞれコチラコチラ

 

 

 

 

その次は5月17日、コロナ禍のもと、全国的にSTAY HOMETOWN(自県から出ないように)が呼びかけられていた中で出かけたSTAY HOMETOWN@滋賀徘徊ツアー

実に久しぶりの県内徘徊では再訪物件がほとんどだった。この穴もずーっと記事にしそびれているやつで。なにしろ写真が多くてめんどくさいのよ(笑)。まあいつか必ず。

 

 

 

 

6月前半には、4月に次いでの鹿児島出張。今度こそは!と唯一の休みにはチョー久々、レンタカーを借りての超タイト駆け足周遊を敢行した。これは慌ただしかったけど楽しかったな~。

コイツを含めて、イイ記事になりそうなネタがまだゴロゴロある。タイミングを見て出していくつもり。

 

 

 

 

 

6月29日には、STAY HOMETOWNが明けての県外徘徊

県外といっても滋賀から直近の福井県若狭方面ではあったけど、自分好みの小ネタをいくつか拾えたし、満喫できた。

 

 

 

 

7月23日には、福岡出張唯一の休みに敢行した、雨中のチャリ激走佐賀弾丸ツアー(笑)。

これは我ながらようやる…と思ってしまったが、改めて佐賀の底なし沼を実感した日だった。

 

こう見ると今年、けっこう九州出張多かったなあ。つうか、活動ほぼほぼ出張がらみやないの。悲しい~。

 

 

 

 

そして9月21~22日、出張がらみでない遠出としては昨年11月の六厩川橋アタック以来となる、東濃~中濃徘徊(1日目2日目)。昨年9月のガチ遭難以来の謹慎がついに明けた、わたくし的に記念すべき2日間だった(笑)。

既に記事にしてるがこの新発見も含め、個人的充実度も満点。大満足の久々遠征だった。

 

 

 

 

 

11月28~29日には、福井県宿題回収ツアー(1日目2日目)へ。2日目の山神さんたちとの合同探索に合わせて組んだもので、県内に点在するシバキ残し案件をだいぶ回収できた。

念願のこちらはやはり圧巻だった。早めに記事にはするつもりだが…山神さんとカチ合わないように注意しないと(笑)。

 

 

 

 

 

そして12月6日に参加した、おろろn教授主催のミステリーツアー、終わり佳ければ全て佳しOFF

2週連続でOFF参加できるなんて…と謹慎明けの嬉しさを噛みしめたものだった…集合場所間違えたけど(笑)。

 

 

 

こうして振り返ると、思ったよりはヤっとるなあと(笑)思ったが、実際には9月の東濃~中濃徘徊ツアーに出るまではずっと謹慎中で、出張の時にこっそり羽を伸ばしてた感じ。どっか後ろめたくていやだった(えっ?そうは見えない?)。謹慎が明けて、ホントに嬉しい(笑)。

 

まあ正確には、謹慎というよりは自粛、ですな。もう二度とゴメンだわ。

 

 

 

今年にはさすがにもうどこにも行かないと思うけど…もしかしたら気になってる小ネタを片付けに、ごく近場でヤるかも?

 

 

まあ、今年はこんなところで。来年はもっと充実することを願って…。