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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2009年9月20日、山科盆地の東海道本線下をチェックして回った際に訪ねた物件をご紹介。古すぎるネタだが、まあ記録ですよ、記録…(笑)。

 

 

とは言え、実は今もそう変わってないと思う。

この圧殺的なビジュアルはもちろん。現在地こちら

 

 

 

 

 

お名前は、

「妙応寺架道橋」。JR西日本のこの銘板には大変助かっております(笑)。

 

竣功は大正10年8月となっているが、これはまさに馬場(現・膳所)~京都間が現行の新逢坂山隧道・東山隧道経由に付け替えられたそのタイミングだ。

 

 

 

 

 

よってこの煉瓦パートは、

開業時のオリジナルが確定。

 

なぜか天井部を残して塗装されているが、なぜやるなら全部やらない?節約か?(笑)

 

 

 

 

 

で、北側(上り線側)に抜けまして、

こちらはオリジナルの姿を拝めた。

 

イギリス積みの胸壁と煉瓦四層巻きという、まあベーシックなビジュアル。

 

 

 

 

 

で…実は、

その先にある京阪京津線の、この踏切。これがオチなのだが、

 

 

 

 

 

お名前が、

「JRトンネル道(じぇいあーるとんねるみち)踏切」(笑)。

 

いいね~このストレートなネーミング。

まあ一般的には架道橋じゃなくてトンネルにしか見えんよなあ、とか、国鉄民営化でわざわざ名称変更したのかなあ、とか、他社に全乗っかりなネーミングで良かったのか?とか、いろいろ考えると笑える~。

 

 

ちなみにこの踏切は、京都市営地下鉄東西線開通に伴い起点を御陵駅に変更されたことにより、京津線最初の踏切となっている。地下の御陵駅から地上に出てきてすぐのところだ。

 

 

 

以上。

 

 

2016年5月13日、堺での仕事の通りすがりで見つけてしまった。

 

 

 

いやいやいや、なんだあれ!?

土手?から煉瓦製の門が生えてるとか、どういうことなんだねキミぃ~!現在地こちら

 

でもまあ、このパターンは知っている。これはアレだ、水利施設だ。

 

 

 

 

 

と予測しながら案内看板を見ると、

「旧天王貯水池」。アタリだった。

 

旧天王貯水池は、堺で初めての上水道施設のひとつとして明治43年(1910年)に建設し、昭和37年(1962)まで使用していました。

建設にあたっては、当時堺で盛んに作られていたレンガが使われました。

正面入口は、水道施設の先進地であったヨーロッパで用いられていた建築の古典様式にならい、「凱旋門」風のデザインです。内部は点検用の通路をはさみ、両側に貯水槽が作られています。それぞれの貯水槽は5区に区切り、半円筒のヴォールト天井としています。
貯水槽の周囲には土を盛り上げて、直射日光などをさえぎることで、細菌の繁殖を防ぎ、水質の安全をはかりました。

そのデザインと施工技術の優秀さはもちろん、堺における上水道の歴史の一端を知る上で重要な建物です。

 

 

 

 

 

なるほど~。

帰ってから調べて知ったことだが、内部の見学会など折々におこなわれているとのことで、これは見てみたいな~。

 

 

 

 

 

初見で気づいてたが、この旧天王貯水池、

国登録有形文化財の指定を受けている。

 

 

 

 

 

改めて、「凱旋門」風正門を。

うーむ素晴らしい。なぜかアップでの全体像を撮ってなかったのだが。

 

 

 

 

 

記事を書くにあたり、扁額に何か書いてある、と気づいてアップで切り出してみたら、

「浄水池」と刻まれているようだ。至近で見れば、揮毫者なんかもわかるのだろうか?

 

 

 

 

 

あとは、こうしてちょっと角度を変えるくらいしかできなかった(笑)。

撮り方によっちゃ、映えスポットとして若い方にも人気が出そうだが…入れないからダメか(笑)。

 

 

 

 

 

最後に。

 

 

ここは南海高野線の堺東駅東口からさほど遠くない場所。堺東駅の東口といえば、以前ご紹介したとおり風情ありまくり(笑)なので、ぜひ併せてご賞味あれ。

 

 

 

 

しかしこれ、テーマ分けに困るなあ。

 

6年と1ヶ月を過ごしたヤフーブログ終了に伴ってこのアメブロに移動し、本格的に運用し始めて本日で3年。ご覧いただいている方々に、改めて御礼申し上げます。アメブロに移ってからのブロ友さんも多くなり、ありがたや。

 

実は…いつも3月1日に「ブログを本格稼働してまる●年」って記事を書いてるんだが、今年はついにそれも忘れてしまってたというテイタラク。もう駄目ですな(笑)。

 

 

 

実はこの数ヶ月ほど、記事をアップしない日が以前に比べて増えている。依然として頻度高めではあるので、気づかれてないかもしれないけど。仕事の状況から、ちょっとこれまでの更新ペースに無理を感じてきていて、こんな感じで極めてスローに(もうちょいだけ)減らすかもしれない。

とはいえ極端に減らすことはないし(今くらいのままでキープするかも)、止めるつもりは毛頭なし、ネタ切れも今のところ考えられないので、粛々とやっていく所存であります。

 

 

 

 

 

まあとりあえず直近の楽しみは、


3月末に相次いで着弾した、これらの品々。次の休みに楽しむのだ~(笑)。

 

 

 

 

 

まずはこちら、

先日ゆたさんがインスタで紹介しておられて、ソッコーでポチった「定本 黒部の山賊 アルプスの怪」。

 

いわゆるニオイを感じたというか、絶対面白そうと思って。到着してパラパラめくってみたが、すでに面白そうで、これは楽しみ~。ゆたさん、ありがとうございます!

 

 

 

 

 

それと、

BAND-MAIDの「WORLD DOMINATION TOUR【進化】 at LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)」。

 

まあ貯まってたTポイントを投入しただけなんだが、ウン十年ぶりにライヴの映像作品を持っておきたいと思えるなんて、我ながら驚き。ここまでハマるアーティストに出会えたことに感謝感謝~。

 

アメリカツアーは11月に追加公演(ニュージャージーとシカゴ)が決まったようだし、なんとその前に!国内でのツアーがありそうということなので、これはもう万難を排して行くしかない。詳報をテカテカしながら待つ!

 

 

 

 

あと、久しぶりに「娘」と再会できそうなのも楽しみ~。近況報告や新しい仕事の話とか、積もる話があるし。

 

 

 

 

 

残るわたくしの望みは、どっかにお出かけすることだけ。骨折もおかげ様でほぼ治ったし。あとはオノレのスケジュールの問題なんだが、これがなかなか…。

 

 

 

 

 

 

以上、アメブロ稼働三周年とはかけ離れた内容になっちゃった(笑)。

 

 

 

 

2012年9月2日、おろろnさんプロデュースにて執り行われた、三重県北勢・中勢の橋シバキ倒し。この日のネタで記事にしているのは、平和橋六把野井水拱橋柚井橋梁

今宵ご紹介するのは、六把野井水拱橋に向かうところで通りかかった橋。

 

 

まずはこれ。

一発で反応してしまった(笑)。渡りきってから停まったので、これは来た方向を振り返っていることになる。現在地こちら

 

 

 

 

 

なんといってもポイントは、

このスタイリッシュな親柱。

 

造形に凝ったものは時折見かけるが、シンプルな角柱にシンプルとは言えない意匠を凝らしたこういう親柱は、珍しいと思う。

 

 

 

 

 

いやあ、

どうやって造るんだろう…。

 

感心しすぎてお名前のこと忘れてた(笑)。山田橋だそうな。

 

 

 

 

 

欄干のデザインも地味に面白い。

束柱と束柱の間には九本の「サブ束柱」的なものがあり、上下二分割され上二本、下三本と支柱の数が変えてある。…なんかめっちゃ説明下手くそな気が…(笑)。

 

 

 

 

 

誰だね?

こんなとこに突っ込んだのは?

 

 

 

 

 

えーと、さっきのは上流側で、

こちら下流側。向こうに見えているのは、三岐鉄道北勢線の橋梁。

 

 

 

 

 

渡って振り返り。

最初の写真と見比べてほしい。向こうの建物がなかったとしたら、結構似た景色と思いません?

 

 

 

 

 

親柱のデザインと内容も同じだったが、

側面にお誕生日を見つけた。「昭和弐拾五年四月竣工」…かな?

 

Q地図様で確認すると、昭和25年で間違いないようだが、名称が「山田川橋」となっていた。しかし…親柱を見る限り、「川」はついてないように見えるのだが。記事タイトルは一応、現地情報を優先して「山田橋」とした。

 

 

 

 

 

下流側からのサイドぎみアングル。

…なんか、桁、デカっ!

 

 

 

 

 

そしてこちら、上流側からのサイドアングル。

でこぴんさん、どうされてるだろう(個人的回想)

 

 

 

 

 

最後におまけ。

通りかかった北勢線の列車を撮ったが、四両編成ってけっこうレアなんだっけ?違ったっけ?知らんがな(笑)。

 

 

 

 

 

もういっちょおまけ。

(最近こういうの多いが)写真がへぼかったので、これで改めてぐりぐりと観察してみてくだされ。

 

 

 

以上。

 

 

 

2011年3月25日、三重県西部~奈良県東部を徘徊した際に訪問した物件。この日のネタで記事にしているのは、狭戸トンネル旧廃道鹿路トンネル掛の沈下橋

 

 

 

最近割と採り上げがちな近代的トンネルだが、

ちょっとデザインが面白い。

 

よくあるご当地イメージの絵柄があしらわれていないのも、逆に個性的に感じた。現在地こちら

 

 

 

 

 

お名前は

全国的によくあるであろう「大峠トンネル」。

 

余談だが、個人的によく遭遇するトンネル名称で思い出されるのは、「城山トンネル」「鳥越トンネル」。いかがでしょう(笑)。

 

 

 

 

 

銘板。

けっこう長いトンネルだ。とはいえ四社ものJVはけっこう珍しいような。

 

 

 

 

 

どうでもいいことだけど、

トンネル前のちょっとした隙間に車を突っ込んだら、こんな感じに。

あの街燈基礎部分の角、下手に踏んだらバーストしそうね…。

 

 

 

 

 

通過時の洞内。

無機質な感じだが、このテイスト、嫌いではない。化粧板系より好きかも。

 

 

 

 

 

長いトンネルだけに、

このような非常駐車帯もあった。

 

 

 

 

 

抜けまして、

こちらは桜井市側坑口。デザインは同じだった。

 

 

 

 

以上。