2012年2月27日、第三次岐阜県探索。その間しばらく愛知県に入り込んでいた間に訪問した超有名物件をご紹介。この日のネタで記事にしているのは、日没間近の三軒家トンネルのみ。
まずはコチラ。
国道153号の伊勢神隧道、これは東側抗口。
現トンネルであるコチラも、すでになかなかの風格を醸し出している。昭和35年建造ということで、それもむべなるかな。
しかし、ここにはいろんな意味で有名な旧隧道が存在している。
本日ご紹介するのはソッチのほうである。
旧道をたどることしばし…
超重厚な隧道が現れた。ネットで見たことあるヤツが目前に。
現在地はコチラ。
まずは東側ポータル正対。
どっしりしたポータル。帯石、笠石、ピラスター、扁額を完備し、巻厚は二層。
明治30年建造の総石造隧道、土木学会選近代土木遺産Aランク、国登録有形文化財。残念ながら一般的には心●スポットとしてつとに有名なんだが、我々的には明治の石造隧道として非常にメジャーな物件である。
こちらも有名な、
右書きによる「美賀世伊」(=いせがみ)の扁額。
左端に刻まれた揮毫者は、
「正四位 時任為基」。
時の愛知縣知事、時任為基氏の名前が刻まれていた。ちなみにウィキ先生によるとこの為基氏、俳優の時任三郎さんのご先祖なのだとか。
重厚なピラスター。
残念ながらDQNによる落書きが残っていた。
前評判で想像していたよりはきれいだった(定期的に掃除してくださる方がおられるのだろうが)が、ったくこういう馬鹿は消えてほしい。
左側ピラスターの外側、翼壁部分は
氷瀑状態(笑)。
時刻はもう正午前だったが、日陰だからかこの状態。そんな寒かったっけ?この日は。
洞内にちょこっと進入。まだ不十分ではあるけど、
暗闇を愉しむの儀。
これだけ見ると、廃隧道みたいやな~。
鉄板の構図…
やけど、なんかイマイチやな…。
では、車に乗り込み、
西側へ抜けるとする。
【後篇】に続く。