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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

今日は記事を上げない予定だったんだが、ちょっとビックリなラリー動画を見つけてしまったので、急きょアップしてみる。

 

 

これ見て、吹きましたわ。

サムネ画を見ての予想を、たぶん上回る速度だと思う(笑)。

 

こんなエグすぎるコース設定って、誰が考えたんだか。あるいはリエゾン区間なのか?つうかそれ以前に、よくもまあ住民がOKしたなと。いずれもさすがとしか言いようがない。

 

 

しかしラリードライバーって、こんなこともできるんかい!なんなのこの人ら(笑)。

 

 

 

同タイトルの記事を書いてから約1ヶ月経ったが…。

 

 

 

 

「世界終末時計」ってご存じだろうか。わたくしは「核の時計」という名前で憶えていたが、正式名はこうなのだそうで。

 

 

それは実在する時計ではなくて概念的なもので、核兵器の脅威などによる人類滅亡を「午前0時」とし、それに対して今現在は何分前あたりにいるのか、を示すもの。…という理解でたぶん問題ないと思う。興味のある方は調べてみてくだされ。

 

確かアメリカの科学誌かなにかに掲載され続けているものだが、1947年に始まった時は7分前だったこの時計、さてこの2022年、いったい何分前となっているのか、ご存じだろうか?

 

 

答えは、過去最短となる100秒前

 


しかもこれは、ロシアのウクライナ侵攻よりも前に記録されたものである。つまりこの世界終末時計によれば、まさに現在進行形で、過去最悪となる人類存亡の危機の中に全世界が置かれている、と言えるわけだ。

 

 

 

 

そんなわけで、IRON MAIDENのこの曲、

“2 Minutes to Midnight”。

 

真夜中まで2分前、とは、もちろんこの「世界終末時計」を指している。楽曲については割愛するけど、このブログには絶対にわたくしの好きな曲しか載せない、とだけ書いておこう。

 

 

 

 

 

この曲が収録されたアルバム

「POWERSLAVE」が発表されたのは、1984年。この年の世界終末時計は3分前だったようで、2分前とはいわゆる非常事態だったわけだが、現在2022年、ここをも超えちゃっているという状況には、戦慄を禁じ得ない。1分40秒じゃなく100秒と書かれると、なおさらキュッとくるものがあるよね…。

 

 

いったいこの悲劇的な戦争がどういう決着になるのか、非常に気がかり。これ以上恐ろしいことが起きないよう、願うばかりだ。

 

 

 

 

このシリーズも記念すべき50回目ということで、ふさわしい物件は…とここしばらく考えていた。

 

で、思いついたものをご紹介。2020年1月4日、年頭の三重県散策より。この日のネタで記事にしている平谷橋細野橋よりも前のこと。

 

 

 

だいぶ昔、インスタで写真一枚だけ上げたんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これならば節目の回に相応しかろうと思うのだが、いかが?

 

 

ロケ地:津市某所…って、ほぼ場所は明白だが(笑)。

 

 

2017年6月15日、福岡出張の仕事前に訪ねた大濠公園で橋をチェック。

 

 

観月橋松月橋に続いて現れたのは、

こちらの橋。

 

奇天烈な高欄に思わず目が泳いだ。場所はここ

 

 

 

 

 

お名前は、

茶村橋…かな?

 

 

 

 

 

こんなデザインにも拘らず、

お誕生日は「昭和弐年参月」。

 

ここまでの二橋とも昭和二年製だったので、そういう意味では驚きはなかったが、このどこかオリエンタルな意匠には驚いた。どこか大陸のエッセンスを感じる(適当)。

 

あと、観月橋、松月橋とも「昭和二年三月」表記だったのに対し、ここは「月」。この表記の揺れはなんなんだろうか。そんなどうでもいいことが気になった。

 

 

 

 

 

まあともかく、


松月橋に続いてのコンクリートリブアーチだが、この攻めたデザインは凄い。

 

 

 

 

 

これが訪問時ですでに90年以上も前の橋だとは、

にわかには信じられなかった。

 

 

 

 

 

橋上より。

左右親柱(っていうのか、これも?)が非対称なのも珍しいし、これまた攻めてる。

 

 

 

 

 

渡って、

南側より正対。

 

全然人がいないように見えるだろうが、それはタイミングを計って撮ってるからであって、結構人が歩いていた。さすが有名な公園だけある。

 

 

 

 

 

右側の親柱がかな表記だったが、

最初「おやそんばし」と読んでしまったが、これは「ちゃそんばし」ですな。音訓混在の読み方とは思わなんだ。

 

 

 

 

 

いやいや、なかなか

いいですな~。好きだ。

 

 

 

 

 

こうなると、思わず

こんなん撮ってしまったり(笑)。

 

 

 

 

 

ふと付近を見ると、

鶴が物静かに佇んでいた(3枚目写真にも写ってる)

 

 

 

 

 

完全に、

我関せず(笑)。ガン無視ですやん…。

 

うん、それでいい。

 

 

 

 

 

最後に

西側対岸からの遠望サイドアングルで〆。

 

 

 

以上。

 

 

2010年12月22日、第二次宮城県探索。この日のネタで記事にしているのは、月山池隧道(仮)上原隧道(仮)児捨川橋深萱隧道

 

これまで記事にした中でももれなく書いてるが、この日はとにかく終日、雨・雨・大雨。12月の宮城県としては観測史上最大の雨量を記録した日(というのは後で知ったことだが)、今もそのレコードは破られていない(気象庁公式データはコチラ)。

 

 

 

で、この日最も雨が激しかったのはいつごろだっけ?と振り返ってみて、

 

深萱隧道を後にして8分後くらいの、

ここらあたりじゃなかったかな~と。

 

 

 

 

 

写真からでも、

雨脚の激しさはじゅうぶん伝わるかと思う。

 

 

 

 

 

とても車を降りる気にはなれない降りで、すべて車内からの撮影だが、

この悪コンディションだけに、普通にブレた。

 

 

 

ちなみに場所はここ

 

 

 

 

なんと、物件の名前を最後まで書かないという実験的手法(笑)でお送りしました。