穴と橋とあれやらこれやら -14ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

今宵から何回かに分けてご紹介するのは、ある隧道の再訪記録。初訪問時の記録がパッとしなくて、撮り直ししたいな~と思いながらも、後回しにしたり忘れたりで14年以上(!)が経過…って、時間経ちすぎやろ。こういうの多いな。

 

 

まずは、初訪問である2011年4月23日、四国からのスペシャルゲストをお迎えしての紀伊半島ハードコア接待時の写真をご覧いただこう。姉妹水とねじりまんぽも初訪問がこの日だったが、OFF会って楽しいけど、やっぱ初訪問の記録には向いてないっすな(笑)。

 

 

 

周囲や引きの写真もなにもなく、いきなりこれ。

とりあえず、続けて全部貼ります。

 

 

 

先日の極秘会談で久々にお会いしたYori-yanさん。もしかしてこの日が初対面だったっけ?

 

 

 

 

 

…という、人道サイズの隧道で、坑口が崩落しつつもかろうじて開口していたっていう状態。そして抜けた先で撮ってたのは、かなり熟成した軽トラの草ヒロ、たった1枚。何をやってたんだねキミぃ~!

 

 

てなわけで、改めて記録し直しを模索しつつも延び延びになってたんだが、実は2024年6月の熊野~尾鷲宿題回収ツアーの帰りに立ち寄っていた。が、このダイジェストで触れてないってことは、なんの実りもなかったからに他ならない。なぜなら、場所がわからなくなってたんである。車で近くを通るだけでだいたいわかるでしょ、とナメてたんだが、様子が変わってて。

 

夕方から探し直してやることでもないなと、この日は打ち切り。そこからさらに1年3ヶ月。機会は訪れた。

 

 

 

【1】に続く。

 

 

 

2023年4月14日、TKY~初の山梨進出。この日のネタで記事にしているのは、天神隧道栃穴橋千足橋とこのガチ廃屋

今宵ご紹介するのは、大月市から甲州市に入る手前、某有名隧道近くにある橋。

 

 

Q地図で、この有名隧道手前に見つけたある橋。その名称が実に「隧道下橋」という香ばしいもので、さっそくストビューで見てみたら…訪問確定。

 

ってわけでこれが、

隧道下橋。場所はこちら。有名隧道もおわかりですね。

 

 

 

 

一目見て訪問確定した理由、それは、

のっぺりガードレール!

 

一般的なガードレールを欄干代わりに使用している橋は無数にあるけど、この特殊ガードレール?が使われているのはなかなかのレアもの。何年か前にその存在を知ってからは、ある程度意識して探すようにしてた。

 

 

 

 

「隧道下橋」なんて名前に惹かれて見てみたら、

そいつがまさかののっぺりガードレール橋だったっていう俺得展開に、思わずニヤニヤしちゃった次第だ。

 

 

 

 

残念ながら、

銘板の類は一切なかった。「隧道下橋」っていう字面の銘板、見たかったなあ…。

 

 

 

 

「名称の中に『橋』が含まれてる隧道」は知ってるけど、

「名称の中に『隧道』が含まれてる橋」は寡聞にして知らない。皆様はご存じ??

 

 

 

 

上流側からのサイドビュー。

低い橋だ。

 

 

 

 

橋上から望む上流側。

峠を貫く有名隧道の直下にある橋(お名前もまさにそれ!)だけに、谷も源頭部に近い。ゴツイ砂防堰堤が見下ろしてる。

 

 

 

 

対してこちら、下流側。

この写真で伝わるかな?ここで谷を折り返す線形となっている。

 

 

 

 

識者がみんな撮ってるので、

わたくしもマネして撮っといた。これで何がわかるんだろう?

 

 

 

 

最後に渡った先から、なぜか正対せずで。

まあ、事前にこの橋に気づいてなかったとしても、有名隧道を訪ねる途上にあるから必ず巡り合ったと思う。それはそれでアツイ展開だっただろうな~。

 

 

以上。

 

 

 

いや、別に極秘ではないんだけども、言いたいだけで。

 

 

去る2月28日夜、滋賀県某所で久々に旧知の皆様との会合が執り行われた。アルプさん、おろろnさん、ピカさん、むねぞうさん、よととさん、Yori-yanさん(以上五十音順)、そしてわたくしの計7名。

 

 

我々の集まりといえば、

野外が定番。

 

 

白倉摺子父ヶ谷薬師…わたくしのキャリア初期(謎)以来、いろんな探索やOFF会で折々にご一緒してきた私的レジェンドなお歴々と、アルプさんも2011年4月の紀伊半島周遊ツアーで初にお目にかかって以来、何度も顔を合わせてきた。

 

近年は合同探索やOFFも機会がなく、いつ以来やろね~と話してたんだが、改めて確認したら、皆様2023年6月、立里鉱床軌道(仮)合同探索前夜祭以来の2年半以上ぶり、アルプさんとピカさんに至っては2018年2月の二ノ俣林鉄探索OFF以来実に8年ぶり、令和に入ってから初めての再会だった。そりゃあ懐かしいわ。…って、どっちもダイジェストのみで記事にしてない…。

 

 

 

当然ながら寒かったけど、

いつもこんなんやったし、この感じもまた懐かしいなと、トイレ帰りに1枚だけ。

 

お酒は入ったけど、大声・焚き火・BBQどれもしておりませんよ。そして人家からも離れた場所で、他に人もおられませんでした。(一応書いとく)

 

 

皆さん翌日も休みなのでこのまま車内で寝る感じだが、わたくしのみ翌日仕事ってことで、残念ながら独りノンアル参戦、夜も更けてきたころに離脱させてもらった。ノンアルビールをワンパックも飲んだの初めてだったわ。炭酸オンリーだから、もう寒くて(笑)。とほほ~。

 

 

 

基本的に皆さん変わらずで、いや~懐かしく楽しかった。集まった理由はここでは伏せとくが、またみんなで逢える日があるだろう。いつかのその日を楽しみに。

 

 

 

 

 

オイッス~!!(久々

カメラ目線がイイネ!

 

 

 

本日3月1日、拙ブログ稼働以来

まる13年を迎えました。ご覧いただいております皆さま、いつもありがとうございます!

 

ちなみに過去の「本格稼働してから●年」記事はこちら。今回、初の「立体人形+数字」パターンを敢行!…って、誰も興味ねぇ~。

 

まる2年

まる3年

まる4年

まる5年

まる6年

まる7年

まる8年

まる10年

まる11年

まる12年

 

こうなると、まる9年をすっかり忘れちゃったのはなんだったんだろうか。

 

 

 

ひとつご報告。わたくし3月10日に、4度目の左目手術を受けることになっております。

 

これは再発とかではなく、以前の手術で眼球に入れたシリコンオイルをようやく抜去することになったため。なのでご心配には及ばないのだが、また2週間ほど仕事を休まないといけない。仕事を休むのは大歓迎なんだけども、休めるようにダンドリするのが大変で、現在奮闘中でございます。

 

まあたぶんシリコンオイルを抜いたところで、完全に元どおりの視界が戻ることはないと思う。日常生活と趣味活に大きな支障がなければ御の字と、腹はくくってます。ようやく眼鏡を作り直せるんかなあ~。

 

 

 

さて、1年前のこの回では、「活動再開できたら行きたいところ」を書いてた。見返すと、願望を込めて色んなところを書いてたが、実現したのは「中国地方遠征の再開」と「紀伊半島詣で」のふたつ。まあ、活動再開できたことに意義があるってことで。

 

しかしなあ。やっぱ今の仕事の具合により、なんか出かけにくくなってしまったなあ。連休取りにくいし…。せっかく2週間も休むのに、どこにも行けないのか~。つら。

 

 

 

…みたいな、相変わらず景気の悪い話ばっかりで申し訳ないです。13 14年目の拙ブログもよろしくお願いいたします。

 

 

2019年7月27日、よとと隊長宮川師匠と行った高知~徳島遠征・初日。この日のネタで記事にしているのは、堀切橋法恩寺跨線橋加茂隧道三子生隧道バンダ島隧道揉合橋二股橋一ノ坂隧道旧・一ノ坂橋

 

今宵ご紹介するのは、時系列では法恩寺跨線橋と加茂隧道の間に訪ねた物件。これらやバンダ島隧道、二股橋などと同じく、旧魚梁瀬森林鉄道の物件で、国指定重要文化財指定されている施設群のひとつである。

 

 

これが、ファーストコンタクトの景。

遠目ながらも存在感は抜群。

 

 

 

 

さっそく車を停めて観察…しかし。

今から思えば、最も悪い時期に訪ねてしまった感。激藪で築堤に接近もできなかった上に、実はこの築堤も石積みの重厚なものだったのだけど、このようにグリーンヘルで覆い尽くされて、そんなの全然わからなかった。

 

 

 

 

そして、なんとかここまで降りたのに、

なぜかコンクリ橋梁部分まで接近しなかった不思議。

 

もはや記憶が全然ないが、どうやら遠目の観察で満足しちゃったのかも。今思えばもったいないことをした。

 

 

 

 

そのかわり、でもないけど

築堤下を抜けるこんな暗渠を見つけた。たぶん農業用水?石桁かと期待したがコンクリだった(側壁は石)。

 

 

 

 

付近に立ってた解説看板。

「立岡二号桟道」。

 

 

 

 

内容は、これをなんとか拡大して読んでもろて。

ごめんなさいね(笑)。

 

大事なのはこのへんだ。

〔建設年〕昭和8年

〔構造様式〕立岡高架:石積高架、一部コンクリートガーダー橋 奈半利川鉄橋:橋脚のみ

 

今いる場所が、奈半利貯木場方面と田野貯木場方面に分かれていた立岡分岐点であり、この立岡二号桟道は奈半利貯木場方面への軌道が奈半利川沿いの田畑を跨いでいたもので、その先に奈半利川を渡る橋梁があった。2枚目の写真左端、めっちゃ小さいが、その橋脚が写っているんだが、わからんか。

 

 

 

 

やっぱ、こっちサイドからのほうが映えるな。

ここを、材木を満載した列車がゴトゴトと渡っていくのを想像すると、実に絵になりますな~。

 

 

 

 

同アングルの、2024年2月撮影ストビューを貼っとく。

これを見れば、いい時期に再訪したいって気持ち、わかるでしょ?全然違うやん!やば。

 

 

 

 

そして気づく人は少ないかもだが、

あそこにあった倒壊寸前だった農機具小屋(にしてはデカくて立派)、撤去されて現存しないようだ。あれもイイ感じだったんだけどな。

 

 

 

記事にして改めて、ここは消化不良だったなと痛感。魚梁瀬林鉄関連は見落としも多々あるようだし、いつか再訪したいな。

 

 

以上。