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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2014年11月15日、2日間にわたる煉瓦祭り@愛知の初日。この日のネタで記事にしているのは、明神樋門と明神川逆水樋門山田下橋梁御殿橋。今宵ご紹介するのは、午後早めに訪ねた物件。

 

 

線路沿いの道から見下ろしたファーストコンタクト。

現在地はこちら

 

 

 

 

さっそくに降りまして観察…。

そんなに大きくないアーチだが煉瓦の巻厚は三層。

 

 

 

 

ここでも、側壁最下部には出っ張りが。

板を渡して歩けるようにしていた時期があったのかもしれない。

 

 

 

 

身長173cmのわたくしが普通に立って撮ったら、こんな感じ。

狭いけど、ちょっとのっぽな断面となっていた。

 

 

 

 

そして、南側に抜ける手前で発見。

ここで継ぎ足して拡幅(トンネルとして見ると延長)されてるな、これ。

 

複線化に伴う拡幅なのかな?それにしちゃ拡幅部分が短すぎる気がするけど…。で、側壁は、高さも違っているし、用いられた石材のサイズも違うようだ。

 

 

 

 

ということは~?

南側は欠円アーチ。そしてこのサイズにもかかわらず、巻厚は四層!凄いなこれ。

 

拡幅部分を四層にしたのは、欠円アーチを採用したことと関係があるんだろうか。アーチの迫受石が斜めに整形されていて、心憎い。

 

 

 

 

なぜか引き画を撮り忘れてたみたいなんで、

この日ご一緒していたよとと師匠のサイトより拝借。いつもありがとうございます。

 

 

 

 

こうして見ると、

最下部の出っ張りも継ぎ目のところでなくなってたんだな。

 

もしかしてこれ、複線化による拡幅じゃなくて、何らかの事情で変状をきたしたために改修した、なんてセンもあるかもしれない。

 

 

 

 

あ~、このテイストも永らく味わってないなあ~。

煉瓦橋梁ハント、久々にやりたいかも。

 

 

 

以上。

 

 

2025年9月24日、本格再始動のYHST周遊1日目の中盤に訪ねた物件をご紹介。

 

ダイジェストに書いたとおり、順調だったこの日前半から転じてガタッと流れが悪くなったんだが、これは「運気下がってから」訪ねた物件(笑)。

 

 

この橋の向こうに…

はい、もう見えております~。現在地こちら

 

 

 

 

あら、めっちゃ普通に

南側坑口、ぽっかりと開口しておりますな。

 

ここ、ストビューカーが通ってないんで、もしかしたら廃隧道、または通行止めなのかと思って来てみたら、なんのこたあない、車ガンガン通ってるし。まあ写真ではタイミング測ってるから写ってないけど。

 

 

 

 

お名前は、

筒賀隧道。銘板の類は見つけられなかった。

 

 

 

 

車がガンガン通ってるとはいえ、

何気に狭い洞内。なんでだか写真では広く見えるな…。

 

平成16年度道路施設現況調査によれば、本隧道の車道部幅員は3.1m。軽自動車どうしでも離合が厳しいスペックゆえに、先入車優先での交互通行がローカルマナーとなっているようだ。ちなみに延長は、235m。

 

 

 

 

振り返って、鉄板の構図。

では車に戻って、抜けるとする。

 

 

 

 

真ん中あたりにサミットがあるため、ちょっと見通しは悪い。

それでも一直線であるため、なんとか交互通行が可能。

 

 

 

 

抜けて車を停めてから、徒歩で隧道へ。

こっちの線形、良くないな。

 

 

 

 

北側抗口。

まあ、なんてことない隧道だが、なんでストビューカーはカバーしなかったんだろうか。たまたま通行止だったのか?

 

 

…っていう、これまたなんてことない記事。初日前半は素晴らしい物件(弊社基準による)目白押しだったんだが、そのへんはまた、おいおい。

 

そういえば、この隧道をやっつけて車に戻って、浜田ニューキャッスルホテルに電話したんだったなあ。…廢すみません、自分の備忘でございます。

 

 

 

以上。

 

 

2025年9月25日、本格再始動のYHST周遊2日目の最後に訪ねた物件を可及的速やかにご紹介…するってのは、2日目ダイジェストで予告したとおり。

 

 

島根県大田市で切り上げた周遊の帰りにここだけ立ち寄ったのは、このタイミングで訪ねなければ次はないとわかっていたからである。YHSTの「T」=鳥取県の物件は、唯一この橋のみだ。

 

 

大山ICで国道9号バイパスを降り、走ること6分。

ああ、見えてきた。新旧並んだ橋が。

 

 

 

 

旧道敷きに車を停めて、

「挨拶」に向かおう。現在地はこちら

 

 

 

ここで、この橋を訪ねた経緯を、自分の備忘も兼ねて書いておく。興味ない方はスキップしていただいてもOK。

 

 

 

今回の遠征は2日間だけだったから、当初鳥取県はスルーの予定だった。が、もしかしたらどんな成り行きで行程が変更になるかわからんし、念のため鳥取西部でも訪問候補を当たっとくか…という考えが、どこからともなく降ってきた。

 

そこでいつものQ地図で見つけたのがこの橋、「前橋」だった。1958(昭和33)年完成ということで、ストビューで見たそのお姿は、昭和ミドルらしい味わい。

 

 

しかし、なんとその真横で

新しい橋が絶賛架橋中ではないかいな!ちなみに、上の写真とほぼ同位置の撮影だが、これは…アカンやつだ。

 

この最新ストビューは、2023年10月の撮影。つまり今からほぼまる2年前。2年前でこれなら、今はもう新橋も供用され…旧橋は撤去されてしまったか?

 

 

にわかに興味が湧いて調べてみた。すると、ネット上で「県道大山佐摩線(前橋・畑橋)旧橋撤去工事(防災安全交付金) 」という一般競争入札の情報を発見。それは2025年9月3日に登録され、入札日は2025年9月29日。つまり本記事公開日のわずか4日前だった!

 

現在では入札終了し、請負業者が決定したはずで、ということは…この手の工事のスピード感がわからないが、おそらくは先日ご紹介した扇橋と同じく、2025年度中くらいには撤去完了してしまうのではないか。

 

 

別に必要なかったのにふと鳥取県のネタを調べて、そしてこの情報に行き当たる…これは、久しぶりに「呼ばれた」かな?

 

ならば呼びかけに応えよう、喜んで。

 

 

 

 

…というのが、特別にこの橋を訪ねたいきさつである。はい、スキップした方はこっからお戻りくださーい(笑)。

 

 

ぶっ倒れたAバリを越えて、改めて正対。

車を通さなくなった旧道、特に取り付きがヤバイ。

 

 

 

 

ここで、2015年5月撮影のストビューより、往時の姿を。

 

 

 

親柱周辺もこの状態だが、

すべて記録するつもりで来てるから、迷わずかき分けて確認だ。

 

 

 

 

まずは「前橋」。

お名前から真っ当なスタート。

 

 

 

 

右側は…って、

イヤイヤイヤ…(苦笑)。

 

 

 

 

もちろんガサガサガサと突入して…

見にくいが、「昭和四十二年十二月完成」と刻まれているようだ…って、あれ?1958(昭和33)年完成っていうQ地図情報はどうなった?

 

まあこれはこうして記事にしている時に気づいたことで、現場ではクズの蔓や葉を押さえつけて撮影するだけで精いっぱいだった。

 

 

 

 

この、シンプルで素朴な欄干と、

コンクリ舗装の橋面がいいですな~。





かたわらには、すでに供用された新橋が寄り添う。

見た目だけで、その年代差は歴然。

 

 

 

 

いやあ…

がんばってきたんだねぇ…。

 

 

 

 

振り返り。

経年劣化と、大型車がすれ違えない幅員と。まあ架け換えやむなし。なのか。

 

 

 

 

もちろん歩道もないけど、

歩行者帯を示す白線、ダイヤマークと重なってるところを見ると、後付けだったんですな~。

 

 

 

 

渡りきって振り返り。

コッチもまた、親柱の飲み込まれ具合がヤバイ~。

 

 

 

 

右側をガサガサ…。

「昭和三十三年十二月」。あら!こっちはQ地図の情報どおりだ。なんだこれ?どうなってんの?

 

 

 

 

で、左側ガサガサ…。

また橋名だった。「前橋」。

 

 

 

 

今度は、新橋から観察しながら戻る。

ちなみに、新橋もお名前は同じく前橋。やっぱり撤去前提のネーミングですな。

 

 

 

 

新橋があるからこその、このアングル。

間もなく見納め…なのかな。

 

 

 

 

橋名看板の支柱にヘキサを取り付けた、ちょっと珍しいコイツ。

旧橋のたもとにあったやつ(前半で貼った2015年時のストビュー画像参照)をまんま移設したのかな?

 

 

呼びかけに応じて馳せ参じた前橋。直前まで知りもしなかった橋だったけど、不思議なご縁で、こうして撤去を待つばかりの最後の姿を記録することができた。

 

「呼ばれる」って感覚、ちょっとロマンティシズム過多な…まあ言いたいだけなんだけど、同業の方々は多少なりとも感じたこと、ありますよね~きっと。

 

 

 

 

これにて、YHST周遊は完全に幕。

このまま米子自動車道溝口ICへまっすぐ向かい、おウチに帰った。

 

 

 

以上。

 

 

 

 

 

9月29日朝、天皇皇后両陛下に接近遭遇してきました。異色の記事(笑)。

 

我がホームで行われている国スポのために滋賀県入りされていた両陛下が、大津市の琵琶湖ホテルを出発された直後の通称「なぎさ通り」でお見送りができるというのを奥様が嗅ぎ付け、お会いしに行こうよ!って。

 

たまたまわたくし休みだったし、まあ確かに地元でお目にかかれるなんてことは、残りの人生でももうないかもな!

 

 

 

ってことで、8時半には現地到着。手旗をいただき、手荷物検査と金属探知機でのボディチェックを受けて荷物を透明な袋に入れたうえで、最前列に陣取れました~。

 

 

そっから1時間ちょい待って、いよいよ車列がやってきた!

車列に背を向けて立っているのは、沿道警備で応援に来られた長崎県警の方。

 

この方以外も若い警察官の皆さん、待ってる間、注意事項の説明などの合間にもいろいろと群衆に話しかけくれて、飽きずに待つことができました。威圧感が出ないように意識されてるんだろうな~。ずっと制帽をかぶっておられたけど、車列が通る直前にはこのように脱帽されてましたね~。

 

 

 

 

で、もちろん?動画を撮りました。

肉眼でしっかりとお姿を拝見しながらブラインドで撮ったにしては、意外とうまく撮れたかも。

 

ちなみに、皇室の方々の映像って勝手に上げていいのかなと躊躇したんだけども、調べたところでは「一般人が個人として発信する分には問題なし」という解釈でイイのかなということで、こうして載っけてみました。まあSNSにもいっぱい上がってるけどね…。

 

 

 

場の雰囲気も含め、うまく表現できないけど、日本人としてなんか嬉しい気持ちになりました。両陛下のお姿を拝めて嬉しかったし、やっぱりオーラあったなあ。

 

人生最初で最後?かもしれない、天皇皇后両陛下との接近遭遇、とっても貴重な機会となりました。

 

 

 

変な人に絡まれると嫌なんで書いときますが、いかなる主義主張もありませんし要りませんので悪しからず。

 

 

 

1日目ダイジェストより続く。

 

 

浜田市の日の出予想時刻に合わせ、早朝5時40分にはホテルをチェックアウト。朝食が評判よさげだったけど、日の出から動くわたくしにはご縁がなし。浜田ニューキャッスルホテルさん、お世話になりました。

 

ってことで、2日目ダイジェスト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初日にはなかった隧道ネタも含めて順にターゲットを拾ってきたが、9枚目写真のターゲットへ向かう途中でルートをミスって大きくタイムロス。8枚目はそのリカバー中に拾ったやつだ。

 

そしてすぐ上の写真の物件を訪問し終えた13時45分、明日は普通に仕事なので、ここで終了して帰投作戦へと移行することにした。リストアップしていたターゲットはまだ残っていたんだが、いろいろとキリがよかったのでね。

 

 

 

 

だがあと1か所。あと1か所だけ絶対に訪ねておきたいところがあった。そのため、島根県大田市から鳥取県大山町まで、バビューンとワープ。無料高速助かる~。

 

で、そのターゲットが、これ。

これについては、可及的速やかに記事にするつもりなので、詳細は本篇にて。

 

 

 

 

この日も食事のタイミングに恵まれず、

結局、蒜山高原SAフードコートでかなり遅めの昼食を。もっとガッツリ行きたかったけどあまりそそるメニューがなくってカレー。業務用カレーの味、好きなんだ(笑)。

 

当然これだけでは足りなかったけど、夕飯も食べて帰るって言ってあったので、あとは数時間後に家の近所の吉野家でも食べてから帰った。ちゃんと日付が変わる前におウチに到着!

 

 

 

やっぱ遠征するなら、あと1日は欲しいよな~とか思いつつも、こうしてまた出かけられるようになって、嬉しい限り。これから身体は徐々に衰えていく一方だけど、のんびり、かつ濃厚にこの趣味を続けていきたいなと、改めて思った2日間でございました。