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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2023年8月30日に敢行した、レンコン町・竹田散策。この日のネタで記事にしてるのは、川下隧道(濁淵隧道)。今宵ご紹介するのはそこから27分後、豊後竹田駅に戻る道すがらで見つけた物件。

 

 

国道57号の歩道から…

この見え方で~。お寺の参道ですな。現在地こちら

 

 

 

 

接近して正対。

幅広な太鼓橋?かな。

 

 

 

 

サイドから。

欄干が一部破損してるな。

 

すぐ隣がローソン。実はローソンで買い物した時に気づいたのだった。

 

 

 

 

下をのぞきこんで…

うむ。やはり石。しかしモルタル雑やな。

 

 

 

 

山門を背にして。

今さらながら、元画像を拡大して見たら、擬宝珠親柱に何か刻まれてる…っぽい?しまったあ~。

 

 

 

 

最後に山門の様子を。

なかなか立派。右側の車道は、昔はなかったんだろう。

 

 

この後、最後の物件を通って豊後竹田駅へ戻った。

 

余談ながら、実は後日になって付近の見落とし物件に気づいた。下調べでその物件に気づいてたとしたら、ここは通ってなく、この石橋にも出会ってなかったはず。でも見落とし物件と比較したら、やっぱそっちが見たかった…(笑)。

 

 

 

以上。

 

 

 

単独で記事を書く気力がないけど、勝田貴元選手、悲願のWRC初優勝、おめでとうございます!!!

 

 

連載の途中で大変恐縮ですが、ちょっと中断させていただきます。ちょっとキリのいいとこでもあるし。というのが、先日の報告でも書いたんですが、現在術後の体位制限により、極力うつむきで過ごさないといけなくてですね。

まあこんな感じですわ(ネタ写真って撮っとくもんですな)
 
わたくし記事はPCで書いてるのですが、うつむきをキープするために取ってるクラウチング・スタイルがしんどすぎて、こりゃ込み入った記事を書くのは厳しいなってことで、ある程度目が落ち着いてから残りを書きたいと思います。やれると思ってたけど無理やった…。
 
 
 
なので、当面ライトな記事でお願いしまーす。
 
 
 
 
てことで、本日のお題はフォトジェニック建造物シリーズで、これ。
仁丹看板ハントの際に出会った、「A」モチーフの理髪店。逆光なのが残念だけど、白壁にインディゴブルーの「A」が映えて、なかなか素敵でしたわ。
 
 
 
ロケ地:京都市上京区某所
 
 

【1】より続く。

 

 

14年半ぶりに立つ、坑口前。

しかし、あー…良くないな。明かりが見えない…。

 

 

この隧道は(も)、関西隧道界のパイオニア、よとと隊長が初めて(業界的に)発掘した、マニアックな物件。例によって最終回にリンクを貼らせていただく。先日久しぶりにお会いしたけど、変わらぬ変態っぷりに安心した(謎)。

 

今でこそこんな状態だけど、国土交通省による「平成16年度道路施設現況調査」には道路種別が「市町村道その他」として載っていたので、公道だったはず。だが現在は紀北町HPによれば町管理のトンネルは長島隧道と白浦トンネルの2本だけとなっており、Q地図を見ても掲載はない。公式に廃止されたのか?しかしこの現状を見ると、廃止というよりは完全に忘却されているかのような…。当然?地理院地図はじめあらゆる電子地図には掲載されていない

 

ちなみに「平成16年度道路施設現況調査」に掲載された諸元は、建設年次不明、延長36m、幅員1.8m、有効高1.9m

 

 

 

 

では、なにはともあれ入洞だ。

 

コンクリ巻きパートを抜けて素掘りパートへ。

ワイルドな風合いはそのままだが、

 

 

 

 

このへんとか、

崩れてるな~。黒く見える天井部は、そう古くない崩落の痕跡だと思う。崩落というか、剥離レベルかもだが。

 

 

 

 

正直、ここまではさほど前回の写真と変わらないように見えていたけど、

あー、やっぱりダメだ。現場ではすでにハッキリと見えていた。

 

 

 

 

前回(2010年4月)時には

かろうじて開口していた北側だが、

 

 

 

 

2025年12月現在で、

とどめを刺されていた。

 

 

 

 

登って確認したけど、

バッチリ閉塞。なんの隙間もありゃしない。どうしようもない。撤収。

 

 

 

 

閉塞手前からの振り返り。

36mという延長から考えたら、洞内崩落というよりは、やはり前回埋まりかけていた北側坑口が完全に埋没してしまったという状況だと思われる。

 

 

 

 

覆工のコンクリは、

けっこう雑な仕上げ。

 

 

 

 

でもここらの側壁は

けっこう新しそう?

 

 

 

 

2010年の同位置での写真がこれだが、

ほら!やっぱりその後に補修されてないか?ねえこれ。せっかく補修されたのに、崩落してしまって万事休す、か。

 

 

 

 

抜ける手前の、鉄板の構図。

前回すでにほぼ使われてなさそうだっただけに、閉塞が解消されることはもう二度とないのだろう。

 

 

 

 

隧道前に密集する、トゲトゲ植物。

ある意味、これに護られてる感もある(何から?)。

 

 

 

 

隧道前の景。

改めて、坑口位置はざっくりとこのへん以前は上の写真左半分くらいに工場的な建屋があってその脇の道を辿る感じだったはずだが、今や道の場所もわからなくなっている。

 

ちなみに、左手にちょっと写っている県道に面したお宅には現住されているようで、見切れているところには車も停まっていた。わたくしは山際をガサガサしながらここへ至ったが、県道からだとちょっと進入は気を遣うかも。

 

とはいえ、先述のようにも本来町道である(あった?)道であり、実際現地および隧道にも立入禁止的な掲示物は、(この時点では)見当たらなかった。

 

 

 

 

先ほど、トゲトゲ植物に「護られている」と書いたが、

実際のところ、ちょっと離れただけでこの見え方。12月でこれなので、年間通して県道からは視認できないものと思われる。

 

 

 

 

この後すぐに、この隧道の「知られてなさ」を実感する経験をした。

 

坑口前から西をみた景がこれなんだが、

実は入洞前からあのあたりで刈り払いをされている男性がおられた。その方があの階段を箒で掃いておられたので、隧道について何かご存じないかと話しかけてみたところ…なんと目と鼻の先に開口している隧道の存在そのものをご存じなかった。

 

「実はあるんですよ~」と、いま撮ってきたばかりの写真をデジカメのモニターで見せながら、以前は通り抜けられたけど、久々に来てみたら閉塞してしまっていたことなどをお話しした。

男性は「へぇ~、こんなトンネルがあるなんて、全然知らんかった…」って感じで、もしかしたら住まわれて日が浅い方だったのかもしれないが、あのようにうまくカムフラージュされているために、地元でも知る人ぞ知るなのか~…と変なところに感心した次第だ。

 

 

ちなみに、男性に何をしておられたのか聞いてみたら、この階段の上には神社があり、海の目の前ではあるものの緊急時の避難場所となっているということで、定期的に刈り払いや清掃が行われている、その当番にあたっているということだった。

 

 

 

 

さて、これで終わりではない。

 

前回は隧道を通りぬけて出た反対側。そこでは軽トラの草ヒロ1枚だけ写真が残っているだけで、なんの記憶もない。ここがどんな場所だったかを、そして閉塞した北側坑口の様子もぜひ見てみたい。


どうやら、遠回りながらもアプローチできる道があるようだ。

 

 

 

【3】に続く。

 

 

 

連載の途中ですが、ご報告のみ。
 
 
10日に左目の手術(4度目!)が無事終わり、1泊入院して本日午後に帰宅した。
 
今回、左眼球に入れていたシリコンオイルを抜き、再度ガスを注入した。ガスで網膜を押さえ、しっかり定位させるためで、眼球の奥にある網膜を押さえつけるために、ガスが抜けるまでうつ伏せ姿勢を強いられるあの日々が、また戻ってきたよ。
 
 
 
なので今回も手術前に、

仰向けを貪るの図。しかし全身黒って。
 
うつ伏せ寝ってホントにイヤで、顔面が痛くなってくるんよね~。前回はこのせいで肩痛も惹き起こしたし、今回もそうなるかも?
 
そして鼓舞する時なんかによく「上を向いていこう」とか「下向くなよ」とかいうけど、エライもんで、ホント下向いてると何もかもマイナスな感じになってしまう気がしてイヤ。見た目にもガックリとうなだれている状態だし、目のために仕方なしにやるけど、心身ともにダメージがデカいぞ、と勝手に思っている。
 
まあこの二週間が勝負。前回再剥離から~の長いオイル注入生活を経て~のセカンドチャンスだけに、今度こそしっかり治して終わらせたい。そのためなら、苦行も受け入れないとね。前回ちょっと気を緩めてしまった自覚があるので。
 
 
以上ご報告でした。
 
 

【序】より続く。

 

 

そんな状況を経て2025年12月12日、「初めまして&お久しぶりツアー@紀伊半島」の2日目最後の(とはいえ時刻はまだ11時すぎ)探索先として、

 

呼崎の総石造桁橋からほど近いこちらへ。

三重県道766号城ノ浜山居線上である。

 

右手に見える山、そのどこかに隧道が開口している…はず。

 

 

 

 

Googleマップ航空写真モードで見てみよう。

ちょうど766のヘキサが描かれているあたりが駐車した場所である。

 

【序】で書いたように建物がなくなっていたりで様子も変わっているため、またそもそも初訪問時の記憶が極めてあやふやなため、この山際をローラー作戦で調べて行く。

 

 

 

 

まずは、

東側に向けて。

 

 

 

 

なんか、工場の裏手だったような気がするから、

この奥とか怪しいんじゃないか??

 

…と思ったんだが、そう甘くない。ここにはなにもなかった。そのまま東に向けて見ていったが、我ながらこっちは違うだろうな~って思っていた。こんなとこじゃなかったと思うな、もっと西側だったような?って。

 

なので、およそ7分で東側捜索は打ち切り。山際、地味に藪がきついわトゲトゲ植物も混じってるわで、早くもウンザリし始めたのもある。

 

 

 

 

元に戻って、

今度は西方向へ。工場裏という記憶から、あのへんも怪しいぞ?

 

 

 

 

ここ、最初から壁も何もなかったのかな?

なんにせよ、使われなくなって久しい雰囲気を醸し出していた。

 

 

 

 

で、裏手に回って…

出た、と思ったね確実に。が、よく見たらただの陰。ここもまた隧道はなかった。

 

さらに探すこと5分。もしかして…崩落して埋まってしまったんじゃ?

 

 

 

 

と、思い始めたその時!

あっ…あれか!?

 

 

 

 

さっそく接近を試みるも、

なぜか隧道の周りはこれまでで最凶にトゲトゲ植物が繁茂していて、なかなか近づけない。

 

 

 

 

ルートを見定めて…

ようやくド真ん前に!14年半ぶりの再会、逢いたかったぜ~!

 

…でもなんか…様子がアレだな。これはよくない。

 

 

 

【2】に続く。