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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

久々のホーム・滋賀県のトンネルネタ。でもミイラ級の古ネタであり、しかも小ネタですのでよろしく。

 

2009年9月6日、県東部~北部を徘徊したこの日のネタで記事にしているのは、堂屋敷トンネル旧道(二度目の)横山隧道小野ポンプ室。今宵ご紹介する小ネタは、小埜ポンプ室の直前に訪ねたトンネル。

 

 

そのファースト・コンタクトがこれだったんだが、

意外とフォトジェニックな遠景。滋賀県でも屈指の地味なトンネルだと思うけど、こっからの直登のてっぺんにある感じ(だけ)は気に入った。

 

そうそう、現在地はこちら。でもストビューを見ると、この交差点付近もその後道路改良を受けて広くなったみたいだ。

 

 

 

 

で、トンネル前へ。

せっかくなので(謎)、今やなかなか登場しない、懐かしの蒼い弾丸号。

 

 

 

 

正対。

何の変哲もない、現代的コンクリトンネル。ありがちなポータルの装飾もなし。

 

ところで、こういうポータルが片下がりになってるのって、理由なんだっけ。どっかで見た気がするんだけどな~。

 

 

 

 

扁額。

小さいけど、スッキリとして意外とイイね(個人の見解です)

 

 

 

 

で、銘板をみてへぇ~と思ったのだが、

この立派な道、林道なんだ。

 

高根とは、このまま隧道を抜けて降りていったあたり、彦根市鳥居本町の一部であり、中山町は今しがた登ってきたほう。ほぼこのトンネル含むわずか1kmほどが林道なんだろうか?でも彦根市が発注してるんよね。市道じゃダメなんですか?(蓮●氏ふうに)

 

 

 

 

洞内写真はなし。

高根側(鳥居本町側)ポータル。日差しを浴びて、さらに白々しい(笑)。

 

 

最後に、「こね坂」って名前はなんなんだ?と、今さらながらにちょっと調べてみたら、「高根」を「こね」って読むようで、「高根坂=こね坂」を越える古くからの間道があったらしい。

トンネル直上には切り通しも現存しているようで、近代に開かれた「林道」と思いきや、意外にも歴史ある山越え道だったと。ちょっと探しに行きたくなってきたな。

 

 

 

 

以上。

 

 

2012年2月27日、第三次岐阜県探索。この日のネタで記事にしているのは久保原隧道丸山トンネル伊勢神隧道久々利橋三軒家トンネル

今宵ご紹介するのは、時系列では久保原隧道と丸山トンネルの間に見つけた物件。

 

 

その、ファーストコンタクト。

愛知県道11号豊田明智線を南下中にチラ見えしたので、チェックしとこうかと。

 

 

 

 

てなわけで、

県道からはちょっと入り込むんだが、正対。現在地こちら

 

対岸には発電所っぽい建屋。発電所に渡るための吊り橋か。

 

 

 

 

背の高い主塔…と思いきや、

1.8mの高さ制限が。かたわらには、「吊り橋自動車進入禁止 歩行者・二輪車専用」とある。やっぱ発電所専用吊り橋だ。

 

 

 

 

そんなわけで、

作りはいささか脆弱。床版も木製だった。

 

 

 

 

それにしても、

自動車が通れないような橋、発電所になにか搬入したり搬出したりするのはどうすんのさ。

 

…と思ったけど、地図を見たらこっちは裏側で、正面側に自動車が通れる道が通じているようだ。

 

余談だが、こう見えてこの橋、県境をまたぐ橋だ。愛知県豊田市から渡り始めて、間もなく県境を越える先は岐阜県明智町…もとい、恵那市。

 

 

 

 

建屋下に余水吐きがあったが、

石垣に直書きでデカデカとこう書かれていた。なかなか珍しくない?(笑)

 

 

 

 

渡って(岐阜県に上陸して)正対。

両岸ともメインケーブルは埋め込み式で固定されていた。

 

 

 

 

もうちょい引きまして…

発電所名が判明。中部電力の明智川水力発電所だそうだ。

 

当時のわたくしにもうちょい観察眼があれば、建屋のすぐ先に水圧鉄管が降りてきていることにも気づいたはずだが…まあしょうがないですな。フシアナだったんだから。

 

 

 

 

 

最後に、なんとかサイドアングルを。

主塔の入らないこの中途半端な画角で撮ってるってことは、これ以上下がれなかったのか?

 

 

 

 

おまけ。

一時期(今でもか)、吊り橋行ったらこんな写真ばっかり撮ってたな~。

 

 

ストビューで見てみたら、現在(少なくとも2025年5月撮影時には)橋の両側ともバリケードで塞がれているようだ。まあすぐ解除できそうな封鎖なようだけど、あんま使われてないようですな~。

 

 

以上。

 

 

 

2011年2月25日、第七次房総探索。この日のネタで記事にしているのは猿ヶ城隧道万名浦第三隧道鵜原理想郷の隧道群長入隧道東岩屋隧道(平澤隧道改め)鍵掛橋増田隧道

 

今宵ご紹介するのは最序盤、万名浦第三隧道に続いて訪ねた物件。

 

 

タメなく、ドン。

何の変哲もなさそうなコンクリ隧道。現在地こちら

 

ポータル向かって右の側壁に、なんかあるようだが…?

 

 

 

 

ああ~。

何の変哲もなくはない。やっぱ房総クオリティ。たぶん肉眼では、中におわす仏様が見えてた…と思う。

 

 

 

 

さて、隧道のお名前は、

「かわずみなみずいどう」「昭和38年8年竣功」。

 

地名は川津だから、ひらがなでは「かわづ」となるはずだが…まあええのか、どうでも(笑)。

 

 

 

 

そして反対側、ポータル向かって左のフェンスの向こうに…

なんか…見えない?あれってまさか旧隧道…いや、そんなことないよな。

 

けど、何らかの穴があるのはあるっぽい。防空壕的なものか、あるいはマジもんだったりするのか…。

 

 

 

 

洞内写真は、全然撮ってない。

抜ける手前、鉄板の構図。

 

 

 

 

で、抜けて正対する西側坑口。

掘割、深いね~。実にいい感じ。

 

 

 

 

扁額は…って、めっちゃブレた~。

「川津南隧道」。やはり下部には竣功年が刻まれてるようだがさっぱり。ブレてる上にボケとるな…。

 

 

隧道王国・房総にあってなおひと際の穴銀座であるここ勝浦。さほど広くもない川津地内にも5本もの隧道(うち1本廃隧道)が存在する。ひとつずつ潰していくのは楽しかったな~。

 

 

以上。

 

 

2023年4月6日に敢行した、加須市・羽生市周辺の物件群チャリで大爆走シバキ倒し。この日のネタで記事にしているのは、呼ばれて見つけたレトロ看板下樋遣川の名称不明橋

 

今宵ご紹介するのはお昼前に訪ねた、メインターゲットのひとつ。レトロコンクリート橋梁王国・埼玉のクオリティを堪能できる逸品であります。

 

 

 

タメなく、ドン!(久々

コレモンですよ~。凄っ。現在地こちら

 

 

 

 

事前にお姿を知ってきたけど、それでもインパクト大!

モノリス型親柱の頂点に配された球体、このデザインは出色ですな~。

 

 

 

 

ただ、手前の一本だけは、無残に損壊していた。

内部の鉄筋も露出…球体部分まで鉄筋は入っていたと思われるが、どうやってこの天辺だけこんなに壊れたんだろうか。

 

 

 

 

下流側よりサイドアングル…で、改めてその意匠を堪能。

素晴らしいデザインの親柱に加え、欄干はアーチ型。開口部にはパイプが縦にはめ込まれ、ビシッと引き締まっている。よく見ると、桁には持ち送りも。

 

 

 

 

いやあ、いいですな~(語彙

まあ失礼ながら、背景は風情ないんだが…(笑)。

 

 

 

 

いや~惚れ惚れするわ~。

桁にはびっしり書き込みがあり、状態が思わしくないことを偲ばせる(2022年の判定区分は3・早期措置段階)

 

 

 

 

上流側に見えているのは、

埼玉県道32号鴻巣羽生線の花見橋。その旧橋にあたるであろう当橋、旧の花見橋ということでいいんだろうと。

 

あ、そうそう、親柱に銘板を嵌めこむスペースは残っているものの、いずれも現存せず。戦時中の金属供出か?

実際には、Q地図様によれば(すなわち羽生市の台帳によれば)当橋は394号橋という実に味気ない名称であり、建設年次も「不明」となっているわけだが、この地域のバイブルであるフカダソフト様によれば、やはり当橋は「旧・花見橋」として紹介されている。

 

 

フカダソフト様サイト内「気まぐれ旅写真館」→「橋 川を跨ぐ」→「古い橋(コンクリート、鋼)」→「合の川のレトロな橋」へのリンク

 

こちらによれば、この橋の架かる合の川は昭和7年~13年に県営の河川改修事業が行われており、その際に架設された個性的な橋の数々が、土木学会の近代土木遺産に選定されている。そこでも「旧・花見橋ほか17橋」と表記されるなど、当橋は対象橋梁の中でも代表格となっている。

このうち拙ブログではこれまでに上新郷の名称不明橋(フカダソフト様によれば合の川堰)徒歩橋羽根橋といった物件をご紹介してきた。当橋含めたこの4件だけでも、それぞれ個性豊かな意匠が施されていることがわかると思う。

 

 

 

 

こちらは下流側。

春、って感じだ(適当

 

 

 

 

渡って正対。

こうして見ると、改めて実に堂々たる橋。

 

意匠だけじゃなく、その幅員が印象的だ。古い橋がボトルネックになっているのはよく見るが、ここは逆に前後の道の方が貧弱な感。

 

 

 

 

色んな角度から、じっくりと舐めるように観察。

 

 

 

 

 

そして時節柄、撮りたくなっちゃったこの手のやつ。

 

いやあ、花と絡めて撮るのはほんと難しい。

 

 

 

 

最後に、記事を書くにあたって判明したんだが、

なんと、めっちゃきれいに修繕してもらってる!破損してた親柱も元どおりに!

 

これは2025年6月撮影のストビュー画像だが、オリジナルに配慮どころか、意匠そのままに復元までしてくれるなんて。あえなく架け換え、あるいは雑な改修も多々ある中、いや~なんともうれしい修繕。

コスト面など厳しい目もある中で、勝手ながらイチ橋梁趣味者として、羽生市まちづくり部建設課の判断に感謝と敬意を表したい。

 

 

 

 

おまけで、この日のレンタサイクル。

完全ノーアシスト、トラディショナルなママチャリで駆け巡った。

 

 

 

以上。

 

 

しばらくぶりな看板ネタ。今宵ご紹介するのは、これ。

 

 

 

「旅館タイガー」。

強っ。字面だけじゃなく字体も強っ。

 

 いや、すし・料理・折詰・弁当、そして祝佛用料理もできるような旅館の名前じゃあないのよ。文字のタッチ、そして水墨画の技法を用いたような海老イラストのタッチに比して、「タイガー」の四文字の力強さが突出してるやん。

 

残念ながら、すでに廃業されたようで…。

 

 

 

ロケ地:古座川町某所

 

 

余談だが、看板内に書かれた「古座町中湊」は古座「川」町の間違いではなく、2005年に合併により串本町の一部となり消滅した、旧古座町のこと。よそ者から見れば古座川町と合併するのが自然なように思えるが、そうはならなかった。

 

ちなみにそれまで串本町は西牟婁郡に属していたが、東牟婁郡所属の旧古座町との合併により、西牟婁郡から東牟婁郡へとスイッチ(笑)した。こんなこともあるんですな。そもそも現代において、「郡」って区分の意味って…。選挙くらいか?